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第5話 受理されなかった報告書

 基本的に、閃斗のルーチンワークは、『第1層から第15層に飛んで、酸性霧の隠し通路に入り、その奥にある特別な転移スポットを使って、60層の畑がある安全エリアに飛んで、ワサビを採取して帰る』という、非常にシンプルなものだ。


 言い換えると、15層に転移してから、酸性霧の隠し通路の奥にある転移スポットに触れるまでの間しか、モンスターに遭遇しない。


 もちろん、第1層で、ダンジョンに入ってから最寄りの転移スポットに触れるまでの間と、帰るときは戦うわけだが。


 いくらなんでも『第1層のモンスターの魔石』は、ちょっと拾っただけだと二束三文にすらならないので、嵩張るため拾っていない。


 その間の距離で得られる魔石が、『換金すると5000円相当』だ。


 閃斗の『日給5000円』が真相はその程度の話であり、ロビーでは陰口を言われるわけだが、まったく気にしていない。


 それが、閃斗の日常だ。


「……うべっ」


 管理支部のロビーに入った閃斗だが、次の瞬間、顔面に何かが飛んできた。


「ぴいっ! ぴいいっ! ぴうううっ!」

「お、おお、ミーちゃんどうした?」


 凄い勢いで顔に飛びついてきたため、流石の閃斗も驚いている様子。


「ぴいいいっ!」

「ぜ、全然わからんが、とりあえずどうしよう。舞美のところに行けばいいのか?」

「ぴいっ!」


 ミーちゃんが顔から離れて、パタパタと飛んでいく。


 閃斗もついていった。

 で、目的の人物だが……ロビーの隅の方の椅子で、無表情でタブレットを操作している。


「……昨日ぶりだな」

「……閃斗さん。ええ、昨日ぶりです」

「なんか、不機嫌そうだな。報告書が受理されなかったのか?」

「!」


 舞美は驚いた様子で閃斗の方を向く。


 閃斗の予想は的中だったらしい。


「……ついてきて下さい」

「えっ?」


 舞美は立ち上がると、管理支部から出て行こうとする。


「……はぁ」


 ため息を我慢できなかったようで、口から漏らしながら、閃斗はついていく。


 当然のことだが、周囲にいる人たちにとって、話題性は抜群だ。


「え、白堂学園の生徒会長が、あんなママ活Dランクを連れて出ていったぞ」

「どういうこと? 何があったの?」


 白堂学園の生徒たちは『芸能人探索者』……そう、『芸能人』というタグを持つ少女たちだ。


 別に『アイドル』に限定されないため、恋愛禁止などの話はないものの、『外見のいい女性芸能人の男の噂』など、むしろ今後の活動に響くだろう。


 肌が良すぎる閃斗をつれていくということであれば、『白堂学園が何らかの取引をして、肌の秘密を聞き出す』と言ったことも考えられるが。


 この場合においては、『舞美は閃斗に気がある』とした方が、話題性があるし、噂としては面白い。


 そもそも、『白堂学園が何かしらのメリットを提示して肌質の秘密を聞き出す』という交渉は、『想像力』が必要だ。

 この場にいる者たちに、そんな高度な物は備わっていない。


 舞美も、重々承知のはずだ。

 何があったのかと聞かれたら、『肌の秘密を聞き出すための交渉をしていた』という、何の面白くもない返答で十分である。


 それはそれとして。

 どうやら、相当、我慢できないことがあるようだ。


 ★


 舞美は支部から出て、近くの喫茶店の個室を注文。


 案内された部屋に、閃斗と舞美とミーちゃんの三名で入った。


 ミーちゃんはそわそわしながら、閃斗の胸元で大人しくしている。


「……で、何があったのか、聞いていいか?」

「……昨日、閃斗さんと別れた後、そのまま病院に行って、『魔力内科』を受診しました」

「ほー……」

「私は白堂学園の生徒会長です。急ですが、病院側も暗黙の了解で対応してくれました」

「だろうな」

「私の中で、狂わされた魔力の痕跡こそあるものの、今は問題ない。というものです。診断書も貰いました」

「腕がいい医者だな」


 舞美も頬がピクッと動いた。


「……腕がいい医者でなければ的確な診断ができないと知っていたんですか?」

「まぁな。で、その後は?」

「薬をもらって、報告書を書きあげました」

「見せてもらっても?」

「こちらになります」


 タブレットを見せてくる。


 紛れもなく『報告書』としては簡潔なものだ。

 必要な情報はすべて掲載されており、閃斗から見て、怪しい部分はない。


「で、これを提出したわけか」

「そうです。獅子原桂馬(ししはらけいま)支部長に渡して確認してもらったところ、眉唾物だと受理されなかったんです」


 舞美は歯を食いしばる。


 しかし、言葉をつづけた。


「あのデ……あの人は昔から『政府の忠犬』と呼ばれる男です。支部の『イレギュラー嫌い』は今に始まったことではありません。おそらく、『もっと上』が今回の一件を握りつぶしたいのだろうと判断して、一度、身を引くことにしました」

「……」


 閃斗は一瞬、『あのデブって言いかけなかった?』と思ったが、野暮なことを言っても仕方がないので口には出さなかった。


「一応、『今回のケースみたいな話』を考えるうえで、見間違えちゃいけないことがある」

「え?」

「そのデブよりも『もっと上』が揉み消そうとしている可能性はある。ただ、『もっと上』の事情がなかったとしても、今回の話は、明らかにあのデブの『マニュアル整備』と『残業』が確定する案件だ」

「……上の思想と、管理職の内心は違うということですか?」

「珍しい話ではないし、典型的なサラリーマン支部長だからな。そりゃ『マニュアルの改訂』だの、『残業』だの、そういうのがシンプルに嫌なのは間違いない」


 元も子もない話ではあるが、当たらずとも遠からずだ。

 しかし、舞美がそれで納得するかどうかとなれば、別の話。


「白堂学園にも、黒王学園にも、Bランク探索者はまだいます。あのゴブリンに遭遇したら、魔力を狂わされて、殺される可能性だってある。そこに目を向けず、報告書を握りつぶすなんて、考えられません」

「まぁ、『この手のイレギュラー』を特に認めないのは今更だけどな」

「……どういうことですか?」


 イレギュラー嫌いというのは舞美も認識していたことだが。


 この手のイレギュラーと、今回のことをどこか限定しているように聞こえた。


 それがどういう意味なのかということだろう。


「今回、俺たちがいたのは18層だが、紫ゴブリンの実力そのものはCランク……21層から30層を適正とする強さだ」

「そうですね」

「この手のイレギュラーを受理した先に待っているのは、『適正階層よりも強いモンスターが出てくるかもしれないから、その対応をどうするのか』を、責任を持って判断し、策を公表する必要性だ。紫ゴブリンだけとは考えられないからな」

「えっ……」


 適正階層よりも強いモンスターである今回の紫ゴブリン。


 では、『それは18層だけの話なのか?』というのは、考えなければならない。


「ついでに言えば、二か月前。似たようなイレギュラーの案件が他所(よそ)で発生してた。その支部は報告書を受理して、そのイレギュラーが発生した階層は全面封鎖だ」


 イレギュラーが発生した階層であり、そこを調査のために封鎖するというのは間違いではない。


 ただし、どれほど正当性と妥当性があろうと、『使われていた部分を規制する』というのは影響が大きいのだ。


「大問題なのは、『その階層の鉱脈スポットから取れる金属』が、ダンジョン周囲の鍛冶師たちにとって重要なものだから、支部長への不満は、『今も溜まりまくってる』らしい」

「……」

「現在進行形でそんなことが国内で発生してるんだ。マリアの洞窟の18層は、Dランク階層の中ではマニュアルが整備されていて、『Dランクが仕事で潜るなら18層』と言われてる」


 要するに、と閃斗は続けた。


「それを封鎖するとなると、『固定給を貰うためにダンジョンに入る必要がある探索者』からの不満がたまるんだよ。そりゃ嫌がるに決まってる」


 閃斗は、試すような視線で舞美を見る。


 ここまでは大前提。


 その上で、舞美がどう思うかだ。

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