第4話 閃斗のルーチンワーク
舞美とミーちゃんと分かれて、ダンジョンの中を歩く閃斗。
探索しているのは『マリアの洞窟』15層であり、先ほどまでいた18層よりも浅い階層だ。
当然、遭遇するモンスターも先ほどより弱く、素早く間を詰めて刀を振るだけで倒している。
「……いつも一人で潜ってるからな。ちょっと遅くなったけど、まぁいいか」
閃斗はそう言いながら、近くの壁を見る。
洞窟の通路の壁で、特に何もなさそうだが……小さなくぼみがある。
「……」
閃斗は窪みに指を入れて、引いた。
ただの壁だったはずが、ドアを引いたかのように動き出した。
「んー……」
いつも通り、と言った様子で、閃斗は中に入っていく。
「『酸性霧の隠し通路』……か。あの子は入らないだろうな」
あまりにも慣れた様子で通路を歩く。
おそらく普段なら、何も考えることはなかっただろう。
しかし、今回は先ほどまで、舞美と一緒に行動していた。
そんな舞美が、この通路を通るはずもないと、思考が混ざったようだ。
酸性霧の隠し通路。
閃斗が口にした名前の通り、この通路は、『酸性の霧』で満たされている。
白堂学園は美容にも力を入れた『芸能人探索者』を輩出する女子校だ。
当然、そんな学校の生徒が、『酸性の霧の通路』など通るはずもない。
そしてそんな通路を、何もないかのような足取りで、閃斗は進んでいく。
「……おっ」
ゴブリンが出現する。
ただ、『酸性霧の隠し通路』の影響を受けないためか、水の膜のようなもので体が覆われている。
ゴブリンだが、閃斗を見て困惑しているようだ。
それはそうだろう。
酸性の霧があるのに、防護服は一切着ていない。
ゴーグルも付けておらず、素顔で歩いているのだから。
「……水の膜は、本当に薄いけど俺もあるのになぁ」
口にしながらも、刀を鞘から抜く。
そのまま、接近して切り伏せた。
魔石を拾いつつ、歩いていく。
「……酸性の霧ってだけで本来ならウザいのに、きっちりモンスターが出てくるんだから、この町の探索者にとっては嫌な話だよなぁ」
自分も『この町の探索者』であるにもかかわらず、他人事のように呟く。
水の膜を張ったモンスターが定期的に出てくるが、それらすべてを一刀で切り伏せる。
「……着いた」
通路はそこそこ長いが、酸性霧というギミックゆえか、モンスターは強くない。
それを抜けると、一つの小部屋だ。
中央には台座があり、水晶が置かれている。
「『特定の場所でやったことが、別の階層でギミックの起動に繋がる』……このダンジョンでよくあるけど、『特定の転移スポットを経由しないと起動しない』なんて、誰が考えたんだか」
水晶に触れる。
次の瞬間、閃斗は転移していた。
★
「……時々思うんだが、お前って毎日毎日実ってるよな。ギミックの場合に限るのかね?」
転移した先にあるのは畑だ。
「ここのワサビが本当においしいんだよなぁ」
閃斗はリュックの中から、電気ケトルとカップうどんを取り出した。
カップうどんの蓋を開けて、粉の袋を開けていれる。
電気ケトルの中の熱湯を中に注いだ。
「あとは……」
畑からワサビを採集して、傍の水場で適当に水洗いする。
おろし金を取り出してワサビをすりおろした。
「……」
うどんに使う分はすり終わったのか、持ち帰るためのワサビも採取して、タッパに入れる。
「……」
スマホを取り出して適当にいじっている。
「へぇ、夢岸不動産の社長がまた、ダンジョンの出現を予測したのか。地価がどうなるんだかねぇ。社長はもうすでにこの町で最大の富豪だってのに、まだまだ会社が衰える様子はないな」
ニュースの中で閃斗が興味を持ったのは、夢岸不動産という名前だ。
ダンジョンはいまだに、新しいものが世界各地に誕生している。
夢岸不動産は、『マリアの洞窟』を有する、閃斗が住んでいる双葉ケ丘市の会社である。
ダンジョンの出現を予測する。
何か法則を発見したのか、それとも何らかのアイテムによって推測しているのか。
手段は会社の機密であり、当然誰もわからない。
ただ、不動産にとっては、『ダンジョンが出現しそうで、なおかつ地価が低い土地』を買って、ダンジョンの出現によって地価が上がったら売り払う。というのは何かと稼げる話だ。
「……あ、出来た」
タイマーが鳴って、閃斗はカップうどんの蓋を開ける。
そこに、すりおろしたワサビを入れて、箸で混ぜる。
「……いただきます」
ズゾゾッとうどんを吸う。
ワサビの風味が漂い、安いカップうどんに確かな刺激が加わっている。
「んー。美味い。60層のワサビは最高だ」
……舞美と行動しているとき、閃斗は『危険物センサーを通りさえすれば、それ以上踏み込まれないから、この町に居座っている』という彼女の指摘に、『正解』と答えていた。
それを踏まえるなら。
60層という、人外がたどり着く領域に足を踏み入れて、そこから特別なワサビを持ち帰るというのは、『Dランクにふさわしくないこと』だ。
踏み込まれないからこそ、11層から20層が適正とされるDランクでありながら、60層に入り浸ることをルーチンワークとしているからこそ、閃斗はこの町に居座っている。
「……ごちそうさん。んじゃ、帰るか」
閃斗はゴミを片付けて立ち上がると、安全エリアの水晶に触れた。
安全エリアの中には転移スポットが存在することがあり、『すでに使ったことがある転移スポット』同士であれば、いつでも転移できる。
ただし、特殊ギミック……先ほど閃斗が使っていた、『酸性霧の隠し通路の奥にある特別な転移スポット』からどこかに飛ぶことはできても、特別な転移スポットに転移することはできない。
そして、特別な転移スポットを使ったからと言って、使ったことのない転移スポットに特例で行けるわけでもない。
閃斗はこの60層にたどり着き、この畑がある転移スポットに来たことがあるからこそ。
酸性霧の隠し通路を抜けた先の転移スポットを使うことで、ここに来ることができる。
「……よし」
転移した先は第1層。
ここからダンジョンの出入り口であるゲートに帰って、管理支部で手続きすることになる。
「いつも通りだ。このままゲートを出て、管理支部で魔石を換金して、5000円を貰って、家に帰る」
閃斗にとって、それは間違いない。
ただし。
「舞美にとってどうか。だな。今回の『紫色のゴブリン』の報告書。『イレギュラー嫌い』のこの業界で、ちゃんと受理されるのかねぇ」
そんなことを呟きつつ、閃斗は5000円分の魔石を持って、ゲートに向かって歩いて行った。




