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第3話 イレギュラー、『魔力を狂わせるゴブリン』

 マリアの洞窟18層。

 Dランクの適正階層であり、本来、『Bランクが膝をつくような相手』は出てこないはずである。


 何らかのイレギュラーが発生したのか、それはこの場では結論を出せないことだ。


 出せる結論は、出現した肌が紫色のゴブリンはCランク相当の強さであり、Dランクである閃斗よりも格上に他ならない。


 舞美は閃斗の優れた体術を見て、『攻撃を捌ける』とは思ったようだが、彼が使っている武器は、『素材は良いが、内部の魔力が荒れている』というもの。


 舞美の基準においてナマクラに他ならない。


 どうあがいても攻撃力が足りず、ゴブリンに勝つことは不可能。


 そのはずだった。


「えっ……」


 刀を鞘に納めたと思った次の瞬間。


 その場から閃斗は消えて、ゴブリンの首が飛んだ。


「ま、こんなもんだ」

「……ぴぃ?」


 閃斗が超高速で、ゴブリンの背後で、チンッと鍔を鳴らす。

 鞘に納めた音だが……舞美からは、いつ抜いたのかすらわからなかった。


 そして、頭の上でジッとしていたミーちゃんが困惑している。


 急に閃斗が高速でゴブリンに接近し、刀を抜いて納めた。

 それだけではあるが、幼い精霊が直感的に予想できる範疇を超えており、何が起こったのかよくわかっていない。


「おっ……」


 ゴブリンがいた場所に、魔石と……紫色の宝玉が落ちている。


「あのゴブリンのドロップアイテムか。『魔力を狂わせる咆哮』を使ってたことを考えると……これを改良して魔道具にしたら、『魔力を狂わせる空気』を扱えるようになるかもしれない」


 閃斗は魔石と宝玉を舞美のポーチに突っ込んだ。


「えっ……」


 紛れもなく、倒したのは閃斗である。

 ただ、躊躇も遠慮もなく、手に入れたアイテムを突っ込んだ。

 困惑する舞美だが……。


「舞美さんは『風属性魔法』が得意みたいだし、俺が言った魔道具はむしろ使いやすいだろう」

「し、しかし、これを手に入れたのは閃斗さんで……」

「あー。俺は良いよ。『Cランクの魔石』も、普段出てこないアイテムを持ってても怪しまれるだけだからな」

「……」

「それはそれとして、体の具合は大丈夫か? 体内の魔力が荒れたら、普通は体調が最悪になるはずだが」


 閃斗の理屈の根本にあるのは『身体強化』の話だ。


 魔力を体に流し込んで身体を強化する。と言った話は探索者の中では当然のこと。


 その際、『筋肉を肥大させる』のではなく、『筋肉の質を高める』ことで身体強化を実現している。


 女性の細腕であったとしても、十分な魔力量と身体強化の訓練を積めば、多少の重労働は問題ない。


 これは『逆もしかり』だ。


 普段から体に魔力を流し込んで強化しているような人間ほど、『その魔力が狂う』ことは、『体の質が低下する』ことに直結する。


 顔面蒼白で、滝のような汗を流して膝をついていたが、明らかに『驚異的な体調不良』だ。


 そうなっていた舞美の体の安否を気にするのは、むしろ当然だろう。


「だ、大丈夫です」

「本当に大丈夫そうではあるが、『魔力内科』は受診しとけよ」

「分かっています」

「ぴ、ぴぃ?」


 ミーちゃんは閃斗の頭から飛んで、舞美の胸元に降り立った。


「ミーちゃん……」

「ぴぅ……オェ」

「はぁ!?」


 ……顔面蒼白で、『滝のような汗を流して』膝をついていた舞美。


 本当に大量の汗を流したのか、相当……まぁ、沽券にかかわるのでやめておこう。


「言いにくいことだが、水分補給しておくべきだな」

「……」


 芸能人探索者を多く輩出する学校の生徒会長を務めるBランク探索者。

 その肩書を踏まえると非常に面目ない話ではあるが、舞美としても、医学的なアドバイスを無視するわけにはいかない。


 ミーちゃんが胸元から飛んで、再び閃斗の頭の上に張り付いた。


「……はぁ」


 ポーチから水筒を取り出して、水分補給をする舞美。


「……ふぅ、それにしても、閃斗さん。お強いんですね」

「だろ? 魔力を狂わせる咆哮を食らってもストレスが全くないほど素質に恵まれなかったけどな」

「……皮肉ですか?」

「俺の秘密を探ろうとしてるのはわかってるが、本音を聞き出すには値しないってことだ。魔力量が少ないのは本当だけどな」


 間違いなく戦った後であり、そして、紛れもない異常事態の後だ。


 そんな状態でも、閃斗の表情は変わらない。


 ミーちゃんも気持ちよさそうに閃斗の頭の上で『ぴあぁ……』と欠伸している。


 浅い階層であっても、モンスターと戦う以上、神経を張り詰めているはずだが、閃斗からはそれを感じられず、そのストレスのなさが精霊にも伝わっている。


「……それに、その刀。間違いなく、魔力は荒れています。先ほどのゴブリンを、一瞬で両断することは不可能なはずです」

「この刀がダンジョンから手に入れた物だろうと、鍛冶師が作った物だろうと、話す義理はないな。ゲート周囲の『危険物センサー』は通ってる限り、踏み込んだことはできないはずだぞ」

「……」


 舞美は少し考えて……。


「……危険物センサーさえ通っていれば、それ以上踏み込まれないからこそ、『この町』に居座ってると?」


 この町は、『白堂学園』と『黒王学園』という、『二つの探索科学校』が存在するという、まさに『特区』のような場所だ。


 探索者のプライバシーはかなり守られており、行政側も、『危険物かどうかを見極めるセンサー』をダンジョンのゲートに設置し、通ることは義務付けているが、それ以上のことはできない。


 そういう権限のバランスは、『探索特区』でしか見られない特有のものだ。


「おっ、そこだけは正解って言っておくよ」


 閃斗は楽しそうな表情になる。


「ということは、その刀にも何か秘密が……」

「『あるに決まってる』よ。それを教える義理はないけどな」

「……本当は、どこまで潜れるのですか?」

「フフッ、さっき、『危険物センサーが重要』ってことにたどり着けたでしょ? 『参加賞』はそこまでだ。ここからは黙秘させてもらうよ」

「ぴっぴっぴっ♪」


 微笑む閃斗だが、何故かミーちゃんも楽しそうである。


「……まぁ、いいでしょう。今日はこんなところで勘弁してあげます」

「まっ、答えられないことは多いけど、迷惑ならいつでもかけに来いよ」

「……思っていたより、良い性格をしてますね」

「『ママ活疑惑』を放置してるやつが、『普通の感性』なわけないでしょ」

「確かに」


 舞美の方も、閃斗との付き合い方は、なんとなくわかってきたらしい。


「まぁとりあえず、一つ目、ここで遭遇したことの報告。二つ目、さっきの宝玉を分析して『魔力を狂わせるのを防ぐ魔道具』の開発。三つ目、君の魔力内科の受診。忘れないようにね」

「……わかっています」


 言われずともわかっていることだ。


 それが、『普通のDランクが気にするようなことではない』としても。


「じゃあ、そろそろ俺のルーティンの時間だ。ミーちゃん。残念だけどここで別れよう」

「ぴぃ!?」

「今度、ミーちゃんの枕カバー用に、予備のインナーを持ってくるよ。それでいいかい?」

「ぴぃ! ぴいぃ!」


 ミーちゃんはバタバタ飛んで、閃斗の右手の小指に触れた。


 約束だぞ。ということだろう。

 上機嫌な様子で、舞美の胸元に飛んでいった。


「それじゃ、俺はこのあたりで失礼するよ」

「ええ……いろいろ、勉強になりました」

「そりゃよかった」


 手をひらひらと振って、閃斗は舞美から離れていった。

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