第39話 人外
閃斗の動きは、十分に目で追える。
魔力量が少ないため、身体強化も魔法も意味をなさない。
使用武器は刀だが、振ったからと言って斬撃が飛ぶわけでもない。あれは魔力を固めて飛ばすのがこの世界におけるやり方であり、閃斗にはできない。
しかし、土屋の攻撃はすべて閃斗に当たらず、閃斗の攻撃は明確に土屋に迫る。
閃斗の攻撃は一撃で土屋の膝を地につけるようなものではない。
明らかに、長引かせようとしている。そういう攻撃だ。
いたぶっているわけではない。ただただ、観察している。
「ぐっ、くそっ……な、なんで当たらねえ!」
滝のような汗を流して、土屋は吠える。
当たらない。
どれほど土屋が剣を振っても、閃斗には当たらない。
それが、土屋が自分に付与した『最強』の自己催眠に影響を与えてくる。
「なんで当たらないかって? 単純な話だ。俺の体の動きは実質、『多くの分野のトップアスリートや武芸者』のそれを融合させたものに近い」
「はっ?」
「俺が開発した300個の魔法と、それを自動運用するスキルによって、常にパフォーマンスは最高値で固定されるし、武芸者が何十年とかけて積み上げる『反応速度』をいくつも自動化して保持してる」
「な、なんだと……」
「お前は『探索者として』はCランクで中級上位だが、それだけだ。世界は広い。戦い方なんていくらでもある」
「……」
「それらの戦い方の理屈さえわかれば、俺は雷属性魔法で『神経』に作用させることができるんだよ」
「は、反則だろそんなの……」
「反則じゃない。理不尽だ。魔力と言うルールにおいては最初から記述されていることで、魔力はお前の都合では動かない」
「くそがぁ……」
現在、土屋の意思は『自己催眠』で作った仮想人格だ。
そのため、記憶を持ち越せるわけではなく、次に同じ自己催眠をやったところで、前の時の記憶が保持されるわけでもない。
実験として土屋の反応を見るならば、今だけだ。
土屋が何か疑問を感じて、それが口から洩れたなら、閃斗はそれにこたえる。
その答えを知ったらどう思うのかを見たいから。
「チッ、お、お前は、舞美を守りに来たんじゃなかったのかよ。俺を早く、片付けなくていいのか?」
「……ああ、なるほど、その自己催眠。『舞美に危害を加える』か、『ポーションなどで外部から治療される』の二種類でしか解けないわけか」
閃斗は納得した様子。
「自分から解くことはできないし、自分からポーションに手を伸ばすこともできない。そんなお前が『早く処理すること』を口にするってことは……ああ、諦めたのか」
「んなっ!?」
「残念だが、別に早く片付ける動機はないんだよ」
「そんな……」
「警察だけで対応できるなら公的機関の範疇であって、人外の俺が横から口を出すことじゃない。ただ、アイツらが対抗できないから、俺が自分の好奇心を優先してるだけ」
自己催眠で強くなるとしても、警察が十分に対応できる強さに収まる可能性は十分にあった。
それはそれで閃斗の期待外れだったというだけの話。
ここまで動いているが、舞美を守る正義感や倫理観も別に嘘と言うわけでもない。
いろいろ通そうと思えば、通せる理不尽が閃斗にはある。
しかし、公的機関にも立場があり、そこにDランク探索者が口を出せる範囲は限られている。
あくまでも、閃斗の美学・持論の話だ。
土屋が疑問に思ったなら説明はするが、別に土屋から同意されたいわけでも、理解を得たいわけでもない。
「な、なんなんだよ、その判断基準は……」
「俺の美学として、『Sランクであることを公表する』なら、社会に対してそれ相応の要求をする権利はあるが、『Sランクであることを隠す』なら、社会に対して配慮しろ。と思ってる」
「配慮だと?」
「美学だから、別に他のSランクに押し付けるつもりもないけどな」
閃斗は諦め始めた土屋に対して、『面白くなくなってきたな』とは思いつつ。
「しかし……興味深い観察結果が一つあったな」
「なんだよ」
「今、お前の自己催眠は、ちょっとずつ揺らぎ始めてる。非常に強固な自己催眠だから、『仮想人格の前に立ちはだかる壁』として最後まで観察できると思ってたが、思ったよりそういうわけでもないらしい」
「はっ?」
「自覚はなさそうだな」
閃斗はため息をついた。
「自己催眠中の人格だから俺はここまで話したのであって、それが解けちまったら何の意味もないからな」
先ほど、『早く俺を片付けなくていいのか?』と土屋から言われて、その点に関してはほぼ無視していた閃斗だが。
そもそも論、『自己催眠が維持できるかどうか』は大前提だ。
そこが崩れると、実験にならない。
閃斗は……仮想人格ではない、『本来の土屋』には、何の興味もないのだから。
「はぁ、そろそろ片付けるか」
「なに……」
次の瞬間、土屋は脇腹を斬られていた。
「えっ……」
そのまま、土屋の体は地面に崩れ落ちる。
「……まぁ、終わらせるとなれば、これくらい早く終わるんだよなぁ」
閃斗はジャージのポケットからポーションを取り出した。
「さすがにこのまま放置すると死んでしまうからな」
土屋の傷に振りかけると、急速に治り始める。
閃斗は周囲の警官たちを見る。
自分が持っているポーションをかけるかどうかだが……。
「別に、警官にポーションはかけなくていいか。警官と土屋の戦いで負った傷だからな。俺には関係ないか。打撲の薬くらいは警察側に任せるか」
ポーションが入った瓶をポケットに突っ込んだ。
脈拍が問題ないことは、遠くからでもわかる。
むしろ、ここで自分のポーションを使ったら、あとで混乱するだろう。
「……さて、手錠は一個借りてるし、付けたら誰か起こそうか」
誰かを起こさないと、土屋を連行する手続きが進まない。
「それにしても……精神系魔法の対抗術は、服の繊維にすら組み込まれるものなのに、土屋の精神魔法はそれを突破していた。それほどの腕があるやつが自己催眠をやっても、『理不尽』を前にすると崩れるわけか」
閃斗は微笑んだ。
「まぁ、ここまで関わった駄賃としては十分か」
非常に単純な話だ。
本当に正義感はあるから、助けようとした。
本当に美学があるから、社会に、公的機関に配慮した。
本当に好奇心があったから、最後まで関わった。
全て本当のことで、Sランクには、『自分の中の本当』を、全て通す力がある。
ただ、それだけの話だった。
……閃斗の声は誰にも届かず、夜の闇に溶けていった。




