第38話 『シークレット・クロノス』
刀を構える閃斗と、剣を握る土屋。
土屋は足に魔力を集中させて、爆発的な初速で接近し、剣を振りぬくスタイルで戦うようだ。
探索者らしく、全身に身体強化を張り巡らせるのはもちろん、ロケットスタートした後でも剣を振りぬくためのかなり研究している。
閃斗はそれを、容易く避けていた。
「な、なんだ、何故、当たらねぇ……お前の動きは決して早くない。ていうか、魔力がほとんど感じられない。身体強化なんてやってないのと同じだろそんなの」
土屋は次々と斬りかかる。
しかし、閃斗には一発も当たらない。
身体強化をしっかり使って突撃してきて、剣が全力で振るわれる。
明らかに閃斗を殺す気の斬撃だが、閃斗はそこに関してもあまり気にしている様子はない。
「ただ……俺が魔力を固めて鎧にすれば、お前の攻撃は通らねえ」
「そう思うか?」
「火属性魔法を使ったところで、ライターの火が限界だろ!」
「ほう……闇雲に突っ込んでくるだけじゃなくて、何かの分析魔法も使ってるのか」
閃斗の魔力量は、『ダンジョン非推奨』だ。
それほど少なく、火属性魔法を使ったところで、出せるのがライターくらいの威力になるのもあっている。
とはいえ、Cランク探索者は『中級上位』だ。
無策でモンスターに突っ込むと、絶対にロクでもない結果が待っている。
初めて遭遇するモンスター相手に分析魔法を使うのは当然で、分析魔法を使えないならマニュアルが整備された階層を使う。
分析魔法を使える土屋自身は、いろんなダンジョンに適合できる実力の持ち主と言える。
「当たり前だ! お前ひとりで俺を倒すことは不可能。時間稼ぎのつもりか? そんなナマクラで俺を斬れると……」
土屋の口から、言葉が続かなかった。
閃斗の刀は、一見すると、『素材は良いが内部の魔力が荒れていて、探索者が使う武器としては適していない』というもの。
刀ではあるが、魔力が荒れすぎて切断力が欠けており、鈍器のようなものだ。
それを、意味のないレベルの身体強化と合わせたところで、攻撃は通らない。
はずだった。
閃斗の刀の内側にある魔力が、一瞬で、整えられる。
静謐な印象すらあるオーラが、刀から放たれる。
「……な、なんだ、それは……」
「この刀の名前は、『宝刀レマ・サバクタニ』……素材は良いけど魔力は荒れてるんだが、その荒れてる魔力を中和する『極小の魔力』を流すことで、荒れてる魔力が全て業物に向かうんだよ」
土屋は分析魔法の使い手だ。
刀の魔力が急激に安定したことは、分析魔法が使えない閃斗よりもむしろ、視覚的にわかるだろう。
「チッ……」
今の刀で斬られたら、今の土屋の身体強化でも突破される。
魔力を固めて鎧を作っても、そのまま、上から斬られる。
そういう鋭さだ。
「マリアの洞窟でとあるギミックをクリアすると、浅い階層で簡単に手に入るんだよ」
「なんでわざわざそんなものを……」
「なんでって……Dランクを装うのには、こういったものを使うと便利って話だ」
どこまで魔力を振り絞ったところで、閃斗はライターの火が限界だ。
この手の『凄まじい武器』は必要になる。
とはいえ、魔力を込めずとも、確かな切断力がある刀など、ダンジョン界隈では珍しくない。
しかし、そういう刀を持っていると、Dランクと思ってくれない。
それだけのことだ。
閃斗がこの刀を使うのは、ただそれだけのこと。
「武器の情報をペラペラ俺に渡すとは、舐めてんのか?」
「いや……その『強者の自己催眠』だが、戦いが終わったら、『自己催眠中の記憶は消える』んだろ?」
「っ!?」
土屋の表情が大きく変わる。
「今回の一件、襲ってくる奴はどいつもこいつも、根っこは逆恨みだ。本当に、心の底から、自分が正しくて、舞美を襲うのが正義だなんて思っていない」
「何を……」
「それはお前も同じだ。おそらく、過去に何かあって、間接的に舞美が原因だったことがあるんだろう。ただ、心の底から、本当に舞美を恨んでるわけでもない」
「だ、黙れ!」
「そんな奴が、『正義を執行している』と迷いなく言うなら……自己催眠を解いた後の『反動』を抑えるために、記憶を保持しないようにするのが一番いい。というか、『お前はそうした』……方法はいろいろあると思うが、お前の選択はそれだ」
土屋の表情が大きく変わる。
「まぁ、『強者としての仮想人格』みたいなもんだ。そんな状態のお前に、自分のことをペラペラしゃべっても問題ない」
「……ぐっ。い、いや、違う」
「何が?」
「お前のそれは、『俺が知ることが問題ない』って話であって、『お前が説明する理由』にはならねえ。動機は何だ!」
閃斗は少し微笑んだ。
「ほんと、お前賢いな」
「茶化すんじゃねえ!」
「フフッ、全部教えてやるさ」
「あっ?」
閃斗は語る。
「お前はCランクだ。Bランクのような上級でもなければ、Aランクのような天才でもない」
Cランクは、中級上位だ。
「しかし、『人格』だけが、人を殺すことすらためらわないほどの、最強の精神を持っている」
土屋を真正面から見据えて……。
「その最強の精神の前に立ちはだかる『壁』として、『人外の理屈』が現れたらどうなるんだろうかって、気になったんだよ」
「はっ?」
「紫ゴブリンの時は候補どまり。一回目のデートで俺にナイフを刺してきたやつがいて、その時に確信した。ダンマテの収録現場のビルの5階にいるお前を見て、『自己催眠』と言う手段を選択肢にすると確定」
少し楽しそうに、閃斗は話す。
「長話の中で、『自己催眠中の記憶を保持しない』という裏付けが取れた」
「こ、ここまで舞美を助けるために関わっていて。それすらも、お前の好奇心を満たすためだったって言うのか!」
人を助ける理由が、自分の好奇心を満たすため。
突かれれば、普通は顔が歪むことではあるが……。
「んー。まぁ俺も人間だからな。表層的には、それなりの正義感や倫理観はある。努力に対する敬意もある。ただ……助ける理由にはなっても、ここまで関わる理由にはならんだろ」
舞美を助ける動機が不純なものである。
土屋の指摘で、閃斗の表情は変わらない。
「その程度の誹りで傷つくような人間だと思ったのか? 加害者はお前だ。自分の恥を俺に押し付けられると思うなよ?」
誰が何と言おうと、加害者は悪い。
加害者への対応が間違っているからお前は恥じるべきだ。
そういう異論反論は聞くが、別に受け入れるわけではない。
「で、まだまだ説明しなきゃならんことがあるからな。順番に話そうか」
閃斗は微笑む。
「おそらく知らないと思うから教えるが、50層のボスは、『認めた挑戦者に、スキルを与える』という仕様がある」
「はっ?」
「魔法ではない。身体強化のような技術でもない。まさに『異能』と呼ぶべきものが、50層に挑み、認められることによって得られる。そして、人間の体のリミッターを外すような『人外の思考』と合わせることで、50層のボスを突破し、51層に踏み込める。ダンジョンは、そういう難易度設計になっている」
「……」
土屋にとってはあまりにも強烈な情報ではあるが。
どちらも、ただの原則だ。
賢い土屋が理解できない話ではない。
「チッ……さっき、『全部教えてくれる』って言ったよなぁ。じゃあ、脳のリミッターを外した結果、お前は何ができるんだよ」
「スキルじゃなくてそっちの方が先に気になるのか」
自己催眠を使う人間らしい優先順位ではある。
「俺の魔法の出力は低いんだが、もっともっと低くできる。ミクロレベルまで下げて、体内に使ってるんだよ」
「た、体内に?」
「火属性の応用で体温の維持。水属性魔法の応用で保湿したり血の流れを良くしたり……あと、地属性魔法の応用で、『角質を除去したり』とかな」
「……」
土屋は、自分の腕を見る。
……次の瞬間、彼の腕から、何かで切り裂かれたように、血が噴き出た。
「ぐっ、がああああああああああああっ!」
「そうなるから機密ってことにしてたんだよ」
「ぐっ……」
ポーチからポーションを取り出して、腕にかける。
傷は収まっていくが、完全には治らない。
「はぁ、はぁ……こ、こんなの、何度も出来るはずが……」
「それを、自分の技術として体得するまで訓練する。それができるから、『人外』なんだよ」
「お前の肌が綺麗すぎるのも、それが理由か」
「そういうこと。ついでに、肌のセンサーが良すぎて、危機感知とかが凄いことになる。さっきからお前の攻撃を余裕で避け続けてるのもそれが理由だ」
「チッ……それで、スキルは……」
「話、一個飛ばしてるぞ」
「はっ?」
閃斗は『もうちょっとゆっくりすればいいのに』と思いつつ。
「俺がさっきから話してるのは、『人外』の理屈だってこと、分かってるのか?」
「……え、じ、じゃあ……お前は」
「ああ。俺はすでに、50層を突破して先に進んだ、『Sランク探索者』ってことだ」
「お、お前は、ママ活のDランクじゃなかったのか!?」
「あれ、俺のこと知って……ああ、そりゃそうか」
舞美と付き合っている人間だからと閃斗に襲い掛かる人間がいるくらいだ。
当然、サイトの中で、閃斗の情報は共有されている。
もっとも、その情報を鮮明に思い出したのは、今かもしれないが。
「え、Sランク探索者だと。そんな奴が、なんで舞美に手を貸してるんだよ」
「だからさっき言ったじゃないか。お前が目的を果たすための壁として、『人外の理屈』が立ちはだかったら、どうなるのかが気になったって」
「……」
土屋の表情が変わり始める。
「まぁ、質問には答えないとな」
少しおびえている土屋に、閃斗は語る。
「俺が発現したスキルは、『誰も知らない動く時計』……意識してできる魔力の技術を、睡眠中も、無意識でも可能にするスキルだ」
「はっ!?」
「俺が今まで、意識的に開発し、体内で運用し始めた魔法の数は、大体300個」
「さ、三百!?」
「常時、それだけ体内で使ってれば、そりゃ『こんな肌』になるって話だ」
体内に魔法を使う。
それは間違いないが、それだけなら、『体のどこを見ても神肌の理由』にはならない。
全身の肌質にかかわる部分をリアルタイムで干渉するなど、閃斗でも無理だ。
スキルによって『自動化』されることで、閃斗は、神肌を維持している。
「さて、『状況』も『動機』も話した。ここからは、お前の反応を、よく見させてもらうよ」
「ぐっ、クソガアアアアアアアアアアアアアッ!」
閃斗の刀と土屋の剣が、火花を散らした。




