第40話 不完全に救われる世界
「……解決しちゃったんですね」
「根っこは焼いたけどまだ枝も葉も残ってる。ただ、すぐに枯れるだろうって感じかな」
黒ジャージ姿で資料をまとめている閃斗が、生徒会長室で舞美を話している。
閃斗は土屋を捕縛したわけだが、結果的に、土屋が精神魔法使いであることが明らかになった。
実質的に、自爆でもあった。
閃斗がポーションをかけたが、傷を治すとともに、自己催眠も解除する効果もある。
土屋が目覚めた時、警察署の中にいたわけだ。
彼は、『自分が警察に捕まったとき用の自己催眠』を自分に仕込んでいたはずだった。
強者の自己催眠と違い、条件付きで表に出てくるもの。
だが、閃斗のポーションで、『裏に仕込んでいた自己催眠』もまとめて吹っ飛ばしてしまったため、取り調べで散々、『ボロが出た』らしい。
「警察に捕まった後も取り繕えるように仕込んでいたみたいだけど、ポーションで全部解除したから、警察署の取り調べでパニックになって、散々、ボロが出たらしい」
「……そう、ですか」
「まぁ、民意の威を借る狐も、巣穴で吠えるだけなら可愛いもんだが、表に引きずり出せばその程度だ」
土屋は精神系魔法をサイトに使うタイミングを失った。
サイト、『真実の白い板』も、舞美への憎悪や殺意は下火に……より厳密に言えば、『アンチが集まる掲示板としては健全なもの』になった。
もう、舞美をナイフで刺そうなどと言う、極端な奴は出てこないだろう。
「殺意を維持するのも非常にストレスだからな。それを増幅する精神魔法がサイトから消えるし、殺意が育まれてたこの学校の生徒や教師も、徐々に冷静になるだろう」
「なれるんですか?」
「精神系魔法にもいろんな種類があるが、土屋が使っていた精神魔法はそういうものだ」
「……そうですか」
別に全ての精神魔法についての事件で、今回のような決着になるわけではない。
ただ、土屋が自己催眠をした『仮想人格』を真正面から観察した閃斗の判断だ。
「まぁ、客観的にそれを証明することはできないからな。守る意味でも、もうちょっと、ここで臨時講師を務めることになったよ」
「えっ」
「最初は数週間から一か月程度かなって思ってたら、なんか伸びたんだよな。今年度は続けることになったよ。流石に手放すのが惜しいと思われたらしい」
「それはそうですよ。ゼリー飲料を進めただけで、成績が伸びたという報告が数多く来てますから」
舞美は書類の束を閃斗に見せる。
彼女の言う通り、成果が良くなったという報告が来ているのだろう。
「だろうな」
「もしかしたら、私のようなBランク探索者も珍しくない状態になるんじゃないかってちょっとソワソワして……」
「そうはならんと思うが」
「そうですか?」
「あんな安いゼリー飲料でBランクにはなれんよ。Cランクで卒業することを目標としてるからそれに合わせてるし」
「そ、そうなんですね……」
「第一、Bランク以上を目指すのは白堂学園じゃなくて、この町でもう一つある黒王学園の方だ。あっちは実力主義だからな」
「確かに」
「それに、Bランク探索者は行政側が探索者に求めるノルマが凄いからな。魔石なんて全部捨ててきていいからモンスタードロップとか持ち帰ってこいって話になるし、その頻度も多くなる」
「……」
舞美が微妙な表情になった。
そもそも。
Bランク探索者として、行政から課される『ノルマの空気』は、舞美の方が感じ取っているだろう。
舞美は優秀だから、白堂学園の生徒会長と、Bランク探索者と、芸能活動をすべてこなしているが、他の人はそうはならない。
「芸能活動にも支障が出るからな。ちょっと内容を不完全にして調整してる」
「内容をあえて不完全にしてるんですか!?」
「ああ、やろうと思えば、ちょっと高いゼリー飲料を買ってもらって、Bランクを目指すこともできる。ただ、ランクが上がるとバランスが悪くなるってのは、この業界だと珍しくない」
「……」
探索者業界に身を置くなら、強さは重要だ。
しかし、強さを手に入れることと公言することの先には、より多くのタスクが待っている。
それらの期待に応えられなくなって潰れるのは、珍しいことではない。
「それは、そうですね」
「……」
「ところで、その、土屋琢磨さんですよね。あの人は、どんな理由で、私を恨んでたんですか?」
閃斗は舞美を真正面から見た。
「……昔、パーティーを組んでいたらしい。Cランク探索者四人のパーティーで、武器の更新をしたら30層を突破して、Bランク探索者になれるって時に、パーティーの共有資金を他三人が使い込んでて、結局挑戦できずに解散したそうだ」
「その使い込んだって……」
「舞美に関連するグッズとか、投げ銭とか、そういうやつだ」
「……」
「本来なら仲間を恨むんだろうが、別に探索してきた日々が偽物になるわけでも、楽しくない思い出になるわけでもない。だから、舞美を恨むことにしたんだろう」
「そんな……理由で……」
舞美は何も悪くない。
ただ、土屋が昔、仲間との金銭トラブルがあった。
シンプルにまとめるとそれだけのことでしかない。
「しばらくはソロで活動して、ある時に精神魔法に目覚めて、そこからはサイトを使って殺意を育んだ」
「それほど、私が原因で、狂わされた人が多いってことですか?」
「厳密には、恨んでるやつが多いというより、『逆恨みの感情を全く持ってない人』が少なかったって話だな。精神魔法は植え付けないが、増幅させるものだから、元の感情の大きさは関係ない」
「……」
舞美は少し、考えている。
「閃斗さん」
「なんだ?」
「聞いてなかったことが一つあるんですけど、いいですか?」
「いいぞ」
「……なんで、私を助けてくれるんですか?」
書類を作る閃斗の手は、一瞬も止まらなかった。
「どういえばいいかな。『凡人の妄想』ってやつに、昔から関心がある」
「妄想?」
「そうだ。以前話したな。『アンチをハッカーが全部晒せばいいのに』みたいな話」
「はい」
「それすらも、『凡人の妄想』だって俺は思う。ただ問題なのは……俺はそれを、実現できる力を手に入れてしまったことだ」
「えっ?」
「『近未来型のダンジョン』の深い階層のアイテムなら、自分だと一切バレない状態で、その妄想を実現するものも珍しくない」
こんな話をすると、舞美は、閃斗がSランクなのではないか。と確信する可能性はある。
それはそれとして、閃斗は、自分が昔思いついた妄想を、実現するだけの力がある。
それを共有しないと、話が進まない。
「土屋もそうだ。精神系魔法で抜群の実力があるアイツは、サイトを一つ支配して、確かな殺意を育んだ。自分の手を一切汚さず、『悪女を成敗する正義』を作り上げた」
「悪女を成敗する正義って……」
「それは、『凡人の妄想』が実現してしまったという意味では、『俺が進むかもしれない道』でもあった。だからまぁ……『調子に乗ったガキに現実を見せたらどうなるんだろう』っていう、大人の意地悪みたいな欲望が出ただけ」
「……」
「まぁ、土屋は俺の三つ上みたいだが」
「そうですか……」
微妙な反応だが、そもそも舞美は、土屋を見たことがない。
あったこともないおっさんの年齢など興味もないだろう。
「ただ、舞美に関しては、今まで俺が出会ってきたやつとは違う」
「そうですか?」
「ああ。自分の中にある『凡人の妄想』に折り合いをつけるのではなく、他人の、潜在的な『凡人の妄想』に配慮しようとしてる。尊重しようとしてる」
「……」
「責任とか保証の話なら、俺の場合はどうなるんだろうなって思うんだよ。俺の場合、金銭的な保証でいいのなら、ダンジョンの奥で暴れたらいいだけだ。凡人が望む保証を、俺はできてしまう」
閃斗がたびたび持ち帰ってくるワサビ。
これ一つとっても、飲食業界に与える影響は非常に大きい。
仮に閃斗がこれを専門的に持ち帰り、市場に提供すると公言する探索者であったなら、ワサビを使える料理が確かなブームを巻き起こすし、それは止まらないだろう。
それほどの実力を、閃斗は持っている。
そうして閃斗が得た金銭を、『閃斗を原因だと思い込む逆恨み』に対して保証しようとすれば、それはきっと、ロクでもない結果につながるはずだ。
「仮に、土屋のパーティー解散の原因が舞美じゃなくて俺だった場合のパターンとして、土屋の当時の問題はただの金銭トラブルだ。保証することなんて何も難しくない」
「金銭なら、確かに」
「ただ、舞美が何か保証しようとしたところで、出来ることは大してない。謝罪動画を出すとか、ちょっと活動を自粛するとか、『その程度』の話だ」
「その程度って……」
「凡人の妄想を扱うなら、『無力』じゃないとバランスが崩壊する。俺は無力ではないから、バランスが壊れてしまう」
閃斗は舞美を正面から見る。
「むしろ、舞美がどんな答えを持って、そこから『卒業』するのか。見届けたい気持ちがある。だから関わってる。それだけだ」
「……可愛いとか、性格とか、頑張ってきたこととかじゃなくて、『凡人の妄想』に巻き込まれている人だから、関心があるってことですか?」
「まぁそんな感じだ。俺も自分で答えは持ってるが、それは俺の持論と美学から生まれたものだから、舞美に教えても意味がない」
「……そうですか」
舞美はため息をついた。
「同じこと。なんですね」
「ん?」
「芸能活動とCランクの両立を目指す学校がBランクに手を出そうとすることも、『強者が保証すること』を正しいとすることも、どちらも、バランスが崩れる」
「そうだな。『世界は不完全によって救われる』……そういう論点で話すなら、どっちも同じだ」
「……わかりました」
舞美は、窓の外を見た。
「……探してみます。まだ私が、この学校の生徒で、閃斗さんが、この学校の先生である間に」
「そうか」
「それに……」
「それに?」
「肌の秘密も知りたいですからね」
「……フフッ」
閃斗は微笑んだ。
「それは機密だ」




