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第36話 土屋、襲撃失敗

 舞美の帰宅は夜遅い。


 探索科高校の平日は、授業は午前中だけで、午後は探索者としての活動をすることになっている。


 その上で、舞美のやることは多い。

 舞美は現在、『芸能人』と『生徒会長』と『Bランク探索者』という立場を持っている。


 芸能人としていろんな仕事をしているのは言わずもがな。


 生徒会長として、判を押さなければならない書類も多く、確認も多い。


 Bランクとしても世間からかなり、ダンジョンに潜ることを求められている。

 魔石はどんな階層のものだろうと、量が変わるだけで質は変わらない。

 しかし、モンスタードロップは違う。


 Bランクという『上級』の探索者しか入れない場所から、何かを持ち帰る。

 それは現代のダンジョン産業においても確かな需要がある。


 芸能人としての仕事、生徒会長としての書類整理、Bランク探索者として求められるノルマ。


 全てをこなして家に帰ったとき、慣れていてもクタクタで、ミーちゃんを胸に抱いてマンションに入ることになる。


「宝生さん。では、また明日」

「はい。また明日」


 もともと車で送迎しているが、最近は命を狙われているのだ。


 その上で普段通りの仕事をこなす舞美も、仕事をさせる事務所もおかしいと言えばそれまでではあるが。


 ただ、マンションに関しては、管理会社が自分たちのブランドをかけてセキュリティを組んでいる。


 ここまで帰ってきたら、大丈夫だ。


 そう思うのは、少なくとも、舞美が悪いわけではない。


 ★


「車から舞美が出てきたか。よし、車が離れたら、すぐにズドンだ」


 近くの路地裏から、土屋は、『銃口がない狙撃銃』を向けていた。

 遠くからとはいえ、『実弾』というのは殺意が強すぎる。


 それよりも殺傷性の低い『麻痺魔法』を打ち込むための専用銃であり、麻痺魔法を撃つだけなので、銃の先端に穴が開いていないものだ。


「……よし、車が発進した」


 車が発進した。

 舞美はまだ、建物の中には、入っていない。


「フンッ、舞美が建物の中に入る前に、車が発進するなんて脇が甘い」


 土屋はニヤッと笑う。

 とても本質を突いた言葉だ。


 しっかり、舞美が建物の中に入ってから車が発進したほうが、『警戒』として適している。


 とても本質的であり……。


「そうだな。俺もそう思うよ」

「えっ……」


 麻痺魔法を撃つための銃が、真っ二つに切断された。


「な、なんだ……」

「驚いてる暇はないだろうに……舞美はマンションに入ったな。というわけで」


 土屋は襟を引っ張られる感触と共に、裏路地を引きずられる。


「な、なんだ!?」

「ほい!」

「うおっ!」


 マンションから見えない道路まで引きずられて、土屋が着ていた隠密マントを剥がされて、道路に投げ捨てられる。


「……グッ、だ、誰だ!」


 フードマント型の隠密マントを着ていた土屋だが、今は顔を晒して、真っ二つになった銃を持っている。


「動くな!」

「うっ……」


 周囲から、警官が土屋に拳銃を向けている。


 ライトも照らされて、その顔も晒すことになった。


「土屋琢磨だな。傷害未遂で逮捕する!」

「け、警察だと。ば、バカな。張りこんでたってのか!? おかしい、俺のマントはAランク階層から出たもんだ。裏ルートから仕入れたってのに、なんで俺を認識できたんだよ!」


 引きずられたのだ。

 誰かが、隠密マントを着た土屋を発見し、ここまで引きずってきたのはわかった。


 しかし。


 Aランク階層の隠密マントだったのに、それを、警官たちの装備で突破されるというのが、非常に腑に落ちないらしい。


「んなもん。殺気が漏れまくってただけだ」

「!」


 うまく、認識できない。

 土屋はそう思っていたが、そう、『フードマントを脱ぎながら、一人の青年が、その場に現れた』。


「んなっ……に、認識阻害か。一体、何層のアイテムだよ……」

「今はそんなことどうでもいいんだよ。とりあえず、それを舞美に向けてるところはすでに撮影したからな」

「はっ?」


 閃斗は土屋に、一台のスマホの画面を見せる。


 そこには、なかなか殺意の高い目で銃を構える土屋を正面から撮った写真と。

 その土屋が、銃を舞美に向けている写真。


 ばっちり撮られている。


「なっ、し、シャッター音なんて、一切聞こえなかったぞ!」

「警察仕様だよ。あ、これ渡しておきます」

「ありがとうございます。さて、土屋琢磨。現行犯で逮捕する!」


 警官たちが土屋を囲って、全員が拳銃を向けている。


「……う、うるせえっ! 俺は正義を執行してんだ! 俺の邪魔をするな!」


 土屋の作戦は、今ならまだ、精神系魔法の影響を受けた、『被害者の一人』として扱ってもらえる。という前提だ。


 その作戦において、ここで彼が取るべき行動は、警察から何かを諭されるまでは、徹底して、自分の正義を執行しようとすること。


 警官たちが、『張り込んでいた何者か』という認識でしかなかったはずの土屋の名前を一発で当てたのは、土屋としても少々不可解ではある。


 ただ、『サイトの重度の利用者』としてリストに載っていたから。とも推測できる。

 別にここに土屋がいると思って張っていたわけではないだろう。


 ここは現在、命を狙われている舞美が住んでいるマンションの近くであり、警察が張り込んでいても不思議ではない。


 自分にも催眠をかけている。


 今は、今はまだ、『精神魔法の被害者』の擬態は完璧だ。


(こうなったら……今はまだ。俺は精神魔法の被害者としてふるまえる。ここで暴れて、制圧して、あのマンションに入って舞美の部屋を特定し、襲えばいい)


 マンションのセキュリティは確かだ。


 そこに入る前に、麻痺魔法で動きを止めて、剣で刺せるならよかった。


 だが、舞美がすでにマンションの中に入って、こうして自分は警察に囲まれている。


 サイトの連中は、特に殺意を育んだ奴は意気消沈して、もう育てられない。


 自分がやるしかない。


 ここで逮捕されて、精神魔法が解かれたら終わりだ。


(俺が取るべき手段は、『暴走』だ。それも、こいつらを全員、制圧できるくらいの

強さになる必要がある)


 次の瞬間、土屋は、足に、身体強化を行った。

 土屋は初速からトップスピードで、マンションとは逆方向の裏路地に逃げる。


「お、おい! 待てっ!」


 警官たちが慌てて追いかける。

 そんな彼らの姿を見ながら……。


「あの初速で飛び出す動き、訓練の賜物だな。Cランク階層なら、あの技術だけで稼げるだろう」


 閃斗は少々、呆れた。


 そもそも閃斗は魔力量がダンジョン非推奨とされるほど少ないため、『爆発的なトップスピード』は出せない。


 別に羨ましくはないが、『こんなタイミングでも役に立てていること』には、褒める以上に呆れた。


「……Sランクとしての直感かな」


 閃斗は呟く。


「アイツは今も、大きな罰を受けることなく、舞美を害したいと思っている。だからこそ、舞美を襲えるチャンスは、今だけだとわかっている。精神系魔法の被害者でいられる、今だけだと」


 閃斗は刀の柄頭を、指でトントンと叩いた。


「ここでスプレーを噴射して、アイツが自分にかけた精神系魔法を解除すれば、それ以降、『精神魔法の被害者』としては振舞えなくなる」


 サイトの連中は使い物にならず、自分で襲うしかない。

 その上で、自分が捕まるとしても、大きな刑罰を負いたくない。


 精神系魔法の被害者として、主犯ではない立場で、舞美を襲いたい。


 ここまで殺意を育むほどの精神系魔法が解除されてしまったら、もう二度と、主犯ではない立場では、舞美を襲えない。


 それくらいのことは、わかっている。


「……それだと、なんか、凄くめんどくさいことになりそうな気がするんだよなぁ。『黒幕の腐臭』ってやつか?」


 ジャージのポケットから小さなスプレーを取り出したが、すぐに、ポケットにしまった。


「土屋。残念だが、穏便な方法を取る選択肢は消えた。お前の都合じゃなく、黒幕の意向でな。そこは、かわいそうにと思っておくよ」


 閃斗も土屋を追いかけていった。

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