第34話【土屋SIDE】 自分が襲うしかない。
「はぁ……これは、俺が襲う側になるタイミングってことか」
土屋琢磨。
Cランク探索者であり、暴露系掲示板サイト『真実の白い板』を使い、精神魔法で舞美への憎悪を育んできた張本人。
そんな彼は、缶ビールを飲みながら、今後の計画について考えていた。
「サイトの利用者の中でも、殺意が特に高まってるやつが、次々と出て行ってる。おそらく、警察の事情聴取が入ったか」
土屋はサイトの掲示板を開く。
そこには、とあるコメントがあった。
「……『舞美様と親密になった男を発見した。殺して首を持って、舞美様を殺すときの舞台に飾ってやる』……こいつ、ここから一切更新してねぇ。おそらく返り討ちに合って、警察の世話になってる可能性が高い」
さらに、パソコンを操作する。
「……実際に襲われる事件が発生したんだ。警察だって、犯人の男の動機を探るために、他のサイト利用者に事情聴取するのは捜査として間違ってねぇ」
口に出して、頭の中で整理していく。
「この事情聴取で、自分がやってることに冷めちまったか。クソ」
空になったビール缶をゴミ箱に投げる。
外れて床に転がったが、土屋は気にしなかった。
「俺の精神魔法は、サイトから逆探知はできねぇ。だからこそ、俺自身、『精神魔法の影響を受けている被害者』としてふるまえば、アイツらの捜査はすり抜けられる」
口に出して、ふと、思う。
「……待てよ? 今が、舞美を襲う、絶好のチャンスじゃないか?」
これまでは、精神魔法で焚きつける側だった。
それが、『精神魔法の被害者』としての立場を演じる段階になって、一つ、思いついたことがある様子。
「俺はこのサイトの、重度の利用者だ。事情聴取は必ず来る。その前なら、俺が舞美を襲っても、精神魔法の被害者のままだ」
頭の中で、計画が組みあがっていく。
「……事情聴取の後で襲ったら、流石に取り繕うことはできねぇ。今だ。今だけ、俺は舞美を襲える」
サイトを見る。
殺意は、熱意は、冷めてきている。
特に熱意を持っていた人間が次々と抜けたことで、燃料が足りていない。むしろ勢いは下降気味だ。
「ここから、誰かを育てるってのも難しいか」
一度に何人も消え過ぎた。
誰も、舞美に傷一つ付けることはかなわず、捕えられたり、無力化されている。
「……ククッ、なんだ。自分でやればよかったんじゃないか。俺たちのパーティーをめちゃくちゃにした悪女に、鉄槌を与えるときだ」
土屋は笑みを浮かべると、立ち上がって、剣を研ぎ始めた。
「問題はどこで狙うかだな。刺した後で捕まったとしても取り繕うことはできるが、あの女を刺した程度で俺が捕まるなんて割に合わねえ」
土屋は、とあるバックアップを思い出した。
「……そういえば、舞美が住んでるマンション。俺知ってるじゃねえか」
どこかのタイミングで、事務所の人間がサイトに漏らした、舞美が住んでいるマンション。
流石に『そこまでの情報』が外部に晒されたままだと問題だと判断して、バックアップを取りつつ、精神魔法で誘導してそれは忘れさせた。
「車で送迎されるはずだ。車から降りて、車がどこかに行って、舞美がエントランスに入る直前」
マンションと言えど、車を降りてからエントランスに入るまでは、無防備だ。
「そこを、麻痺魔法を高速で飛ばして動きを封じて、剣で切りかかる。これでいい。ここまで自宅が襲撃されてないんだから、『家はバレてない』って油断してるはずだ」
具体的な計画が、組みあがっていく。
「俺の正義が、やっと果たされる。いつ事情聴取が俺に来るかわからねえ。すぐにでも行動に移さねえと」
サイトの熱意は冷めてきて、ここから、殺意を実行する人間を育てるのは非常に困難だ。
警察が四六時中見張っている可能性があるのだから、そんななかで精神魔法をサイトに使うのは危険すぎる。
警察の権限は土屋にもわからないが、あとで土屋のスマホの履歴を見た時に、精神魔法が発動されていた時期と照合される可能性もある。
もう、サイトの連中は、頼りにならない。
事情聴取されて、『自分が精神魔法の影響を受けている』と申告されてしまえば、その後で舞美を襲っても取り繕うことはできない。
今なら、まだ、襲える。たとえ捕まったとしても、精神魔法の影響と主張できる。
「日本の司法は、『黒幕が他にいる』とわかっている中で、俺を主犯として裁くことはできねぇ。俺がやってきたことは、無駄じゃないんだよ」
土屋は笑う。
サイトの熱意は冷めてきたが、それでも、彼にとっては、ここまでやってきた甲斐があるのだ。
サイトが育っていない初期ならともかく、今なら、刺すかもしれない人が何人もいる。
木を隠すなら森に隠せ。
森を作ったことは、無駄ではない。
「ハハハ……アハハハハハハッ!」
土屋はわかる。
いや、みんなそうだ。
自分の正義を果たす段階になると、人は、抗えない陶酔に呑まれるのだ。
……このタイミングで、こんなことを言うのは酷かもしれないが。
Sランク探索者……いや、51層以降に潜る探索者と言うのは、『人外』専門だ。
言い換えると、『殺気を感じ取ること』すらも、人外の性能を求められる。
そんなところに、『濃密な殺意』が溢れたとしたら。
いや、やめておこう。
これ以上追及したところで、誰も幸せにはならない。




