第33話【舞美SIDE】 「ぴぃ」では限界がある
「ぴいっ! ぴっきゅうっ♪」
枕に閃斗のインナーをかぶせたもの。
舞美が住むマンションの寝室に置かれたそれに、ミーちゃんは大喜びだ。
「ミーちゃん。今日、新しいインナーを貰ったからって、はしゃぎすぎじゃ……」
「ぴいあああっ!」
「……」
自分は風呂上がりの女子高生だというのに、この扱いの違いは何なのだろう。
舞美は三割くらい本気でそう思った。
「……ねぇ、ミーちゃん」
「ぴぅ?」
「……私がこれまでやってきたことって、正しかったのかな」
「……ぴうっ?」
ミーちゃんは首を傾げた。
「いろんな人と仕事してるし、相手の事情を考えて、配慮して、問題が起こらないように頑張ってきたと思う。でも、実際は、そうじゃなかった。問題がないように動いても、私に恨みを持つ人は、ずっと出てくる」
逆恨みなんて人間にとって珍しいことではない。
殺意を抱くのは人間にとって珍しいことではない。
それを実行する手段を手にすることなど、珍しいことではない。
探索者ではあるが、同時に芸能人だ。
いろんなことを経験して、それらは重々承知している。
「ぴあぁ……」
「なんで欠伸してるの?」
「ぴいっ!」
ミーちゃんは枕から飛び立つと、本棚に行って、小さなノートを口に咥えて、ベッドに戻ってきた。
「ぴいっ!」
「……これ、私が、Bランクになったときのメモ」
舞美は手に取って、パラパラ捲る。
「……」
「……」
「……ねえ、ミーちゃん」
「ぴう?」
「結局、何が言いたいの?」
「ぴああああああっ!」
察せないなら諦めろや!
と言いたいのは舞美にもわかった。
ただ、残念ながら、ミーちゃんに人語を話すことはできない。
コミュニケーションを取ろうと思ったら文字通り『察する』しかないのだが、ノートを一冊渡されたからと言ってわかるものではない。
ただ、それはそれとして、読み進める。
「……あ」
メモが書かれたノートは、わずかな空白のページを残して、『Bランク到達!』と書かれていて。
その下には、『中学卒業と同時にCランクも卒業!』と書かれている。
現在、舞美は18歳の高校三年生。
三年前の自分がこんなキャラだったのかはわからないが、まぁ15歳だ。
なんか上手いことを書こうとしてこうなったのかもしれない。
「……卒業、か」
閃斗も言っていたことだ。
彼自身、昔はいろんなことを考えていたし、怒りを抱いていたこともあった。
ただ、それらを取り消すことはなく、舞美にも明かして、それらは『卒業した』と言っていた。
「……ねえ、ミーちゃん。卒業って、なんだと思う」
「ぴぃ?」
ミーちゃんは首を傾げた後、枕を口に咥えて、ちょっと飛んで、ベッドから枕を降ろそうとする。
その枕を、舞美は手でガシッとつかんだ。
「渡さん」
「……ぴぃ!」
「……あっ」
ちょっと顔が赤くなった舞美であった。
そして、思い出した。
『いつでも迷惑かけに来いよ』
閃斗が言っていた、あの言葉を。
「……ねえミーちゃん。私って、閃斗さんから、卒業できるのかな」
「ぴいっ?」
「閃斗さんがいないと、とても不安なんだよね。それを卒業して、対等に話せるように、私はなれるのかな」
「……ぴうっ!」
ミーちゃんは、枕をポンポン叩く。
「……ミーちゃんとしては、インナーを定期的にもらえるならあとはどうでもいいと?」
「ぴいっ!」
「……」
ちょっとずつ、ミーちゃんに聞くのが間違っているのではないかと思ってきた舞美である。
「卒業か。今は三年生で、一年過ぎたら、高校を卒業することになるけど……なんだろう。最近、それで何か、環境が変わる感じがしないんだよね」
「ぴっ?」
「中学のころから、芸能人としても仕事に打ち込んできた。進級して、進学して、でもすでに私の中には、そことは別に、『社会の中で戦ってる』って自覚があるんだ。高校から大学に進学しても、なんか……あまり、変わらない気がする」
「ぴうぅ?」
「探索者としても、芸能人としても、生徒会長としても立場がある。ただ……生徒会長しての私はともかく、『芸能人探索者』って、昔から今も、これから先も、何か、変わるような気がしないんだ」
新しい環境に身を置くことで、人は何かが変わる。
それは間違いではないが、正確に言えば、『その環境との深さ』によって変わる。
学校でしかできない深い関係と言うのは確かにあるが、それに縋って生きているわけではない。
「多分、重要な時だと思うんだ。いろんな立場があるけど、どれもこれも、頑張ってこなしてきて、『私なら大丈夫』ってみんな思ってる。そういう環境だった……これまでは」
「ぴぃ……」
「いきなり、私への殺意を育んでる人達がいるって言われて、本当に、何かに縋らなくちゃいけなくなった。閃斗さんがいて、そのおかげで私は今も生きてると思う。閃斗さんがいなくなったらどうなるのか、とても怖い」
端的に言えば、舞美は非常に優秀だ。
いろんな立場があるが、それらをこなして、『周囲が舞美を頼れる環境』になっていた。
しかし、今回の精神魔法の一件は、明確にこれまでと異なる。
これまでの仕事では絶対に確保されていたセーフティが存在しない、文字通り、自分にナイフが刺さるかもしれないという話だ。
Bランク冒険者だからと言って、年から年中、身体が頑丈なわけではない。
身体強化をしていない時に襲われたら、ナイフは刺さる。
舞美が何に油断するのかを調べて、明確に狙ってくる人がいる。
閃斗はそれを力技で無力化するほどの力を持っていて、そんな閃斗の厚意で、今の舞美は平和に過ごしている。
「閃斗さんって、私のどこを気に入ってるのかな」
Bランクの自分を動かす価値を、舞美は理解している。
その自分がどうしようもならないことを、完全に無力化できるほどの実力がある閃斗は、本来、どれほどの対価を払わなければならない相手なのか。
……そうだ。
「なんで、私を助けてくれるのか。それをまだ、聞いてなかった」
まだ、そこを聞いていない。
「そこに、まだ、私が足りないものと、このままでいい何かがある気がする」
舞美は、ミーちゃんを見た。
「すぴ~……ぴうぅ……」
ぐっすり寝てるぞこのトカゲ。
「……はぁ、ミーちゃんは昔から変わらないね」
微笑んだ後、舞美はミーちゃんと一緒に枕を抱きしめた。




