第32話 尊重
閃斗の今の役職は、『白堂学園の美容臨時講師』である。
ただし、閃斗は美容の専門家と言うわけではない。
ダンジョンの中で結月に語った通りだが、『ミクロレベルに出力を抑えた魔法を体内に使って、コンディションを抜群に整えた結果』が、今の閃斗の肌質だ。
一切のストレスを感じさせない、光を吸収して内側から輝くような肌になっていることは間違いない。
ただし、美容品の性能ではなく、『探索者としてのコンディション』であり、どちらかと言えば『スポーツ科学』である。
だからこそ、閃斗としても、確かな原理の説明をしつつ講義できるのは、『体調の整え方』だけなのだ。
「……閃斗さん」
「どうした?」
白堂学園の生徒会長室。
舞美は書類を整理しながら、閃斗と話していた。
「……そろそろ、警察の捜査が始まるころだと思います。3日でフィルターが調達できる以上、そろそろ、どんなサイトが原因なのか、もうわかっているかもしれません」
「……」
「でも、警察も事務所も、私には何も言わないんです。ただ、事務所の、上層部の空気が少し変わったのは、私も感じています」
「……そうか」
閃斗は一瞬、『フィルターの調達は三日かかる』と言う情報を舞美に与えるべきではなかったかもしれないとは思ったが。
よくよく考えれば、上層部の反応を見ればわかるか。ということで、『時間の問題』と頭の中で片付けた。
「誰も、何も言ってくれないんです。私自身、高精度のフィルターなんて用意できませんから、本当にそんなサイトがあるのかどうかを調べるわけにはいきません」
「そうだな」
「私は……どうするべきだったのか、最近、疑問に思うようになりました」
「……」
「閃斗さんは、どうするべきだったと思いますか?」
「そうだなぁ……」
閃斗は少し考えて……。
「……相手を尊重しすぎじゃないか?」
「えっ……」
「今回の一件に関しては、少なくとも、舞美が誰かに直接危害を加えたわけではないと思う。逆恨みを原動力にした殺意を育んでいるわけだ」
「それは……」
「そしてそいつらは、その殺意を実行することすらも正義だと思ってる。俺が散々無力化したが、明確に、武器を持ってきていた」
「……私を傷つけなければ気が済まないほど、怒りをため込んだということですよね」
「そうともいえるが、共同体の中でしか同意を得られない正義というのは脆いもんだ」
閃斗はため息をついた。
「すごく、極端な例を出してもいいか?」
「はい」
「どこかのハッカー集団がそのサイトを発見して、アカウント、本人の名前、住所、電話番号を全て晒された挙句、そのサイトでどんな発言をしていたのかを晒されたとすれば?」
「え、えぇ……」
「逆恨みで誰かを殺してもいいだなんて、共同体の中でしか同意を得られないことだ。自分の正義を信じて疑わない連中は、その正義が晒されることを想像していない。脆いもんだぞ。そんなの」
舞美は愕然としている。
しかし、少し、間をおいて……。
「あの、なんで、そんな極端な例を思いつくんですか?」
「昔、同じことを考えたからだ」
「えっ?」
「俺にだって誰かのファンになることはあったし、その人にアンチが湧きまくったこともあれば、アンチに怒りを出したこともある」
今回の閃斗の立場と、似たような話だ。
「その時に、『どこかの犯罪集団が、こいつらを白日の下に晒せばいいのに』って思ったこともある」
「えっ……」
「今回の奴らだって、殺してもいいだなんて話、表立ってできるとは思ってない。コミュニティの外からは貶されることなんて理性ではわかってるはずだ」
「それは……」
「ただ、人間って言うのは、『元々同意を得るつもりはないのに、実際に貶されるのは嫌』なんだよ」
「なんで、そこまで、分かるんですか?」
「俺が言った『犯罪集団がこいつらを晒せばいいのに』って発想を、知り合いから貶されたこともあるし、反論しても正論でボコボコにされたことがあるってことだ」
閃斗の表情は変わらない。
本人にとっては、苦々しいというものですらない。
「俺はその知り合いがいたから、そういうのからは卒業できた」
「卒業って……」
「その上でだ」
閃斗は舞美を見る。
「俺の話を聞いて、馬鹿馬鹿しいとは思わないか?」
「ん……」
「俺だって、『そういうのから変われた自分』を自分で評価してたこともあったが、こんなの自慢してても恥ずかしいだけだからな。『相手の意見を尊重できる自分』なんて、そんな輝かしいものじゃないと思う」
「……」
「そういうのと折り合いを付けつつも、客とカメラの前で笑顔を振りまくのが『芸能人』じゃないのか?」
「うーん。うーーーーーんっ!」
舞美は唸った。
反論の余地はありそうだ。
探せば、どこかありそうだ。
ただ、舞美には、今ここで、それに反論するための語彙力がないのだ。
「結局、どうすればいいんですか?」
「知らん」
「えぇ……」
「別に舞美の判断基準を全て知ってるわけじゃないからな」
「そーいうストレスがあると肌が荒れるので、美容臨時講師としておしえてくださーい」
「とんでもねえ棒読みだな。しかも長い」
閃斗はため息をついた。
「ミーちゃんにでも聞いてみろ。それじゃ」
「はぁ!?」
資料をまとめて、閃斗はさっさと生徒会長室を出ていった。




