第31話 真実の白い板
警察の捜査は進んだ。
以前、閃斗にナイフを向けた男を逮捕して、そのスマホの中身を確認するための令状を出していた。
ただし、その男が使っていた身体強化の性質が普通ではなかった。
通常、探索者は幅広い状況に対応するために、苦手分野を潰しつつ、全体に身体強化を張り巡らせるのが常識である。
だがその男は『閃斗を殺すために必要な最小の部位』に絞って身体強化をしていた。
探索者としてはあり得ない『癖』であり、精神系魔法の影響を受けていた人間の特徴でもある。
精神系魔法の存在が前提に出てきたからには、捜査する上で『精神系魔法の影響を受けないようにするためのフィルター』が必要になる。
そもそも現代では、服の繊維などに、精神系魔法への対抗魔法が組み込まれている。
すでに対抗策がインフラになっている中で、それを突破する精神系魔法が観測されたのだ。
フィルターがなければ、捜査する警察官が影響を受けかねない。
そして、フィルターも調達して、スマホを見ると。
まぁ、一目瞭然だった。
「『真実の白い板』……暴露系の情報・掲示板のサイトか」
警察署で、閃斗は警官から説明を受けていた。
「はい。幅広いジャンルを扱っていますが、『宝生舞美』のページ、および宝生さんについてのスレが異常に発達しています」
「さすがに外部から一見してわかるようなものじゃないか」
探索者、女性、学生、Bランク……といった具合に、いくつか進んだ先に、舞美の項目がある。
「サイトを確認しましたが、多くの、怨嗟の声がありました。それが急激に冷めたような、想像もつかない展開もありましたが」
「あー、冷めたのは俺が原因だな」
「えっ?」
「宝生さんに収録があったときに、俺が現地で、襲おうとしていた人たちにポーションを噴射して無力化したからな」
「……確かに、サイトのスレには、収録現場の情報も含まれていました。収録で何も問題がなかったのは不審でしたが、あなたが対応していたと」
「そうなります」
「……」
警察としては、閃斗が個人で、何かをしているとは思っていた。
舞美への殺意があるとわかって、それでも閃斗が警備会社に紛れることはできない。
その上で、『偶然そこに居合わせるのが限界だ』と言っていた。
それゆえに、どんな手段なのかはともかくとして、現地に待機して、何か問題が起こったら解決すると。
「……具体的な数字はわかりませんが、少なくとも20人は、非常に冷めています。それを、あの場で、一人で無力化したと?」
「その通りです」
「……まぁ、『この業界』は、その手のことは起こりえますし、嘘をつく意味もないので信じましょう」
その手のこと。
Dランクとなっているのに、本当はさらに上のランクで、裏ですべてを力技で解決する実力を持っている。
高ランクが、裏で、厚意で動く。
これで、閃斗に『護衛代』として大金が支払われているというのなら、警察としてもその価値を逆算しやすいが、閃斗はその様子もない。
「……やろうと思えば、公的機関を『忖度』しなくてもいいカードを持っている人の動き方にも見えますが、藪を突いても蛇で済ませるのが私のやり方でして、それでよろしいですか?」
「いいですよ」
白堂学園と黒王学園。
二つの探索科高校を抱える『探索特区』の警察署だ。
どうやら、場慣れ……いや、変態に慣れているらしい。
「そういえば、精神魔法って、逆探知はできないんですよね」
「えぇ、令状があれば、アカウントごとに本人を確認することもできます。ただし、誰が精神魔法を持っていたのかは、探知できません」
「要するにそこで止まっていて、現状、誰が精神系魔法を使っていたのか、候補を絞っているところってことですか?」
「その通りです」
閃斗は収録現場で、『精神系魔法を使っていた本人と思われる男』を目撃している。
ただし、それは閃斗の感覚から導き出したもので、論理的に説明できるものではない。
そんな状態で、『捜査資料を見せてくれ』などと言えるはずもない。
「あと、このサイトのこと、宝生さんには……」
「まだ、言えません」
警察が発見したサイト、『真実の白い板』。
確かに、精神系魔法の痕跡はあった。
そしてそれと同時に、『舞美への怨嗟』が、これでもかと詰まっていた。
その全てが逆恨みであり、舞美は一切、何も、悪いことはしていない。
人には『程度』というものがあり、その範囲で金を使うなら、何も問題は起きないが、『魔性の美』というのは、それだけで、人の程度を狂わせる。
人を狂わせることが罪だと思った人間が、このサイトで、殺意を育んでいる。
「宝生さん本人に、見せられるものではありません」
「それは、そうですね……」
白堂学園の生徒会長として。
現役のBランク探索者として。
事務所に所属する芸能人として。
非常に多くの仕事と責任と、契約を抱えているのが舞美だ。
そんなものを伝えたら、『これまでの自分がやってきたことの正しさ』を見つめる時間が必要になる。
「……宝生さんほどではありませんが、この手の案件は、時々起こります」
「俺もそう思います」
「その上で、何が正しいのか。我々も、時々、迷うことはありますよ」
「……弱音なのか本音なのか、何故、俺にその話をしようと思ったのか。俺にとってはどうでもいいことですが、持論でも語りましょうか?」
「聞きましょう」
「大きな力が一つ生まれると、それまであった正義も悪も、『気が付いたら踏みつぶしていた』なんてことはよくあります。高ランク探索者の暴走なんてその典型です」
「ふむ……」
「ただ、踏み荒らされるのではなく、『気が付いたら狂っていた』と言うケースもある。それが、今回の舞美のような話。今までと同じ地面に立っているのに、人の中身だけが変わる。踏み荒らされた大地は検証できても、人の心はそうはいかない」
閃斗は、少し考えて……。
「どの方向に狂うのか。流れるのか。その導線をあらかじめ用意する。そこだと思います。公共放送を使える行政こそが、『心の溝』を掘る役目を担う。治水って言うのは、湖の壁を高くするだけではありません」
「なるほど」
「もっとも、これは単なる美学の話ですし、異論も反論も聞きますよ。俺が受け入れるかどうかは別として」
「……実に健全な精神性ですね」
持論は語る。美学も語る。
同時に、相手が反論する権利を保障する。
受け入れるかどうかではない。
お互いに『そういうもの』だと思って、折り合いをつける。
非常に健全であり……。
「同時に、このサイトを使っている人たちに、持っていてほしい精神だと思いますよ」
「同感です」
もっとも。
そんな精神を誰もが持っているなら、警察は要らない。




