第19話 状況整理と臨時講師としての誘い
収録は無事に終わった。
これからするべきことは、『裏で閃斗が何をやっていたのか』の共有である。
非常に残酷は数字を出すことになるが、それを隠しておくと、舞美のためにも社長のためにもならないのだ。
「現地にいたのは26人だと……」
「ええ、ポーションを顔に吹きかけて、全て殺意だけを無力化しました。殺意と精神魔法が絡み合ってたみたいで、全員、憑き物が落ちた顔でした」
「……収録は本当に、『何も起こらなかったし、何の違和感もなかった』らしい。君から『通行人の殺意は片付ける』と言われたが、それほどか」
「それほどでした」
閃斗、舞美、社長。
この三人で、社長室のソファに座って情報共有中だ。
夜遅いので、ミーちゃんは舞美の膝の上でスヤスヤ寝ている。
「あの、閃斗さん」
「どうした?」
「ポーションを顔に吹きかけたそうですが、何層から持ち帰ったものですか?」
「……」
「認識阻害アイテムを身に着けていたと予想していますが、それも、何層から持ち帰ったものですか? 魔力量が少ない閃斗さんは、隠密系の魔法も使えないはずです」
「……」
舞美の目は真剣だ。
「逆に聞くが、不安か? 何層か言わないと」
「いえ、答えていただかなくても、私は閃斗さんを頼りにできます」
「あっそ……」
正直に答えるという方法もあった。
ポーションは57層という、Sランク階層から持ち帰ってきたと。
ただ、舞美と社長が閃斗を見る目は、大きく変わるだろう。
もちろん、閃斗も、『年貢の納め時』というものがあるのはわかっているが、それはいまではないとも思っている。
閃斗は微笑んだ。
「随分、安物な誘導だな。まぁ、俺に遠慮がないのは歓迎するよ」
何層から持ち帰ったものなのかを教えてくれないと、26人が本当に無力化されたのかわからないし、コートの方も誰かにバレているかもしれない。
そういうレトリックで聞き出すという方法もあるが、舞美としても、答えてくれるとは思っていない。
「……あの収録の後、異常につかれている四人をメモしている。ただ……あの四人が、本当に、宝生への憎悪を望んでいるのか? 私からは、本当に仕事熱心にしか見えない」
「でしょうね」
「それに、矛盾する」
「矛盾?」
舞美は首を傾げた。
閃斗は頷いて答える。
「あの場には、二種類いた」
指を一本立てる。
「舞美への殺意を育てようと思ってる人と」
もう一本立てる。
「すでに育った殺意を実行しようとする人」
明らかに、真反対の方針だ。
「この二種類の人間が、お互いを邪魔することなく、お互いに干渉せず、現場で動いていたっていうのが不気味なんでしょう」
「そういうことだ」
スタッフの中で影響を受けていた四人は、間違いなく、今回の仕事を成功させようと集中していた。
それと同時に、舞美を狙った事件が起こることも想像していたし、実際起こったら、武術経験のない彼らは何もできなかっただろう。
それはそれとして。
現場には、舞美に危害を加えるために、ナイフや武器を用意した人たちが多くいた。
殺意が高まっていた人間だけで26人。
現場にはいたが、それ未満の人間が、いったい何人いたのかは、もはや想定も出来ない。
そんな、現場に来た人間の中だけでも、絶対の溝があるといえる空気だった。
経営者からすれば。
一つの目的があれば、それに向けて全員が自分の仕事を全うすることが『一体感』であると思うはずで、今回のような状況は不気味だろう。
「まず、『現場のスタッフ』という分類だと四人しかいません。サイトの内部では少数派でしょうし……殺意があることと実行の間には絶対の壁があります」
「それは……」
当然のことだ。
普段なら手軽にやっていることであっても、実行するというのは何かと重いのだ。
それが、白昼堂々、人を傷つけるとなれば、『実行』には大きな壁がある。
「それに、スタッフの四人は、舞美さんが頑張っているところを間近で見ている。その上で、サイトを見て憎悪を膨らませているという、感情のせめぎあいが起きていて、実行まで移せない人たちです」
舞美が頑張っていることなど、事務所の人間なら誰もが知っている。
探索者としての仕事、生徒会長としての仕事、芸能人としての仕事。
全てをこなすその作業量はとんでもないものだ。
「頑張っていることを認めてしまうと、『確かに持っている自分の怒り』を許すしかなくなるし、サイトが持っている『同意』に乗れない。だからこそ、『憎悪を育てる側』になることで、サイトを裏切っていないと思っているんでしょう」
感情は川の流れのようなものだ。
流れ出したらいつでも止められるようなものではなく、大きな川に巻き込まれたら逃れることは困難を極める。
「……会社よりも、そのサイトを裏切らないことが、あの四人にとって重要だというのか?」
「重要と言うより、『緊急』なんですよ。急速に殺意が育つなら、『コメントの投稿ノルマ』の文化が出来て、強い言葉を使い続けなきゃいけない。毎日毎日、『同意』を得るために、何か書かないといけないって追われてるんです」
「同意……」
「まぁ、実際はないんですよ。ノルマなんて」
「はっ?」
「そのかわり、ノルマがあるという空気が、確かにあるんです」
昨日は投稿してなかった。
そういわれるだけで、背中に冷水を流されるような気持ちになる。
「この社会でもっとも、中毒になりやすい概念ですからね。熱意がインフレしてるところで、『冷めた』と思われたら、裏切者扱いされるんです。そういう空気ができるんです」
社長は閃斗を見て、おそるおそる、言った。
「それは、理解した構造を説明しているのか? それとも……」
閃斗はどこか、ハッとしたように社長を見た。
「……俺のこれが『経験則』だと見抜きましたか。流石ですね」
閃斗はため息をついた。
「成功している人への嫉妬と、それをSNSにぶつけること。まぁ、とうの昔に『卒業した』話ですよ」
「そうか。なら、それには触れないでおく」
「そうですか」
閃斗はフフッと微笑んだ。
「閃斗さん」
「なんだ?」
「私の安全を確保するための質問です」
「ん?」
「白堂学園の生徒は、いましたか?」
「……3人いた」
閃斗の反応に、社長は驚いた。
「実行の移そうとした26人のうち、3人が白堂学園だと」
「はい」
舞美が生徒会長を務める白堂学園。
その生徒が、舞美に危害を加えるためにあの場に来ていた。
「となると……学校内も、安全ではないと」
「そういうことになるな。ただ、生徒全員が探索者の環境で、下手な不意打ちはできないはずだが……」
街中なら、戦闘において素人も多い……というか、素人が圧倒的多数だ。
その中で暗躍するのと、探索者学校と言う、全員が戦いに対して経験を積む環境で暗躍するのとでは、文字通り難易度が違う。
「……では、閃斗さん」
「なんだ?」
「白堂学園の、臨時の美容講師になってくれませんか?」
「……」
閃斗は、見ただけで、精神魔法の影響を受けているかどうかがわかる直感を持つ。
舞美を守るために、学校内に潜入するのは、必要であり緊急と言える。
ただし、25歳でDランクのおっさんが、今まで無関係だった女子校に潜入するなど許されない。
しかし、舞美が仰天するほどの美肌の持ち主であり、『臨時の美容講師』という形なら、圧倒的な説得力がある。
説得力はある、のだが……。
「その澄ました顔の下で、すっごい笑みを浮かべてないか?」
「何のことでしょうか?」
芸能人特有……と言うと偏見かもしれないが、舞美は真剣な顔つきだ。
「……はぁ、悪女の才能があるな。君は」
「褒められたと思っておきます」
「わかったよ。まぁ、たまには『白』星を譲っておこうか」
「……『白』堂学園だけに」
「「何か言いましたか社長?」」
「いや、なにも、あの……本当にすまないと思っている」
二人から軽く睨まれて、社長は謝るしかなかった。




