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第16話 どんな気持ちで褒めてるの?

「はいはいストップ。お前ちょっとこっち来い」

「えっ、はっ?」


 閃斗は内ポケットの中にナイフを隠し持つ男の腕を引っ張って、路地裏に引っ張った。


「な、なにしやがっ、うおっ!」


 閃斗はスプレーを男の顔にブシャブシャ吹きかける。


「うぉ、あああ……あ、えっ? お、俺、こんなところで何して……」


 閃斗は男が困惑している間に、さっさと離れた。


 閃斗は『認識されないコート』を身にまとっている。


 男としては、『誰かが引っ張ってきた』ことはわかるはずだが、手が離れたらその時点で引っ張ってきた腕のことすら認識できなくなるのだ。


「……高ランクポーションをスプレーに入れて吹きかけるだけで、精神魔法が解けてるな。相手に直接触れることなく、スマホで見れるサイト越しだと少量で済むのか」


 スプレーをコートの裏に突っ込みながら、閃斗は路地裏から出て観察している。


「しっかし、あいつで10人か。こりゃまだまだいるな。さすがに57層から手に入れたポーションだから少量で良いとして、残るのかねこれ」


 閃斗は『次』を見つけて、速攻で近づく。


 認識されないコートのため、街中で急に走り出しても疑問に思われない。


「はぁ、こういう時、鑑定魔法が使える奴は良いよなぁ。遠くからでも一発で見分けられるから楽なのに、俺は魔力量が全然ないから、『妙な雰囲気があるかどうか』で判断しなけりゃならん」


 閃斗は魔力量がFランク、探索者でいえば『新人』であり、そもそも『ダンジョン非推奨』の量しかない。


 鑑定魔法の才能があったとしても、それを起動することは不可能である。


 ただし、Sランクの観察眼で、呼吸の乱れや歩き方、まとっている緊張状態から判断している。


 ほぼ『直観』と言えるものだ。


「昨日の今日でマジックアイテムを事務所が用意するのも無理だし、俺もそういうのが出てくるダンジョンは知らんからな」


 遠距離の鑑定魔法を実現するマジックアイテム。


 昨今だと、ダンジョンのフィールドワークを専門とする探索者向けのスマホが研究されている程度。


 流石に用意することは難しい。


「はいはい、君だよ。ちょっとこっちおいで」

「うわっ、何だ……うおおっ!」


 また顔面にスプレーをブシャブシャ吹いて、路地裏に放置した。


「はぁ、緊張状態なんて客観的な証拠にするの難しいし、探索者は街中で大振りのナイフを持ってても取り締まりの対象じゃないからなぁ。誰かを指したわけでもないのに警察に突き出すなんてできないし……未然防止って力技だなまったく」


 舞美たちを見る。


「……ん? ああ、あの大型のコスメショップに入ったか。店員に影響を受けてたら面倒だし、行ってみるか」


 閃斗は人込みを走り抜けて、コスメショップに入る。


「自動扉じゃなくてよかったよ」


 扉を開けて中に入る。

 そのまま周囲を見渡して……異様に、鞄を握る手が強張っている人を見かけた。


「アイツか」


 一人の少女に近づく。

 手を伸ばして、その口を閉じた。


「うっ……んっ」

「……持ってたのはナイフじゃなくて、化粧水の瓶に危険な魔法薬を入れてたのか。特攻とは恐れ入る」


 スプレーを噴射して、そのまま離れた。

 舞美を見ると収録中だ。


「あら、これ、宝生さんの写真。宝生さんもこれを使ってるの?」

「そ、そうなんです」


 枢木が美容液のパッケージを手に取ってカメラに向けている。

 舞美はちょっと、声が上ずった。


(あれは……俺の肌が全部弾いてたやつか)


 枢木がサンプルの中身を取り出して、自分の手に付けて塗っている。


「あ、すごい。肌にすごくなじみますね! ダンジョン産の化粧品って、この値段でこんなに凄いんだ」

「そうなんです。『RasterMAX(ラスターマックス)』という会社が開発した最新バージョンなんですよ」


 頬が引きつるのを我慢してスマイルを維持している。

 流石に、閃斗の肌がキメ細かすぎて全部弾いて仰天した経験があるにもかかわらず、その笑みができるのはすごい。


 なかなか、芸能人だ。

 ただし。


「ぴっぴっぴwww! ぴぷぷぷっ♪」


 ミーちゃんは大笑いである。


「あらあら、ミーちゃんどうしたの~?」

「ぴいっ♪ ぴうぅ~♪」


 ミーちゃん視点、面白過ぎて笑いが止まらないようだ。


「フフッ、このクリームも試してみようかしら」

「……」


 舞美の頬がちょっと引きつった。


「お、おお、すごい。ふわふわねこれ」


 枢木は感激している。


 もちろん、収録なので感情はある程度盛っているだろうが、感激しているのも事実だろう。


(あのクリーム。顔に塗ろうとしたらそのまま滑り落ちたやつか)


 閃斗は内心でそんなことを思ってた。

 そして舞美もそれを思い出しているようで……。


「そうなんです。こちらもダンジョン産の素材なんですよ」

「すごいわね。あ、成分表に『コカトリスの羽毛コラーゲン』ってある。昔、倒したことがあるけど、こんな風に使われてるんだ」


 コカトリス。

 まぁ、名前の雰囲気から『強そう』だが、枢木は元Bランクであり、上級探索者だ。

 ダンジョンによっては倒したこともあるだろう。


 その時、ADの一人が、ホワイトボードを手に取った。


(アイツだ)


 閃斗は一瞬だけ目を細める。

 そのADは、『精神魔法の影響を受けている』のだろう。

 ただ、ホワイトボードの内容は、『舞美さん。表情を柔らかく』だった。


「あ、すみません」


 美容液だのクリームだの、仰天する経験があったからか、頬が引きつっている自覚はあるのか、舞美は謝る。


(……俺は、何のコントを見せられてるんだ?)


 八割くらい本気でそう思った閃斗であった。

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