第13話 共同体で育まれた殺意
社長は警官から、今回の事件について聞いた。
まず、逮捕した男は、舞美に殺意があること。
舞美が管理支部から連れ出した閃斗を殺して、その首を使うことで、舞美を絶望させることができると考えていたこと。
分析魔法の結果として、『精神系魔法』によって感情が増幅されていること。
一体どこから精神系魔法をかけられたのかについてはわからないということ。
「……確認したい。精神系魔法をかけられたのは、あの男だけなのか?」
あの男を捕まえておけば、舞美が襲われることはないと言えるのか。
「……分かりません。あの男は、自分が殺意を持っていることは明言していますが、それ以外に有益な情報は何も」
「となると、日常的に何かを使っていて、その何かに、精神系魔法が仕込まれていた。と言ったことも考えられます」
「どういうことだ?」
「特定の誰かと会って何かを貰った。というよりは、普段から使っている物……おそらくスマホで何かのサイトを普段から使っていて、そこに仕込まれていた。と考える方が、個人的に説得力はあります」
「……よく、ご存じですね。今、裏で、裁判所で令状を出してもらうための書類を作っているところです」
「警察にしては動きが早いと思うのは失礼ですか?」
「こういってはなんですが、今後の被害者と想定される方が……」
警官は舞美を見る。
「Bランク探索者で大手事務所に所属するとなると、警察も動きが早いと」
言いにくそうだったので閃斗は言語化した。
「早いことに文句は言いません。実態を把握することが最重要ですから。それに……最悪のケースだと、『舞美の安全な場所がなくなります』」
「なんだと?」
社長は閃斗を睨みつけた。
「特に、探索者ではない経営者が勘違いされることなんですが、高ランク探索者であっても、年から年中、体が頑丈なわけではないんです」
「何?」
「超人的な動きができるのは、意識して、体に魔力を流している間だけです。どんなに高ランクであっても、不意を突かれるとナイフは刺さります」
「っ!」
舞美は体をこわばらせる。
「精神系魔法と言っても、十分な『感情の種』がなければ、増幅することはできないはず。それほど、現在のサイトのセキュリティは高度です。おそらく……舞美を殺そうとしていることに、同意している人間がいるはず」
「何が言いたい?」
「共同体によって育まれた殺意だということです」
「そんなっ!?」
閃斗の結論に舞美が叫んだ。
「お、おい、一体何を……どこまで本気で言ってるんだ」
「舞美の活動をちょっと調べましたが、炎上対策も完璧で、およそ、舞美が『実害』を与えたと思われる形跡はない。となると、『逆恨み』が根底にあるはず」
「逆恨みだと?」
社長は眉をひそめた。
「ええ、そりゃもう……『努力が報われなかった』。『自分の失敗を認めることができない』。『裏切られたと思った』とか、いろいろと」
「抽象化しすぎだろう」
「では具体的に」
指を一本立てる。
「何かの事業で、自分は努力していたはずなのに、プロデューサーが選んだのはビジュアルが良い舞美だった」
もう一本立てる。
「スタートラインは同じだったのに、舞美の方がストイックだったから急激に成長して置いてかれて、今の舞美の輝きは自分も得られるはずだったという錯覚」
もう一本。
「自分の稼ぎをグッズや投げ銭に入れまくってて、自分のおかげで活動できていると思っていたのに、別の高ランク探索者の裏を暴露する動画を見て、『自分が払った金額がはした金だった』とわかって、信仰が憎悪に変わった」
閃斗は社長を見た。
「……序の口でしょう。こんなのは」
「それは……そうだ」
「俺がこれを話しているのは、舞美の安全を守るためです」
命を狙われている当人を前にして、ここまで閃斗が話す理由。
端的に言えば、『すでに舞美を殺そうとするものが、致命的なレベルまで殺意を高めていること』が確定したからであり。
それを、目の前にいる社長が認識できていると思えなかったからだ。
「もちろん、まずはあの男のスマホを確認するところからです。今回のパターンなら……令状の発行は半日あればいいでしょう。問題なのは、『精神系魔法の遮断フィルター』の用意です。これには時間がかかります」
「……」
「で、合ってますよね」
閃斗の確認に警官は頷いた。
「ええ、その通り。令状に関しては、半日と言わずとも、6時間ほどあれば大丈夫です。フィルターの用意は……おそらく三日かかります」
閃斗の主観において事態は深刻だが、法治国家である以上、踏み越えてはならないラインはある。
今すぐあの男のスマホを弄って、全てを暴露することはできない。
「現時点で、俺から提示できる『前提』はここまでです。あとは不確定要素が多いですから」
「……何が言いたい?」
「敵は非常に理不尽ですが、守り切ってください。それが、責任です」
「……も、もちろんだ」
目が揺らいだのを、閃斗は見逃さなかった。
「……明日かな。ロケでもあるんですか?」
「何故、それを」
「顔に書いてました」
明日。屋外での収録がある。
こんな話が降りかかった次の日だというのに。
「その様子だと断れない仕事みたいですね」
「そ、そうだ……大御所が関わっている」
社長の額から汗が流れている。
どうやら、相当、『断れない相手』らしい。
「そういうことですか」
「っ……Dランクの若造にわかるものか」
「副音声は『結局自分で解決できないのに生意気言いやがって』と言ったところですか。断れないなら、何が何でも護衛を自分で用意してください」
「言われなくてもそのつもりだ」
「そうですか」
閃斗は席を立った。
「え、せ、閃斗さん?」
「もう、俺が事情聴取で話すこともないし、その手の護衛はきっちり管理してる会社に依頼するものだ。身辺調査も出来ない人間を護衛に入れることはできない」
「えっ……」
「偶然、たまたま、そこに居合わせる。それが限界です」
「あっ……」
護衛を任せるための会社というのは身辺調査がしっかりしている。
それを考えるなら、閃斗がそこに入り込む余地はない。
そもそも警護する訓練を受けていない素人が、そういう役割を担うべきではない。
しかし、見捨てるわけでもない。
「だ、だが、明日、宝生がどこに行くのかを、殺意を高められた人間が知るはずもないだろう」
「情報が漏れなければ、の話です」
「社内に裏切者がいると思っているのか!」
「思って行動するのがリスク管理です」
閃斗はポケットからクッキー一枚が入った包装紙を取り出すと、開けて舞美の鞄の中に入れる。
「ミーちゃん。これ食ってみな。美味しいぞ」
「ぴっ、ぴうっ? ……ぴいっ!」
どうやらご機嫌のようだ。
「『今日は』これでいいか」
閃斗は、何かを確かめるように、ミーちゃんを見て頷いた。
「じゃあ、失礼します」
「すみません。一つ、よろしいですか?」
「なんでしょう」
警官が、部屋から出ようとする閃斗に聞く。
「話を聞いていて、とても素人の推測とは思えません。経験を積んだプロの判断です。個人的に、違和感が……」
「それは確かに。そうですね……魔力量が少ないのに、深い階層に潜れる探索者特有の、構造を見極める訓練の結果ですよ」
「何が深い階層だ。Dランクで……」
「いえ、刃島閃斗さんの魔力量はFランク相当。言葉を選ばずに言えば、『ダンジョン非推奨』です。Dランク階層でも、潜れるのは異常なんですよ」
「なんだと……」
「そんな人間がいるのか? って顔してますが、まぁ、世の中には珍しくありませんよ」
閃斗はため息をつきそうになったが、ちょっとこらえた。
「……じ、情報と、視点を提供してくれたことは感謝する。ただ、うちの宝生を連れまわすのは、これからは辞めてもらいたい」
「そ、それは……」
舞美は自分が連れ出したのだと言おうとした。
ただ、その前に……。
「芸能人ではあるが、アイドルではないはず。疑似恋愛の世界を舐めてたら、ロクでもないことになりますよ」
そういって、閃斗は部屋を出ていった。




