第10話 『鮨処・鮫皮』
ビルの階段を上がって、廊下を歩いて、一つの扉を開ける。
カウンター席が用意されているが、その横に、個室に行くための廊下が別にある構造だ。
大将であろう五十代半ばの男性が、扉が開いた音を聞いて、顔を上げる。
「おお、閃斗君。いらっしゃい……」
その大将の視線が、横にいる舞美に向いた。
「……ほう、閃斗君、えらい別嬪さんを連れてきたもんだ」
朗らかにほほ笑んだ。
常連が『とんでもない美少女』を連れてきたのだ。
気の合う関係ならば嬉しくなるのも当然。
「二人前っていうからあの人かと思ったが……白堂学園の生徒会長さんを連れてくると言ってくれてたら、特別メニューを用意したのに」
「えっ……」
顔と体つきはいつも通りだが、『宝生舞美と思われない認識阻害』があるギャル風制服と銀髪ウィッグを付けている。
そのはずだが、大将は初見で見抜いた。
「大将、魚を見る目と女性を見る目が同じなのは感心しないよ」
「すまんすまん」
「えっ、閃斗さん。どういうことですか?」
「この店で扱ってる魚は、ダンジョンの『転移スポット付き食料エリア』から取れるやつなんだが、切り身になっても認識阻害が残るような奴だからな。常に認識阻害に惑わされないように感覚を鍛えてるんだよ」
ダンジョンから取れる食材は美味しく、品質も安定している反面、調理が難しいことも珍しくない。
「で、大将。いつもの個室でよろしく」
「わかった」
というわけで、奥の廊下を歩いて、個室の扉を開ける。
個室と言っても狭く、『最大で三人まで座れるカウンター席』みたいな形だ。
「ここが、閃斗さん専用の個室……」
「ぴぅ~」
無駄なものが一切置かれていない、狭い空間だ。
とはいえ、とても落ち着いた場所で、ミーちゃんもなんだか気持ちが軽くなっているようだ。
「さて……」
閃斗は自分の鞄から一つのタッパを取り出す。
中に入っているのは、『60層で手に入れたワサビ』に他ならない。
「お待たせ。おお、それを持ってくるのか。嬢ちゃん。気に入られてるな」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、そいつは……」
「大将、ストップ」
「おっ、すまんすまん」
「妙なところで軽いんだからまったく」
「いやぁ、閃斗君がまさか、こんな別嬪さんを連れてくるとは思ってなくてねぇ」
「浮かれすぎだろ……」
閃斗はため息をついて、席に座る。
舞美は横に座り、閃斗は頭の上からミーちゃんをカウンターに下ろした。
大将にタッパを渡す。
「……ところで、これは……」
「余った分はそっち持ちでいいよ」
「ありがたいねぇ」
タッパからワサビを取り出すと、鮫皮おろしを取り出して、ワサビをすりおろしていく。
「ぴっ、ぴうっ?」
「お、良さがわかるか。良い鼻してるねぇ」
大将はワサビを入れた器をカウンターに置いた。
ミーちゃんは近づいて、鼻を近づけてスンスンと息を吸った。
「ぴぅ?」
そのまま、口を大きく開けて……。
「それはダメ」
閃斗が器をずらして、ミーちゃんの口は空振った。
「可愛いお客さんだ。はい、お待ち」
鯛が三貫出てきた。
「いただきます」
「い、いただきます」
「ぴうぅ♪」
箸で持ち上げて、ワサビを入れた醤油につけて、食べる。
「っ!?」
舞美は驚愕した。
「ぴぃ♪」
ミーちゃんもおいしそうだ。
「嬢ちゃん。美味いだろ」
「え、えぇ……あ、あの、ダンジョンからとってきたって話ですけど、一体、何層なんですか? ちょっと前、25層の食料エリアの魚を食べたことあるんですけど、それよりもはるかに……」
「それは機密だ。だろ? 閃斗君」
「まぁそうだな」
そう言っている間に、ヒラメとイカが出てくる。
ミーちゃんだが、目線がサバだったので、それが出てきた。
「ぴぃ、ぴうぅ♪」
「それに、このワサビ、風味が凄いです。こんなの食べたことない……」
美味しいのは間違いない。
ただ、ミーちゃんの方が純粋に楽しんでいる。
「まっ、せっかく誘ったんだ。今くらい、疑問はおいといて食べたらどうだ?」
「それは……そうですね」
白物、光り物、マグロ、軍艦、アナゴ、卵など。
美味しいものが次々と出てくる。
そして……。
「閃斗さん。お椀にもワサビを入れるんですか?」
「店の名前が『鮫皮』だぞ。ワサビ前提に決まってるだろ」
出汁の効いたお椀にもワサビを入れて飲んでいる閃斗。
「ぴいっ♪」
ミーちゃんも美味しそうに飲んでいる。
「ふぅ、美味しいです。ごちそうさまでした」
恩があるとはいえ、週に一回の無料提供。
大将が作ったコースの通りで終わりだ。
甘い卵や出汁の効いたお椀が出てきたらしめくくりになる。
「……あ、あの、ずっとカウンターにいましたけど、他のお客さんもいるはずでは……」
「弟子に対応を任せてるから問題ない」
「そ、そうですか……」
何事も優先順位があるということだ。
「あ、嬢ちゃん。この席は閃斗君がいたらいつでも使えるからな。お金を持って閃斗君を連れてきたら、ここに通すよ」
「あ、ありがとうございます……」
「すっかり彼女認定だな」
「ん? つきあってないのか?」
「デートでここを選んだ」
「そうかい。なら、また来てくれよ」
「そうするよ」
「えっ!?」
舞美は驚いた顔で閃斗を見る。
「ぴぷぷっwww」
「ちょ、ミーちゃん……」
笑うミーちゃんに慌てる舞美。
そんな様子を、大将は『良いねぇ……』と言った雰囲気で見ていた。




