㉚ ジェボーダンの獣
「やあ、やっと会えたね。しかし、しばらく見ない間に、随分と大きく育ってしまったね。」
その猟師は、何故か親し気に、バケモノに向かって語り掛けた。およそ意思の疎通が出来るとも思えないその怪物は、しかしながら彼の声を聞くと、大人しくその場にお座りしたのである。
「私は有能な猟犬として、お前を創り出したつもりだったが、お前は私の意に反して、凶暴になり過ぎた……残念ながら私は失敗したようだ。」
彼の呟く声を聞き、確信したように雪村は木陰から立ち上がり、その猟師にゆっくりと近づいて行った。
「やっぱり、貴方だったのですね?」彼に声を掛ける雪村。
振り返った猟師の顔を見ると、それはあの、フルカネルリ卿その人であったのだ。とたんに目の前の野獣が低い唸り声を上げる。
「そういうキミは、サン・ジェルマンのところの、真田雪村くんだな?ああ、それに、そっちの暗がりに隠れて居るのは、奥様か。はじめまして……だったかな?そんな所に居たら、かえって危ないよ……。」
彼がそう言った瞬間に、件の野獣が、その巨体に似合わないスピードで、目の前の二人の男を無視して、素早く彼女に跳びかかった。しかし、弓子も少しだけ、チカラを使って、自分の身体を空中に浮かせる術を持っていた。バケモノの鋭い爪が空を切り、ヤツは悔しそうに空を見上げた。
「……キメラを創る時に、調子に乗って背中に翼を付けなくて、ホントに良かったと、今にして思うよ。」フルカネルリ卿はそんな恐ろしい事を言った。
「そして今夜、ご自分の作品に始末をつけるために、おいでになったのですね?」雪村が彼にそう尋ねた。
「ああ、悲しいが、親としての当然の務めだ……義務を果たすには、いささか遅すぎた感も有るがな?」
「犠牲者が、余りにも多過ぎます……それも女性や子どもばかり。事件は問題視され、その噂は、国王のルイ15世の耳にまで入る程です。何故今まで、放置されていたのですか?」雪村が彼を厳しく詰問する。
「申し訳ない。気がつけば、いつの間にかヤツは、私の手に負えなくなってしまったのだ。」
彼は珍しく、弱気な事を言った。
成る程。天才にも、若さゆえの過ちは有るという事か。
バケモノが唸り声を大きくしながら、二人の男に向き直った。
その目は、もうすっかり見境が無い感じになっていた。
「我が番犬よ、すまない。安らかに眠ってくれ。」
フルカネルリ卿はそう言うと、ライフルを構えた。
恐らくソレには、特殊な弾丸が込められているはずだ。




