⑲ 元神童の本懐
それは、西暦1994年2月10日の木曜日。
時刻は、午前10時頃の事である。
あの日、後方支援に徹すると決めた杉浦鷹志は、ナニか吹っ切れたように、それから毎日、技術開発に没頭した。そしてその成果は、サン・ジェルマン伯爵専用の、黒いワーゲンビートルの改造アップデート版として、結実したのだった。
「伯爵、遂に完成しました。今日辺り、試運転するのは、如何でしょうか?」
或る日、鷹志はそんな風に提案した。
「鷹志君、お疲れ様。よく頑張ってくれましたね。やはりキミは、私がかねてから睨んでいた通りの、天才ですよ。今日はちょうど、他のメンバーも出払っている事ですし、二人きりの秘密実験と行きましょうか。」
伯爵もそれを、快く承諾した。
名護屋テレビ塔の地下駐車場には、いつも通り、伯爵の黒いビートルが置かれていた。
「パッと見た感じ、特に変わり無いようですが……?」と伯爵。
「如何にも改造しました感のあるチューニングは、ボクの好みに反するので……良くあるじゃないですか?大げさなスポイラーやウイングを付けた改造車が。」
と鷹志。
「ああ、成る程ね。」
「目立ちませんが、隙間という隙間には、念入りなシーリングが施されていますし、内部のフレームも、軽くて丈夫なモノに交換済みです。もちろん、専用のエンジンを積んでいます。中身で勝負なんですよ。」
「まさに、"羊の皮を被った狼"という訳ですね?」
「はい。先ずは是非、お試しになって下さい。」
伯爵は運転席、鷹志は助手席に乗り込むと、伯爵が座標をセットする。緯度、経度はテレビ塔のままだ。
彼はクルマを地下駐車場から出すと、光学迷彩を掛けたまま、垂直上昇させた。ただ、いつもと違うのは、何処までも上がって行くのだ。
やがて、黒いワーゲンビートルは、衛星軌道上まで来ると、そこで姿勢を安定させた。
そうなのだ。今回の鷹志の発明品は、ビートルに宇宙まで、飛び出す機能を持たせる事だったのだ。
これでついに、サン・ジェルマンのチームも、犬族・猫族・鳥族・爬虫類族に続いて、宇宙空間を含めた、全ての時空移動のチカラを、手に入れたのである。
もちろん試運転と言えども、今回もちゃんと、調査対象となる、アヤシイヤツが居るのだ。
それは、何を隠そう、1万3000年前から地球の衛星軌道上に存在して居るとされている、有名な謎の人工衛星"ブラックナイト"なのである。




