第十一:僧侶を罵り、また邪淫を行って恐ろしい病を得て死んだ話
聖武天皇の御代、紀伊国伊都郡桑原の狭屋寺の尼僧たちが発願し、その寺で法要を執り行うこととなった。
奈良の右京にある薬師寺の僧である題恵禅師(あざなは依網[よさみ]禅師。俗姓が依網連であったため、これをあざなとした)をお招きし、十一面観音の悔過の法要をお仕えした。
その頃、その里に一人の粗暴な男(凶人)がいた。姓は文忌寸といい、名は上田三郎といった。生まれつき捻くれた考え(邪見)を持ち、三宝(仏・法・僧)をまったく信じていなかった。
この男の妻は、上毛野公大椅の娘であった。彼女は一日一夜のあいだ八斎戒(はちさいかい:出家者に準じた厳格な戒律)を受け、悔過の法要に参列して参詣者の群れの中に座っていた。
夫が外から帰宅すると、妻の姿がない。家人に尋ねると、「寺の悔過法要に参列しておられます」と答えた。
これを聞いた男は大いに激怒し、すぐさま寺へ押し掛けて妻を連れ戻そうとした。
導師を務めていた題恵禅師はこれを見かね、仏法の教えを説いて男を優しく諭そうとした。しかし男は素直に聞き入れず、言い放った。
「たわ言を抜かすな! お前は俺の妻と好通しているのだろう! 頭を叩き割ってやるぞ、この下等な法師めが!」
悪口雑言を並べ立てたが、あまりにひどい内容なのでここにはすべてを書き記すことができないほどであった。
男は妻を怒鳴りつけて家に連れ戻すと、戒律を守っている最中の妻を無理やり犯した(邪淫を行った)。
するとその途端、男の陰部(魔羅)にまるでアリの大群が噛みついたかのような激痛が走り、悶絶してそのまま死亡してしまった。
国家の刑罰を加えられたわけではないが、悪心を起こして尊い僧侶をいたずらに罵って恥をかかせ、さらに戒律を恐れずに邪淫を犯したために、現世で直ちにこのような報いを受けたのである。
口に百の舌が生え、万の言葉を操ろうとも、決して僧侶を誹謗中傷してはならない。たちまち恐ろしい災い(天罰)を被ることになるからである。
解説
この中巻・第十一縁は、「聖なる行事への侮辱」と「戒律の不法な破り(邪淫)」という二重の罪を犯した悪党が、言葉通り「即死」に近い壮絶な報いを受けるという、強い戒めの込められた説話です。
1. 戒律(八斎戒)の神聖さと「邪淫」の重罪
妻が受けていた「八斎戒」は、在家信者が一日一夜に限り出家者と同じように殺生・不倫・高床での就寝・不時食(午後以降の食事)などを断ち、清浄な身心を保つための極めて神聖な戒律です。
男はその神聖な期間中にある妻を連れ戻し、力づくで犯しました。仏教において、戒律を守っている者を強情に汚す行為は極めて重い「邪淫の罪」であり、聖なる秩序への直接的な挑戦とみなされます。
2. 「アリに噛まれるような激痛」という不気味な現報
男の死に様は非常に具体的かつ怪奇的です。
妻を犯した瞬間、自身の陰部に「アリが噛みつくような(蟻嚼)」猛烈な激痛が走り、そのまま悶絶死します。これは単なる病死ではなく、罪を犯した部位そのものに直接的な天罰が下るという、因果応報の露骨で生々しい表現であり、当時の読者に強烈な視覚的・生理的な恐怖を与えました。
3. 「百舌」をもっても罵るなかれという口業への警告
景戒は前縁(第七縁の智光法師)に続き、ここでも「言葉による罪(口業)」の恐ろしさを強調しています。
徳の高い高僧(題恵禅師)に対して「妻と浮気しているのだろう」といった下劣な邪推を浴びせ、散々罵り散らした言動(「具不得述=あえて書くのも憚られるほどひどい悪口」)が、男の命を縮める大きな要因となったと結論づけています。




