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第476話「希望を一つに」

クロノスの咆哮は、時空の壁を震わせ、現代の日本……静謐な境内にまで染み渡った。


伊勢神宮の神主、霧雨宗永は、その神性の出処を即座に悟り、空を仰ぐ。


「おや……この声は、この神性は。……疑いようがない。時を越えて届いた、真実の声だ」


宗永が片手を天に掲げた瞬間、彼の肉体は浄化された黄金のマナを噴き出し、激しい光の衣を纏った。彼は本堂を飛び出し、混乱する参拝客たちへ、魂を揺さぶる声で呼びかける。


「皆様! 伊勢神宮の神主、霧雨宗永です! どうかこの声に従い、明日を願うその心を、空へ掲げてください!」


困惑と嘲笑が渦巻く中、一人の男が真っ直ぐに手を挙げた。メイドカフェの店長・四宮である。


「私は信じます。この胸の鼓動が、これが幻覚などではないと告げている」


彼の掌から温かな光が溢れ、空へと舞い上がる。それを合図に、無邪気な子供たちが、そして世界中の人々が次々と手を掲げた。


「僕もやる!」

「私も!」


幾億の想いは、黄金の雪が逆流するように次元の穴へと吸い込まれ、歴史の深淵を照らし出していく。


──神話の時代。


「はっ、こりゃあ戦争どころじゃねえな。なあ、ヘクトール」


「お前に同情はしたくないが……今回ばかりは、休戦の価値がありそうだ」


ギリシャの大英雄たちが武器を地に突き立てる。


「見てみな、フェルグスの叔父貴。歴史に風穴が開いてやがる」


「うむ……入りたいほど大きな穴だ」


朱槍を肩に預けた青年、クー・フーリンは不敵に笑い、空を指差した。


「なぁ、賭けてみようぜ。俺たちの伝説を越えていく、未来の英雄たちの実力によ!」


アイルランドの英雄は、歯を見せて豪快に笑った。


──円卓の城。


「アーサー王、あれは──」


騎士王の傍らで、最強の騎士が目を細める。


「えぇ。神が予言した時空の特異点……『未来』が我々の力を求めています」


ガレス、モードレッド、ガウェイン、ランスロット……。円卓の騎士たちが一斉に剣を掲げる。その刃に反射する光は、数千年の時を飛び越える光の橋となって虚空を繋いだ。


──三國の荒野。


「張遼、呼び声だ。御主はどう思う」


蒼き旗を揺らす覇王・曹操の問いに、張遼は戦塵に汚れぬ眼差しで頷いた。


「──無論、応えまする」


「それで良い。我らの覇道、そしてこの時代の願い。遥か果ての時代に届けるぞ! 皆も続け!」


絶影の嘶きと共に、三國の群雄たちの「命の熱量」が、猛り狂う黄金の奔流となって時空を穿つ。


──戦国の平原


「ハゲネズミ、ミッチー!聞こえたか!神と名乗るクロノスの声が!」


黒い馬に跨り、天空を見上げる魔王がいた。


「へい、信長様、この藤吉郎にも聞こえておりますぜぃ!」


「俺にも聞こえている……これは、断じてまやかしなどではない。織田殿!」


「ふ、この天下の諸大名たちにも聞こえていよう……今はいっとき、この想いを与えてやろう!」


上杉が、武田が、北条が、あらゆる場にいる英雄豪傑が、天に空を掲げた。


──そして、ある過去の景色。


「ノア姉さん! この声……!」


「間違いないわ、クロノスよ! あの時のクロノスの声!」


幼き日のレオンとノアが、歓喜に瞳を輝かせて空を見上げた。砦からは、若かりし日のデイヴィッド、シエル、レジーナ、そして未だ少年の面影を残すルキウス、イングラム、ソフィアが姿を現す。


「倅、お前どうやら凄いことに片足を突っ込んでるみてぇだな……ひとつ、未来のお前に喝を入れてやれ」


デイヴィッドの苛烈なアイアンクローが炸裂し、少年イングラムの悲鳴が上がる。


「いでででっ!!! やる、やるよ! クソ親父!!!」


「大人になった私、負けないで!」


「ふふ、未来のイングラムが頑張るなら、私たちも全力で応援しなくちゃね」


ソフィアが力強く頷き、シエルが微笑み、皆の身体が黄金に輝き出す。


「……ライル、レオン。すまないが、その時代のことは君たちに任せたよ」


レジーナが静かに、だが重い信頼を込めて呟く。


「ルシウス……! 負けるなよ、俺たちの未来のために!」


レジーナ、ルキウス、そしてノア……。かつての温かな日々を形作っていた彼らが、いま、眩い光の粒子へと溶けていく。それは消滅ではなく、時を超えて愛する者へ届くための、純粋な祈りへの昇華だった。


「頑張るのよ! みんな!」


「頑張れ……負けるな……っ! クレイラ……!」


幼きレオンの、裂けんばかりの純粋な願い。


それが引き金となり、その場にいた過去のすべての人々の想いが、時代という概念を丸ごと飲み込むほどの巨大な黄金の奔流へと変わる。


光の河は、因果律の壁を穿ちながら、ルルイエの深淵へと吸い込まれていった。


──そして、現代。


「ははっ、見ろよ芦屋……あのクソ気持ち悪い雲の合間を縫って、あんなに綺麗な光が翔んで行きやがる」


「晴明、君も手を上げなよ。彼らの……そして僕たちの未来のためにね」


安倍晴明が空を指差し、芦屋道満が静かに促す。


「小さな灯火も、集まれば夜を焦がす篝火となります。……今の、いえ、かつての人々も、それを理解していたようですね」


役小角が穏やかな微笑を浮かべ、天を仰いで掌を広げた。その動作に呼応し、現代に生きる数多の命が、明日を信じる祈りを光に変えて解き放つ。


「あ、するってぇとだ……クロノスの奴がヘルやハデスに頼み込んだのを見るに……死人にも頼むってことか?」


「そうなるね。この窮地を予見し、彼らが肉体を当時の全盛期のまま保管していたのだとしたら、恐るべき先見の明だよ」


──死者の魂を統べる、冥府の国。

ハデスが高らかに指を鳴らし、広大な闇に眠る魂たちへ、王の宣告を響かせた。


「よしお前ら、よく聞け! ルルイエで命を削って戦ってる連中がいるのは知ってるな? あいつらが果てれば、この死者の国さえ無へと帰す。そうなりたくねえなら、全員手を挙げろ! お前らの肉体と、魂に残った最後の熱をあいつらに送り込んでやれ!」


冥王の言葉に、無数の腕が、墓標を突き破るように天へと伸ばされた。


「フハハハ! うむ、ルシウスたちが奮闘しているようだな。不甲斐ない余たちに代わり、必ず勝て! このペーネウス、かつて失ったあらゆる想いを、貴様らへ届けてくれよう!」


「ふふ、愛しき兄を見つけられたようで何よりですね。届けましょう、私たちの不変の想いも」


ペーネウス王と王妃は、互いの肩を抱き寄せながら、一点の曇りもない光を空へ放った。


「うわぁ……相変わらず厳しい顔つきだなぁ、アデルは。僕を殺そうとしてた頃よりも怖くなってない……? や、ま、まぁ……力を与えるくらいなら、ね」


幼きコンラ王も、隣に立つ兄の背を見上げながら、精一杯にその小さな手を掲げた。


「弟よ、これこそがイングラムたちに真に力を与えるときのようだ」


「ははは、兄上も彼に感化されましたな。ええ、もちろん。彼には数え切れぬほど助けられた……今度は、このソルヴィア王が、彼の背を全力で押す番です!」


王としての誇り、友としての情愛。彼らと出会い、血の通った縁を紡いだ王たちが、最強の糧となって黄金の渦へ溶けていく。


──宇宙


月の長ルガルは、銀色に輝く両腕を広げ、全霊の声で国民たちに告げた。


「月の民たちよ……聞こえたな? 共に戦う地球の同胞たち、イングラムとライルが、いま決死の淵にある。かつての恩を、ここで返さずしていつ返す!」


〈……貴様らに後れを取るわけにはいかんな?〉


電子の音色が空間を震わせ、ホログラフの中に太陽の巫女、ソルナが姿を現す。


〈邪な連中が地球を、宇宙を支配するのは気に食わぬ。我ら太陽の民も、最愛の同胞へ力を貸そう。良いな、月の長よ〉


「ふ、構わぬ。順序など、この際些事なことだ。手を取り合おう、太陽の巫女よ」


冷たく澄んだ空気を吐き出す月と、温かな慈愛の熱意を吐き出す太陽。

かつては遠く離れていた二つの輝きが、いまは黄金に共鳴し、地球を包み込む。


「イングラムよ、ライルよ! 我らは、人類の、地球の勝利を確信しているぞ!」


〈負けること、それ即ちこの宇宙の死と心得よ……!〉


〈負けないで、お兄ちゃんたち!!〉


宇宙、地球の様々な、生きとし生ける生命の想いが、すべての愛と意志が一つに束ねられた黄金の槍が、ルルイエの絶望を貫かんと降り注いだ。


そして、激闘のルルイエへと、場面は戻る。


「……地球に、私にみんなの想いが注がれてくる!」


クレイラが凛と叫ぶ。その声に応じるように、ルルイエの天蓋を突き破った黄金の光が、彼女たちの全身を白熱の輝きで包み込んだ。


「お姉ちゃん……これっ!」


「これが、人の想いの力だというの……?」


ロニとレネは、己の内に流れ込む圧倒的な熱量に目を見張る。彼女たちが決して知ることのできなかった、生きたいと願う生命の根源的な意志。


それは凍てついた魂を芯から溶かす、親の温もりにも比類する慈愛に満ちた奔流。

溢れ出す輝きに、二人は言葉を失い、ただ立ち尽くす。


「……身体が、輝いていく。父さん、母さん……姉さんも! 俺に、すべてを託してくれたのか!」


ルークが笑みを浮かべる。その瞳には、離れ離れの家族の面影と、注いでくれた不滅の愛が宿っていた。


「……セリア、姉貴、それにジークか。ふ、期待しすぎるなよ?」


アデルバートは不敵に短剣を空へ掲げる。その刃には、かつて背負った罪を焼き払うほどの、純粋な闘志が反射していた。


「兄さん……エルフィーネ! ありがとう。必ず、勝ってみせる!」


ルシウスが力強く頷く。宿る神性は限界を超え、黄金のオーラが大地を激しく震わせる。


「シンディ……ふん、物好きなやつだ」


ベルフェルクの厳格な口元が、わずかに緩む。不器用な彼女の信頼がそこにはあった。


「おじいちゃん……ノア姉さんも!」


ライルが拳を血が滲むほど強く握りしめる。幼き日の記憶、愛してくれた者たちの手の温もり。それらすべてが、彼を突き動かす最強の力へと変わる。


神々にも、そして戦士たちにも。


降り注ぐ光の奔流は、絶望の瘴気を消し去る浄化の雨となり、その肉体を極限を超えたエネルギーで満たしていく。


「……ロニ、レネ、クレイラ! この光が、あらゆる生命が持つという希望なのか……?」


彼女の元に降り立ったレオンの疑問に、クレイラが穏やかに微笑む。


「そうだよ、レオン。これが、生命の持つ純粋な輝きなんだよ」


西暦の静謐を破る伊勢神宮の祈り、三國の覇王たちの猛り、そして円卓の騎士たちが掲げた不滅の光。


それら数多の時代の意志が黄金の奔流となり、因果律の壁を穿ち、時を越え、空間を越えてルルイエの深淵へと雪崩れ込む。


「……これが、生命が数億年をかけて繋いできた輝きなのか……?」


クレイラが、ロニが、レネが、その圧倒的な慈愛の熱に包まれ、白熱していく。


死者の国から届く冥王ハデスの宣告、月の長ルガルと太陽の巫女ソルナが放つ星の共鳴。そのすべてが、戦士たちの肉体を極限を超えた希望で満たしていく。


だが――


その極彩色の中心で、レオン・ハイウインドだけは異質な死を纏っていた。


天から降り注ぐ黄金の雪は、彼の肌に触れた瞬間に、どす黒い霧となって霧散する。レオンが纏う漆黒の魔力黒狼は、世界からの救済を、神の福音を、あろうことか拒絶していたのだ。


闇を纏う神殺しという、絶対的な孤独。


仲間たちが光の粒子と一体化し、魂の格を上げていく中で、レオン独りだけが、光を飲み込み、塗り潰す虚無の穴としてそこに立っていた。


彼は悲しいほどに鮮明な闇となり、世界から切り離されていた。


「……ふん、そうか、相容れないか」


自嘲気味に呟くレオンの瞳に、倒れ伏したままの親友、イングラムの姿が映る。


その瞬間、レオンの黒狼が激しく脈動した。


「だが、それでいい。

これは、お前にこそ相応しいものだ」


レオンは、己に注がれるはずだった黄金の奔流へ、呪われた黒い腕を強引に突き立てた。


「──ち、ぃ……この光すらまともに触れさせてもらえないとは、だが、今回ばかりはワガママを通させてもらおう、黒狼!」


光と闇が激突し、境界線で凄まじい火花が散る。


救済の光を浴びるのではなく、暴力的に掴み取り、強奪する。


神聖な祈りが、レオンの手の中で黒い呪力と混ざり合い、歪な、しかし圧倒的な破壊的エネルギーへと変質していく。


「目を覚ませ、イングラム! お前の家族が、仲間が……そして、お前が紡いだ光が、お前の目覚めを待っている!」


レオンは、掴み取ったあらゆる祈りを、拳に凝縮させた。


そして、その拳を、イングラムの胸の核へと容赦なく叩き込む。

黄金の光は、黒狼の闇に背中を押されるようにして、イングラムの魂の深淵へと、爆発的な速度で収束していった。

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