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第471話「余興」

“ハハハハハ!キサマらが相手をするだと?”


腹の底から可笑しいというように、クトゥルフは嘲笑う。

瘴気が孕んでいる生暖かい空気が、戦士たちの肌をまるで舐めるように触れる。


“神の力をただ継承しただけの、神殺しでもない只の人間如きが……!笑わせてくれる!”


だが、彼らにはそんな嘲笑など意味はない。


「へぇ……そうかよ」


不敵な笑みを浮かべたアデルバートは、その身に紺碧の光を纏う。

暗黒のルルイエを、海のような明るさが灯る。


「なら、その笑い顔……引き攣らせてやるよ!俺たちでなぁ!」


右手に握られていたトライデントを地面に突きつける。

それに合わせ、ルークも、ルシウスも、ベルフェルクも、それぞれの神の力を解放した。


“ふんっ、面白い!

ならば、震わせてみせよ!邪神たる私をなぁ!”


「行こう、みんな!」


ルークとルシウスは血を蹴り上げて飛翔する。

嵐の神たるスサノオの力、破壊と再生の神たるシヴァの力──


「吠え猛れ!草薙剣よ!」


ルークが叫ぶ。


「蒼き破壊の焔よ、かの邪悪を穿て!」


ルシウスが叫ぶ。


高天元を荒らした大嵐が、ただの一薙ぎで顕現する。

数多の強敵たちを焼き殺した煉獄が、弦を引いただけで噴出する。


それら二つの神業は、複雑に絡み、混ざり、絶技をも越える破壊の一撃となってクトゥルフの触手を粉砕する。


“くく、こそばゆい!こそばゆいぞ!人間どもよ!”


神殺しの攻撃でもなければ平気だ。

とでも言っているようだった。

その証拠に、粉砕された部位は、呼吸と共に再生している。


「ベルフェルク!」


「ふん、わかっている!」


紺碧と黄金の奔流──

底知れぬ海の力と、果てのない破壊の力。


“破壊?再生?

ふん、浴び飽きたわ!”


ルークたちに続き、アデルバートたちも追撃する。

標的は、再生したての触手──


間を置かずして、2回目の破壊の一撃が、撃水の衝撃と共に走る。


“……ククク、効かぬわ!”


途端に、轟音が轟いた。


そして──クトゥルフの右半身の触手は、爛れたように溶けていた。


“な、にィ──!?”


「破壊はなにも、跡形もなく粉微塵にすることだけじゃない」


「破壊という結果は同じ……しかし、その過程が違うっ!」


ベルフェルクの与えた破壊の意味。

それは、触手をそのまま破壊するのではなく、その内側の細胞を余すことなく溶かすことだった。


“ぐおおぉぉ!?”


筆舌に尽くしがたい激痛が、奔流のように全身を伝う。

自分の体を自分で切り捨てることは

できない。

そんなことをしてしまえば、致命的な隙を晒してしまうことになるからだ。


(あの双子がこちらの隙を突いて傷口からマナを注がれては勝ち目が薄れてしまう!)


「お前ら、出し惜しみはするな!

クトゥルフは今、ここで倒す!」


ベルフェルクは鋭い眼差しのまま先行、ルシウスもそれに続き、異なる破壊の力を言葉通り、出し惜しみせずに叩き込んでいく。


「ルーク!合わせるぞ!」


「わかった、思いっきり叩き込む!」


息の合ったコンビプレーだった。

ルークは神風の如き速さでクトゥルフの無傷かつ正常な部位を正確無比に両断、アデルバートはそれに追従するように、真水にヒュドラの毒を染み込ませ、その傷口へと注入していく。


ヘラクレスやケイローン、ギリシャの神々の命を容易く奪い去った猛毒は、流石のクトゥルフにも耐え難いようだった。


痛みを誤魔化す為か、自らに近寄らせない為か、クトゥルフは、その大木以上に太い黒ずんた触手を振るっていた。


地上でそれが起これば、国の一つや二つは簡単に崩壊するだろう。

だが、ここはルルイエだ。

あらゆる邪神が巣食う根城──

並大抵の攻撃では、崩壊することはない。


あるとすれば、それはルルイエを呼び起こした主であるクトゥルフが消えた時だ──


“このようなところで、地上を支配せずして終われるかァッ!”


「強欲な奴だ……だが、その望みは叶わねぇ!」


「俺たちが、止めるからなぁ!」


感情の昂りが、不快な瘴気の感覚を拭っていく。


荒ぶる嵐の神が、蒼き煉獄の神が

広大なる海の神が、紅き破壊の神が──

ただの人間たちの想いを増幅させていく。


クトゥルフや他の邪神の眷属たちがどれほどの数で押し潰そうとも、どれほどの闇で心を塗り替えようとも、彼らの戦意は揺るがなかった。


ベルフェルクとルシウスが跳躍する。


紅と蒼が鮮やかな二色の色彩を

螺旋状に描きながら、破壊の渦となって奔流し、大木よりも太く、長い迫りくる触手を機能不全にしていく。


「叩き切る……!」


超密度に圧縮された真水と神毒を凝縮させた鋭利な丸鋸状のカッターが

アデルバートの右腕から発射される。


ルークもそれに追従するように、真空波のエネルギーを真水のカッターに上乗せし、より高い殺傷能力を備えた一撃がクトゥルフの触手を両断していった。


“ふん、その程度の攻撃、浴び飽きたわ!“


クトゥルフは、先ほどまでと同じように断面から新たに触手を生やそうとした。

だが──


さ、再生が……追いつかない!?”


「……フッ」


クトゥルフの驚愕に、アデルバートは笑った。

その意図はこの場でクトゥルフと相対している誰もが理解出来た。

彼の身体に内包されている神性の一つがようやく発揮されたのである。


“ま、まさか……クロノスの時の力!?”


クトゥルフの懸念は的中していた。

ギリシャの神々の力の中でも最上位である彼の力を、アデルバートは

戦い続ける中で順応させる他なかった。


しかしそれは、たった今功を奏した。アデルバートたちの互角を、ほんの僅かに優勢へと傾けたのである。


神毒の浸透、その加速はまるで早送りのように凄まじいスピードでクトゥルフの全身を侵していく。

破壊の神の補佐も噛み合い、致命的持続ダメージを受け続ける。


「回避できるならしてみろよ!

クトゥルフ!」


最上級の煽りとともに、アデルバートの蒼い一太刀が、邪神の核を覆う

皮膚を削ぎ落とした。


「燃え尽きるがいい!」


ルシウスの指先が擦れ合う。

瞬間、そこから火花が散らし、導火線のように削ぎ落とされた皮膚に着火、クトゥルフの視覚を奪うように爆発した。


黒煙が視界を覆う。

しかし、それを吹き払うかのように

黄金が紅蓮の双眸に映った。


ベルフェルク・ホワード──


最も永く接触し続け、最も多くの鍛錬を茶亀と積み重ねてきた。

その男が、黒き太陽を背に空中に駐在していた。


「灼熱に灼かれろ……!」


殺意と敵意の孕んだ瞳、怒気から

放たれる一言。

人差し指がなでるように向けられると、太陽光が無数に枝分かれし、

不可思議な音色を奏でてクトゥルフを灼いていく。


“ぐ……こ、のぉ!”


「容赦はしない……!

キサマも、キサマの眷属どもも!」


ベルフェルクに翔んでいく眷属たちは、何もできぬままに灼かれ、塵も残らずに散った。


「神風よ……!吹き荒れろ!」


ルークの草薙剣が吠える。

絶対の風圧が、邪神たちの肉体を抉り、削り、両断していく。


「溺れ死ね」


水の膜が全身を少しずつ、単一で覆い尽くしていく。

シャボン玉が儚く破れるように、

黒い皮膚が、鱗が、悉く血飛沫を上げて潰れていく。


“まだだ、終わりにはできん!”


クトゥルフはルルイエを震撼させた。


「いい加減にしやがれ……!

いくつ力を隠し持ってやがる!」


アデルバートの舌打ちを掻き消すように、クトゥルフが吠えた。


“ヨグ・ソトース!お前の神性を私に──!”


金属同士が、激しく打ち合うような

音を鳴らしながら、ヨグ・ソトースは顔だけを僅かに向けた。

そこに、微笑が孕んでいる。


“断る”


その返答は、誰の耳にも強く、はっきりと聞き取れた。

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