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第470話「不屈の精神」

「イングラムごと──ヨグ・ソトースを殺す……!」


空気が、凍った。

誰もが息を呑む。

言葉が、心臓を貫いた。


「レオン──!」


ライルが駆け寄る。

震える手が、弟の肩を掴んだ。

揺さぶる。


何度も、何度も。

首を横に振る。

必死に。


──届いてくれ


兄の手の温もりが、レオンの肩に染み込んでいく。

祈るように。


「ダメだ、そんなことをすれば仲間たちはお前を許しはしない!」


声が裏返る。喉が締め付けられ、言葉が詰まりそうになる。


「私情を──」


レオンの声が、震えた。


「──挟む暇などない!」


吐き出すように。

叩きつけるように。


「奴が完全に顕現すれば、俺たちは太刀打ちできなくなる……!

無関係の生命を失わせたいのか!」


声は冷たい。

だが──喉の奥で、何かが悲鳴を上げている。


ライルもわかっている。痛いほどに。

このまま手をこまねいていれば、絶望は更にクトゥルフたちの元に集まっていく。闇が世界を飲み込んでいく。


セリアの歌声も、かすれ始めているはずだ。彼女の喉が限界を迎えれば、希望の灯は消える。

しかし、だからといって──イングラムごと倒すのは、共に戦ってきた彼にとって、胸が引き裂かれるような選択だった。


「そこを、どけ……!」


レオンの声が低く唸る。獣が威嚇するような、危険な響き。


「やめろ、やめるんだレオン!

彼が何のためにここまで──!」


涙が滲みそうになるのを必死に堪える。イングラムの笑顔が、共に過ごした日々が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。


「言っただろう、私情を挟むな!」


レオンは埒が明かないと判断し、ライルの体を横に押しのけて疾走する。

風が頬を切る。殺意を纏った戦士の走りは、死神のように美しく、恐ろしい。


「ほお……俺の相手になってくれるのか?ちょうどいい、神殺しの人間とは一度、本気で戦ってみたかった!」


ヨグ・ソトースの声が、イングラムの喉から響く。それは友の声でありながら、もはや友ではない何かの声。


「ヨグ・ソトース……!

完全に顕現する前に、キサマをこの手で殺す!」


黒く脈打つグングニルが、生き物のように蠢き始める。紅く隆起した槍身は、まるで血管が浮き出たように見える。

血を求め、肉を求め、獲物に向かって牙を剥く獣のように。

ヨグ・ソトースは僅かに口角を緩め、槍の切っ先をレオンに向けた。


「来い……!レオン!」


隻眼が紅く、血のように光る。

残光を引きながら、レオンが飛び込む。


音が、追いつかない。


後ろ蹴り──!

稲妻のように放たれた一撃。


ヨグ・ソトースが片腕で受け止める。


衝撃が、大地を揺らした。

空気が震える。

骨が軋む音が、響く。


*"そいつの相手は任せるぞ……!"*


クトゥルフの声が闇から響く。


「ああ……」


お前は絶望を集めろ──ヨグ・ソトースの瞳が、そう語っていた。


拳が舞う。脚が唸る。

レオンの渾身の技の一つ一つが、グングニルに激突する。火花が散り、衝撃波が広がる。

ヨグ・ソトースもまた、グングニルの柄から黒い雷撃を放つ。空気が焼け、オゾンの匂いが立ち込める。


「ふんっ!」


レオンが片手で雷を払いのけ、流れるような動きで回し蹴りを叩きつける。

その動きは、まるで舞踊のように優雅で、しかし死をもたらす刃のように鋭い。


「……ふ、やはり強いな」


ヨグ・ソトースがつぶやく。

口煩い神だ、とレオンは心の中で吐き捨てる。

人を煽り、動揺させるのが目的なのだろうが、レオンはその手には乗らない。

たとえ仲間たちから非難されようとも、ソフィアから涙ながらに責められようとも──ヨグ・ソトースは倒さなければならない。


「何をボサッと突っ立っている!

クトゥルフを止めろ!」


レオンの声が戦場に轟く。

その声で、皆が我に返った。彼らは戦いに見惚れていたのだ。

洗練された無駄のない動き、相手を滅ぼすために研ぎ澄まされた一撃一撃は、恐ろしいほどに美しく、流麗でさえあった。


「オーディン、俺に乗れっ!」


獣神化したフェンリルが大地を蹴る。その背に、オーディンが跨った。

二人の神は、激闘の隙間を縫うように、クトゥルフへと突き進む。


*"ハハハハハ!!"*


狂気じみた笑い声が響く。


もはや神性を出し惜しむ余裕などない。

オーディンを包んでいた紫紺の神性が、津波のように溢れ出し、フェンリルごと包み込んでいく。

神々しい光が、闇を切り裂いていく。


「行くぞ!」


レオンは必ずヨグ・ソトースを押し留めてくれる──その確信があった。

もし二人に攻撃の手を向ければ、ヨグ・ソトースは即座にその命を刈り取られるだろう。

ヨグ・ソトースもそれを理解している。この隻眼の男は、本能が警鐘を鳴らすほどに"強い"のだ。


聖なる槍グングニルが、瘴気を切り裂き、振り払いながら、クトゥルフへの距離を詰めていく。

黄金の軌跡が、闇の中に希望の道を描く。


「この一撃に、全てを賭ける!」


オーディンの覚悟が、空気を震わせる。


「付き合ってやる……最期までな!」


フェンリルの声には、死を恐れぬ誇りがあった。


暗黒のルルイエに、一筋の黄金の奔流が生まれる。

オーディンとフェンリルの輪郭が光に飲まれ、眩く煌めく光は、一条の流星となって上昇していく。

それは、闇夜を切り裂く希望の矢のようだった。


「俺は──」


光が、膨れ上がる。


「──オーディン……!

北欧の始祖!」


凛とした声。


それは、幾千の戦場を越えてきた誇りの響き。

黄金の光が、闇を切り裂く。

誰もが、息を呑んだ


「破ァッ──!」


オーディンが、フェンリルが、完全に黄金と化す。

二つの存在が一つになり、純粋な破壊の意志となって突き進む。


*"来るかぁ……!小僧ども!"*


クトゥルフも、その全存在を賭けた一撃で迎え撃つ。

光と闇が激突する瞬間──

ルルイエ全体が、黄金の閃光に包まれた。


視界が白く染まる。

音が消える。

時が、止まったかのような静寂。


そして──


二つの影は、弾かれた。


フェンリルとオーディン──

二人の神は、神性のほとんどを必殺の一撃に費やして、後方へと飛んでいた。


「フェンリル兄ぃ!身体が……!」


「……ちっ」


ヨルムンガンドの声が震えている。

災いの神の身体は、緩やかに明滅し始めていたのだ。

それは、オーディンとて例外ではなかった。


全身を覆う紫紺の鎧は粉々に砕け、

破片が身体に突き刺さり、同じように明滅し始めている。


「くそっ……オーディン様が!」


「馬鹿!せっかくのチャンス、無駄にするわけにゃいかねぇだろ!」


「行くぞ、ロキ!」


ベルフェルクとロキは呼吸を合わせ、飛ぶ。

ルルイエの地を蹴り上げ、跳躍した彼らは、その巨神と黄金で眷属たちを屠り、クトゥルフに迫る。


“ぬるいっ!”


邪神の質量は、二人の同時攻撃に

対抗するように顕現し、振るわれた一撃を迎え撃ってくる。

その衝撃はこれまでのあらゆるものと比較してもしきれないほどに強大だった。


ロキとベルフェルクに、苦悶の表情が、対してクトゥルフは目を細めながら不気味に嘲笑うだけ。


「ちぃっ──!」


アデルバートとヨルムンガンドも、

傷を治癒しながら突貫する。

しかし──


“命潰えども、その糧を利用しない手は、ないっ!”


クトゥルフのその意味深な発言に、

得体の知れない悪寒を感じる。

レオンはヨグ・ソトースを蹴り飛ばして後退させ、攻撃しようとしたクトゥルフの前に立った。


「無理をするな、後退しろっ!」


レオンは四人に向けて衝撃波を放ち、無理やり吹き飛ばす。

ロキもヨルムンガンドも、アデルバートもベルフェルクも、レオンの行動に疑問を抱いた。


(レオンくん、まさか自分を的にしているのか……!?)


自己犠牲的だと思った。

強制的に彼らを後退させることで、前線に立っているのはレオン一人になる。

ロキたちに向けられた攻撃は、軌道を変えレオンに迫っていく。


「クソッ……!」


なぜだと、ベルフェルクは思った。

クレイラが消えると知っているからこその行動なのか。

まるで、彼自身が死に向かっているような気がしてならない。


「どうしてだ!レオンくん!」


苦楽を共にすることすら、彼は拒絶するというのか。

楽しかったことも、共に何かを乗り越えたこともない。

レオンと彼らの間に、その思い出はないのだ。


「倒れるのは──」


レオンの声が、低く響く。


「──俺だけで、充分だ……!」


その言葉に、誰もが凍りついた。

まるで──

自分の死を、受け入れているような。


そんな響きだった。


「キサマらの攻撃程度で、倒れてやらねぇよ……!」


レオンの隻眼が、残光を発しながら

迫る巨影と人影を捉えた。


鼻を突く酸性のような匂い、腐敗の匂い。それすらも気に留めず、レオンは異形のグングニルの一突きを、脇で押し留めた。


「……フッ!」


ヨグ・ソトースの不敵な笑みが覗く。次いで迫ったのは光に迫る黒い触手たち。

レオンは地を蹴り上げ、両足の先に刃物を闇のマナで作り上げる。


「その程度で勝ちを驕るか……!」


黒く発光したその刃は、触れた途端に触手を両断した。

激痛に呻くような咆哮が轟く。

人の血の匂いとも、他の生物の血の匂いとも異なる異臭が、鮮血を撒き散らしながら、たちまち広がっていく。


“ぐおおぉ……!”


「流石だ……!」


繰り出された刃物の一撃は消滅。

レオンはただの蹴りのみでヨグ・ソトースを後退させた。


「……お前ならば、イングラムごと私を殺せるはずだ。

なぜそうしない?」


レオンの表情に一瞬迷いが生じる。


「こいつらと共に苦楽を興じた思い出もないはず。お前は言ったな?

イングラムごとヨグ・ソトースを殺すと」


ヨグ・ソトースは看過していたのだ。イングラムにはあって、自分にはない環境が。


残された者たち──


イングラムだけではない。

ルークたちにも、愛するべき人がいる。待っている家族が、友がいる。

だが、レオンにはそれはないのだ。

父も母も、そして、そう遠くないうちに愛した人さえも消えてしまう。

自分の、目の前から。


レオンは再び構える。

逃れ得ないほどの殺意を抱いて、地を踏みしめて、駆け出そうと──


「イングラム……!

惑わされるな!」


ヨグ・ソトースの言葉を、塗り返すように、ライルが邪神を見据えて離さない。

目の前の、取り込まれかけている男に、訴えている。


その言葉に、レオンは動きを止めた。


「今までお前たちが乗り越えてきた戦いを思い出せ!

一つ一つの積み重ねが、お前たちを強くしてきた!そうだろう!

イングラムっ!」


体力を回復させたルークたちも、ライルの言葉に同意する。


「目を覚ませ──!」


ルークが叫ぶ。


「こんなところで終わるな!」


アデルバートが続く。


「諦めるな──!」


ルシウスが吠える。


「立て──!馬鹿野郎!」


ベルフェルクが叫んだ。


一つ、また一つ。

仲間たちの声が、イングラムに降り注ぐ。


「そんな言葉で、我々の野望は

止められはしない──!」


ヨグ・ソトースがグングニルを構え、突貫しようとしている。


「ライル、手を貸せ!」


「レオン……?」


「イングラムを、元に戻す。

だが、俺のマナと力では不充分だ

……お前の光のマナなら、あいつと共に戦ってきたお前とならば、きっと──」


レオンが協力を求めている。

光のマナを使えば、イングラムを元に戻せる可能性があるかもしれない。


「ああ、わかった……!

みんな、ヨグ・ソトースは俺たちに任せてくれ!」


代わりにクトゥルフを──

ライルの想いに、戦士たちは再び立ち上がる。


「ここからは俺たちが相手だ、行くぞクトゥルフ!」

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