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第462話「宿敵と戦友と」

「がっ……ぁぁぁ!」


ギルザの喉から、血の混じった悲鳴が漏れる。


無数の黒い刃が、雨のように彼の全身に突き刺さる。マッスル・スーツの装甲が砕け、金属片が肉に食い込む。それでも彼は、シュラウドを守るように両腕を広げ、壁となって立ち続けた。


バチバチと激しい火花が散る。


スーツの関節部から白煙が上がり、焦げた配線と溶けた樹脂の刺激臭が鼻を突く。内部の電流が暴走し、素肌に直接熱が伝わる。皮膚が水ぶくれを作り、それが破れ、また新たな火傷が重なっていく。


「ぐぅ……っ!」


肩から鮮血が噴き出し、熱い飛沫が顔にかかる。鉄錆の味が口内に充満し、呼吸をする度に血の泡が唇から漏れた。


それでも、ギルザの足は地面に根を張ったように動かない。


スーツのサーボモーターが限界を超えて唸りを上げる。関節部が真っ赤に熱を帯び、触れた瞬間に肉が焼ける音がジュッと響く。太腿の装甲が内側に食い込み、筋肉を圧迫する激痛が走るが、彼は歯を食いしばって耐えた。


「ギルザ殿!もう……もう十分です!」


シュラウドの声が背後から響く。


だがギルザは振り返らない。血と汗で視界が滲む中、ただ前を見据えていた。マッスル・スーツが悲鳴のような金属音を上げ、胸部装甲に亀裂が走る。そこから漏れ出すオイルが、高熱で発火し、青い炎となって皮膚を舐める。


「まだ……だ……まだ、倒れる、わけには……!」


膝が震える。骨が軋む。全身の神経が限界を訴えている。

それでも彼は立ち続けた。孫たちの顔が、仲間たちの顔が、脳裏をよぎる度に、崩れ落ちそうな身体に鞭を打った。


「がはっ!」


ギルザの口から、どす黒い血塊が吐き出された。


赤子たちが、まるで獲物を見つけた蟻の群れのように彼の身体に群がる。小さな手が装甲の隙間に潜り込み、生身の肉を掻きむしる。爪が皮膚を裂き、熱い血が噴き出す度に、彼らは歓喜の声を上げた。


「くそ……っ!」


重い打撃音が響く。巨大な眷属の拳が、ギルザの脇腹に叩き込まれた。肋骨が折れる鈍い音。内臓が押し潰される感覚。マッスル・スーツの側面装甲が完全に陥没し、鋭利な金属片が肺を貫く。


「がっ……ぁ……」


呼吸ができない。血が気道に逆流し、咳き込む度に赤い飛沫が散る。それでも攻撃は止まない。


槍が肩を貫通する。

鉤爪が太腿を引き裂く。

酸のような体液が顔に降りかかり、皮膚が溶けていく。


「ギルザ殿!!」


シュラウドが鉤鎌刀を振るい、駆け寄ろうとする。しかし――


「おぎゃあ」


低い唸り声と共に、別の巨大な眷属が立ち塞がる。六本の腕を持つその怪物は、嘲笑うように顎を歪めた。シュラウドが斬りかかるが、刃は分厚い外皮に阻まれ、火花を散らすだけだった。


「おのれぇ……退け!退けぇぇ!」


必死の叫びも虚しく、眷属は圧倒的な質量でシュラウドを押し返す。


その向こうで、ギルザがゆっくりと膝をつく光景が見えた。


バキッ、と嫌な音が響く。

右膝の関節が、完全に逆方向に折れ曲がった。白い骨が皮膚を突き破り、血と骨髄が溢れ出す。


「あ……ぐ、ぅ……」


声にならない悲鳴。左腕も肘から下が、ぐにゃりと有り得ない方向に曲がる。マッスル・スーツが最後の電力で痙攣するように動くが、それも火花と共に完全に停止した。


赤子たちが、倒れかけたギルザに殺到する。

まるで腐肉に群がる蛆のように、彼の全身を覆い尽くしていく。肉を噛み千切る音、骨を砕く音、そして――


「や……やめろ……やめろぉぉぉ!」


シュラウドの絶叫が戦場に響く。鉤鎌刀を必死に振るうが、眷属の壁は厚く、一歩も前に進めない。


ギルザの姿は、もはや赤子の山に埋もれて見えなくなっていた。

ただ、その下から漏れる血溜まりだけが、じわじわと広がっていく。


絶望的な静寂が、戦場を支配しようとしていた


その瞬間――


月が、雲を割った。


銀白の光が、一条の刃となって戦場に降り注ぐ。それは月光などという生易しいものではなかった。研ぎ澄まされた殺意そのものが、光となって具現化したような鋭さ。


「――失せなよ」


たった一音。

鈴を転がすような澄んだ声が、夜気を震わせた。


瞬間、シュラウドを阻んでいた六腕の眷属が、音もなく縦に裂けた。切断面は鏡のように滑らかで、一瞬遅れて黒い血が噴水のように吹き上がる。


「……!」


シュラウドが振り返る間もなく、銀光が舞った。


月光を纏った戦士が、まるで風に舞う花弁のような軽やかさで着地する。漆黒の長髪が額の青いバンダナとともに夜風になびき、手にした刀から滴る血が、月明かりを受けて真珠のように輝いた。


「遅くれてすまない」


ツクヨミの声は、男とも女ともつかぬ不思議な響きを持っていた。


そして――


天が、燃えた。


「こんなこと、許せない!」


その声は、ツクヨミとは対照的に、烈火のような激情を孕んでいた。


空に巨大な日輪が出現する。真夜中だというのに、まるで真昼のような光が戦場を照らし出す。いや――それは太陽そのものだった。


アマテラスが、宙に浮かんでいた。


黄金の髪が炎のように揺らめき、その瞳は怒りに燃える溶岩のように赤い。彼女が手を振り下ろすと、日輪から無数の光の矢が降り注いだ。


ギルザに群がっていた赤子たちが、悲鳴を上げる間もなく蒸発していく。


光に触れた瞬間、彼らの肉体は灰となり、灰は塵となり、塵は無へと還っていった。焦げた肉の臭いすら残さない、完全な消滅。それは浄化というより、存在そのものの否定だった。


「ギルザ殿!」


シュラウドが駆け寄る。


血の海の中で、ギルザの身体が露わになった。四肢は見るも無残に砕け、マッスル・スーツは原形を留めていない。だが――


「……まだ……息が……」


微かに、胸が上下していた。


アマテラスがゆっくりと降り立つ。彼女の足が地面に触れると、血溜まりが一瞬で蒸発し、清浄な大地が現れた。


「よかった、間に合った……」


その声には、安堵と怒りが混在していた。


「ツクヨミ、周囲の敵をお願い。私がギルザを護るから」


「了解、姉上」


ツクヨミの刀が月光を纏い、再び煌めく。


「それにしても……」


刀を構えながら、ツクヨミが呟く。


「人間という種は、どうしてこうも……自分を犠牲にすることを選ぶのかな」


その声には、呆れと、そして深い敬意が込められていた。


アマテラスが手をかざすと、温かな光がギルザの身体を包み込む。それは治癒の光ではなく、せめて苦痛を和らげ、命を繋ぎ止めるための光だった。


「まだ死なせない。あなたには、待っている人たちがいるんだから」


◇◇◇


「ハハッ、よもや貴様と肩を並べ、共に戦う日が来ようとはな」


獅子王ネメアの豪快な笑い声が、戦場の喧騒を貫いて響く。彼の半裸の肉体は汗と返り血で光り、筋肉の隆起が月光を反射して、まるで青銅の彫像のようだった。


その横に、大地が唸りを上げる重い足音と共に、一人の巨漢が立つ。


岩塊を削り出したような巨大な弓を片手で軽々と操り、荒々しい長髪が戦いの風になびく。ギリシャ最強の英雄、ヘラクレスだった。彼が弓を引き絞る度に、腱が軋む音が響き、空気そのものが震えた。


一撃。


矢が放たれた瞬間、大気が爆裂音と共に引き裂かれ、敵の群れが塵と化して吹き飛んでいく。


「会話は不要。この土地にて希望を捨てぬ生命を護るまで」


低く響く声は、地の底から湧き上がる地鳴りのようだった。


「かぁーっ、相変わらずの無口ぶりよ!永い時を経て少しはマシになったかと思ったが……杞憂だったわい」


ネメアが肩を揺らして笑う。その笑い声には、皮肉と懐かしさが混じり合っていた。


「──」


ヘラクレスは答えない。代わりに、再び剛弓を引く。筋肉が盛り上がり、血管が浮き出る。矢が放たれる瞬間、空気が圧縮され、耳を劈くような轟音が響いた。着弾点では、まるで隕石が落ちたかのような爆発が起き、土煙と肉片が舞い上がる。


「ほほぉ……余の首をへし折った時よりも力が増しておるか……?」


ネメアの目が、獰猛な輝きを帯びる。


突如、空が唸りを上げた。


頭上から、邪神砲弾が流星群のように降り注ぐ。着弾の度に地面が揺れ、硝煙と火薬の刺激臭が鼻を突く。城壁から放たれるその援護射撃は、弟レネアの指揮によるものだった。


「王様さんよ!今はコイツらを近づかせないことが肝心だろ?」


ケリィの声が横から響く。彼の握る銃口から、まだ硝煙が立ち昇っていた。


「お手伝いします!この国を守るために!」


レベッカが剣を構え直す。刃が月光を受けて冷たく輝き、その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。二人の戦士が、並んで立つ。


「うむ、ならば征くか!ルシウスたちにばかり頼ってもおれんからな!」


ネメアが拳を打ち鳴らす。骨と骨がぶつかる鈍い音が、まるで戦太鼓のように響いた。四人の戦士たちの影が、国の下で一つに重なり、新たな戦いの幕が上がろうとしていた。


◇◇◇


「ちっ、くそ……!コンコンもそろそろキツイぜ!

腹ぁくくるか?」


安倍晴明の声は掠れ、額から流れる汗が目に染みる。呼吸をする度に、肺が焼けるような痛みを訴えていた。


「死ぬ気でって?

馬鹿言うな、死ぬつもりはないよ」


芦屋道満の返答には、いつもの皮肉が混じっていたが、その声にも疲労の色が濃く滲んでいた。


眼下に広がる森は、もはや原形を留めていない。黒い炎が樹々を舐め尽くし、焦げた木の臭いと腐敗臭が混じり合った瘴気が、煙と共に立ち昇ってくる。鼻腔を刺す毒気に、喉の奥が焼けるように痛んだ。


このまま人の身で耐え続ければ、精神が内側から崩壊し、狂気に呑まれるのは時間の問題だった。


「ちっ……光のマナでも降って来ねえかな!」


晴明が血の混じった唾を吐き捨てる。


「……ふ、無いものねだりか」


道満の苦笑いが、状況の絶望を物語っていた。


「良いではないか、無いものねだり、大いに結構」


突如、第三の声が響いた。


低く、それでいて不思議な安らぎを含んだその声は、まるで山の清水が岩を撫でるような心地よさで二人の耳に届く。瘴気に満ちた空気が、一瞬にして澄み渡った気がした。


「あぁ……!?」


晴明が振り返る。その目が大きく見開かれる。


「あなたは……」


道満の声が、珍しく震えていた。


「こんばんは……手を貸しに来ました」


月光に照らされて立つその人物は、二人の時代よりも遥かに古い、粗末な麻の衣を纏っていた。しかし、その佇まいからは、山そのものが人の形を取ったような、圧倒的な存在感が放たれている。


男が静かに両手を合わせる。


パン、と。


その音は小さく、しかし空間全体を震撼させた。


瞬間、場の空気が一変する。目に見えない巨大な力場が展開され、瘴気が押し返されていく。襲い来る眷属たちの動きが、まるで時が止まったかのように凍りついた。


「義覚、義玄、二人を守ってあげなさい」


声は優しく、しかし有無を言わさぬ威厳があった。


「承知いたしました、小角様」


赤鬼と青鬼の夫婦が、風のように現れる。赤い肌と青い肌が月光に照らされ、その巨体が地面を踏みしめる度に、大地が小さく震えた。二体の鬼は、晴明と道満を子供のように軽々と抱え上げ、後方へと運ぶ。


「……驚いたぜ、大先輩じゃねえか」


晴明の声には、畏敬と安堵が入り混じっていた。


「ここは、お手並み拝見といこう……」


道満も、珍しく素直に身を任せている。


「ははは、後進たちに見せてあげましょうか。死後、私が積み上げてきた霊力というものを──」


役小角が、ゆっくりと印を結ぶ。


次の瞬間、大地が悲鳴を上げた。


巨大な怪物の手足が、目に見えない無数の鎖に縛られたかのように空中で停止する。そして、内側と外側から同時に引き裂かれるような、肉が裂ける湿った音が響き渡った。骨が砕ける音、筋が千切れる音が、恐ろしい協奏曲となって夜空に響く。


「良い良い、好調好調」


小角の穏やかな声が、惨劇の中で不気味なほど朗らかに響く。


「えっぐ……」


安倍晴明の顔が青ざめ、思わず口元を押さえた。最強の陰陽師をして、この光景はあまりにも凄惨だった。胃の中身が逆流しそうになるのを、必死で堪える。


顔色を失い、胃液が込み上げてくる後進たちの様子を、背中越しに感じ取った小角は、口元にかすかな弧を描いた。


その笑みは、千年の時を超えて培われた、慈愛と茶目っ気が絶妙に混じり合った表情だった。振り返ることなく、ただ月光に照らされたその横顔には、まるで悪戯が成功した老師のような、どこか楽しげな光が宿っている。


「ふふ……まだまだ修行が足りませんね、お二人とも」


呟きは風に乗って、晴明と道満の耳にそっと届く。その声音には叱責など微塵もなく、むしろ孫を見守る祖父のような温かさが滲んでいた。


肉が引き裂かれる湿った音が続く中、小角の衣の裾が静かに揺れる。彼にとってこの程度の惨劇など、長い修行の中で幾度となく目にしてきた、ただの日常に過ぎないのだろう。


その超然とした背中を見つめながら、二人の陰陽師は改めて、自分たちがまだまだ青二才に過ぎないことを、痛感せずにはいられなかった。

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