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第453話「連撃」

血煙と黒い肉片が宙を舞い、二人の足元には幾体もの眷属が沈んでいた。

だが――その数は減る気配を見せない。

暗闇の奥からは、まだまだ這い出してくる。


「……はぁ、はぁ……!」


ルークの肩が上下し、額を伝う汗が視界を滲ませる。

握った剣の柄は、血と脂で滑りそうになっていた。


「休むべきではないかね……?」


ナイアーラトテップもまた肩で息をしながら笑みを浮かべる。

その顔には無邪気さではなく、戦いに酔った獰猛な光が宿っていた。


二人は一瞬だけ視線を交わす。

その瞳には同じ思いがあった――

「ここで踏ん張らなければ、誰も先へは進めない」と。


ズズズ……!

地鳴りと共に、さらに巨大な影が群れをかき分け、前へと押し寄せてくる。

眷属の波は、まるで海そのものが牙を持って押し寄せてくるかのようだった。


「その必要は、ないっ!」


ルークは剣を振り上げ、再び走り出す。


「そうか、死んでくれるなよ?」


リルルも槍を握り直し、返り血を振り払う。


――二人の荒い息遣いと、戦場を埋め尽くす眷属の咆哮が重なり合い、

そこにはもはや「戦い」ではなく「生存を懸けた狂騒曲」が鳴り響いていた。


無数の眷属が、ルークとリルルの連撃で斬り裂かれ、ルシウスの矢が次々と的を穿つ。


ベルフェルクの黄金の槍が海底を貫き、フェンリルの咆哮が群れを蹂躙した。


「……っ、やれる……!」


アデルバートが汗を拭い、力強く頷いた。

皆の息がひとつになり、闇を押し返していく。


――勝てる。

確かな手応えが、全員の胸に芽生えたその瞬間。


……フフ……


ぞわり、と脳髄を灼くような声が響いた。

聞いた者の血を熱し、臓腑を焼き尽くすような声。


次の瞬間、世界が真紅に染まった。

視界を奪うほどの炎が広がり、海水すら瞬時に蒸発していく。

吐息を吸っただけで喉が焦げ、皮膚が割れる。


「な、なに……!? 熱いっ……!!」


イングラムが思わず顔を覆う。


そこに現れたのは――灼熱の太陽。

形を持たぬ“炎”そのものが、巨体を揺らめかせて立ちはだかった。

触れることすら許されぬ、恒星の具現。


「キサマ……クトゥグァ」


フェンリルの声は冷たく震えていた。


無数のファイア・ヴァンパイアがその光から溢れ出し、

羽ばたく軌跡だけで戦士たちの血と魂を焼き尽くしていく。


「嘘だろ……!? こんなの、どう戦えってんだ!」


ルークが絶叫した。


「……ロニ、レネ、手を貸してくれるか」


ライルが振り返ったその瞳は、迷いを断ち切った鋼の光を宿していた。


「私たちで、あれを仕留めるつもりですか?」


ロニの声には揺らぎがあったが、その奥にある決意は確かだった。


「三人ならできなくもないね……このままじゃジリ貧だろうし」


レネは笑ってみせる。炎の熱気に汗が頬を流れるのも気にせず、眷属の首を軽やかに断ち切りながら。


「よし……二人とも、手を出してくれ」


ライルは深く息を吸い込み、手を広げた。


「光のマナで加護を施す」


差し伸べられたその手に、姉妹は迷いなく重ねた。

瞬間、三人の掌から光が溢れだす。


「──っ!」


肌を焼いていた灼熱が、まるで後退するかのように和らいだ。

光は柔らかいのに鋭く、温かいのに圧倒的。

それは星々の残光が結晶となったかのような純白の輝きだった。


「……」


ロニは目を見開き、言葉を失った。


「……」


レネもただ、その光に包まれながら口元を震わせていた。


彼女たちの身体は、白い炎にも似た光に抱かれていく。

だがそれは破壊ではなく、守護の光。


黒く焼こうとするクトゥグァの熱を押し返し、戦場に立つ力を与えてくれる。


「これが……光のマナの力……」


レネがぽつりと呟いた。


ライルの光は、ただの防御でも治癒でもなかった。

彼の全ての想いを込めた「生きて帰る」という祈りそのものだった。


無数の眷属たちが燃え上がる炎の海から這い出す。

赤黒い肉塊に爪、牙、触手を携えた異形の群れ。

それでも、ロニとレネには一歩の怯みもなかった。


「邪魔っ!」


紅蓮と紺碧が閃き、姉妹は群れへ飛び込む。

二人の刃が左右から交差するたび、眷属たちの身体は音もなく裂かれ、灰と化して散る。


雷鳴が爆ぜ、血と炎の匂いが風に吹き飛ばされる。


背後から迫る影には、白い光が差し込む。

ライルの剣が煌き、仲間を飲み込もうとした炎塊を一閃で貫き消し飛ばした。


「お姉ちゃん!」

「わかってる!」


息を合わせた二人が再び舞う。

紅と紫電の連撃が、次々と眷属を吹き飛ばし、瞬く間に道を切り拓いていく。

その隙を逃さず、ライルが光の奔流を叩き込むと、数百の異形たちは一度に吹き飛び、戦場は一気に静寂を取り戻した。


――残るはただ一体。

炎の巨神、クトゥグァ。


三人は自然と肩を並べた。

白、紅、紫――三色の輝きが重なり合い、圧倒的な熱量に抗う。


「行くぞ!」


「了解……!」


ロニの声は震えていなかった。

紅蓮の刃が唸りを上げ、灼熱の巨腕に斬り込む。


触れた瞬間、焼け焦げるような熱が肌を襲うが、彼女の剣筋は止まらない。

炎が裂け、閃光のような断面が走った。


「お姉ちゃん!」


レネが続く。

紫電が奔り、裂け目へと針のように突き刺さる。


耳をつんざく轟音と共に、眷属たちの断末魔が混じり、硫黄と焦げた肉の臭いが一気に弾け飛んだ。


「まだ終わらないっ!」


ロニは再び踏み込み、今度は脚部を狙って振り下ろす。

レネの雷が追随し、切り裂いた断面から火花が散る。

巨神クトゥグァが低く呻き、揺れるたびに大地ごと震動が走った。


「今だ、畳みかける!」


ライルの声が背から響く。

白い光が弾け、二人の背を押すように包み込む。


ロニとレネの連撃に、クトゥグァの巨躯がぐらりと揺れる。

裂かれた炎の肉から、灼熱の火花が四散し、耳障りな「ぶつぶつ」とした音が空気を焦がす。


次の瞬間――。


「ッ!!」


巨腕が振り下ろされた。

炎そのものを凝縮したような拳が、地面を叩きつける。

爆ぜるような衝撃波が広がり、岩肌が一瞬で赤熱して溶け落ちた。


「お姉ちゃん、避けて!」


レネが叫び、雷光を走らせて炎の壁を切り裂く。

だが熱風は容赦なく肌を焼き、肺の奥にまで灼けるような痛みが突き刺さった。


「ぐっ……!」


ロニが剣を支えに踏ん張る。

頬が焼け、手の皮が裂ける。それでも後退はしない。


クトゥグァの頭部がゆっくりと持ち上がり、燃え盛る眼窩に三人を映した。


咆哮。


空気が一瞬で燃え上がり、視界すべてが炎に塗り潰される。


「必ず殺すという強い執念を感じる……っ!」


ライルが白光を展開し、二人を抱えるように防壁を張る。

だが、その光さえも音を立てて軋み、崩れかけていた。



ロニのフランベルジュが赤熱した腕を斬り裂き、レネの雷が裂け目を容赦なく貫いた。


さらにライルの光が、二人の攻撃を束ねるように放たれる。

三重の連撃が巨体を押し込み、クトゥグァの炎に亀裂が走った。


「効いてる……!」


レネが息を弾ませる。


だがその瞬間――。


灼熱の巨腕が振り抜かれ、爆炎が一帯を覆い尽くした。

熱と衝撃で岩盤が吹き飛び、地面は赤黒く溶け落ちていく。

ロニは剣で受け止め、レネは雷で弾き、ライルは光壁で仲間を守る。


「ぐぅっ……!!」


押し寄せる灼熱に、喉が焼ける。

足が震え、皮膚が裂ける。

それでも三人は退かない。


光と炎が拮抗し、雷と爆炎がぶつかり合う。


――凄絶な拮抗。


「押し返すぞ!」


ライルが叫ぶ。


白狼の力が、二人の背をさらに押した。


「「あぁぁぁッ!!」」


双子の声が重なり、紅蓮と雷撃が奔流となる。

クトゥグァの咆哮が轟き、炎が大きく揺らいだ。


だが巨体は、まだ崩れない。

三人の力と、邪神の力が拮抗したまま、戦場は赤と白と紫で染め上げられていた。


「……まだだ……!」


ライルが、血を吐きながら吠える。


ロニは手の皮が裂け、剣を握る指が赤く染まっていた。

レネの喉は焼けるように枯れ、雷鳴を絞り出すたびに血管が破裂していく。


それでも――三人は退かない。


「ここで……終わらせるんだッ!!」


ライルが光をさらに迸らせ、双子の背を押す。


「お姉ちゃん、行くよ!」


「えぇ……一緒に!」


ロニが紅蓮を纏った刃を振り下ろす。

レネが紫電を裂帛の叫びとともに叩き込む。

その瞬間、ライルの白光が二人の力を束ね、怒涛の奔流へと変えた。


剣閃が連続で閃き、雷が立て続けに迸り、光が重ねて押し込む。

間断なく叩き込まれる三人の攻撃は、まるで時の流れすら断ち切る嵐のようだった。


「グオオオオオオォォォッ!!」


クトゥグァが悲鳴を上げる。

灼熱の巨体が軋み、亀裂が全身に走る。

噴き上がる炎が弾け、血のような溶岩が飛び散った。


「まだだぁぁぁぁッ!!!」


三人の叫びが重なる。


紅蓮が、雷が、光が――怒涛の連続撃として叩きつけられた。


ついに、クトゥグァの巨体が大きく裂け、灼熱の中枢が露わになる。

そこへ、三人の最後の一撃が突き刺さった。


眩い閃光。

爆炎を切り裂くように、邪神の咆哮がかき消えていく。


――そして、灼熱の巨影は音もなく崩れ落ち、赤黒い灰となって虚空に散った。


三人は膝をつき、肩で荒く息をしながらも……互いの顔を見て、確かな笑みを交わした。


クトゥグァは崩壊した。

周囲を埋め尽くしていた眷属たちも、一斉に糸が切れたように動きを止めた。


燃えさかる腕は灰となり、溶岩のような体躯は崩壊し、やがて真っ黒な砂粒へと変じて床に散らばっていく。


耳をつんざいていた叫びも、焼け付くような炎の気配も、すべてが嘘のように掻き消えた。

残されたのは焦げた匂いと、張り詰めた静寂。


「……終わった、のか」


ライルが深く息を吐く。

ロニとレネも肩で呼吸しながら頷き合った。

彼らの周囲には、もはや敵影はどこにもなかった。


灼熱と雷鳴の余韻がまだ空間に残る。

焼け焦げた眷属の骸が崩れ落ち、勝利の息を吐いたその時――。


ぱちん、ぱちん。

乾いた音が、静寂を切り裂くように響いた。


「……っ!」


全員が構える。


闇を裂いて現れたのは、影のような異形ナイアーラトテップ。

そしてその傍らで、優雅に手を叩きながら姿を現す一人の男。


「素晴らしい……」


声は落ち着き払っていた。


「流石は――ハイウインドの血を引く一族だ!」


軍服を纏い、理知の光を湛えた瞳。

軍師クラフトが、皮肉めいた笑みを浮かべて彼らを見渡していた。


「……クラフト……!」


ライルが憤怒の眼を見開く。


彼の背後では、ナイアーラトテップがゆらりと揺れ、まるでその言葉に同意するかのように瘴気を膨張させていく。


「皆様に、ひとつ嬉しいご報告がありましてね……」

軍師クラフトの声は、皮肉に満ちていながらも不思議なほど穏やかだった。


「聞く耳もたん! ここで塵となれッ!!」


イングラムが咆哮と共に踏み込む。

だが――クラフトは一歩も動かず、ただ嗤った。


「おやおや……本当にそれでよろしいのですか?」


指先をひらひらと振りながら、彼は愉悦を隠さない。


「ルルイエが――浮上したというのに」


ぞくり。

その言葉が落ちた瞬間、場の空気が凍りついた。

足元の大地すら、低く唸るように震えた気がした。


「なに……?」


ライルの瞳が揺らぎ、全員の背筋に悪寒が走る。


ルルイエ、浮上。

それはすなわち、クトゥルフの覚醒が間近であることを意味していた。


クラフトの口元には、薄く冷笑が浮かんでいる。


「悠長なことですねぇ……あなた方はここで足止めされ、地上は闇に飲まれる」


彼の言葉と同時に、ナイアーラトテップの影がぶわりと広がり、異形の群れがぞろぞろと姿を現した。


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