柳沢という男
2話目です。
「ふーっ、寿命が縮んだ……」
浜屋敷の外に無事出られた私は、今日も命があることに感謝し、深くため息をついた。
すると、そこに声をかけてくるものがある。
「もし、杉森殿ではござらぬか?」
「は? そちら様はどなた様で?」
夕暮れの中姿がハッキリしなかったので一瞬大成の仲間かとも思ったが、見るところ城勤めのお侍のようであった。
「拙者、柳沢と申す者。先ほどの講釈、見事でござった」
「左様仰せられるとは、お侍様は宰相様のご家来で? 何か私に御用でも?」
私の講釈を聞いていたということは、座敷の上のおエラ方でなくとも庭に控えている近習たちの一人かもと私は簡単に考えた。
「いや、宰相様の家来には違いないが、拙者は館林藩の小姓組番衆。本日は館林宰相様が欠席なさることを通達に参り、甲府藩ご家老様のご好意で拝聴させていただいた」
「そ、それはそれは……館林藩の……」
私はこの二十歳そこそこの若侍の素性に驚かざるを得ない。本人に対してではなく、仕えているお家にだ。
館林宰相様といえば、徳川綱吉公のことである。この甲府藩と同じく当代様の弟君で、先代将軍、家光公のお子ではないか。
そしてこの柳沢という若侍、今でこそ小役であったが、後年、柳沢吉保と名乗り、上様御側御用人というとてつもない権力をほしいままにした人物である。
そのことは当時の私は知らない。ここで出合ったことが私と大成、いや、明国の運命までも左右することになるとも、人の身である私は思いもつかなかった。
「立ち話もなんですから、ご同行願えませぬかな?」
「ど、どちらへ……」
「無論、我が館林藩上屋敷にでござる」
「…………」
断ろうかどうか迷っていると、周りにお仲間らしき侍が集まっているのに気がつく。
とても断れる状況ではない。
私は力なく頷いた。
「おお。ご快諾、かたじけない。では参ろうか」
数人の侍に前後左右を囲まれ、不安のまま私は歩かされた。
外堀を北に向かい、常盤橋を越えて神田橋まで来ると目的地が見える。館林藩上屋敷、通称神田御殿である。
浜屋敷に次ぎ、またもや大大名屋敷を訪れることになるとは、私の運勢は一体どうなっているのか。大成と関わってからこちら、数奇としか言いようがない。
《あ、大成といえば、このことは何か計画の内だろうか?》
連絡も取れぬまま、私は御門内に通される。
そして、浜屋敷のようにお庭ではなく、屋敷内に入らされる。
《たぶん行商人あたりが私を見張っているだろう。大成にも連絡が行っているはずだ。しかし、わかったところで大成一人では中に入れまい……》
小さな、といっても貧乏浪人にとってはかなり大き目の部屋でしばらく待たされている間、私は最悪の場合、助けも来ないことを覚悟していた。
「お待たせいたした。館林宰相様のお成りにござる」
襖が開き、先ほどの柳沢という小姓が入って来たが、有り得ない発言をする。
しかし、それは事実だったようで、後ろから小柄な武士が入ってきた。
「……はっ、ははーっ!」
私は一瞬ポカンとした後、身体を後ろに引きずり平伏した。
庭でもなく、謁見の間でもないのはこの際どうでもよい。だが、わざわざ私のいる部屋に上様の弟君が足を運ぶとは、武家の常識では考えられないことである。
「顔を上げよ」
甲府宰相様と同じような甲高い声が聞こえてくる。
私は恐る恐る顔を上げた。少し感覚が麻痺しているのかもしれない。今回は伏目がちにしながらだが、お顔をまじまじと拝見できた。
三十の坂は越えているはずだが、少年のような体格に面長のお顔、かなりお若く見える。そういえば隣に控えている柳沢殿もかなりの細面で、武士というよりは役者のようである。
「宰相様が貴殿をお呼びしたのは二つの理由がござる」
宰相様が上座に腰を落ち着けると、柳沢殿のほうから本題に入った。
無論、そうでなくては居心地が悪い。
「一つは杉森殿の講釈を宰相様にお聞かせ申し上げ奉ることでござる」
「はっ、稚拙でございますが、喜んで」
講釈師として座敷にお呼びがかかったと考えれば不思議ではない。
私は即答する。
「もう一つは……」
柳沢殿は少し間を置いた。
「明の使者とやらに宰相様が謁見なさりたいとご所望である」
「そ、それは……」
どこから嗅ぎつけたのかと恐れ入る。今日の老中たちも甲府宰相様からは聞かされてはいなかった様子であるのに。
「いや、ご心配には及ばぬ。館林宰相様も甲府様と同じく忠臣にいかい興味をお持ちになられておられる。話によっては協力も吝かではないとの仰せである。悪い話ではなかろう」
「……わ、わかりました。お約束はできませんが先方に確認してみます」
「良しなに頼む。それでは宰相様がお待ちかねである。講釈を」
「はっ。それでは失礼いたして――」
とりあえず要求の一つは期待に応えようと私は弁舌を振るう。
一刻ほどの講釈の後、館林宰相様は私の話に満足なされたご様子であった。ここでも首がつながったと、最後にお褒めの言葉をいただいたときにしみじみと感じる。
驚くことに、夜も遅いからと柳沢殿に屋敷に泊まることを勧められた。
慌てて断ったものの、どうしてもと言って聞かない。宰相様の前であったのでこれ以上我は通せなかった。
見たこともない夜具、掛け布団などというものが敷かれた部屋に連れて行かれ、その後一人にされる。
いっそ牢屋にでも入れられたほうがましだと思いつつ、私は布団ではなく畳の上に寝そべった。
嫌でも眠気が来る。私は大名屋敷で一晩明かすという、乞胸にあるまじき経験をした。
◇◇◇◇
「へーっ! とうとう犬公方様とご対面でっか! 先生、とんでもないお人でしたんですな!」
大阪は道頓堀の茶屋の一室では、私の昔話に人形浄瑠璃竹本座の座長・竹田出雲と義太夫の竹本政太夫が一喜一憂している。
登場人物の派手さは私が手がけた戯作の比ではない。
明国の英雄とその孫。亡国のお姫様に上様の弟君、ついに後年上様になられた人物まで出てきて、それがすべて私と直接会っているというのだから夢物語にしても豪華すぎる。
ホラ話であれば納得のできるだろうが、作り話とすれば首が飛びかねない不敬さである。
こうして二人に語って聞かせることができるのは、今では登場人物がすべてこの世にいないからという理由であった。
私も今年で六十二になる。よくぞ今まで命を保てたことだ。
「先生。それで犬公方はどんなお人だったんでっか?」
庶民として風変わりな将軍に興味があったのだろう。政太夫は素直に聞いてくる。
「座敷にお犬様はおったんでっか?」
「そないわけはありまへん。そやな、普通の方でしたで。滅法線は細かったでしたが」
今思い出すと不思議な方だった。
甲府様のときはお大名らしくご家老様が一緒で、格式ばっていたが、綱吉公に会ったときはお付は柳沢殿だけであった。
後年のお側御用の時代ならそれも当然であったろうが、まだ柳沢様がお若い時分のころからお側に侍っていたとは、今思うと不思議な感覚である。
当時講釈をお聞かせしたときも、ちょうど今茶屋の一室で二人に語っているように、狭い部屋で綱吉公、柳沢様と私の三人であったのも妙な符合である。
「それにしても犬公方はンは何で明国の使節に興味を持ったんで? 清国と戦さでもぶつ気でしたんで?」
座長が核心をついてくる。
「そやな、それがミソです。これからお話しましょ」
「へぇ。お聞きします」
私は再び話を三十数年間前に戻した。
◇◇◇◇
翌日、神田屋敷を辞した私は、一旦長屋に帰り、いつもの辻講釈用の着物に着替えた。
大成たちと繋ぎを取るため早速に辻に立つ。
何度か講釈を続けるうちに行商人が現れたので、いつものようにこっそりと手紙を渡すと、まもなく返事が来る。
その日のうちに例の船宿で大成と落ち合ったが、やはり私の動向は大成に筒抜けであった。
「義兄上には驚かされる。もう一人の宰相のところとは」
「笑い事ではない。寿命が縮んだぞ」
「それは悪かった。で? その宰相が何だって?」
「ああ。明国の使節に会いたいそうだ。どうだ? 行くか? 行くなら私は神田御殿に報告に行かねばならぬ。そうでなくても催促に来られそうだが」
私は柳沢殿の押しの強さを思い出してうんざりする。
「すでに幕府に話は通っている。後は評議次第だからな、今会っても意味があるか……」
「大成。よいではないか。信盛によれば幕府の評議とやらも難航しておるそうじゃし」
お春は気楽に口を挟んでくる。だが、的確な意見であった。
「……確かにな。宰相が二人も出兵に賛成したとなれば風向きも変わるかも知れん」
そう、昨日の今日で報告したばかりだが、昨日甲府浜屋敷での臨時評議は間違いなくもめていた。
もめていたというのは反対ばかりの意見ではないということで、大成たちにも少しは希望が残っていたのだが、それでも待つ身にとっては辛いところである。
賛成と反対の理由は、鄭成功が大成に語ったという分析と、後日私が直接お二人の宰相様たちから伺った話によると、利害が拮抗してのことだという。
明に加担することの利を考えると、まず大成が甲府様に申し上げたように今後明国との貿易で幕府が多大の利益を得るという金銭面。
さらに、幕府が悩みのタネとしている多数の浪人、及び旗本御家人の次男坊以下、無役部屋住みの武士たちの処遇である。大戦さともなれば武人はいくらいても足りない。一挙に問題が片付くというわけである。
逆に、明への出兵の害については、利の裏を返したものである。
明国との貿易の利といっても、それは明国が清国に勝ってのことで、負けた場合は幕府にとってまったく得るところがない。それどころか、先の太閤豊臣秀吉の例を見るまでもなく、国が疲弊してしまうことも考えられる。
そして浪人についても戦さが終われば、やはり仕官や領地を与えねばならない。日本国内ではそれも無理な話だ。
さらに、慶安の変つまり由比正雪の乱以後、やっと尚武の気風を文治の風潮に変えたばかりだというのに、またもや戦国の殺伐とした空気になると心配された。
そして、これが一番の懸念だが、この出兵が仮に成功したとして、西国の外様大名の力が増大するのではないかという問題もある。そんなことになったら幕府の屋台骨にも関わる一大事なのだ。
武士の矜持と官僚根性の両方を理解してるらしい大成は、しばらく悩んだ後心を決めたらしい。
「仕方ない。会おう。そして館林宰相とやらにも協力を求めよう。義兄上、繋ぎを頼まれてくれんか?」
「よし、お主がそう決めたのなら口は挟まん。なに、取り次ぐだけだ」
「すまん。面倒をかける」
「今更だな。似合わんぞ」
「そうじゃ、大成。もっとどっしりと構えろ。ジイのようにな」
「春、無茶言うな。俺は国姓爺じゃない」
「わらわにとっては同じじゃ」
「ところで、その国姓爺殿は? やはり一緒に参られるのか?」
お春の言葉でふと気になった。あの対面の日以来見かけていない。
「ああ。ジジ様は国に帰った。正式に幕府から通達が出るまではもう来ない」
「そうか……」
没落した国を復活させるのは至難の業であろう。いくら日本からの出兵が戦さの鍵だからといって、いつまでも外国にはいられないというわけか。
偉人の心は計り知れないと感動したり呆れたりしながら、大成との会合は終わる。
明日早速神田御殿に遣いすることにしよう。
数日後、既に連絡を入れていた大成が以前と同じくとある寺の境内に駕籠と共に佇んでいる。
私は柳沢殿から借り受けた中間たちを引き連れて迎えに来た。
甲府浜屋敷に赴いたときよりもすんなりとことが運ぶ。神田御殿で出迎えたのは柳沢殿のみであり、館林藩のご家老やその他用人などは一切現れなかった。
驚くべきことに、先日の狭い部屋に通された私たち、唐服のお春は別として、大成の大小も、私の形ばかりの脇差も取り上げられることなく速やかに対面が行われた。
さすがの大成も面食らう。
「そのほうが明国の使者か?」
座に着いた館林宰相様は直々にお声をかけてきた。
私は恐れ入って平伏していたが、大成は持ち前の気性を発揮し、堂々と応える。まったく、こちらにも恐れ入るばかりだ。
「はっ、大明帝国、国姓爺鄭成功が外孫、鄭大成と申す。以後良しなに」
「ほう。鄭成功殿が生きていたと先日講釈で聞いたが、お孫殿がご使者とは奇特な」
「恐れ入りまする」
「本日、その鄭成功殿は?」
「国姓爺は来るべき決戦に向け、明国内の反清勢力の拡大に努めておりますれば、本日参上できぬこと、まことに相済まぬと申しておりまする」
「そうであるか。では致し方ない」
「ご寛恕、かたじけない」
「来るべき決戦と申されたが……」
およそ挨拶といってよい会話の後、柳沢殿が口を挟んでくる。おそらく具体的な話し合いは宰相様に任されているのであろう。
「残念なことに日本からの出兵の件は二、三年はかかるかも知れぬ」
「そ、それはどういうことで?」
思いがけぬ言葉に大成も慌てる。
「当代様は大老、酒井様の言いなりも同じ、いくら甲府様や我が主、館林宰相様が口を出したところで結局は大老の意見がまかり通るというものだ」
「で、では、二、三年というのは?」
「……大きな声では言えぬが……」
柳沢殿は言葉どおり声を潜める。
「当代様はご病弱であらせられる。お世継ぎもいらっしゃらぬ。代替わりの折にはさしもの下馬将軍といえど失脚いたそう。そうなれば次代将軍となられるお方の意見に重きが置かれるはずじゃ」
「……そ、それは……」
大変な話を聞いてしまった。
流石の大成も言葉を失う。
私はちらりと正面の館林宰相様の顔色を伺った。
表情に変りはない。小姓如きが征夷大将軍の代替わりを口にするという暴挙を黙って聞いている。
とすれば、これも宰相様からの指示かもしれないと少し安堵する。
だが、内容が内容だけに私も大成も言葉が出なかった。
「そんなわけで今すぐとはいかないことをわかっていただきたい。なに、大方の予想では二、三年のことだ」
「……これまで祖父たちは何十年も戦ってきたでござる。あと二年や三年、確実と知れば待つのに異存はござらん」
大成は、次代将軍が甲府宰相様であると聞いているので、そのことに賭けてもいい気がしたということだ。消極的なやり方だが、確実さを採った結果、承服する。
「おお、承知してくれたか。めでたい。では酒宴にいたそう。宰相様からお杯がくだされるとのことである」
大成の返事を待っていたかのように、柳沢殿は手を打ち鳴らした。しばらくして襖が開けられ、酒膳が運ばれてくる。
「さ、勿体無くも宰相様からのお下がりである。杯を取られよ」
「そ、それでは……」
大成も、ここは断る場面ではないと判断し、言われるがまま杯を手にする。
宰相様からとはいっても、無論柳沢殿が我々の杯に酒を注ぐ。お春は形だけだ。
宰相様、大成は同時に杯を空けた。私もそれを見届けた後、柳沢殿の勧めもあって飲み干す。
ふと非人屋敷での酒宴が思い浮かんだ。あそこも行く度に宴になる。雰囲気はまるで違うが。
しばらく顔を出していないなと寂しく思う一方、頭たちに迷惑はかけられないと、大成の仕事が片付くまでは遠慮することを改めて決心する。
「これで我らはお味方じゃ。実にめでたい」
味方。
柳沢殿はそう言った。本当にそうなのだろうか。
私は言い知れぬ不安に襲われる。だが、余りに小さく、漠然としたものであったのですぐに気にならなくなった。
「これからも講釈を聞きたいと宰相様は仰せである。杉森殿も御用の際は遠慮なく参られよ。木戸ご免とするとのお計らいである」
「ははーっ! 勿体無きお言葉」
甲府宰相様のところよりも破格の待遇に恐れ入る。
「ご使者殿からも明国の話を伺いたいとのこと。その折は是非に」
「しかと承った。ご配慮かたじけない」
今後も神田御殿で会合を開くということ決め、本日の会見は終わる。
今日も泊まれと言われたが、大成の事情が事情だけに柳沢殿も無茶な誘い方はしなかった。宰相様も我々が断ったことについて特に意見は無いようで、安心して御殿を後にする。
その後、度々神田御殿から大成への呼び出しがあった。
その内容とは? 期して次回をお聞きあれ。




