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英雄と姫君

2話投稿します。


先週は都合により投稿できませんでした。

なるべく毎週金曜日に投稿できるよう心がけるつもりです。

 

 七月の蒸し暑い夜。そろそろ寝ようかとしているところに、私の家を訪ねる者があった。


 建てつけの悪い表戸を開けてみると、暗闇の中に立っていたのは武士。それも甲府藩家老であった。駕籠も、共の者も連れていない。

 町屋の人間、それも裏長屋に住まう者にとって、これほど驚くことはない。


「こっ、これはご家老様。こんな時分に、それもこんなむさ苦しい場所にお一人でお出でなさるとは……」


「……申し渡すことがある」


「な、なんでございましょう……」


 何の話かはわかっていたが、一応聞いてみる。


「三日後、申の下刻、浜屋敷に出頭せよ。無論、件の鉄人とやらも同行させてな。宰相様のご意思である」


「はっ。必ずそのように」


 件の鉄人、という言葉は耳慣れなかったが、おそらく大成が父方の家族を慮り、偽名でも使ったと解釈する。迷いなく返答した。


「では、間違いなくな。ワシは戻る。ここは臭くてかなわん」


「は、どうも申し訳ございません……」


 私は長屋の入り口まで見送った。そこには駕籠と共の者が控えている。ご家老は駕籠に乗り込むと逃げ出すかのように共の者を急がせた。余程下層町民の住まう場所の匂いがこたえたのだろう。


 しかし、と私は闇に消え行く駕籠を目で追いながら考えた。


 こんな用件は中間でも小物でも走らせれば済むことだ。何も家老直々に出張る必要はない。殿様の厳命というのもあるのだろうが、内容が内容だけに秘密を重んじるということだろうか。

 そういえば、書状を宰相様に渡してから十日ほどになるが、私はどうやら付け回されているらしい。講釈で各辻を回るたびに、サムライの影がちらついている。


 あれから大成とも会っていない。一度お春の姿を見かけたが、私に付け文を届けただけである。

 その他にも、例の行商人らしき人物が同じく密かに文を渡してきた。

 内容はどちらも『次に浜屋敷を訪れる日時が決まったら、文にして行商人に渡せ』というものであった。

 ご公儀のお偉方と会う前に、密入国の咎で仲間諸共捕まりでもしたらこれまでの苦労が水の泡になるのは確かだが、それにしても秘密の組織とやらの芸風には苦笑せざるを得ない。


 私は家に戻ると、日時の件を小さな紙にしたため、講釈用の本に挟む。

 そして灯りを消し、横になった。


 次の日、講釈が終わると、まるで昨晩のことを知っているかのように講釈を聞きに来ていた、行商人風の男に目配せをする。

 心得た行商人は私に心付けを渡す体で近づいてきた。

 私は、何気なく銭を受け取ると、その手に紙切れを握らせる。周りの人が何かに気づいた様子はなかった。遠目で見ている甲府藩のサムライも気づかなかったであろう。


 それから二日後。ついに運命の日がやってくる。

 私はその日は一日講釈の仕事を休むことにする。さすがに緊張は隠せない。


 日も傾いた未の下刻、私はついに狭い長屋を後にする。戸口を踏み出した足は不覚にも震えている。その震えと戦いながら足を進めた。

 浅草から浜御殿まではちょうど二里。ゆっくり歩いたとしても一刻もかからない。


「おや、今日はバカにゆっくりだねえ。それに、いい着物着てるじゃないか」


「え、ええ。これからお座敷に……」


「へー、売れっ子になったもんだ。しっかりおやりよ」


「はい。そ、それでは……」


 辻講釈途中に呼びつけられるのと違い、今回は日時指定だったので、出かけるときから身なりを整えていた。勿論脇差も。それで長屋のおかみさんに珍しがられたのだが、それで少しは気が晴れた。

 大成に甲府宰相様を引き合わせるだけが私の役目だと考えると、もうすぐその役目も終わる。更に気が楽になった。無論単なる気休めにしか過ぎないが。

 そんなことを考えながら歩いていると、例の行商人とすれ違う。


「おっと、旦那、御免よ!」


 ぶつかりそうになり、向こうが謝ってくる。その一瞬で文を渡された。

 おそらく最後の指示だろうと、さりげなく目を通す。


「面倒なことを……」


 そう思った私だったが、仕方なくその文を袂に始末し、先を急ぐ。

 甲府浜屋敷。いつ見ても大きなお屋敷だ。早速裏門をほとほとと叩く。小口が開けられ、私の来訪を知っていた小物が中に入れてくれる。


「連れがあると聞いたが……」


 庭を歩きながら小物が聞いてくる。


「実は、迎えがほしいと言われて……」


「そりゃ結構なご身分だな」


「いや、駕籠カキを貸してほしいと……」


「ああ、そういうことか。なら、聞いてみな」


「そういたします」


 少し早く着いたらしい。宰相様とご家老はまだお城から戻っていないと、屋敷の用人らしき武士から言われる。

 私は大成からの指示を、仕方なくこの用人に伝える。


「うーむ。仕方あるまい。宰相様のお戻りになられる前に連れてこなければ」


「ご造作おかけいたします。すぐ近くですので」


「なれば徒歩にてよかろう」


「身どもには何とも……」


「そ、そうか。致し方ない」


 私が浪人であるのはわかってはいたが、連れがどのような人物かは聞いていないこの用人は面倒は御免とばかりに私の、大成の要望を聞くことにしたらしい。

 私は入ったばかりの裏門を出て、近くの寺まで屋敷の小物たちを引き連れていくことになる。

 その寺が大成が行商人に託し私に指示してきた場所であった。


「杉森殿。こちらでござる」


 境内に入ると、駕籠脇に編笠、着流し姿の大成が立っていて、私に声をかける。はじめて会ったときと同じ、如何にも武士らしいしゃべり方であった。

 駕籠は、大名駕籠とまではいかないが、引き戸のついたそれなりのものである。

 私が考えるに、秘密の組織とやらの者たちがここまで運んできて、顔を見られたくないがゆえに、ここからは甲府藩の者に任せようというところであろう。

 だが、中にいるのが大成ではないとすると、一体誰であろうか。

 まさかお春ではないだろうな、とも思ったが、主のご帰宅の前に屋敷に戻りたいと考えている小物たちが私を急がせる。


「で、ではお願いします……」


 小物たちも自分の仕事をするだけと、中の確認はせずに駕籠を担いだ。

 すぐに浜屋敷の裏門内に運び込まれる。


「中の者はたれぞ」


 先ほどの用人が誰何してくる。もっともなことだ。


「ご家老のご到着を待っていただきたく存ずる」


「そ、それは……」


 今回の件、何も聞かされていないらしい用人は言葉に詰まる。大成の堂々とした態度にも圧された様だった。

 しばらくして後、甲府宰相様が屋敷に戻ってくる。裏門側の屋敷入り口で待っていた私たちのところに、用人から報告を受けたご家老が慌ててやってきた。


「その方ら! 一体何者! 駕籠から出よ!」


 やってきたのは家老一人ではない。屈強そうな武士の一団が我々を取り巻く。

 私は生きた心地がしなかった。


「お控えあれ!」


 この状況にまったく動じない大成は、懐からあるものを取り出した。櫛のようである。話に聞いた尾張様ご拝領の品であろう。

 効き目はあった様で、武士団はあっという間に跪く。ご家老も屋敷内から飛び出し、地に這いつくばった。

 私はというと、大成の後ろに従ったまま呆然としている。


「察するところ、貴殿がご家老か?」


「はっ、如何にも」


「ご家老、そのように畏まることはござらん。我らは徳川とは関わり無き者。これは紹介状の代わりでござる」


「なんと……」


 顔を上げた家老に大成は編笠を取り、正直に告げる。


「では、改めて甲府宰相様にお取次ぎ願おう」


「し、しばし待たれよ……」


 ご家老は立ち上がると、急ぎ屋敷内に戻る。武士団はそのままにされた。


「た、大成……な、何のつもりだ?」


「義兄上は黙って見ていてくれ。すぐにわかる」


「そ、そうか……」


 そうは言ったものの、この状況、心臓に悪い。

 程なく、用人らしき武士が足早にやってくる。


「ご、ご一同、こ、これへ」


 何と呼びかけたらいいかわからないようで、用人は口ごもりながら大成たちを中に招き入れる。

 ここで初めて駕籠の戸が開く。

 危なく、あっと叫んでしまうところだった。

 中から現れたのは、やはりお春であった。髪はいつもの振り分けであったが、着物が違う。綾衣といえば良いのか、それとも錦というのか、日本ではまず見かけない、唐模様の赤い着物。羽織風の上着に、緋袴のような出で立ちである。


 そして、中から現れたのはお春一人ではなかった。だいぶ白いものが混じっているが大成と同じく総髪の男。身の丈は私より幾分高く、お春と同じような、黒基調の唐服を纏った、年のころ六十にもなろうかという老人であった。唐風の冠も着けている。

 何よりも目を引いたのは髭であった。

 戦国武将なら、、髭がないと締りがないという風習があり、彼の太閤秀吉は付け髭を付けたという話は聞いたことがあるが、当節、武家の者は月代とともに髭を剃るのが当然とされている。それが浪人であってもだ。

 この広いお江戸で髭を蓄えているものなど、よほど老成を好む医者や学者を除き、見たことがない。町人、非人に至るまで、せいぜい手入れの悪い無精髭が関の山である。

 それをこの御仁は鼻の下から顎にかけて見事な長い髭を蓄えていた。


「杉森殿、参ろう」


 私が唖然としていると、更に私を驚かせることを大成が言った。

 ハッと我に返る。


「い、いや、私は……」


 もはや浪人ですらない、乞胸に成り下がった私が、大名屋敷の敷地に足を踏み入れただけでなく、屋敷内まで上がりこむなど許されることではない。


「かまわん。信盛にはすべて話すと大成が言った。わらわもすべてを見せよう」


 お春は、なりは変ったが、元のままのようだった。

 ふと心が落ち着く。


「杉森殿。最後まで見届けてくれまいか?」


 そう言ったのは髭の老人だった。おそらくは明国の使者。ならば行きがかり上仕方がないと腹を据える。


「で、ではご同行しましょう……」


 そう答えた私の声はおそらく震えていただろう。

 そんな私を、老人は目を細めて見ていた。


「ご、ご案内致す……」


 二人の唐服姿を見て驚いたのは私だけではなかったらしい。用人は一層丁寧な口の聞き方になり、腰を低くして邸内に私たちを通した。大成が駕籠の中から何かを取り出し抱えていたが、それも見咎めずに。

 腰のものを預けた後、長い廊下を歩かされ、辿り着いたのは、おそらく世にいう謁見の間である。二十畳ほどの広さの部屋が二つ。奥には一段高いところに宰相様が座っており、その下にご家老が控えている。


「畏れ多くも、宰相様がお目通りをご裁可なさった。入るがよい」


「はっ!」


 我々は二間続きの手前の入り口から入らされる。ここまで案内してきた用人は我々が部屋に入ると外から戸を閉めてしまった。

 もう引き返せないところまで来てしまったと私が嘆く中、大成たちは堂々と進んでいく。

 そこで止まれと、奥の間に入る直前、ご家老から声がかかった。

 大成は不満そうな顔をしながらも従う。その場に座った。その堂々とした姿といったらない。

 老人も大成のそばに座る。きちんとした正座であった。

 私がおやと思う間もなく、大成が手にしてきた物は床几だったようで、めかし込んだお春がちょんと座る。

 私も青々とした畳は鬼門だったが、立ったままのわけにもいかず、おずおずと跪いた。


 甲府宰相様は、大成からの書状で明国からの援軍要請の件は知っているはずなのだが、用人やご家老がどんな報告をしたかわからないが、この奇異な取り合わせの集団に面食らったらしい。目を見開いている。


「そ、その方らは一体……」


 家老に任せるでもなく、自らご下問なさったのがその証拠であろう。

 私が恐れ入って平伏すると、大成は悪びれもせず名乗りだす。


「拙者、大明帝国の生まれにて、姓を鄭、名を大成と申す。大明帝国が忠臣、国姓爺、鉄人と呼ばれる鄭成功の外孫にござる」


「おお、あの鄭成功の……」


「さ、宰相様……」


 なるほど。大成が今回使った書状の名前は鄭成功の別名だったか、と私は納得する。

 数日前、私の講釈を通して聞いたばかりの、英雄の血筋がこの場に現れたことで、宰相様もご家老も狼狽していた。


「で、では、そこな唐人は明国の使者であるか?」


「如何にも」


 そう答えたのは老人のほうである。先ほども思ったが、我が国の言葉も流暢である。武家言葉が板についていた。


「宰相様。お人払いを」


「うむ。そういうことであれば話は別じゃ」


 大成の申し出に宰相様は鷹揚に答え、部屋に侍っていた侍従や小姓が下がらされる。

 これでこの場には宰相様とご家老、それにわれわれの六人だけとなる。人払いも終わったところで、使者という老人が名乗った。驚くべき名前を。


「それがし、名を鄭成功と申す」



 ◇◇◇◇



 大阪は道頓堀、三十数年後の今、私の口から昔語りを聞いていた座長と政太夫の二人は驚愕の声を上げていた。


「せ、先生……ご、御本尊に会ったンでっか……」


「し、死んでないゆうんは聞いてましたが、日本に来てたンで……」


 この二人の驚きは、私が甲府宰相様にお会いしたというくだりよりも更なる衝撃があったらしい。


 庶民から見れば、確かに幕府の要人は雲の上のお方であるが、それだけに馴染みが薄い。どこかのお大尽とさほど変らない感覚なのである。

 だが、歌舞伎、浄瑠璃の登場人物は、架空の人物であれ、実在の人物であれ、親しみを持っている。

 例えていうなら、曾我物の曾我兄弟、義経物の牛若丸や弁慶。

 彼の者たちに実際に出会ったことがあると言われれば驚く他はない。現在ありえるのは赤穂藩討ち入り物の登場人物たちくらいであろうか。

 それが、今まさに自分たちが公演したばかりの人形浄瑠璃『国性爺合戦』の主役に、書き手である私が会っていたというのだから、二人の驚きももっともである。


「すんまへんなあ、驚かせるつもりはなかったンですが……」


「ま、孫だけでも仰天でしたのに、御本尊がて……」


「宰相様も、そうやって驚いておりました……」


 私はあの日の場面を詳しく説明し始める。



 ◇◇◇◇



「い、今、何と……」


「鄭成功にござる。憚りながら、国姓爺と呼ばれる本人にござれば、以後見知りおきくだされ」


 一瞬この部屋の時間が止まってしまったかのようであった。私は聞き違いかと、隣にデンと座っているこの髭の老人を、いや、聞くところによるとまだ五十半ばだそうだが、その髭のせいで老成している御仁をまじまじと見てしまった。

 その思いは宰相様とご家老も同じだったようで、少なくとも生存の件は聞かされていた私などよりも驚きは大きいようであった。


「し、死んだと聞くが……」


「世間では。しかし、それは敵を欺く窮余の策でござった」


「き、聞こう。近う寄るがよい」


 ご家老の止めも間に合わず、大成たちは宰相様の許しだからと、ずんずんと奥の部屋に入り込む。

 私は後ろに着いて行くしかない。

 指呼の間といえばよいのか、武家の世界では考えられぬほど近づいた。もし、我々が刺客だったらどうするつもりなのかと、当事者の私が心配するほどに。それはご家老も同じだったようで、蒼い顔をしている。


 鄭成功を名乗る老人は、大成が私に語って聞かせてくれたように、自分が死んだとされている事件について宰相様に説明申し上げた。

 暗殺されかかったと聞いて宰相様もひどく恐れておいでのようだ。


「そ、そうであったか。ご老体。生きていて何より」


「お言葉、痛み入り申す」


「で、ご老体自らのご使者の役とは、如何なる用件か?」


 宰相様のこの言葉により、まさに本題に入ろうとする。

 私は固唾を呑んで聞いていた。


「その件にござる。実は日本国に援軍の要請の儀あってまかりこした。伏してお願い申す」


「そ、その件なれば返答できかねる」


 物語の英雄に頭を下げられた宰相様は、慌てはしたものの、はっきりと断る。


「我が父、鄭芝龍のころより数十年、こうして日本に使者を遣わしたものの、なしのつぶてあった。今清の国は奸臣呉三桂の造反を内に抱え、これが最後の機会にござる。それがしも老いた。この機を逃すと後がない。後生でござる。なにとぞ援軍を」


 断られてもなお鄭成功は請願を続ける。

 宰相様は困ったように言い訳をはじめた。


「し、しかし……我が国は明とは国交が……」


「明の再興が叶った折には改めて国交を結び、交易にも力を入れられまするぞ。薩摩をはじめ、尾張などもその条件で出兵に同意してくださった。後は幕府の一言でござる」


「だ、だが、明の皇帝の血筋は絶えたはず。そのほうが皇帝にでもなるつもりか……」


「甲府宰相とやら。皇帝の血は絶えてはおらん」


 ここまで黙っていたお春がいきなり、それも宰相様に対して敬意の欠片もない口を利く。


「は、春殿!」


「そこな娘! 何たる口の利き方! そこに直れ!」


 私が慌てて止めようとするが間に合わず、ついに冠に来たご家老が片膝をあげて怒鳴った。手が腰の脇差にかかっている。

 私は思わず平伏してしまった。

 だが、お春は平然としたものである。


「と、ところでご老体。その娘御は? やはり孫であるか?」


 驚きの連続と、お春の奇妙な存在感ですっかり聞きそびれていた宰相様は、鄭成功の執拗な援軍要請に辟易していたようで、これ幸いと話題を変えようとする。

 主のその態度を見て、ご家老は渋々と引き下がる。

 私もホッと胸を撫で下ろした。


 が、本当に驚くのはこれからであった。


「このお方は我が孫にあらず。畏れ多くも、先の大明帝国皇帝陛下、永暦帝が第二皇太子の忘れ形見。名を永寧公主とおっしゃられる。此度、我が外孫、大成と共に日本へ直々に援軍の要請に参った次第」


「なんと……姫……いや、内親王でござるか……」


 ほとんど消えたも同然の国のとはいえ、皇女自らの来訪に驚きを隠せない様子の宰相様であった。

 ご家老も、先ほどの剣幕はどこに行ったのか、再び顔を青ざめさせている。

 私も、お春には何か秘密があるとは思っていたものの、鄭成功の生存と出現よりも驚かされることがあったとは露ほども思わなかった。


「信盛。すべて教えると言うたであろう」


 恐れ入って声も出ない私に、悪戯そうな目を向けるお春。いや、姫様であった。



 ◇◇◇◇



「明のお姫様! 先生! そんなお人とも知り合いでっか!」


「知り合いやないて何度も言ってますのに。政太夫はンはちいとも聞いてくれませんな」


 私はそう繰り返したが、何度も顔を合わせ、共に大名屋敷に乗り込む仲を知り合いと取るこの二人の気持ちはわからなくもない。


 だが、明の国はもうないのだ。つまり、姫君もいないことになる。

 そういう考え方はおかしいだろうか。


「それにしても、国姓爺に、その孫、その上お姫様が大名屋敷に上がりこんで、殿様も驚いたことでしょうな」


「それはもう……」


 私の考え方がどこにあるのか、今は関係ないらしい。二人はその冒険譚に夢中のようであった。

 私がこうして今も五体満足であることが、話の方向に安心感も持たせているらしい。仕切りと続きをせがんでくる。


「それでは続きと参ります。どうかお聞きください」


「よっ、近松屋!」


「政! 失礼なやっちゃな……」


 一応は窘めたものの、座長も目を輝かせている。

 時間は再び数十年前へと戻るのであった。




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