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大成の旅

2話あります。

 八丁堀近くの料亭では、結城源之将こと鄭大成が決して他言できない秘密を私に打ち明け、協力を求めてくる。

 乗りかかった船と、いや、流されるまま私は話を聞くことになってしまった。

 そして私は大成の口から最近の中国の情勢をも聞く。

 つまりは以前受け取った本の続き、鄭成功が亡くなったとされている後、大成が生まれた後から現在までの十数年の出来事についてである。


 鄭家率いる台湾勢は、東寧王国と称してはいたが、最後の旗頭・永暦帝が処刑された後もその元号を用い、未だ明の復活を目指している。本拠地は台湾に移したものの、大陸にも廈門アモイや沿岸諸島に兵を置いていた。

 永暦二十八年、清の康煕十三年――日本では延宝二年、後世三藩の乱と呼ばれる戦さが勃発する。

 ことの起こりは、清の入関時に功績のあった、明側からすると清に投降した三人の漢人武将、呉三桂、尚可喜、耿精忠がそれぞれ平西王、平南王、靖南王に封ぜられていたが、清国皇帝・康熙帝はその存在を疎ましく思っていたことである。

 平南王尚可喜が隠居と息子の藩王継承願いを清国朝廷に申請し、また、他の二藩が朝廷の出方を試すため撤藩伺いを申し出ると、清国朝廷はこれ幸いとばかりにあっさりと廃藩を決定する。


 これを境に三藩は清国に対して蜂起したわけだが、台湾・東寧国も呼応した。一番近い福建の靖南王と連携して各地を占領する。

 一時は長江以南が反清組織の勢力下に入り、清国を押していた。

 しかし、一時的な同盟では堅固なはずもなく、台湾の鄭経と靖南王・耿精忠の不和などもあり、次第に清国側が有利になる。


 永暦三十年、日本の延宝四年、耿精忠と平南王尚可喜の子、尚之信は清に降され、鄭経は廈門のみを堅守するのに精一杯の状態となる。

 残っている反清勢力は雲南にいる平西王・呉三桂だけで、これが最後の機会と判断した秘密組織・洪門、すなわち鄭成功は藁にもすがる思いで大成を日本に派遣したのだ。



「なるほど、それで大成が江戸に来たわけか」


「そうだ」


「ところで……」


 私はもう一つ気になっていたことを聞く。目線を下に、大成の膝で気持ちよさそうに寝ている少女に移した。


「春殿は一体……やはり明の者か? お主の子とはとても思えん。妹か?」


「そのようなものだ。いつの間にか船に乗り込んでおって、海に捨てるわけにもいかんから、そのまま連れてきてしまった」


 大成はお春の頭をなでながら、さも手がかかるというかのように言った。


「そうか……」


 とりあえず私は納得する。これでお春が漢文の本を書けたワケもわかった。それでもこの年齢でと驚嘆する。英雄の一族は優秀なものだと。



 大成が日本に来てからのことも大体教えてもらった。興味深いことばかりである。


 延宝四年というからついこの間、私が旅に出ようとしていたころだ。


 鄭成功からの密命を受けた大成は、今生の別れになるかもしれないと台湾にいる両親に挨拶をした。


「大成よ。父は面目なくて日本の地は踏めぬ。お前も本来ならば帰ることまかりならん。しかし、国姓爺の命ならば致し方あるまい。だが、武士の誇りは忘れてはならん。よいか、今後お前は『結城源之将』を名乗るがよい。父の名である」


「はい。拝領つかまつります」


「江戸に着いたら本所の結城家を訪ねてくれ。父は死んだとな。これを……」


 大成の父・結城源之将は、既に伸びきっていて漢人と変らなくなった髪を一房掴むと、刀を引き抜き、切り取った。そしてその刀と共に大成に渡す。


「我が父が、お前の日本の祖父殿が生きておられたら、きっと渡してくれ。そして親不孝を詫びてくれ。この父の替わりに」


「はっ、必ずや」


「頼んだぞ」


「はっ。では母上も。お達者で」


 こうして大成は十六、七の若さで両親と別れることになった。


 商船で長崎に着いた大成は密かに唐人街に入る。

 ここは南蛮の民と違い、割と自由なところである。何十年もかけて築き上げた鄭家の威光のおかげで、秘密組織・天地会の影響もあって大成の仕事はしやすかった。浪人の身なりに着替え、資金を調達する。そして現在の日本の情勢を聞き込んだ。


 お春が同行を強く希望したため、仕方なく男童の姿をさせ、連れて行くことに。


 途中、有力大名のところを訪れたが、はかばかしくなかったそうだ。

 そして、豊前小倉藩に立ち寄ったとき、意外な人物と遭遇する。


「そこな牢人者。これへ」


「何でござろうか?」


 城に向かう途中、一軒の庵の前で呼び止めた者がいる。

 正体がばれたかと一瞬どきりとしたが、相手は老人。隠居した武士のようであった。


「武芸者か?」


「いかにも。武者修行のため諸国を旅しており申す」


 大成は話を合わせることに。


「なんとも懐かしき姿かな。子連れとは。よろしければ拙宅に立ち寄られい。茶など進ぜよう」


「では、御免仕る」


 この藩の情報も得られるだろうと、大成は招待に応じる。


 縁側に腰掛け、大成とお春は茶を振舞われた。

 訳ありの様子に、その隠居武士も大成の素性を聞こうとはせず、ただ武芸の話に興じている。大成は、実は詳しくない。適当に相槌を打つのみだった。

 それが気になったか、その老人、大成を試そうとする。


「ときに、流派は?」


「え、永華流を少々……」


 つい武術の師の名を出してしまう。ウソとは言い切れない。


「永華流? 耳にしたことはないが、腕のほどは?」


「未熟にて……」


「なれば一つ見せてはもらえぬか? 老人のたっての頼みじゃ」


「まさか、ご老体と立ち会えと?」


「はっはっはっ。それもよいが……征四郎! これへ」


「はっ!」


 庵の中から現れたのは若い武士。城勤めのようであった。


 何故こんなところに、と大成が考えていると、話は勝手に進んでいく。庭で立会いが行われることになった。


 《これは城に行くよい機会かもしれない》


 そう打算した大成はあっさりと立会いを承諾する。木剣が与えられた。


「拙者、小倉藩近習、大川征四郎。貴殿は?」


「結城源之将。生国は控える」


「結構。では参る!」


 名乗りを上げると、すぐさま大川が打ちかかってきた。

 大成は流れるようにかわす。中国武術の応用であった。その動きに慣れていなかった大川は体勢を崩す。

 大成はその隙を見逃さず、剣を大川の首筋に振り下ろした。余裕があったので寸止めにする。


「ま、参った……」


 あっけないほどの勝負の付き方であった。


 大成が剣を引くと、納得できないのか、大川が再勝負を申し込んでくる。


「も、もう一番!」


「よかろう。何度でも」


 再び剣が交えられる。

 今度は大川も大成の動きを気にする。慎重に間合いを計っていた。


「来ぬなら、こちらから行くぞ!」


 体格の差を利用して大成が上段から剣を振り下ろす。

 それを受けた大川の手が痺れた。そのまま大成が大川にぶつかる。鍔迫り合いと見せかけた瞬間、大成は左手を剣から離し、大川の左手を取ると左側に引き寄せた。

 その勢いのまま、大成は右手に持った剣の柄頭で大川の首筋を打ち据える。大川はもんどりうって前に倒れた。


「そ、そこまで!」


 先ほどの大成の態度で武芸者とは名ばかりとでも思っていた老人が、慌てて勝負を止める。

 幸い大川もケガがない様子で、立ち上がると打たれた首を摩っていた。


「いや、恐れ入った。無礼をお許しくだされ。老人の浅はかな勘ぐりであった。見事な武者ぶりでござる。戦国の風が漂うが如き業じゃ」


「恐れ入る。まだ未熟ゆえ」


 当節は道場剣法などと、型ばかり重んじる風潮もあるが、本来剣術とは組み打ち、打撃と何でもありだった。

 中国武術の技とは気がつかず、この老侍、よほど大成のことが気に入ったようである。


「懐かしかったのは、貴殿の風体のみではなかったの。業も、亡き養父も斯く在りしか、と思えてくる」


「ご老体、懐かしいとは?」


「これはしたり。申し送れた。拙者、宮本伊織と申す。元小倉藩家老にて、かの宮本武蔵の養子にござれば、亡き養父も貴殿のように浪々の旅をしてきたのを思い出したまで」


「宮本……」


 幼いころ父に聞いたことがある。天下に名を轟かせた剣豪のことを。

 それよりも大成の心を捉えたのは、この老人が元家老ということであった。英雄の話より、今は任務が重要である。


「疑ってしまった詫びと、見事な業を拝見した礼に、何でも望みを叶えよう。拙者にできることはないか? 路銀は足りるか?」


 大成がどのように話を切り出そうかと考えていると、向こうからなんとも好都合な条件を持ち出してくる。


 これ幸いと大成は要望を切り出した。


「なに? 我が殿に会いたいと? 仕官でも望むか?」


「……お人払いを……」


「貴殿がその気なら警護の役には立たねど、この者は殿の近習。もし殿に目通り叶ったとしてもお側に控えることになるが……」


「申し訳ござらん。まずはご家老にのみ事情を説明いたしたい。曲げてお頼み申す」


「そこまで言われるのなら……征四郎、下がっておれ」


「はっ」


「かたじけない……実は――」


 近習の姿が見えなくなったところで思い切って正体を明かす。

 始めは伊織も驚いていたようだが、目的が国への忠義であることに感心する。


「話はわかった。愚息も家老を勤めているゆえ、話は通る。だが……」


「お願いいたす!」


「わかった。聞くだけは聞いてみよう。しばらくここに逗留するとよい」


「かたじけない!」


 こうして大成とお春は宮本家の客となる。隠居とはいえ元家老。小さいが庵には風呂も付いていた。お春は喜ぶ。

 三日後、城から戻った伊織は浮かぬ顔である。


「結城殿。残念ながら望みは叶わぬ」


「それは……」


「我が藩は小藩なれば、単独で明の救援などとてもとても……仮に幕府が国を挙げて、ということならば話は別じゃが……」


「それだけでも十分でござる。実は他の藩、薩摩などもそう申しておりまする。後は拙者が幕府を動かすだけでござる」


「よくもまあ簡単に……」


 自信ありげな大成の笑顔に、伊織も呆れる。

 気を取り直して大成の前に袱紗に包まれたものを差し出した。


「これは?」


「何の力にもなれなかったからの。せめてもの償いじゃ」


 それは二枚の道中手形であった。


「江戸まで道は遠い。如何に明国の使節とはいえ、いや、だからこそ途中面倒は避けたほうがよい」


「ご造作かけ申す。では、ありがたく」


「それから、これは江戸藩邸への紹介状じゃ。何かあったら訪ねるがよい。それと、些少じゃが、路銀の足しに……」


「あ、いや。それは遠慮し申す。紹介状はありがたく受け賜わるでござる」


「なるほど。ほしいのは金ではなく人か」


「まことに」


「ならば何も言わん。道中お気をつけなされ」


「感謝いたす。では、まことに勝手ながら、これにて御免つかまつる」


 大成はこの藩ですべきことが終わったと、即座に腰を上げる。

 事情をわかっていた伊織は何も言わず、門の外まで見送った。



 ◇◇◇◇



「へーっ! 武蔵の養子! これは驚いた」


 私のではなく結城殿、いや、鄭大成の昔話になっても、政太夫と座長の二人は興味深そうに聞いていた。

 このくだりは、当時私が直接大成殿に聞いたときも驚いたものだ。


「その結城ってお侍もワトウナイやったのも驚きましたが、トンでもないこと考えてましたんやな。清国と戦さやなんて」


「ご公儀は結局出兵したんでっか?」


「いくらなんでも、そないなことしとったら、私らも耳にしとるがな」


 この二人も気づいたようである。


「せやな、結局結城はンの、大成はンの目論見は外れたンです」


「あー、そやろな……」


 確かに、明からの出兵要請に関しては明らかに不発に終わった。その点は秘密でもなんでもない。

 勿論、明国の使者が日本国内をうろうろして、私のような者と接触していたということも充分驚愕の出来事なのだが、この話にはまだまだ続きがあった。本当の秘密というものが。

 自分たちになりに結果を結末を予測できてしまい、少し拍子抜けしていた二人であったが、それでも異国人の冒険譚には興味を示している。


 私は話を続けた。






 

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