表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/23

大成という男

 

「へえー。サイショウはン、やっぱりお知り合いやないですか」


「そんなンと違う言うてますやろ」


 大阪道頓堀の茶屋では、政太夫と座長が興奮気味にしている。


 確かに、当節は人気役者がお座敷に呼ばれることもあるだろうが、武士か町人かわからないような人間がお屋敷にまで呼ばれるのはよっぽどのことだ。それも何度も。


「私は講釈申し上げただけで、それ以外のことは何もありまへん」


「またまた。ご謙遜しはって」


「まったく……」


 二人が私を持ち上げる。

 それを聞いているうちに私はまた過去のことを思い出した。


「ああ、あンときも結城はンが私を褒めてましたなあ……」


「え? なんでっか?」


「落ち着けや、長四郎。じっくり話を聞こうやないか」


「へぇ。なんや、小躍りしたくなりまんな」


 二人が落ち着いたところで、話を元に戻す。


 ◇◇◇◇


「では、杉森殿のご栄達を祝して」


「そんな、大袈裟な……」


 結城殿は杯を掲げる。私は恐縮しながらいただいた。

 ここは八丁堀近くの料亭。二階から大川が見える。遠くの明かりは霊願島か。


 甲府浜屋敷を後にした私は途中この娘御を連れた御仁と出会った。いつも神出鬼没のお方で、今更不思議とは思わない。どうせ私のことを見張っていたに違いない。それゆえそのことには触れなかった。

 話があると連れて来られたが、八丁堀に近づき、お身内の同心のこともあって、この辺にお屋敷でもあるのかと思ったら、いつもの船宿と変わらぬような店であった。

 幸い、今日はまともな格好であったため、一見の私でもおかしな目で見られることはない。


 酒宴が始まり、二人で同時に飲み干すと、すかさず結城殿が酒を注いでくる。


「いや、結城殿、私は……」


「よいではござらぬか。実にめでたい」


「はあ……」


 再び飲み干す。

 今度は注がれる前に徳利を取った。


「こちらこそ結城殿に感謝しています。さ、どうぞ」


「む、では……」


 仕方がないとの表情で結城殿は杯を傾ける。

 この隙に私は気になっていた件を持ち出した。


「ところで結城殿、報酬の件ですが……」


「報酬? 何のことでござる? ああ、経費が足りないのでござるか? では、これを……」


 これは私の言い方が悪かった。

 懐から金子を出そうとする結城殿を必死で止める。


「い、いえ、違います。私が講釈で得た金子の分配の件です」


「なんだ。そのことならご心配無用。拙者は単に貴殿の講釈が聞きたかった。それだけにござる」


「ですが、私がここまでできたのは結城殿のおかげ。此度は五十両という大金まで手に入ってしまって……」


「五十両?」


「はあ。甲府宰相様にいただき……」


「よかったではないか。何か問題でも?」


「そんな気楽な。私など慌ててしまい、結城殿のことをすっかり失念いたしておりました」


「お好きになさるとよい。拙者には必要のないものでござる」


「はあ、それが、既に仲間に分けてしまいまして。結城殿に報告もせず、申し訳なかったと悔いております」


「そのような心配は無用にござる。金子について拙者がとやかく言うつもりはござらん。しかし、分けたとは、とんだお人好しの御仁でござるな」


「はあ、それも、もう言われました……」


「そいつはいい!」


 珍しく快闊に笑う結城殿であった。

 私は苦笑いするしかない。


 そのとき、不意にお春が結城殿にしだれかかった。


「大成。眠い……」


「そうか。昨日今日は歩いたからな。ここに来い」


 結城殿は胡坐になるとお春の頭を乗せた。なんとも絵になる。


 お春は、よほど疲れていたのか、横になるとすぐに寝息を立て始めた。


「ところで杉森殿、貴殿の話がお済みなら、拙者からも話があり申す」


「はい、うけたまわります」


 私は居住まいを正した。口調からして新たな演目などではなさそうだ。


「これを……」


 結城殿が懐から取り出したのは、本でも金子でもなかった。一通の書状のようである。


「これを甲府宰相殿にお渡しくだされ」


「えっ! そ、それは……」


 驚いた。私が甲府浜屋敷に出入りできるとわかって、仕官の口利きでも頼まれるのかと思っていたら、手紙とは。内容によってはとても私など力になれることではない。


「ゆ、結城殿。直訴はご法度でございますぞ……」


「直訴ではない。あるお方からの幕府に宛てた親書でござる」


「親書……」


 物が物だけに、私は受け取ることを躊躇してしまう。当然のことだ。


「あ、あるお方とは……」


「うむ。やはり言わねばならぬか……しかたない。すべてお話申そう」


「は、はい。お話によってはご協力いたします」


「いや、聞いたからには、してもらわねば困る!」


 不意に語気が強まった。私はビクリとする。


「……いや、無理を申した。相済まぬ」


「い、いえ……」


 膝の上で寝息を立てているお春を気にしたのか、語気が元の穏やかなものに戻り、更に書状も懐に戻したので、私はホッと胸をなでおろした。


「だが、きっと杉森殿なら協力してくれると思っている。この半年、貴殿をつぶさに見てきて確信した」


「そ、そんなにお人好しにみえましたか……」


「いやいや。それは美徳でござる。杉森殿には仁の心が備わっておられる」


「そんな、大袈裟な……」


「大袈裟などではない。義兄弟の契りを結び、義兄とお呼びしたい」


「ぎ、義兄弟……」


 どこの世界のことかと、私には付いていけなかった。

 そういえば、三国志の巻頭は有名な桃園の義の話から始まる。

 よほど中国古典が好きなのだな、そのときはそうとしか考えられなかった。


 私は話を元に戻す。


「そ、その話は置いて、あ、あるお方とはどなたですか? 貴殿の身元も相当謎ですが」


「それは……心して聞いてくだされ。これから話すことはすべて真実でござる」


「は、はい……」


「あるお方とは……大明帝国延平郡王、鄭成功その人」


「えっ! な、亡くなったのでは……」


「そして拙者は、いや、俺は鄭成功の孫、鄭大成なんだ」


「えっ……」


 私はそれ以上言葉が出なかった。


 ◇◇◇◇



「えっ! 鄭成功はンゆうたら、そンときはもう死んではったんやなかったんでっか」


 大阪道頓堀にも、当時の私と同じように驚く人たちがいた。

 二人とも身を乗り出してくる。


「そ、それに、孫て。おサムライやあらへんか」


「まあまあ。そない慌てんと。そやなあ、驚きますわなあ」


「せ、センセ、つ、続き、続き」


「はいはい。わかりましたがな。ほな、続けますで」


 二人は身を乗り出したまま話の続きを待っている。


 ◇◇◇◇



「俺は、日本じゃ結城なんて名乗ってるが、明の人間なんだ」


 話し方まで変わった結城殿であった。

 これまで確かに、歳が若いのに無理して武家言葉を話しているという印象はあったが、見知らぬ人間の前で気取っているのだろう、としか考えてこなかった。


 いや、そんなことより聞き捨てにできないことがある。


 鄭成功は死んだはずだ。少なくとも日本ではそう伝わっている。結城殿本人が寄越した本にもそう書いてあったではないか。

 結城殿は、いや、結城と名乗っていたこの若者はその孫だという。

 では、本家の総領と認めていた、あの同心の結城殿の発言は。まさかあの同心まで明のお人なのか。

 考えれば考えるほど信じがたい事実である。


「ゆ、結城殿……」


 やっと声が出た。だが、そこまでだった。何から質問すればいいか、まだ頭の中でまとまっていないのだ。


「大成と呼んでくれ。義兄上」


「あ、あにうえ……え? な、なんですか、それ……」


「今決めた! 義を結ぼう!」


「そ、そんな……」


 その件は置いて話を進めるように言ったはずだが、一歩進んで二歩下がる感じだ。


「ゆ……大成どの……そんなことより、そなたが明の人間というのは……御家人ではないというのですか?」


「その件か。うん。義兄上にはすべて話すと言ったからな……」


 私は、義兄弟の件に拘るのを堪えて、肝心の点を聞くことにする。結城殿がわかってくれたかどうか知らないが。


「……長くかかるが、いいかい?」


「い、いいですとも」


「義兄上に渡した本は最後の部分を除いて、すべて本当だ」


「最後?」


「ジジ様……鄭成功が死んだってコトだけはウソだ。本当に生きてる。ただ、周りにも隠してるんだ」


「何故……」


「敵を欺くにはまず味方からっていうだろ」


「敵……敵とは?」


「決まってるだろ。満賊だ。それに、満賊に降った犬どもだ」


「満とは?」


「清国などと漢風の名前を使っちゃいるが、もとは満州の蛮族どもだ。女真族の故郷のことよ」


「ほう……」


 おおよその事情はわかった。

 このあと、私は結城源之将こと、鄭大成から詳しく説明を受ける。


 鄭成功が日本の平戸で中国人・鄭芝龍と日本人・田川マツの間に生まれ、その後明に戻り官職に就いたこと。

 そして李自成の反乱により一度明が滅んだこと。

 その後まもなく、明の将軍・呉三桂が清国を引き入れ、李自成は倒したものの、明は清国に征服されてしまうことになるのは知っている。

 大成が説明してくれたのは、その後、明の皇族たちが反清の亡命政府を建て、鄭成功が活躍をする間の、大成の出生に纏わる秘話であった。


「実は、俺は明の人間と言ったが、結城という名も、サムライであることも、ウソではない。俺には半分以上日本人の血も流れてるんだ」


「え? そ、それはどういう……」


「うん。それはな……」


 ここからは、私が大成から聞いた話をもとにしたものである。




 明暦元年。長崎で糸割符制度が廃止される。

 糸割符というのは、私は知らなかったが、海外からの輸入品の価格を低く抑えるため公儀が特定の藩、或は機関にしか与えなかったお墨付きのことである。これで日本国内からの銀の流出を減らすことができるはずだった。


 だが、中国商人たちの強い抵抗があって、結局廃止となり、貿易は元通り商人たちの自由になった。

 この反乱には、大成によると、鄭成功の息がかかっていたという。鄭家は海外貿易が主な資金源だったのだ。


 その結果、九州周辺には中国からの商船が増える。

 抜け荷、つまり密貿易も増え、それを取り締まる長崎奉行所は多忙を極めた。


 そんな状況下、明暦が改元された万治元年、現在の延宝六年から二十年前、一人の長崎奉行所付き同心が海に出た。

 無論抜け荷を取り締まるためである。


 その日は夏の終わりで、台風でも来るのか風が強かった。

 夜半、抜け荷船を発見した奉行所の船はその後を追う。

 当然抜け荷船は尻に帆をかけて逃げ出す。


 その同心、若さゆえか、いや、江戸から遠方に出向させられた腹いせもあるのか、執拗に追った。仲間の同心が、波が強いから諦めようと引きとめるのも聞かずに。


 その後すぐ天候は崩れ、若い同心の乗った船はそのまま帰ってこなかった。


 翌日、沈んだ船の一部であろう木っ端に捕まって漂流している日本人が海上で発見される。

 意識はなかったが、刀を後生大事に握っていた。


 発見したのは中国人。俗に小琉球と呼ばれていた台湾の船である。

 サムライの意地も日本人の考え方もわからなかった中国人たちだったが、その同心の強い意志だけは感じ取れたようで助けることに決めた。


 連絡を受けたその海域の支配者鄭成功も、半分日本人の血が入っていることもあるのか、そのサムライに興味を覚える。すぐに根拠地の福建は廈門アモイに呼び寄せた。


「何の面目あって異国で生き恥をさらせるか!」


 その同心は鄭成功と対面したとき、そう叫んだという。

 当時既に徳川の政策として、海外への渡航を禁じる旨が出されていた。日本に戻ってもご法度破りと誹られる。かといって異国でのうのうと暮らせるほどこのサムライは頭が柔らかくないらしい。


「ひとまずここで養生なされ」


 サムライは鄭成功の流暢な日本語にまず驚いた。


 その間を突き鄭成功が、今にも自害を企てかねない血気盛んな若侍をなだめる。

 結果、若侍は冷静になったようで、廈門に残ることとなった。


 鄭成功が不在の間、彼の世話を買って出たのは小華という少女。十四、五の子供だったが、日本語が話せた。サムライの看護をひたむきに勤める。


 実はこの少女、鄭成功の娘であった。

 側室の子だが、正妻の子、跡継ぎと同じころ生まれたのを憚り、表向きは養女だったが、鄭成功のお気に入りで日本語なども教えられている。


 日本のサムライは回復とともに、小華から当時の中国の情勢を詳しく説明してもらった。

 異民族の侵略という言葉が、この血気盛んなサムライの心に火を付ける。


「一臂の力を貸し申そう。この命、貴殿に救われたものなれば」


「それはありがたい」


 サムライは、いつしか鄭家、引いては明の亡命政府に同情するようになっていた。

 それも小華に対する気持ちの裏返しだろう。


 日本人の参軍は珍しくはなかった。このサムライと同じように海外に出たまま帰れない人間は当時はかなりいたのである。


 同年、鄭成功率いる北伐軍が南京を目指した。が、途中暴風雨に遭い、一度引き返すことになる。


 そして翌年、新たに北伐軍が出発した。

 南京に着くまで順調そのものの戦果であったが、南京では清軍の埋伏の計に遭い、敢え無く敗北を喫する。


 鄭成功の一団は海に出るしかなかった。


 サムライは混乱の中、小華を必死に守った。

 懐妊の兆候が見られたのはそのときである。鄭成功が知ったのは後になって、台湾を攻略したときであったという。


 鄭家はその後台湾に根拠地を移す。

 サムライと小華、生まれたばかりの男の子が台湾に移り住んだのは永暦十五年、日本の寛文元年であった。




「その日本のサムライの子が俺なんだ」

「な、なるほど……」




 鄭家息女といっても、養女扱いで、しかも日本人と所帯を持った小華は隠れるように住んでいた。

 知っているのは、はじめは烈火のごとく怒ったものの、三十八歳で外孫ができた喜びを隠せない鄭成功と、その腹心で、鄭家の総領の教育係の陳永華だけである。


 台湾に移り住んでまもなく、永暦十六年、清では皇帝が替わり康煕元年の四月、永暦帝が清国の手によって処刑された。

 旗頭のいなくなった明の生き残りは絶望感を味わう。


 更に、同年五月、陳永華が突然小華の家にやってきた。


「国姓爺が暗殺された!」


「何だと!」


 サムライも小華も驚く。


 清国に反旗を翻していた最後の明国皇帝の、正確には亡命政権だったが、その旗頭である永暦帝が清国に捕まっただけでなく、処刑されたことで、反清勢力の台湾勢にも動揺が走ったらしい。

 明国の復興を諦めた者たちの暴走に違いないと陳永華は語る。


 陳永華は遺体を密かに運んできていた。

 涙を流す小華にやさしく、だが口早に、ある秘密を告げる。


「既に解毒薬は飲ませた。おそらく助かるはずだ。だが、回復には時間がかかる。また不逞のやからが国姓爺を狙うかもしれない。完全にお身体が回復するまでは死んだことにしたほうが良い。このことは私たち三人の秘密だ。郡主|(小華)、郡馬爺|(婿殿)、国姓爺の世話を頼む!」


「わかった。任せられい!」


 陳永華はそれだけ告げると、後始末のため再び城に戻る。


 その後命を取り留めた鄭成功はサムライ三人家族と暮らしを共にした。

 大成と名づけられた外孫に、明の将来を託すつもりか、自分の持つすべての知識を叩き込む。


 サムライはサムライで息子を武士らしく育てようとした。

 陳永華も度々鄭成功に報告のためや指示を仰ぐためやってくるが、その折大成に中国武術を仕込んでいく。

 大成は三人の熱き男たちに期待されながら育っていった。




「なるほど、鄭成功が生きているとはそういうことか……」


「ああ」


 私は歴史の秘部に触れて少なからず興奮している。


「では、何故そのことを公表しない? 何故大成は江戸にいるのだ」


「それはな……」




 鄭成功は娘夫婦の看護の甲斐あって身体が回復する。

 だが、世間では鄭成功の死は公然たる事実になっていた。


 鄭家及び延平郡王は小華と同い年の世子・鄭経が継いでいる。今更先代が生きていると公表しても混乱を招くだけで利益はない。

 そう判断した鄭成功と陳永華は秘密の組織の梃入れに力を入れることにする。


 秘密の組織とは、明国の遺民たちによって、征服国である清国の横暴に抵抗するために作られたものである。

 洪門という組織で、天地会の通り名で知られていた。

 陳永華が陳近南という別名を使い指導している。これを鄭成功が直接指揮しようというのだ。


 清国の横暴とは何か。

 征服された側から見れば、蛮族の一挙手一投足すべてがそうだったかもしれないが、特に顕著なのが辮髪令であった。

 辮髪とは塞外民族の特徴で、女真族なら、男子に限ってだが、頭髪を後頭部のみを残して剃り上げ、残った髪を編みこむ髪型である。

 布告には「髪を剃る者は首を切らない。髪を剃らない者は首を切る」といった厳しいものがあった。漢族の中にはいっそ全部剃って出家したほうがいいとまで考える者もいたそうだ。




「何故その秘密組織に力を入れる必要がある。堂々と戦えば良いではないか」


 私は、一応は武士なので、素直にそう感じた。


「それも理由がある。清は我々の抵抗に対して海禁の策を取ったんだ」


「海禁?」


「戦さには金が要る。鄭家の主な資金源は貿易なんだ。商人にとって、相手が清か明かなどは関係ない。それが、すべての海上貿易が禁じられた」


「なるほど、それが海禁か……」


「それに、遷界令まで出されてしまう」


「今度はどんなお触れだ?」


「鄭家は福建などの中国南部海沿いに勢力を持っていたが、そこら一帯、住民を内陸に強制移住させられた。今海沿いには人っ子一人いない」


「なんと大掛かりな……」


 私は中国のやり方の規模の大きさに唖然としてしまう。大国とはそんなものかと。


「人がいなければ交易はできない。交易ができなければ金もできない。そして……」


「金がなければ戦さはできない、か? その点は日本と同じだな」


「そのとおりだ」


 大成は素直に答える。この若者の出生について聞くうちに、だんだんと人間味が感じられていくようであった。


 そういえば、大成が年相応の言葉遣いになってから、私のこの若者に対する口調も変ってくる。


「それで洪門の組織を使い、新たに反清の勢力を増やしていき、少なくとも交易が成り立つようにしなければいけなくなったんだ」


「なるほど。だが、大成がここにいるのは? まさか、日本にも秘密の組織とやらが?」


「ああ、ある」


「なんと……」


 驚愕の事実であった。


「曽祖父・鄭芝龍以前の時代から、九州沿岸は明との貿易が盛んで、日本に暮らす中国人もかなりいる。そして、すべてが明の民の自覚がある」


「ああ、いわれてみれば……」


 確かに長崎に唐人屋敷というのがあることを聞き知っている。


 そして、大成によれば、もう一つ理由があるとのこと。



 明国が存亡の危機に立ったころ、劣勢だった亡命政府は外国に救援を求めた。

 朝鮮、南洋諸国。いずれも明国が宗主国として朝貢を求めてきた国だ。琉球王国もそのひとつである。果てはキリシタンの総本山、羅馬にまで使節を派遣したという。


 そんな中、室町以来国交が途絶えていた日本にも救援要請の使節が来ていたらしい。

 これを日本乞師というが、それも、鄭成功の父・鄭芝龍の時代から十回も派遣されたそうである。


 この事実に私は驚いた。おそらく町人はおろか、大概の旗本連中も知らないだろう。

 結果は聞かずともわかっている。どの国も出兵したはずがない。



「距離的にも兵力的にも日本が一番頼りになるとジジ様、鄭成功は言ってた」


「なるほど、日本は戦国の世が終わって浪人が溢れてるからな……」


 私自身は戦さに参加したわけではないが、父祖の時代は武士にとってよき時代だったのだろうと思いを馳せる。


 だが、と考える。日本が国外に出兵することの意義をだ。

 確かに豊臣秀吉は明に向けて出兵した。が、当時誰も本気にした者はいないと聞く。老害の果ての狂気がそうさせたのだ。


 私は、大成の意気込みを台無しにしてしまうことを覚悟してその旨を告げてみた。そんなことをしても仕官も領地も増えないのだから、誰も行きたがるものはいない、と。


 しかし、この若者は希望をまったく捨てていない。


「実は薩摩藩や御三家の尾張藩からは色よい返事をもらっている。領地だけが目的ではないらしい。今では交易権とやらも立派な交渉条件なんだ」


 次々と新たな事実が出てきて、私は言葉を失った。

 結局、私のようなまつりごとに一切かかわりを持たない浪人崩れの考えが及ぶところではないということだ。


 では、何故この鄭成功の外孫とやらが私に付きまとうのか。思う当たることは一つしかない。


「で、では、後は幕府の一存だけということか」


「そうなる」


「私を通じて甲府宰相様に願い出るということだな」


「そうだ」


「最初からそれが目的か」


「狙った以上だった。幕閣の誰かに渡りを付けたかった。今まで無視されてきて、投げ文程度では幕府を動かせんからな。膝を割って話ができる人物を探していた。まさか、将軍の弟に届くとは思わなかった。これも義兄上の人柄のおかげだ。感謝する」


「兄上はよせ。しかし、これでわかった。お主が私に持ってきた講釈のネタの意味がな」


 そうなのである。


 三国志、水滸伝、十八史略。これらの膨大な内容から大成が選んだのは、すべて他国からの侵略に立ち向かう悲劇の忠臣の物語の段であった。それに己の外祖父を重ね合わせて自分で本まで作ったのだ。


 この講釈を聞いた者は、合戦の場面を楽しむ町人たちを除いて、皆明の忠臣・鄭成功に同情するであろう。武士として。

 大成は、いや、おそらくは鄭成功自身の策略かもしれないが、恐れ入ってしまうほど遠大な作戦に出たものだ。


 ◇◇◇◇



 道頓堀の茶屋の一室では、政太夫と座長が微妙な表情をしている。

 私はそのわけを聞いた。


「私ら町人にはピンと来ませんな。そこまでして一度無くなった国をもとに戻したいんで?」


「それに、髪ぐらいでガタガタ言わんでも。私かて毎日月代、剃っとりますがな」


 もっともな意見であった。

 おそらく中国でも大半の人間が二人のように、よく言えば達観し、悪く言えば諦めたのであろう。


 ゆえに鄭成功たち明の遺臣の企てが水泡に帰したのも仕方の無いことだ。


 だが、ほんの一部でも関わってしまった私は、彼らの弁護をしたくなる。


「そやなあ。ホンマにその通りや思います。けどな、座長はン。仮に竹本座がお取り潰しになって、あンたはン、平気で捨て置けますか?」


「そ、それは……」


 座長は言葉に詰まる。


 観客、下働きの者なら大した問題ではないのだろうが、経営者として責任と意地があるに決まっている。


「政太夫はン、明日から頭をザンギリにしいや言われて、素直に『ハイ、そうします』て答えられますか?」


「じょ、冗談やおまへん!」


 政太夫は慌てて首を振った。

 それも当然。髷を落としたザンギリ頭は非人の証なのであった。


 いつか日本がザンギリの国に征服されて、武士も町人も髷を落とす日が来るかもしれない。そのとき、最後まで抵抗する人間も出てくるだろう。

 しかし、心ではザンギリを嫌がっても、周りが次々とザンギリに変る中、その抵抗も空しく思えてくるのかもしれない。

 まさに中国で起きている現象だった。


 座長と政太夫は鄭成功たち明の遺臣の気持ちだけはわかってくれたようで、神妙な顔つきになり私の昔語りの続きを聞こうとする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ