ボンボンナイト
ナイフで軽く叩くとキンと高く音が反響した。
「飯時くらい脱いだらどうなんだ」
向かいでナイフの持ち主が呆れたように言う。眉なしのロブだ。
「警戒してるのでしょう。あなたみたいなガラの悪いのと組んでるのだから」
俺の隣にすわるペテン師のハンネスが口を挟む。眉なしが舌打ちをして、そっちを睨んだ。
「あんたの胡散臭さには負けるがな」
ペテン師はどこか嬉しそうにしながら、
「しかしながら、おぼっちゃん。おろしたての自慢の鎧。大事になさるのは結構ですが、今みたいに因縁をつけてくるヤカラもいますので」
「良いナイフだったし、材質が気になったんだ」
半分嘘だ。良いナイフで叩くと綺麗な音がすると思ったからだ。
「んなことより、募集要綱見せてくれよ。あんなババアが来て、またギルドに呼び出されたらたまんねえ」
「ダメだ。それに、そんな書き方したら、余計に来てくれないぞ。男しかいないパーティーで年齢制限など記載したら、若い女は警戒する」
「百も承知な女が来るからいいだろ」
「溜まっているなら、娼館にいけ。そんな気持ちじゃ、これから入るダンジョン、帰ってこれないぞ」
「あんたも少なからずがっかりしてたんだろ。俺はリーダーの気持ちを代弁してるだけだぜ」
ペテン師がふっと笑って繋ぐ、
「男としては当然のことです。恥じることでもないですよ」
てめえもだろうがとテーブルを挟んだ二人がまた盛り上がりだす。
親父は地元ではそれなりの名家だ。母は生まれこそ平凡だが、腕のある冒険者だった。だから二人は結ばれた。
剣は八つの頃から師をつけて習った。道場の中でなら、誰にも負けなかった。
あるいは、屋敷で流行り病が出た時、俺だけが寝込まなかった。家に呼んだ祈祷師が俺に太鼓判を押した。
俺にないのは実績だけだ。
テーブルの隣に、ギルドで見知った男が立った。
「おう。あんたら。ギルドのマスターがお呼びだ。望み通りだって言伝を預かってる」
うるさかった二人がすぐに黙り込んで、にやりと笑う。
あんたら、という言葉が気になった。俺は要綱に、若い女とは書かなかった。
そんなことを伝える前に男はさっさとどこかへ行った。
二人はもう席を立っていた。
俺は立ち上がって、全員分の勘定を払った。
「まだ駆け出しですけど、骨も血管も繋げます。一日睡眠なしで、のべ十人近く治癒できます。任せてください」
二人がにやついているのが視界の端に入った。
顔を見ないようにして、書類に目を落とす。
生まれも悪くない。少し前まで地元のパーティーに所属していたようだが、今は抜けている。
「前のパーティーは」
下の者の不満を聞いておくのも、上に立つ者の条件だと父から教わっている。
「地元の仲間と組んでたんです。でも、私はもっと仕事を取りたくて」
「なるほど」
志の高い女の子だ。
パーティーは全員で四人。ダンジョンは行って帰って半日。全く問題ないだろう。意気込みも十分だ。
「わかった。よろしく頼む」
顔を上げると、眼前にぱっと明るい笑顔が広がっていた。
女の子の笑顔とはこうも整うものかと驚いた。整った歯並び、額にかかった黒髪に、皺のない皮膚。それから、唇。
握手した手指は細かった。
あの二人の握手にも、まっすぐな笑顔で答えている。
あの子は俺が守る。
舞台は整った。そんな気がした。
「彼がロブ。それからハンネスだ」
眉なしがぐいっと横から顔をだす。
「よろしくなお嬢ちゃん」
お願いします、とペテン師が続く。
笑顔で握手を返す彼女が、眉なしの顔を見て、一瞬だけたじろいだのを見逃さなかった。
「楽しくなりそうですね」
ペテン師が俺の顔を見て笑っていた。
ギルドのテーブルで、簡単に段取りを話した。
「魔石だ。魔物からも出るが、五階まで降りれば掘れる」
彼女は頷いた。眉なしが横で欠伸をした。
お互いの特徴や、呪文を唱える時の条件などを話し合い、装備を整えてから街のハズレにあるダンジョンに向かった。
彼女には、厚手の兜を買ってやった。不意の一撃から頭を守ることが大切であり、顔の傷は良くない、と説いた。
何か言いかけたが、被せてやると、ありがとうと言った。
昼過ぎ、雲が厚く、あちこちで早々に灯りがともされていた。戻りは夜になる。
入り口の小屋に証書を預けた。番の男が名前と人数を書きつける。
「地下三階までは魔物も大人しいが、気を抜かずに行こう」
少し前に、父とお付きに連れられて、三階まで潜ったことがあった。その時、地図も読み込んでいたので記憶に新しかった。
「頼もしいな。俺たちのリーダーはなあ嬢ちゃん」
眉なしは彼女との距離が近い。
ペテン師がニヤニヤしている。
壁のあちこちに埋まった魔石が、鈍く道を照らしていた。
骨だけで動く魔物と、魔力を受けて巨大になった蝙蝠を数体切り伏せて、地下一階を抜けた。
あまり離れるな、と何度言っても、気を抜くと距離が離れだす。
二階も同じだった。
三階へ降りる階段の前で、一旦休憩をとることにした。
切り伏せた魔物から出た魔石をずた袋にしまう。
「あの、なんであの二人と組んでいるんですか」
二人が用を足しにフロアを離れた間に、彼女は話しかけてきた。
「腕のいいやつらだ。ギルドで向こうから声をかけてきた。態度は悪いが、実績がある。断る理由もないだろう」
「あなたは、その、とても立派な生まれの方で、名の知れた家元とお聞きしました。このような旅では、お付きの方などが同行するものではないかと」
「家には黙っているんだ。俺はもう外で戦えるのに、父が許してくれなかった。それならば、仕事をとって、」
「そうですか。それでは、今日は大事な一日ですね」
「ああ、もちろん。魔石の採掘は簡単な仕事じゃない。君にとっても確かな実績になるはずだ」
彼女は納得したように頷くと、魔石の入ったずた袋を持ち上げて、石の形をぼんやり眺めていた。
松明の火が横顔に当たっていた。汗をかいた首筋に、細い後れ毛が張りついている。
こういう若い娘が、あの二人と二人きりになるようなことがあってはいけない。
「俺の側を離れないで、きっと守るから」
彼女は、はっと驚いたようにこちらを見た。それから、静かに唇を結んで微笑んだ。
二人が戻ってくる。ニヤニヤ笑いが伝染していた。
「何話してたんだ」
緊張感なく話しかけてくる眉なしを無視する。
「三階だ。この先は魔力が濃くなる。魔物の質も変わる。気を引き締めていくぞ」
彼女に目で合図する。
彼女が懐から出した杖はやけに細く、被った兜は大きく見えた。
三階は、頭にあった地図と違っていた。
あるはずの分かれ道が出てこない。壁の魔石もほとんどなく、暗い道が続いていた。
「おいおいこっちで大丈夫か」
「ダンジョンの様子が変わっている。注意して歩くぞ」
「問題はどこに向かって歩いてるか、だろうが」
「うるさいぞ。視界が悪いんだ。余計な声をあげるな」
廃墟というわけではない。ただ明かりが少なく、新しい魔物の死骸が転がっていた。
「ともかく慎重に固まって歩きましょう。不意に何かに飛びだされでもしたら、致命的になりかねません」
ペテン師が深刻そうに言う。
ふと後ろを見ると、少しの距離を挟んで、あの二人の間に挟まるように歩く彼女がいた。
俺が守ると言ったのに。
顔を戻したとき、右手の壁に印が見えた。
「あった」
思わず、声に出して急いで近づく。
あと、二歩か三歩のところで、足が床を踏まなかった。
ガンと衝撃が来た。
何が起きたのかわからないまま、床に伏せていた。
一緒に落ちた松明を掴んでなんとか立ち上がる。
「大丈夫ですか」
上から切迫した声がする。
松明を掲げて周りを確認する。
人一人がちょうど入るほどの、四角くくり抜かれた穴だった。
壁に手形と足跡がついていた。誰かが落ちたのだろう。
壁際にロープが垂れていた。
「ロープ見えるか。これで上がれそうか」
答えるようにロープが揺れる。
「上の方は石に括ってある。上がってきて」
松明を床に置いて、ロープを掴む。
不意に聞いたことのない生き物の絶叫が迸る。ロープを掴む手が止まる。
「あぶねえ、逃げるぞ」
眉なしの声に釣られて、覗き込んでいた彼女の顔が消えた。
ペテン師が早口で呪文を唱えるのを聞く。
眉なしの怒号の後に、彼女の小さい悲鳴。
そして、何かがガツンと床を叩く音がする。彼女の兜に違いない。床に倒れたのだ。
慌ててロープを手繰り寄せて、登り始める。
その間も何度も、ペテン師が早口で呪文を唱えるのを聞いた。
声色から相当不味い敵を相手にしていることがわかる。
そして、絶叫。
今度はどっちだ。
ロープを掴む手が震える。
床を掴んで這い上がる。
大きな影が、ペテン師の首を刎ねた。
血飛沫が上がり、松明が落ちて、見えなくなった。
眉なしのうめくような声が聞こえた気がした。
全力で駆け出していた。
暗闇の中で何度も壁にぶつかった。
自分の息遣いだけが激しく聞こえる。
物音が聞こえたら引き返し、逆方向へ走った。
そうして、地下二階への階段を見つけた時は、泣き出しそうになった。
ダンジョンを出た。外はもう暗かった。
小屋で証書を受け取る。番の男が、四つ書かれた名前のうち三つに線を引いた。
連泊していた宿に戻った。
二人分の部屋がもう入らなくなったことを告げた。
宿主は帳面を開いて、二つ消した。
夜は悪夢を見た。
絶叫で目を覚まし、ランプを点けた。
鎧を着て、朝を待った。
ダンジョンに落としたのか、剣がないことにそのとき気づいた。
手が震えていた。
朝、ギルドに報告に行った。
捜索はもう入ったとのことだった。
再び募集をかけるか、と訊かれた。
ダンジョン攻略の相談から、と答えると鼻で笑われた。
ギルドの集会所のテーブルで、ぼうっとしていた。
誰かに昨日のことを話したかった。
とんでもない力を持った魔獣が出て、瞬く間にやられてしまった。災難だったと言ってほしかった。
父になんと言おうか。
気がつくと、昼になり集会所が賑わい出した。
受付に、大きめの袋が届けられた。
「買取は可能だぞ」
首を振った。が、考えてナイフを一本だけ買った。
時折、人が遠目からこちらを見て話をしていた。
噂でもなんでも話をしたかったのだが、こちらを見た者は、さっと逸らしてどこかへ行ってしまった。
集会所で夕方までじっとしていた。
腹が減って、食事をとっていないことに気づいた。
受付で、誰も応募がなかったことを確認して、募集を取り下げた。
「無事でよかったです」
食堂で彼女と出会った。彼女は生きていた。
「ああ。心配していたんだ。その、逸れてしまって」
昨日のことを話せる相手は、この娘しかいなかった。
走って逃げたことを、この娘は見ていない。
それだけを考えていた。
「お二人は残念でした。私のヒールどころではなかったんです。ごめんなさい」
そう言うと、彼女はさっさと席を離れていった。
飯が喉を通らなかった。
宿に戻った。
ランプをつける。
鎧を着たまま、寝台に上がる。
ナイフで軽く叩くとキンと高く音が反響した。




