日雇いレンジャー
兜も鎧も着けず、剣か弓を持っていれば、レンジャーと言い張ることはできた。
武器が扱える、足腰が強い、でギルドに受け入れてもらってから十五年。
わかったことは一つ。野盗との違いは、ギルドに入っているかどうかだけだ。
前の仕事のついででたどり着いたのは、城壁の内側に畑が広がっているような町。
夜までギルドで粘って、その日も悪くない仕事にありついた。
近くの都市まで移動できて、この金額。着いたらそのまま女を買ったっていい。
町の出口に向かう。
馬車を中心に明かりと人だかりがあった。
見知った顔がぱらぱらといた。
女がいるという噂があり、集団も浮ついていたが、荷馬車の明かりに女が照らされると、波が引くように落ち着いていった。
金の指輪をした男に、しんがりを指された。
しばらく歩くと、知り合いが隊列を離れて近寄ってきた。
「俺はあんな年増でも問題ない。むしろそっちの方が良い」
名前は知らない知り合い、いつも酒くさく、よく喋って抜けた前歯が目立つので、歯抜けと呼んでいる。
「そうかい。でもあの女、お高くとまってるぜ。昔はモテたんだろうよ」
「いいじゃねえか尚更」
あんたじゃ無理だ、と皮肉をこめたつもりが、伝わってないらしい。
それよりも、いつもより酒気が強い。
「くせえから離れてくれ」
近くで吐かれたら、到着後すぐに女を買う予定が台無しだ。
つれない、さみしい、と喚く歯抜けをしんがりにおいて、位置を入れ替えた。
険しい道に差し掛かったところで、俺の前にいた男が崩れるように倒れた。
大丈夫か、と声をかけて手を貸す。
青白い顔で脂汗をかいた、大きな体躯の割に、顔はげっそりした男。彼もまた見知った男だ。
数年前まではあの歯抜けのように酒の匂いを撒き散らして、先頭を歩いていた。
隊列は止まらなかったが、馬車の近くを歩いていた女がやって来た。
足ではなく、最初に背中と腹に手を当てて治癒の呪文をかけると、男はすぐに自分の足で立てるようになった。
女はさっさと前の方に戻って行った。
「歩けるか」
彼の目の焦点がやっと俺に合う。
「ああ。はは。治った。ヒーラーってのはいいもんだな。俺もあれが使えりゃあな」
初めて聞く言葉だった。
しばらくしてしんがりの歯抜けに追いついた。
「吐いたら治してもらったぜ。あいつ俺に気があるな」
酒気の抜けた歯抜けが元気そうに騒ぐ。腕のいいやつは、二日酔いを抜くこともできる。便利な職業だ。
「でもおっぱいが無かった。俺はパスだ。お前にやるよ」
こんなやつが死にそうになっていても治癒しなければならない。大変な職業だ。
臭いからしんがりを離れるなよ、と警告して俺は元いた隊列に戻った。
予定通りの行程で都市についた。
順調すぎたのか、客が報酬を渋り出した。
すると、ここぞと連帯を発揮して皆は騒ぎ出し、提示通りの報酬を皆が受け取ることに成功した。
一、二晩、女を買って、酒も飲んで余るくらいの金額を得た。
気がつくと集団の周りに、商売女が混ざり出していた。
都市の連中は、匂いを察知するのが早い。
明かりを頼りに、馴染みのあの女がいないか探した。
「あの子はやめたよ」
あてとは違うが見知った女が声をかけてきた。
「やめたって、店をか」
「そう。金持ちの客に買われて足を洗ったんだよ」
決まってここで買う女がいたが、そいつの同僚曰く辞めたとのことらしい。
「私は辞めないよ」
俺たちをもうペアと認識して、周りの女が避けて行ってしまった。なし崩し的に今日の相手が決まった。
「ねえ、あの子のことそんなに好きだったの」
やることやっても、なかなか帰ってくれない。宿屋に呼ぶのは間違いだったか。
「あんた、いつもあの子だったじゃん」
カビの匂いがするのは、この寝台か女の身体からなのか。
「相性良かったんだよ」
へーと言いながら、ランプの下、裸で長い髪をすく女。
部屋に散った互いの衣服をさっさと集める。
「あいつ元気そうだったか。金持ちに買ってもらえたんだろ。良かったな」
乳と態度がでかい女が、寝台の上でぶっと吹き出す。
「幸せなら良かった、って、恋人気取りかよ」
女は笑って、机の上の約束の金貨をむんずと掴んで、のらりくらりと着替えを終えて出て行った。
目が開くと、すっかり朝を通り越して昼の陽が差していた。長く寝たので体力は回復した。
部屋を出ると丁度、宿の主人が扉の前に立ってノックするところだった。長居を詫びて、銀貨を少し握らせた。
「連泊するつもりなら安くするぞ」
一転、気の良さそうな顔で言った。
「いや、大丈夫。また来るよ」
寝台の匂いが気になった。もう来ることはないだろう。
昼飯をとりに、街の中心部に向かう。
賑やかな商店街で適当に肉のパイを買って、歩きながら食った。
ふと通りすがりに古物屋を見つけて入った。
このくらいの大都市だとお値打ちものが少なからず見つかるものだ。
在庫が回っていることがよくわかる埃の無い商品。
革小物あたりを見ていると、目を引くものがあった。
「これはいつ入った」
番台で忙しそうに物を仕分けていた店主がこちらにやってくる。
「今日だ。持ち主が死んじまったらしい。身よりもないようだから、そのまま衛兵から買い取った」
これは昨日、青い顔して倒れたあの男のものだ。
別れ際に、今日はありがとな、と言っていた。その胸にぶら下がっていた革小物だ。
「買うか。おっと、値札をまだつけてなかったが」
と、店主の顔がこちらを向いて止まる。見覚えがあった。
「おお。お前かあ。久しぶりだな」
こんな大都市ではそう見ない、同郷の人間だった。
昔、少しの間だけ同じ大工のところで働いていたこともある。
「懐かしいな。一緒に働いた時もあったな。でも、お前、さっさと辞めちまったからな」
「ああいう暑苦しいのが苦手なんだよ」
軽く近況を話し合った。
「どうする、買うか。同郷のよしみだ、安くするぜ」
丁度欲しかったものではある。丈夫で、小物をまとめて使いやすい。紐が緩んでいた。通し直した。
「持ち主、もしかして知り合いだったのか」
「なんでそう思うんだ」
「そういう顔をしてたからだよ」
面白いと思った。
店を出た。
首からぶら下げた。
去り際、お前もなんか腰を落ち着ける仕事とかにしたらどうだ、と同郷が言った。
店は儲かっているらしい。
仕事を受けようと、ギルドに向かった。
大量の張り紙の中から目当ての仕事を探す。
昨日のような商隊護衛で、都市を移動できたら良い。
『東の都へ五日、六日。食事、宿代負担。金貨十二枚。護衛十五名、あと三名。資格、三十五まで』
遠征だ。金はかなりいい。東の都まで五日なら相当な速さだ。この年齢制限だろう。
張り紙の番号を控えて、ギルドの受付に向かう。
「三十五か、ぎりぎりだな。明日の朝だ。日の出の時間には、東の門前に頼む」
受け取った証書を買ったばかりの革小物にしまう。
今日の残りをどうするか。
金はあったが、酒も女も気分ではなかった。
その日は適当な安宿をとって、日が暮れる前に寝た。
暗い橙の空の下、宿を出た。東の門には人が集まっていた。
肌の焼けた眉の濃い男が人だかりの中心にいた。
証書と交換に赤色の紐を手渡し、腕に巻けと命じる。
「宿と飯は現地の仲間が用意してある。報酬は一日ごとに金貨一枚ずつ、最終日に残り全部だ。死体を運ぶ余裕はない。道中倒れたら置いていく」
客の後ろに、護衛らしき人間が二人立っている。
大きな剣を負った、眼光の鋭い大男と、先端に水晶の付いた鉄の杖をくるくるとまわす壮年の男。
装備を触る手つきで、一目で手練れだとわかった。
門の外に駄馬が十二頭。荷は振り分けで、荷車はない。
人は二十に足りない程度だ。
「行くぞ。昼まで止まらずに歩く」
客と手練れの二人が馬に跨ると、行軍が始まった。
一日目、昼に休憩はあったものの、夜になっても止まらず、想定の一つ先の村まで歩かされた。同じ思いの人間は少なからずいたらしく、あちこちで不満の声が上がった。
食事は粥に塩漬け肉。宿はというと、板葺きの長屋で集団の雑魚寝だ。
二日目、強く雨が降った。川が増水して橋が渡れず、遠回りになった。日が暮れる前に暗くなり、予定より手前で止まった。
夜遅くまでやっていた酒場で飯をとった。奥の席で、三人が酒を飲んでいた。剣も杖も、卓の上ではなく膝の上にあった。
三日目、取り返そうと朝早くの出発となった。亡霊が出ると言われる森を通ることになった。
森の中で、魔獣の急襲にあった。一人が喉元深く牙を立てられて食い破られた。彼が亡霊になる前にと、杖持ちが知らない呪文を唱えて、死体の頭を割った。結局、亡霊には会わずに済んだ。
この日、目的地で客が数えると一人いなかった。あの森ではぐれたのかもしれないと誰かが言うと、客も納得したかのように何も言わなくなった。
懐の金貨が三枚になった。
四日目、目的地まで後少しというところだった。
我々を狙った野盗の集団と接敵した。積荷を知っている連中だった。命のやり取りとなった。
俺は肩に一撃を喰らって、服が血まみれになったが、傷は杖の男にヒールをもらって塞がった。何人斬ったかは定かじゃない。
二人死んだ。うち一人は、身体から離れた足がヒールでもつながらないとわかるや、殺してくれと懇願した。杖の男が介錯した。
もう一人、俺の目の前のやつが、口をぱくぱくさせながら、今まさにその生を終えようとしている。
顔から真っ赤に血を浴びているでかい剣を持つ男がそいつの様子を覗き込む。剣先から血が垂れている。死にかけの男の肩を剣先で転がして、紐を確認すると、そいつの布袋を回収し、金貨を取り出して、一枚だけ俺に投げてよこした。
「ボーナスだ。貰っとけ」
松明の下でキラと輝いた。彼の最期に対して、金貨は綺麗なものだった。
革小物に金貨をしまおうとすると、紐が切れてしまった。
近くで誰かと誰かが咆哮をあげている。命のやり取りを勝利で終えて、昂っているのだろう。客も止めようとしない。恐らく同じ事情で、金貨をもらって奇声を上げるものもいた。
目の前にいた男は目を見開いたまま動かなくなっていた。
二日で三人目だ。
昨日のやつと、今日の二人。持ち金はいかほどだろうか。
死体はどこかに埋めてもらえるのだろうか。墓はたつのだろうか。
そんなはずはないだろう。
肋骨が飛び出すほど身体を裂かれた野盗が転がっている。首だけ掲げられている野盗もいる。彼らと我々の違いは、今では肩の紐くらいか。
金貨の枚数を確かめるように、革小物を強く握りしめた。




