意識の高い女ヒーラー
血まみれになった兜を売ると金貨が二枚返ってきた。
買う時、いくらしたんだろう。
これだけあれば、数日は身のふりを考える時間が持てる。
ギルドを通したとはいえ、下調べなしに適当にパーティーに参加などしていては、身がもたないということがわかった。
世間知らずのお坊ちゃん一人と金が目当ての野盗あがりが二人、死ぬのは必然か。
あのダンジョンを生き残ったところで、帰り道で私をめぐって空中分解してるだろう。
「嬢ちゃん。暗いのが怖いかい。それじゃあ俺といい事しようぜ」
一発でぎゃん、と鳴いて死んだ。
絵に描いたような台詞を残して死んだ馬鹿な男だったが、肉壁にはなってくれた。
やつの死体の下で気絶していたおかげで、命は助かった。
さっさと場所を変えようと思っていたが、飯屋であのおぼっちゃまに出会ってしまった。
兜を持っていないことに気づかれたらまずいと思ったのも束の間、顔を見たらそれどころではなさそうで安心した。
救いの神を見たような、捨てられた子犬の顔、それでいて親に怒られるのを待つかのような複雑な表情で。
相手も逃げたことを責められたくはなかったのだろう。
どうでも良かったのだが、変に慰めでもしたら『今度は君を守る』などと再び付き纏わられそうな気もしたので、適当に言葉をかわして退散した。
金も家柄もありそうだったが、家に黙って抜け出して、穴に落ちるような男だ。せいぜい地元の名士どまりだろう。
家の者は才覚を見抜いて、外に出さないようにしているに違いない。
お坊ちゃん、初めてする異性との冒険にすっかり勃起していたようだが、今回が去勢の機会となってくれるといい。
ただ反省すべきはお坊ちゃんだけではない。私だ。
今回のような見通しの甘さは、まさに命取りと言える。
次はないと自覚した。
ヒーラーという職業でどう実績をあげるのか。これはやはり難題だ。
同郷のパーティーは、恋人作りの馴れ合いチーム。
急拵えのギルドのパーティーは、ボンボンとそれにたかる野盗の寄せ集め。
付き合いでも依頼でも、いきなり集団に飛び込むのが良くない。
誰か一人、まともに戦える人間と組むか、師事する。その形なら違う。
この街は出よう。
人材が集まるのはやはり大都市だ。
明日、移動することに決めて、出口近くの安宿をとった。
私は、王侯貴族お抱えの治癒師になるのだ。
そう強く胸の中で反芻すると、深く眠った。
朝、陽が出てすぐに街を出る。
交易の商隊で道は混むが、女一人で移動するにはその方が安全だ。
紛れるように隊の間で歩く。
夕方になる前に、隣の大都市に着いた。
宿を押さえて、さっさと食事をとると、ギルドに向かった。
依頼を受ける者や、仕事を終えて報告に来る者が見えるテーブルに陣取る。
ギルドで待ち合わせをしている体で、じっと耳をそばだてる。
大都市だけあって、夕方でも人の出入りが一定数続く。
一人で受付に来る人間は少ない。
悪くない、と思った人間も、当然のようにギルドの外に待っている仲間たちと合流して酒場に繰り出していく。
席を立とうとした時、
大きな剣を持った大男が顔を出した。
ギルド内に緊張が走るのを感じた。
どうやら発注側のようで、受付で募集の具合を、言葉少なに問い合わせしていた。
私でもわかる。並じゃない。
下手なことを言ったら、切り伏せられそうな殺気すらあるが、発注する側である以上は、一定の社会的信用を得ていることは確かだ。
話しかけよう。思い立って、受付から離れるのを待った。
「おい、どうなんだ。何人になった」
残念ながら、彼にも連れがいたようだ。
金の持ってそうな眉の濃い男が、横から問い合わせに加わる。
その大声で、仕事の内容と二人のことが見えてくる。
おそらく大男はその眉の濃い男の用心棒。
行商人で、金を持っていて、明日移動するのにかなり人数を集めてるのだろう。
大袈裟な人数に聞こえるが、それだけ物騒なものを運ぶのだろう。
「治癒師の方でしょう。足りていないのですが、いかがですか」
気がつくと、テーブル横に、鉄の杖を持った男が立っていた。
こいつもできる。
「あ、いえ、しばらくここにいるつもりなので」
そうですか、残念です、と言って、問い合わせを終えた二人と合流して行った。
こちらが聞き耳を立てていたことも、わかった上で声をかけてきたのだろう。
不敵な男だ。腕が立つのは間違いなさそうだが、募集の内容も含めて、どうにも物騒な一団に見えた。
本能から提案を回避した。
そうこうしているうちに、夜が来た。ギルドが閉まる。
結局、めぼしい一人を見つけることは叶わなかった。
強い男は酒が強い。
ギルドから近い、評判の酒場へ足を向けた。
あちこちから笑い声とジョッキがぶつかる音がする。
男たちの注文や口説きを捌きながら、テーブルごとの隙間を縫うように素早く酒を運んでいく女の給仕。
一瞬でも目が合うと、酔って気の大きくなった男が遠くからでもやってくる。
観察どころではない、と席に着いてから気づいた。
「どうしたの〜お嬢ちゃん。一人で。口説かれにでもきたの」
うんざりして、給仕を呼ぼうとした。
「あれ、男かと」
「男だよ。中身はね。で、何してるの」
低い声でわからなかったが、目の前にいたのは、鼻筋の通った日に焼けた女だった。
「強い男の人を探してるの」
「やっぱり口説かれにきたんじゃないか」
笑うと、目尻に皺が入るタイプだ。
酒の相手をしてくれるようだった。
私が一杯を飲み終える頃に二杯を終えている。
私も地元では酒に強い方だったが、この女、かなり強いようだ。
ガハハと笑う女に乗せられて、目的を忘れて随分飲んでしまった。
ここ数日は気を張り通しだった。知らない都市の酒場でも同じだった。それが緩んだ。
昨日死にかけた話をすると、死んだ者たちへの敬意は欠かさずに、下心の方は、自分の経験談をいくつも並べて、豪快に笑い飛ばした。そして私の無事を祝ってくれた。
男のように笑い、女の話がわかる。この女に気を許してしまった。
鎧の上からでも腕の太さがわかる。生傷が絶えないのだろう。
腰の後ろに、横向きに剣を吊っている。短いが、重さを感じる得物だ。
「なに。男の品定めかい」
腰に手を当てて、胸を張ってガタイを見せつけられる。
「私と組まない」
「いいよ」
二つ返事でガッと強く抱きしめられる。鎧が痛い。
ヒューと周りのテーブルの男達が囃し立てる。女は、それに応えるように私の頬にキスをすると、また歓声が上がる。男は馬鹿だ。いや女もか。
体を離すと、私の顔を見て、ますます楽しそうにのけぞって笑った。
姉がいたらこんな感じだったろうか、暑苦しい女が仲間になった。
「私はゲルダ。よろしくね」
目に笑いの涙すら浮かべて、自己紹介を終えた。
「よっし、じゃあ明日ギルドねー」
額に当てた二本指を、そのままこちらへ弾くように向ける。
お互い取ってある宿があったので、酒場を出てその場で別れた。
大都市だけあって、街灯が明るく道を照らしていた。
酒を飲んでも真っ直ぐ歩いて、寝床に戻るのは大切にしている信条だ。
ふと、あの三人と飲んだ時のことを思い出す。
道に嘔吐して寝こむ男二人組と、慌てふためいてただ水を汲んできて途方に暮れる女。
彼らがはるか昔の知り合いのように感じた。
朝、日の出とともに目覚める。
二日酔いもそこそこに、塩気の強いスープとパンを腹に入れて、風呂屋で体を洗った。
杖を手入れして、鎖帷子を磨いてから服の下に着込んだ。
薬と包帯の数を確かめる。私は、単に呪文に胡座をかいているような治癒師ではないのだ。
財布、宿の鍵、ギルド証。忘れ物はない。
時間にも余裕がある。ギルドへ向かった。
ギルドは開いたばかりで、まだ比較的静かだった。
ゲルダが来るまで、ビラを眺めて依頼にいくつかあたりをつける。
大都市だけあって、数が多い。
人数と治癒、この二つの言葉を頼りになんとか絞り込んでいく。
二枚ほど番号を控えたところで、人の出入りが増えてきた。
朝の仕事を探す冒険者たちで、集会所の席も埋まり始めていた。
「おはよう。お嬢ちゃん。一人かな」
「他に、声の掛け方知らないの」
いやに低音の効かせ方が上手なこの女の名前はゲルダ。名前からして筋肉質な女戦士。
「120番と43番、あとは110番。この辺とかいいと思ったんだけど」
目星をつけていた募集のビラを指さす。
ゲルダは目を細めて、壁のビラを眺める。さっきまでの軽薄な笑みが消えた。
「110。荷物運びに前衛二人、治癒師一人。何運ぶか書いてない。却下。43。警備ね。拘束時間に対して、報酬が少なすぎる。却下。120はいいね。討伐だ。でも、依頼主が素人だ。報酬がなってない。却下」
「何よ。私が半刻吟味してたのに。そんなに簡単に却下しないでよ」
「ごめんごめん。悪くないよ。えっとね、120の隣がいいよ。121。これは人助けだ。報酬もいいし」
「でもそれって」
121の内容にも目は通していた。この都市から出された依頼だった。
「私は踏査資格を持ってる。一人持っていれば大丈夫。受けよう」
近くの村落が魔物に襲われたらしい。討伐と住人の避難は済んでいるが、魔物の生き残りや巣が残っていないか確認し、見つけた場合は掃討せよ、とのことだ。
「すごいわね。こんだけ大きな都市で踏査資格持ちなんて」
「やるでしょ、私。結構ここで仕事取って長いのよ」
「そっか。思ったより先輩なのね。勉強させてもらうわ。よろしくね」
がっしと握手をして手を引かれて、またきつい抱擁。酒臭い。
「あんたのそういう素直なところ好き」
さっさと受付を済ませると、仕事中に取れる食事を買い出して、都市を出た。
場所はそう遠くない。
あれほど賑やかな都市からそう離れていない村を、群れで襲う。獣の類ではなく、人型の魔物だろう。
報告では、ゴブリンの類らしい。
林を背に、塀一つない村だった。
畑の間を一本の道が貫き、その両側に何軒も家が散らばっている。見渡す限り、人の姿も、煙の上がる家もなかった。
家々の戸は開け放たれていた。
「家を一軒ずつ見ていくよ。離れないで」
一軒、二軒と家の中をのぞいていく。
食卓に残る黒く乾いたパン、桶に入ったままの洗濯物。
割れた食器や、血のついた農具。荒らされた畑の跡。
「どした、緊張してる」
ゲルダが顔を覗き込む。
「いや、私の故郷に似てるなって」
へえと少し驚いた顔をして、
「帰ったら聞かせてよ。あんたの生い立ち」
うんと頷いてからお互い鼻を摘んで、家畜小屋の鶏の死骸の山を通り抜ける。
ところによっては、急拵えで作ったのだろう墓があった。
「止まって」
ゲルダが腕で制する。
「あの家、いる。今揺れた」
村外れ、林に最も近い崩れかけの家だった。
掘り返された穴と、変色した血の跡が家の中へ続いている。
ゆっくりと近づいていくと、とてつもない死臭と生臭さが鼻をついてくる。
二人で家を覗く。
嫌な予感は当たってしまった。
ゲルダはすかさず、入り口近くにいた肌の色の違う化け物の首を一閃した。
血飛沫が上がる。家の中にいた二匹が奇声を発しながら走ってきた。
一匹目が鎌を振りかぶる。ゲルダは左腕で受け、そのまま喉を切り裂いた。
首の千切れかけた身体を蹴り飛ばす。死体が二匹目にぶつかった。
よろめいたところへ踏み込み、脳天に剣を突き立てた。
三匹とも、私が杖を構える前に死んだ。
「奥、見ない方がいいよ」
「わかってるわよ。吐きそう。やっぱりゴブリンよりかは、人間の男の方がましね」
ゲルダは笑った。
鼻筋から頬にかけて、細かな返り血が散っていた。口元にも一滴ついている。それを気にする様子もなく、剣についた血をぶんと地面に振った。
「いいね。ルーキーとは思えない胆力だ」
ゲルダの左腕にヒールを施して傷を塞ぐ。
ふと、足元に、最初に斬られた一匹の首が転がっていた。
半開きの口から不揃いな歯と、噛み潰された肉片が覗いていた。
思わず、息を吸ってしまった。
腐った肉と糞尿を混ぜたような臭いが、喉の奥まで入り込んだ。
吐いた。
吐瀉物がゲルダに少しかかった。ゲルダは笑っていた。
背中をさすられながら、都市までの道を帰った。
「結構、きつかったろ。でもあんたのためになるとも思ったんだ」
ギルドに寄って、風呂屋に寄って、また酒場に来た。
乾杯の温度で一杯目の麦酒を二人で一気に空ける。
今日流した汗と入れ替わるように、酒が体を駆け巡った。
「それで、聞かせてくれよ。あんたの生い立ちをさ」
ゲルダが頬杖をついて、耳を傾ける。
「いいけど、終わったらあなたの番よ」
にっと笑うと、日に焼けた顔の目尻に深く皺が寄った。お先にどうぞと、空いた杯をこちらへ傾ける。
初めて来る街で知り合いを作って、自分の生い立ちを喋るなど初めての経験だ。
照れもあったが、酒気も手伝って、言葉は思ったより滑らかに出た。
生まれは今日のあの村のようだったこと。
幼い頃から出来の良かった私を見込んで、父と母はなけなしの財産をはたいて、武芸、呪術に関する学院に私を入れてくれたこと。
その学院を主席で卒業したこと。
それから、村に戻り幼馴染とパーティーを組んで旅に出たこと、意識が低いことに腹を立てて、別れたこと。
「愛されて育ってる。いいわね」
「お母さん、みたいな顔しないでくれる」
普段の豪快さが引っ込み、妙に優しい目をしていた。
悪い、とゲルダは笑って、顔を引っ込めると、
「でも、村の幼馴染をあっさり捨てちまうところが、あんたらしくていいよ」
「捨てたんじゃないわよ。私が捨てられたのよ。誰も私についてこなかったんだから」
また笑った。
「それで、あんたは何になりたいんだい」
私の夢。無意識にジョッキを掴む手が強くなる。
「王侯貴族お抱えの治癒師になることよ」
「…そりゃ難しいね」
ゲルダの顔がビラを品定めしている時の顔になった。
「なんでよ」
「あんたなら腕は足りると思うよ。勇気があって血を恐れない。若いけど、将来性は抜群さ」
「なら何」
「腕っぷしじゃなれないんだ。結局、血なんだよ。ああいうところは」
「治癒師よ。腕っぷしじゃないわ」
「同じだよ。腕がいいから貴族に召し抱えられるなら、ギルドの古株はみんな城住まいさ」
「そんなこと、」
ない、と言い切るには、私も少しばかり世間を知ってしまっていた。
「あたしらみたいな、どこの馬の骨とも知れない奴はお呼びじゃないのさ」
ゲルダの諦めたような口ぶりに、
「……じゃあ、私は何になればいいのよ」
虚を突かれたようなゲルダの顔。
「いや、別に何にもならなくていいじゃん」
何を言っているのかわからなかった。
「あんたは何になりたいの」
少し考えた風で、こう言った。
「私は別に。明日も剣振って、飯食って、酒飲めりゃいいよ」
「そんなの嫌」
思わず、声が大きくなってしまった。周りのテーブルの人間の視線が集まる。
ゲルダは笑うのをやめた。
「否定して悪かったよ。でも、あんたに可能性がないって言ってるわけじゃない」
その目が妙に優しくて、鬱陶しかった。
この日は長くいた。
最後の一段になるまでいた酒場をやっと出た。
ゲルダと別れる。これから決まった曜日で二回ギルドに集まる約束をした。それ以外の日は、お互い好きに仕事を取る。
私は、都会に出てきて初めて、仲間ができた。
ゲルダはいいやつだ。
でも、みんな同じだ。
ふらつく足で宿にたどり着いた。
寝台に入って目を閉じる。
酒に澱んだ意識と眠気の中で、いろんな人の言葉が流れてくる。
(あなた、あの子に、そんな夢を見させるようなことを言って、あの子きっと無茶するわよ)
(いいんだ。あの子は人に愛される子だ。夢なんて叶わなくても、必ずいい巡り合わせがある)
(私たちに、そんなの無理よ。村の生まれなのよ。お金を貯めて、店を開きましょう。村のみんなを助けられるように)
(俺は、約束したんだよ。お前のお父さんに、守れって)
(嬢ちゃんみたいなのが、冒険してどうすんだ。どうせ、男捕まえに来たんだろ。強くて金払いのいい男に抱かれて、人生あがるつもりだろ)
(腕っぷしじゃなれないんだ。結局、血なんだよ。ああいうところは)
また、そんな話だ。
酒気が強い。寝台がぐわんぐわんと回る。
明日に響くほど飲んでしまった。
疲れも込み上げてきた。
それでも、どうせ明日の朝には、一人でもギルドに立つのだろうが。




