八話
パトリシアは令嬢を落ち着かせるようにわざと明るく笑って彼女のドレスに触れる。
予想通り、多くのリボンは縫い付けられておらずクリップで留められていた。パトリシアはそれを抜き取ると、重ねられた布地をつまみ上げ、リボンで止めるとたちまちドレープが完成する。
胸元のリボンは解いてウエストリボンに変え、余っている裾を引っ張りあげてリボンの下に折りたたみ、長さを調節した。
そして大きく空いたデコルテは、パトリシアのショールを羽織らせることで隠す。
「おいパトリシア、何勝手なことを……!」
デリックが怒鳴りながらやめさせようとするが、完成した新しいコーディネートを見て、周囲は絶賛していた。
「素敵! さすがお姉様!」
「素晴らしいリメイクよ! さすがお姉様!」
双子姉妹の賞賛に同調して、周りも感嘆の声をあげる。
「この一瞬で見違えるようではないか!」
「素晴らしいわ、彼女があのパトリシアなのね……!」
デリックにとっては予想外だったのだろう。
驚いたように周りをキョロキョロ見渡している。
極めつけに、先程デリックを嘲笑した夫人がパトリシアに拍手を送った。
「どうやら勝敗は決まったようね。今度、あなたに私の娘の衣装を頼もうかしら」
「もちろんです。ルピナス・ブティックは、お客様の望む最高の一着をいつでもお仕立しますわ」
デリックはその一言で、敗北を実感したのだろう。
こうなってはどう足掻いても覆せない。
「こんなの……何かの間違いだ……ッ!」
汗をだらりと流して、手足を震えさせている。
もはや、誰もデリックを見てはいなかった。
「おや、デリック。そういえば、敗北した場合のペナルティを設定していなかったね」
「リングフォード伯爵……! こんなこと、ありえない! やり直しを求める!」
「そうだな、社交界からの追放か、店舗の明け渡しか、それとも……」
「は、はぁ!? 何故僕がそこまで……!」
「冗談だ。まあ、社交界に貴殿の居場所はもう見当たらないようだがな」
冗談なんて言っているが、その目は一切笑っていない。キースの気迫に怖気付いたデリックは、尻尾を巻いて逃げ出そうとする。
「——————これで分かっただろう。パトリシアに貴殿は必要ない。二度と私のパトリシアに近づくな」
「っ、クソッ……!」
デリックはもはや逃げる気力も失ったのか、蒼白な顔で崩れ落ちてしまった。
もはや、その場にいるだけで恥を晒し続けているのと同じだった。
————————その日以降、ノース・ブティックの名前は消え去り、代わりにルピナス・ブティックの名前が人々の記憶に刻れていくようになる。
ノース子爵は破産し、アシュリーも服飾界から追放され、ついぞパトリシアの耳にその名前が再び届くことはなかった。
***
全てを終えた帰りの馬車にて。
あれから、いつの間にかデリックは姿を消し、夜会はルピナス・ブティックの話題でもちきりだった。
「さすがだったな。あの場で不完全な衣装を完璧に仕上げるなんて、私も驚かされた」
「あの子に罪はありませんから。どうしても、助けてあげたくて」
「本当に、君は優しい人だ」
向き合って座る馬車の車内で、二人きり。
キースはパトリシアに、改めて話を切りだす。
「前にも言ったが、私が惚れ込んでいるのは君のデザインだけじゃない。パトリシア自身も、私は愛している」
「伯爵様、それは……」
「あの日、初めて私の服を仕立ててくれた日だ。忘れもしない、君の手によって磨かれて、見違えるように生まれ変わった自分を鏡で見た瞬間を。そして、そんな私を見て誇らしげに笑っていた君の笑顔も」
パトリシアに向ける視線は熱を帯びている。
あの時のことは、パトリシアも覚えている。
出会ってから長い間、デザイナーとお得意様としての関係を保ち続けていた。
それも、今夜で終わりだ。
「君が好きだ、パトリシア。パトロンでも、顧客でも無い関係を、君と築きたい」
「伯爵様……!」
パトリシアはもう迷わない。
ここまで自分を導いてくれた彼の手を取らない理由は、パトリシアにはなかった。
「まずは恋人から、婚約者として始めよう。君の仕事が落ち着いたら、結婚の準備を進めるんだ。もちろん、結婚後も仕事は続けてもらって……」
「伯爵様、落ち着いてください! 話が飛躍し過ぎです!」
どんどん妄想を膨らませていくキースを、パトリシアが何とか止める。
仕切り直しとばかりに、キースの隣へ席を移してこう言った。
「まずは、婚約者から……でしょう?」
邪魔するものは誰もいない、二人だけの空間。
見つめ合い、そのうちに唇が重なる。
月明かりだけが、二人の姿を見つめていた。
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