一話
「パトリシア。悪いけど、君には退職してもらうよ」
徹夜でデザイン案を仕上げて提出に向かえば、ブティックの主はとんでもないことを口にした。
「デリック……一体、どういうこと? もしかして、デザインが気に入らなかった? それなら今すぐ修正するから……」
「違う。君はもうこのブティックには不要だと言ってるんだ」
目の前の彼は深々とため息をつく。
デリック・ノース子爵。
このノース・ブティックの経営者であり、パトリシアの雇用主だ。
またいつもの不機嫌かと思いきや、どうもそういうわけではないらしい。
「私が、不要ですって……?」
「ああ。これまで長い間君には温情をかけてあげたが、これ以上君を雇い続ける理由は無くなった」
聞き捨てならない言葉だ。
このブティックのトップデザイナーはパトリシアだというのに、パトリシアを解雇するとはどういうつもりなのだろう。
パトリシアには悪い冗談にしか思えない。
けれどデリックは、困惑するパトリシアを無視してドアの向こうに声をかける。
「アシュリー、入っておいで」
その声と共に、ドアが開いて知らない女性が入ってくる。
「初めまして、アシュリー・ウェルズです」
溌剌とした明るい笑顔の素敵な女性だ。
「初めまして、パトリシア・ルピナスです。ノース・ブティックでデザイナーをさせてもらっています」
「あなたがパトリシアさんなのね。じゃあ、今日からトップデザイナーの地位は私のものだから」
「……はい?」
思わず固まってしまった。
今、彼女は何と言っただろうか。
呆然とするパトリシアに構わず、デリックは話を続ける。
「彼女は君よりもずっと素晴らしいデザインを描くんだ。それなのに、元々いたブティックでは才能に嫉妬され冷遇されていたと聞いた。この才能を埋もれさせるわけにはいかない」
「それはお気の毒でしたが、それがどうして私が退職することになるんです?」
「見ろ、このデザインを」
デリックが机の引き出しから、いくつものデザイン画をバンっと机に叩きつける。
アシュリーのサインが入ったものと、パトリシアのサインが入ったもの。
いくつも見覚えのあるデザイン画だったが、広げられたそれらを見てパトリシアは声を上げた。
「なっ、これは……!」
パトリシアが描いたデザインと酷似しているものが並んでいる。
どれもアシュリーが描いたものだが、偶然の一致では済まない程に似ていた。
その中には、ボツ案としてパトリシアが捨てたはずのものも混ざっている。
「君、アシュリーのデザインを盗んだんだろう」
「——————え」
デリックはパトリシアを睨みつけ、厳しい声で追求する。
「今までよくも僕を騙してくれたな! 君のデザインは全て盗んだものだったんだ!」
「なっ、どうしてそうなるのです!?」
パトリシアのデザイン画とアシュリーのデザイン画はありえないほどに似ている。それこそ描き写されたかのように。
けれど、デリックはパトリシアが何度も修正を重ね自身の手で書き上げたところを見ていたはず。
それがどうして、他人のものを盗んだと思うのだろう。
アシュリーには今日初めて会った。彼女がどこのブティックでデザインをしていたのかも知らない。それなのに、どうして盗み出せるというのだ。
ため息と共に、二人の姿を改めて見る。
まるで悲劇のヒロインでも演じているかのように芝居がかった語り口。
泪で潤んだ瞳はデリックだけに向けられ、二人の距離は不自然なまでに近い。
パトリシアは二人の様子を見て、早々に気づいてしまった。
(デリック……色仕掛けで騙されたってことね)
アシュリーのデザインを気に入ったわけではないのだろう。
彼が気に入ったのは、他ならないアシュリー自身だ。
彼は元より、経営は上手くとも服飾デザインの善し悪しが分かる人間では無かったが。
————————父が病死し、ルピナス一家が経営していたブティックが立ち行かなくなったところを、ノース子爵家が助けてくれたのが全ての始まりだった。
ブティックは名前を変えてしまったものの、パトリシアはデザイナーとして雇ってもらえた。
給金は決して多くはなかったが、この先もずっと一緒にブティックを繁盛させていこうという、両者の心意気はあったはず。
けれど、そう思っていたのはパトリシアだけだったようだ。
酷似しているデザイン画が一体どこから来たのか分からないが、デリックが一方的な正義感に突き動かされている様子なのはうかがえた。
(大体この男、本気で気づけないの? そもそも今アシュリーさんが着ている服が、私がデザインしたものに他ならないのだけれど!?
アシュリーが着ているドレスは、先月パトリシアがボツ案として処分したデイドレスと酷似している。
だがパトリシアがデザインしたものから、ピンタックの数が減り、縫製が甘いのか肩周りのパフスリーブも型崩れしている。
極めつけは、アシュリーの体型に合っていないまま縫製したせいで、丈が微妙に足りていていない。
工夫を凝らして選んだ布地も別物に変わっており、全体的なバランスは崩れているように見えてしまう。
(そりゃあ確かにデリックはこういう細かい部分は毎回無視していたけれど……! その細かいこだわりこそが最高級の衣装には何よりも必要だってあれほど言ったのに! ああもう、この後大事なお得意様との打ち合わせがあるのに、どうしてこんなくだらない茶番に……!)
残念な姿になってしまった自分のドレスを見て、パトリシアはもはや我慢ならなくなった。
自分がこれまで人生全てをかけてこんな男に尽くして働き続けてきたことが恥ずかしいとさえ思えてくる。
パトリシアの胸には、怒りではなく失望がふつふつと湧き上がっていた。
もはや、これ以上情けをかける理由はない。
「……分かりました。お望み通り、退職しましょう」
パトリシアは冷めきった目で二人に告げた。
「ただし、私が描いた全ての型紙とデザイン画は渡しません。私の関わった全ては、持ち帰らせてもらいますから」
「……っ!?」
「ああいいとも! そんなもの置いていかれたって、こっちから捨ててやる」
だが、アシュリーだけがなぜか急に狼狽え始めていた。
「デリック、さすがに型紙までは……ほ、ほら、急に変わるとお客様も困ってしまいますし……」
「問題ないさ。君の実力があればどの顧客もすぐに満足してくれるよ」
パトリシアが出ていくことになって満足したのか、デリックはもうこちらに見向きもしないでアシュリーを慰めている。
(私、今まで何やってたのかしら)
二人の様子を見ていると、これまで自分がどうして彼のために働き続けていたのかさっぱり理解ができなくなる。
確かに、店を助けてもらった恩はある。顧客が増えたのも、子爵家の社交のおかげでもある。
だからといって、こんな扱いをされて納得できるわけがない。
(あなたみたいな経営者、こっちからご遠慮させてもらうわ……!)




