VTuber事務所の社長はライバーと話す②
羽衣石花蓮というライバーは動画サイトで登録者25万人を超えている。
最近も歌声がバズっていて、これからもっと成長が見込める人材だ。
髪色は黄色で髪型はツインテールの可愛い女性。装飾はそれなりに激しいけど、性格としてはかなり大人しい人だ。
僕が羽衣石花蓮について知っている情報はこの程度だ。
顔を合わせたりするものの、社長として深く話したことはほとんどない。
だから今回が初めてのことだ。もしかしたら最初で最後になる可能性も全然あるけど。
羽衣石さんのマネージャーが言うには今日、彼女はこのスタジオに来る予定らしい。だからその仕事が終わったところを待ち伏せする。ちょっとストーカーみたいで嫌だけど、これぐらいしか方法がないのだから仕方ない。
一応、僕はスタジオの出口がよく見える、向かいのカフェでコーヒーを飲んでいた。
会いたいというメッセージをマネージャー経由で伝えても無理。そうなると多少強引な手段になるしかこうする。
マネージャーから「そろそろ出ます」という連絡が来たので、出口の方に視線を向けるとちょうど羽衣石さんが出てきた。しっかりと身バレ対策もしていてサングラスやマスクなどをしているが、彼女で間違いないだろう。
僕はカフェの会計を済ませて、彼女に話しかけるために近付いていく。
「社長」
「ごめん、こんなことをして」
「…私は社長と話すことは何もありません」
「わかってる。でも、ごめん。僕には羽衣石さんと話したいことがあるんだ」
さすがにこんな道端で話すことでもないので、さっきまで自分がいたカフェを指差す。
「あそこでお茶でもしないか?」
ナンパする男みたいな言い方になってしまった。だが今更、訂正するつもりもない。
羽衣石はずっと僕のことを射抜くように見ている。お互いに視線がぶつかっている仲でも彼女は表情を変える事はない。
「だめ?」
「…わかりました」
そして僕と羽衣石さんは場所を移動してカフェに入った。お互いに注文を済ませると僕はまた彼女に視線を向ける。
「羽衣石さんが会社を辞めたいのは分かってる。辞表願を受け取ったからね」
「でも、あの辞表願の中には一身上の都合としか書かれていなかった。それは当たり前だし、羽衣石さんがどうしても言いたくないのであれば辞めたい理由については詳しく聞けない」
無理矢理聞けば教えてくれるだろうけど、それは会社とライバーという関係上やっていけないことだ。
「だから僕が聞きたいのは、この事務所に入って良かったかってこと。僕が社長だからって遠慮することはない。羽衣石さんが思っていることを口にして欲しい」
ここでどんなことを言われても受け入れる準備はできている。
そしてその意見をこれからに活かしていかなくてはならない。社内に問題があるのであれば、その問題を取り除かない限り、次の卒業者が出てしまうかもしれない。
羽衣石さんは僕のことを見つめながらはっきりと言った。
「私は社長の事務所に加入できて良かったです。良い同僚にも恵まれ、スタッフさんも素晴らしい方ばかりでした。この事務所の一員として活動できたことはとても嬉しかったです」
最後に羽衣石さんは深く頭を下げた。その様子と言葉からは会社に対する不満があるわけではなさそうだ。
言葉を信じるのであれば。
「ですが、私はもうこの辺りで辞めたいです。他になりたいものがありまして」
「…他に?」
「はい、それは今の仕事を続けながらだと難しいので、この仕事を辞めてそっちに重きを置こうかなと思ってます」
そうか。
そういう理由だったら、僕に何かを言う権利はない。もっと僕たちが改善することで彼女の辞めるという意思を失くさせることができるのであれば、頑張るつもりだった。
だけど、彼女の仕事を辞める理由は至極全うだ。自分の新たな夢を追うために、今の仕事を辞める。普通の企業でも全然ある話だ。
「そうか。羽衣石さんの気持ちはしっかりと理解した。そういうことなら僕も笑顔でキミのことを送り出そうと思う」
「…ありがとうございます」
後、社長としてするべきことは送り出すこと。それも悲しい気持ちにさせず、彼女がこれからの人生に希望が持てるように笑顔で。
「うん、じゃあまず社長としての言葉を。羽衣石さんが応募してくれた時はまだ怪しい会社みたいに見えたと思う。そんな中でも勇気を出して応募してくれてありがとう。あなたと一緒に仕事ができたことは僕の人生の中でとても幸せでした」
彼女がオーディションに応募してくれなければ僕は彼女と会うことすらなかった。彼女が自分の意思で行動してくれたからこそ、今みたいに一緒の会社で働けたわけだし。
「本当にお世話になりました、社長」
「ううん。こっちこそだ。この会社を選んでくれてありがとう」
本当にそうだ。
彼女がここを選んでくれてありがとう。
これは伝えるべきなのか、悩むものの、これで最後なのであれば僕の気持ちもしっかりと伝えておきたい。
「そして今度は一人の神吉行信という人間として言葉を送る。羽衣石さんには残って欲しい気持ちがある。あなたのファンとして」
「ファン…?」
「はい、あんまり言わないようにはしているんですけど、この事務所に所属しているライバーのファンですから。全ての配信をチェック出来ている訳ではないけど、見える時に見えるようにしている」
さすがにいくらただのリスナーとしても社長が見ていると知ったら、いつもの姿が見えない。それにリスナーも彼ら彼女らの自然体を見に来ているんだと思うから、言うことはしなかった。
「特に羽衣石さんの『歌ってみた』はよく聞きました。羽衣石さんの歌声は本当に素晴らしくて、どんな歌も七色の声色で歌い上げてしまう。この歌声がこれから聞けなくなってしまうのは寂しい」
「…ごめんなさい」
「いや、こっちこそごめん。羽衣石さんに謝って欲しいわけではないんだ」
もうこれ以上、彼女の時間を取るべきではない。
僕は彼女の目を静かに見つめながら最後の言葉を口にしていく。
「これからの羽衣石さんの人生が豊かなものになることを願っているよ」
「…ありがとうございます。本当にお世話になりました」
「こちらこそ、一緒に仕事ができてよかった」
そしてこの日、僕は羽衣石さんの辞める意思をしっかりと受け入れる決意を固めた。
――――――
そして社長である、神吉行信が去ったところで羽衣石花蓮は消え入りそうな声で呟く。
「…社長……本当にごめんなさい…」
羽衣石花蓮の目から静かに雫が零れ落ちる。
「私の所為で…」




