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8/12

VTuber事務所の社長は退職願について考える

あの日、退職願を受け取った日。


羽衣石は足早に去って行ってしまったので、僕と倉掛だけがその場にいる。



「倉掛、言わなくても大丈夫だと思うが、このことは」



「分かっております。私の口から何かを言うことはありません」


それだけ確認が取れれば後はどうでもいい。





それから退職願は一先ず持ち帰った。僕としては羽衣石さんと話したい。でも彼女の意思が強く固まっていて、僕とも話したくないというのであればそれはそれで受け入れるしかない。


「社長、今日は上の空ですね」



「そう見えるならそれは申し訳ない。ただ羽衣石さんのことを考えているだけだ」



「…あまり思い詰めないでください」



「大丈夫だ」


元々ライバーは会社に所属しているわけではないため、退職届なんて出さなくていい。それでもこんな風に渡してくれたのは羽衣石の律儀なところが詰まっている。

今まで退職者がゼロというわけではない。



でも、ライバーではゼロだ。別にそのゼロという数字にこだわりがあるわけじゃない。人間誰もが仕事を辞めたいと思うタイミングはあるだろうし、その中でどんな選択肢を取ったとしても応援したい。


一度は同じ仕事をしていた者として。




だけど、その理由は知りたい。退職願には一身上の都合としか書かれていなかった。



もし、会社の体勢などに問題があるようであればそれは直していかないといかない。


でなければこれからも辞めようと思う、ライバーや社員が増えていく可能性がある。




どうやらいつも近くで見てくれている倉掛からすると、今の僕はかなり思い詰めているように見えているらしく、こういわれた。



「あなたがあなたでいてくださればこれからも大丈夫です。一番ダメなのはあなたが今回のことで体調を崩したり、揺らぐことです」


本当に倉掛には頭が上がらない。しっかりと僕の事を見て、忠告や助言をしてる。彼女ほど素晴らしい秘書はいないと僕は思っている。


本当に周りの人には恵まれている。






羽衣石さんにはマネージャーを通して、僕が話したいというメッセージを伝えてもらった。もちろんマネージャー同伴の元、話さないかと。


話す時に二人の方がいいという人もいるけど、大概は二人きりという密室の状況は作らないようにしたい。本人が強く望まない限りは。






そして羽衣石さんのマネージャーからは「私には社長に合わせる顔がありません」と伝えられた。意味は分からないけど、本人の会いたくないという意思は伝わった。


ここで無理強いするわけにもいかないため、諦めるしかないと思っていた。本人の意思が固く、もう僕と話したくないんであれば仕方ない。



そんな時に羽衣石さんのマネージャーが僕のところを訪ねてきた。話したいことがあると言って。


「どうしたの?」



「社長にお願いしたいことがあるんです」



「…なにを?」


そう問いかけるとマネージャーはしばらく目を瞑り、深呼吸をしてから話し始めた。



「私がお願いしたいのは羽衣石と会って欲しいんです」



「断られたところなんだけど」



「確かに羽衣石から言われたことを伝えました。そして羽衣石の決意が固いものなのは彼女を見ていれば分かりますが、私としてはしっかりと社長と話し合って欲しいんです」


僕も話せるものなら話したい。なぜ辞めるという判断を下そうとしているのか、その理由も知りたい。



だけど、あまり踏み込み過ぎるわけにはいかないという気持ちもある。彼女が自ら話そうとしてくれているんであればいいが、羽衣石さんの言伝を聞く感じでは話したくないはずだ。



僕がしばらく無言でいることに何かを感じ取ったのか、マネージャーが語り掛けて来る。


「社長が羽衣石や他のライバー、社員を大切に想う気持ちは私も理解しています。そのために触れられたくない部分には踏み込まない。それはとても良いことだと思うんですが、今回はもっと踏み込んでいいと思います」


踏み込んでいい…か。


社長としてはやはりそこは躊躇してしまうもの。



「なんで羽衣石さんが辞めようとしているのか知ってる?」



「知っています。ですが、これは本人の口から聞くべきだと思います。本人が明かさないのであれば私が明かすことではないです」


うちのマネージャーってしっかりしている。ここで社長だからと言って伝えたりせず、しっかりと本人の口から聞いた方がいいと言える。


でも、それはその通りだ。ここでマネージャーから羽衣石さんがなぜ辞めようと思っているのかを聞くのは違う。聞くのであれば本人の口以外にはあり得ない。





羽衣石さんは踏み込んで欲しくない。


その想いを尊重してあげたいという気持ちはあるけど、これから……っていや、そうじゃなくて単純に辞めて欲しくない。



すごく羽衣石さんと仲がいいとかは別にないけど、一度同じ会社で頑張った仲だ。それだけで連帯感のようなものを自然と出てしまうもの。




だから彼女の意思をしっかりと聞きたい。


なぜ辞めたいのかを聞き、それを全て受け入れたい。


どんな理由だったとしても。



「そうだね。本人に直接聞いてみることにするよ」



「私の意見に耳を傾けて頂きありがとうございます」



「ううん。むしろ言いに来てくれてありがとう。たぶんキミが来てくれなかったら、僕はこのまま羽衣石さんと別れることになっていたと思うから」



本当に感謝だ。



そして僕は羽衣石さんと会う決断をした。


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