VTuber事務所の社長は退院祝いに参加する
歓迎会として用意された場所は結婚式でもやるのかと思ってしまうような場所だ。これいくら掛かったんだとちょっと心配になるぐらいの広さ。
「ねぇ…この費用って誰が持ってるの?」
「副社長らしいです」
「…ここまでしなくてもよかったのに」
普通に居酒屋とかで飲むぐらいをこっちは予想していたのに。こんな結婚式とかやるようなところでやらなくても。
そんなことを思っていると副社長こと彼が話しかけてきた。
「行信、お帰り」
「ああ、苦労を掛けたな、晃」
池端晃。学生時代からの知り合いで一緒に企業した仲間だ。こいつの優秀さがなければここまで会社が発展することはなかっただろう。僕が入院していなかった間も晃が上手く取りまとめてくれたり、会社周りの仕事を引き受けてくれたからこそ、どうにかなったのだ。
「別に大したことじゃない。それより改めてお前が入院して思ったが、どうやらお前への仕事割合が多いな。代わりにやってみて思ったよ」
「そうか。皆それぞれこの会社のために頑張ってくれているんだ。晃や倉掛が頑張っているのに、僕だけ楽するわけにはいかないよ」
「その気持ちは副社長として嬉しいが、お前の友人としては心配だ。この仕事量をこれからも続けさせるのは色んな意味でマズイと判断した」
「なんで?」
「お前は普段からこの仕事量をしているから気付かないんだろ。お前の仕事量は常人が一日にするべき量ではない。はっきり言うぞ、お前は仕事をし過ぎだ」
「俺は社長だ。体が動くうちはこの会社のために」
言い終わるよりも前に晃にこれ以上喋るなというアクションを起こされた。
「お前の気持ちはわかるが、この会社はお前を中心に回っている。これはお前がどれだけ否定しても、事実はそうだ。ライバーとの関係もお前の人徳あってこそだ。それのお陰でうちは未だにライバーから卒業が出ていない」
確かに今のところ辞めたいという話は聞いていない。
晃はそのまんま話を続ける。
「社員にとっても、ライバーにとっても、この会社が良い場所であるために重要なのはお前だ、行信」
「…ぼく?」
「お前がいなくなってはこの会社も立ち行かないし、どれだけ優秀な後釜が見つかったとしても得にライバーは付いてこない。何故ならお前という存在に付いて来ているようなもんだからな。どれだけ優秀な社長であっても、相手から信頼を掴み取るのは難しいものだ」
なんか、晃の僕に対する評価が過大評価過ぎる気がするんだが。僕ってそんなにすごい人間でもないのに。
「どうせお前のことだ。自分は大したことない人間だと思っているんだろう」
「な、なんでそれを…」
「行信の考えていることぐらいは分かる。お前と俺の付き合いがどれくらいになるか忘れたわけではないだろ」
確かに晃との付き合いは長い。お互いの行動などを含めて。
「お前はお前が思っているよりもすごい人間だ。お前という人間だからこそ、ライバーたちも社員たちも付いて来る。俺では率いることはできない。お前だからできるんだ」
話している時の晃は久し振りに見る、マジの顔だ。嘘を付いているわけでもなく、本気の話をしている時。
「…そうなのか…?」
「まぁ…お前はそんな感じだよな。追々自覚していけばいい。あと、俺に感謝してくれよ。お前が病院に運ばれて生死を彷徨っている間に、うちの事務所は大変だったんだぞ」
「仕事に関しては申し訳ないと思ってるよ」
「仕事というか、感情を抑えたのを感謝して欲しい」
「感情?」
「ああ、お前が刺されたことが社内でも知られ始めた時に、何人かキレて犯人を殺してやるとか言って警察署に行きそうな奴らをどうにか止めて、ライバーも一応変なことを起こさないように牽制して、仕事よりも社員やライバーを止めることの方が大変だったよ」
そんなことがあったとは知らなかった。倉掛からもそんな話は聞いていないし。
「…それはすまない」
「まぁ…こればっかりはお前の所為じゃないし、別にいいけど。でも、まあ…お前の凄さを改めて知ったよ」
それから昔のことを思い出して、色々と話していた。こんな風に昔話をできる人間はそんなに多くないので、楽しかった。
副社長と話した後は色んな人と話した。社員ともだし、ライバーとも。
「それにしてもウチの社長に傷を付けた奴は許さねぇ」
常原すずめ。彼女もうちのライバーの一人でうちの中では中堅という位置づけだ。赤い髪にポニーテールで目付きがあんまり良くないので、初対面の印象は良いものではないだろう。
でも彼女を知って行けば自然と優しさに触れ、新たな魅力に夢中になるもの。
そんな彼女の言葉はちょっと強い。そして今回もそれが表れている。
「怒ってくれるのはありがたいけど、その怒りは沈めてくれ」
「いくら社長に言われても、無理だ」
「そこはどうにか我慢してくれるとありがたい。一応、僕もこの通り元気なわけだしな」
犯人は逮捕され、この事件が既に終わっている以上、もう事件は本当に終わりだ。別に事件の話をする分には構わないけど、この事件のことで僕のことを心配したり、怒ったりするのは止めて欲しい。
加害者の人がどんな気持ちで、なんでこのような行為に出たのかは知りたい気持ちがあるけど。その内容によっては僕の対応など直せるところは直していかないといけないと思っているしな。
「それにこれは退院祝いだ。それなら別のことを言ってくれた方が僕としては嬉しい」
僕の言葉に常原さんも最初は何を言っているのか分からないとばかりに首をかしげていたけど、数秒して分かったようだった。
「あ、そうだった。社長、退院おめでとう」
「うん、ありがとう」
こんな風に久し振りに色んなライバーや普段はあんまり関わりがない社員の子や新入社員の子などとも話せた。
それだけでもこの退院祝いに参加した意味がある。
退院祝いは4時間以上行い、それが終わるとそれぞれ帰路に付く。副社長が「後のことは俺がやるからお前はもう帰れ」と言われた。
倉掛と一緒に会場から出て、外の空気に触れたタイミングで呼びかけられた。
視線を向けるとそこには…うちのライバーの羽衣石花蓮さんが立っていた。
「どうしたんですか、羽衣石さん」
「社長のことをお待ちしていました」
「…何か用があるんなら、パーティ中に言ってくれてもよかったのに」
「いえ、私の事情で社長の退院パーティの雰囲気を暗くするわけにはいかないので」
そう言われたタイミングで少し身構えた。ということは、羽衣石さんがこれから話すことは決して喜ぶような内容でないことが確定した。
社長になって何度目か分からない覚悟を決める。
どうやら彼女もまだ覚悟が決まっていないようで何度か深呼吸を繰り返した後に、一枚の封筒を渡してきた。
「これを受け取ってください」
そして彼女から渡されたのは『退職願』だ。
目から得た情報を頭が処理するよりも早く彼女は言った。
「社長…羽衣石花蓮のことをここまで面倒を見てくださりありがとうございます。このような形でお別れをすることになってしまい、誠に申し訳ありません」
「え……」
僕は立ち尽くしてしまった。




