VTuber事務所の社長はライバーと話す
ライバーと事務所の信頼関係は良好な状態を築かなければいけない。そのために事務所は時間を割かなければいけない。
そしてちょうど今、うちのライバーとして活動してくれている小守さんが目の前の椅子に座っている。
「私のために時間を取ってくれてありがとう、社長さん」
「いや、小守さんのためだったら時間を取るよ」
「社長さんは変わらないね」
「そう?」
「変わらないよ。出会った頃とほとんど」
まだ出会って数年しか経っていないからな。もう数年すればさすがに容姿も多少は変わって来ると思うが。
「そう言えば、傷の方は大丈夫?」
「大丈夫だよ。そうじゃないと退院して来ないからね」
「それはよかった。社長さんが刺されたって聞いた時は頭が真っ白になっちゃって、しばらく放心状態だったの」
「…それはすまない」
「なんで社長さんが謝るの?」
「だって僕の所為で小守さんは病院に来させてしまったりしたし」
「昔から思っていたけど、社長さんはもうちょっと私たちに頼って。私は社長さんが無事ならそれでいい。いくら看病したっていいの。私の時間を割くだけで社長さんが元気になるなら」
小守さんは本当に優しい子だ。ここまで良い子だと本当に誰かに騙されないか心配だ。うちの事務所も最初は怪しかったのに、応募してきたし。
そんなことを思っていると小守さんは席から立ち上がって、前のめりになっていた。どんどん距離を詰めてきて、小守さんの顔がもうかなり近くまで来ていた。
「私は社長さんにとっても感謝しているの」
「そうなのか」
「ただ面白そうって理由で応募した私をここまで育ててくれた。もちろん、それはファンの皆のお陰でもあるけど、やっぱり裏方の方のお陰でもある」
「小守さんがファンの皆さんとどんどん成長していったんだ。僕はそんなに大したことはしていない」
「もう~社長さんの過小評価は本当に直した方がいいよ」
「そ…そんなに過小評価かな。正当な評価だと思っているんだけど」
「全然、正当な評価じゃないよ。少なくとも私は社長さんが社長じゃなかったら、絶対にVTuberをやれていなかったよ。というか途中で辞めてたかも」
「そうかな。小守さんなら一人でも上手くやれていたと思うけどな」
「そんなことないよ。社長さんは覚えてる、デビューしたばっかりの頃?」
「覚えてるよ」
「あの頃は三日に一度ぐらいさ、皆で集まって色々と話し合ってたね」
「そうだった。まずはどうやってうちの事務所に注目を集めるか、小守くんの活動方針とか方向性を含めてね」
「あの時の社長さんを見て、私はこれから大丈夫だと思ったの」
「なにかしたっけ…」
「変わったことじゃなくて、当たり前のことを当たり前のようにしていたから。皆の意見にちゃんと耳を傾けて、全員の意見をまとめて、私に対して寄り添ってくれて、この人が社長の会社だったら大丈夫だって」
「そう思ってくれたのならよかった」
特段変わったことをした覚えはないけど、小守さんがそんな風に思ってくれたのならよかった。やっぱり信用されなくなると会社とライバー間はもちろん上手くいかなくなって、最後には引退という形になってしまうことが多い。
そしてそろそろ本題に入る時間になったようで、小守さんは深呼吸をしてから話し始めた。
「私は社長さんがどういうスタンスなのかも分かっているつもりです。だから、私は社長さんと面と会える場所が欲しいと思ったんです」
「…?」
何を言おうとしているのか、見当は付かないものの、かなり重い話をされる感じはする。どんな話でも最初は受け入れる準備をしておかないと。
小守さんはもう一度、深呼吸をしてから言葉を紡ぎ出す。
「社長さん」
「はい」
「ダメ元なんですけど、私の動画に出てくれたりしませんか?」
「…なぜ?」
「それはうちの社長を紹介したいからです」
「別に紹介しなくても」
「私が社長さんのことを紹介したいんです。社長さんがどれだけ良い人かを知れば、今回みたいな事件はなくなると思うんです」
「…それは関係ない気が」
関係ないとは思う。逆に僕の素を出すことで多くのヘイトを買う可能性もある。より前みたいなことが起こる可能性を高めてしまうかもしれない。
そして何より、僕が今まで動画出演などを含めて断っているのは単純に僕という存在が面白くないからだ。ボキャブラリーがあったり、動画を面白くできる才能があれば動画に出ても全然いい。
でも、僕にそんな才能はない。動画を面白くできるとも思わない。
「僕は無理だ。動画に出ても面白くできない」
「いや、社長さんは存在が良いので、面白くなるとか関係ないです。リスナーさんも社長のプライベートには興味もありますし」
「ないよ。それに僕のプライベートを知っても面白くない」
「どうしても社長さんに出て欲しいんです!!」
なぜか、小守さんはどうしても引き下がるつもりがない。普段の小守さんは僕が否定したら「社長さんが言うなら」と引き下がってくれた。
今まで何度か動画のお誘いはあった。特に小守さんはずっとそれを言い続けていた。でも、今までと違ってずっと粘っているところがいつもと違う。
「なんでそこまで引き下がらないの?」
「だって社長さんにもう二度とあんなことが起こって欲しくないんです。社長さんの魅力が少しでも皆に伝わって欲しいんです!!」
「…それだけ?」
「それだけです」
本当にそれだけ…。
別に動画に出たところで意味はないと思うけど、小守さんは本気で信じている。僕を動画に出して魅力に伝えれば、抑止力になると。
小守さんは本気でお願いしてきていて、両手を合わせて必死だ。
「お願いします!社長さん出てください!」
「………」
さすがにここまでお願いされるようなことじゃないんだけど。僕なんて出ても何の影響力もないのに。
「そこまで出て欲しいの?」
「絶対に出て欲しいです。今日は社長さんが首を縦に振ってくれるまで帰りません!」
「いや、どっちにしても時間になったらさすがに帰って欲しい」
いくらライバーとの信頼関係が大事と言っても、他の予定に穴をあけるわけにはいかない。それこそ、会社の信頼が揺らいでしまう可能性だってあるから。
「出てください!」
小守さんがここまで粘るのは本当に初めてだ。本当にこの人、帰るつもりないのかも。
ここまでお願いされると逆に考える。
そこまで断る理由ってあったかと。
相手がここまでお願いしてきているんであれば、絶対に受けたくない理由というものもない。ただ動画とかに向いていないというだけ。
言ってしまえばただそれだけの理由。
小守さんがここまでお願いしているんだから、受け入れても良いんじゃないか。それに彼女も一度動画で使ってみてダメだったらもう出てくれなんて言わなくなると思うし。
「…小守さんがそこまで言うなら出るよ」
「ほ、ほんとですか!?」
「本当。こういうことで嘘は付かない」
「まじで出てくれるってことでいいんですね?」
「いいよ」
そして僕は小守さんの動画に出ることになったのであった。




