VTuber事務所の社長は会社に行く
防弾チョッキを着せられた僕は倉掛が運転する車で会社へと向かっている最中だ。ただのちょっと伸びている会社の社長が防弾チョッキを着るなんて普通はない。
総理大臣とか、余程の大手の社長とかなら話が別だと思うけど。
「ここまでする必要はあるのか?」
その問いに運転してくれている秘書の倉掛が答えてくれた。
「ありますね。あなたは一度刺された人間ですから。この会社がこれからもっと波にのっていく上でもあなたという存在を欠くわけにはいかないので」
「…そういうものか」
「そういうものです」
僕は自分が着ている防弾ジョッキを見ながら、ため息を吐いた。
それから数分もしないうちに会社に着いた。
うちの会社は都内に存在し、大きさとしては何て説明すればいいのか分からないけど、従業員が155人だ。その全員が働けるぐらいのスペースは一応確保されている。
今の人数ならここでまだどうにかなっているものの、もっと従業員が増えるのであればもっと大きな場所を確保しないといけないかもしれないなぁ…なんて考えていると倉掛の「そろそろ降りてください」という声が聞こえた。
そして降りると、久し振りに会社の入口から中へと入っていく。
「ここに来るのも本当に久しぶりだ」
今まで毎日通っていたし、通過する度に何かを思うことはなかったけど、今日に関しては色々と考えるものがある。ここに来ると本当に帰って来たという感じがする。
そしてエレベーターに倉掛と乗って、社長室まで向かおうとしたところで「まって~」という声が聞こえた。
すぐに倉掛がエレベーターが閉まらないようにボタンを押した。
「あ、あり…が、がとうございます……」
入って来たのはかなり息を切らした女性社員だった。社員証を首に掛けているし。それに何より僕はこの子を知っている。彼女の面接には参加したのでよく覚えている。
確か面接は半年ぐらい前だから、まだ彼女は入社してそこまで経っていないんじゃないかな。
面接とかに社長が出しゃばるのも良くないと分かっているんだけど、たまに人事の子に無理を言って面接に参加させてもらうことがある。
もちろん、僕が筆問するのは一つや二つで他は人事の人やそれぞれの責任者に任せている。
これからこの会社の一員として頑張ってもらう人たちだ。社長になると社員の全員の名前を覚えるのは難しくなってくる。最初の頃は少なすぎて、覚えるぞと思わなくても自然と覚えてしまっていたぐらいだ。
なるべく笑顔で彼女に挨拶をする。
「おはよう」
「お……」
女性社員はさっきまで疲れていたのであんまり気にならなかったのかもしれない。でも、僕が「おはよう」と声を掛けたことで自然と視線がこちらに向いた。
そして固まってしまった。
まるで地蔵のように、動かなくなった。
「どうしたの?」
「い、いえ、何でもありません!おはようございます、社長!!」
あ、これは僕の所為だ。
僕の社長っていう役職の所為で緊張させてしまっているな。
「ううん。こっちの方がごめんね。あんまり畏まらなくて大丈夫だよ」
「いえ、挨拶するのが遅くなって申し訳ありません」
「…そんなに畏まらないで。リラックスして頑張ってね」
これ以上何を言っても意味がなさそうなので、この辺りが会話を切り上げた。このまま話を続ければ、この子がもっと緊張してしまうだろう。
ここはもう話さない方がいい。
そして彼女は降りる時に、僕への深いお辞儀をしていた。
これは怖がられたかも。
「新しい子との関わり方は難しいね」
「まぁ…あなたは社長ですから。最初は恐れられると思いますよ」
「話し掛けない方がいいのかな」
「それは…難しいとしか言いようがありません。逆に話さなければ怖いという印象を抱かれるかもしれませんし、話し掛ければ今みたいな対応になることもあると思いますよ」
じゃあ…僕はどうすればいいんだよ。
――――――――
社長室に着くと、僕は久し振りに少し高い椅子に腰を下ろす。最初の頃はこの黒く高い高級感のある椅子に座るのが嫌だった。
なんか…座り心地になれないし…。
でも今では慣れたものだ。
「それじゃあ…久し振りに仕事を始めようか」
「はい、承知しました。ではまずこの件から…」
そこから僕は久し振りに社長室で仕事と呼べるようなものをした。昨日は秘書の家でリモートワークをしたけど、会社に来て行ったわけではない。
今はうちの事務所も勢いがある。だがこの流れをどれだけ持続させられるかが、これからの事務所を占うと言っても良い。
ここで流れに乗っていければもっと発展していくこともできる。
ファンが何を望んでいるのか、どのジャンルが伸びているのか、などを含めてやっていかないといけない。
いつも思うことだけど、僕の判断で社員の運命が決まる。今日エレベーターで会った子のこれからの人生も社長である僕が少なからず握っている。
そう思うとやっぱりプレッシャーが尋常じゃないけど、これが社長の仕事だ。
あっという間に時間は流れ、日は落ちて外は暗くなっていた。
「そろそろ帰る時間か」
「そうですね。お疲れ様です、社長」
「いや、倉掛もありがとう。長い間付き合わせてしまった」
「これが私の仕事なので」
そろそろ帰る支度を整えようかと思ったタイミングで、倉掛が思い出したように報告してきた。
「そう言えば、小守さんがお会いしたいとの連絡が来ています」
「小守さんが?」
「はい」
何かトラブルでもあったのかな。タレントが社長秘書に連絡を入れるって普通ではないかもしれないけど、うちに関してはまだそこまでの大企業ではないので全然連絡してきていいと伝えている。
特に最初にデビューした人たちに関してはまだ僕がマネージャーみたいなこともしていたから、付き合いが長かったりする。そういう人たちは未だに軽い感じで質問してきたり、意見を言ってきたりとそれなりの距離感を保てている。
「じゃあ…近いうちに時間を取ろう。何か大事な話かもしれないし」
「分かりました。スケジュールの方の調整を改めて行います」
「ごめんね。仕事を増やして」
「お礼はいりません。私は自分の仕事を全うしているだけです」
「そうだけど」
「あなたの秘書としての役目を果たしているだけなので」
それでも、ありがとうだ。
倉掛がいなかったら、特に入院中は色々と大変だったろうしな。
そしてその日はそのまんま、秘書である倉掛の家に帰るのであった。




