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吸血鬼



 あの、夏祭りの日。

 あまりにも戻ってくるのが遅いので、迷子になったのかと腰を上げて探し始めてほどなくして、近所の悪ガキどもに取り囲まれた奏太を見付けた。

 瞬間、カッと血が沸き立つような感覚を、麗子は得たのである。





 ……古田川から贈られた「城」での暮らしの中、ぼんやりと過ごしているのは、強がって言うならまるで張り合いがない。いいや、本音を言うと、じっとしているとあの嫌な幻想にまとわりつかれて閉口するので、何かやることはないかと思っていたところに、店の客だった人々が色々と仕事を持ってきてくれたのはありがたかった。こういう文章を書けますか、これについてどう思われますか……?

 時代は平成に入っていた。ろくに学校も出ていない、昭和の古ぼけた女の言うことにどれほどの価値があるものかと思ったが、仕事の途絶えたことはなかった。

 仕事をしている間は悪いことを考えずに済むので、せっせと仕事を増やし、たまに覗きに来る古田川を呆れさせたが、堅調な日々が続いていた。やがて景気は非常に悪くなり、人々が心を荒ませていく時代、今の私が「麗子」にいたなら、店にやって来るお客にどんな言葉を掛けただろうかと想像しながらペンを走らせる。……この不景気では、そもそもああいう種の店を()ることも難しくなっているかもしれない、なんてことを考えもした。

 世紀も新たに、間も無く、海の向こうで新しい戦争が始まった。ビルに航空機が飛び込む映像を目にしたとき、それはもうそろそろ仕事を切り上げて寝もうかという時間であったのだが、日が昇るまでテレビの前から離れられなくなってしまった。

 これまで何度も新しい火の手が上がるたび、戦後最初の年に産まれてずっと、この国に火の粉が降ることを免れて来た麗子であるが、いよいよこの国も危ういかと、暗澹たる気持ちになった。この身にもなまなましく恐怖を感じるアンテナが備わっていることを思い知った。この恐怖心と同じものが、あらゆる人の心に備わっていることに思いを馳せる。そうした心の備わった命が、報道されるとたちまち物の数に変わってしまうことに胸が痛んだ。

 麗子の元にも、この世界的事件についての文章を書くよう依頼が来た。麗子は祈るような気持ちで、こういうときにこそ、政治家に働いて欲しいと、もちろん特定の一人の顔と名前を念頭に置いて筆を走らせたのであるが、その願いは思わぬ形で裏切られることとなった。

 当時、国交副大臣を務めていた古田川誠の事務所と、彼の地元ゼネコンとの癒着疑惑が取り沙汰されたのである。

 具体的には入札の事前調整、天下りの斡旋、それに伴う金銭の授受……、いかにも旧態依然の政治家がやりそうな、野暮な悪事である。決定的な証拠は上がらず、あくまで「疑惑」の状態で推移したが、国会では野党の突き上げに屈する形で古田川は副大臣の任を解かれた。このころ、いよいよ太りはじめ、若いころの優しげな顔立ちが永田町の荒波に揉まれているうちに、なにやらヒキガエルめいた風貌になりつつあった古田川はこの疑惑によって、すっかり「悪役」のイメージが定着してしまうこととなり、時の政権が重ねた失策のうち「古田川疑惑」は主要な一つとして数え上げられる羽目になった。

 窮地に立たされた時の政権は、解散権を行使。与党は大きく議席を減らし、古田川自身もまず助かるまいと思われていたが、(あに)(はか)らんや地元からの支持は篤く国会への帰還を果たした。もっとも、続く政権からしばらくは非主流派の閑職、冷飯食らいを強いられることとなり、麗子が彼に「仕事」を期待することは難しくなってしまった。

 なお、疑惑が浮上してから続く選挙で当選するまでの二年弱、古田川は「城」に姿を見せていない。

「顔を出しづらかったんですよ。その……、きっとレディは怒っておられると思って」

 やっと顔を出した彼は憔悴してかさかさした顔で、しかしちっとも痩せておらず、容姿ばかりは立派に悪徳政治家のそれそのものとなり果てていた。

 しかしながら、麗子の目には顔にはまだ田舎育ちの坊ちゃんの甘い面影を見て取れる。

 なお、この男は実は麗子にこの城を与えてからまもなく結婚している。だが、それはいわゆる「政略結婚ってやつですよ」とのことで、終生子を設けるには至っていない。だからこうして、独り身の麗子の元へ訪れることを彼の伴侶は何も問題視しないそうである。むしろ、うるさいマスコミに見つからぬようにここへ通うことのほうにこそ、彼は心を砕いている。

 疑惑の渦中にここへ通えば、麗子の身にも迷惑が掛かる……、というのが彼の言い分であった。まあ、それについては同意できるので、麗子も特にそこを責めようとは思わないのであったが。

「私は、警察でも裁判官でも弁護士でもないから、センセが何をしたのか、それがどれぐらいの悪いことなのかって、(あげつら)うことは

しないけど」

 麗子はこのころから、朝夕にトマトジュースを飲む習慣が付いていた。五十の坂も半ばを超えて、何か健康的な習慣はないだろうかと探していたら、物書きの知り合いがトマトジュースを欠かさず飲んでいることを知って、真似たのである。古田川も、太っているのだからこれぐらいのものは暮らしに取り入れるべきだ。

「や、まあ、牢屋に入れられるということにはなりゃせんでしょうが。それでも、良くないことをしたというのは事実。ですものでね、不肖・古田川誠、野党の皆さんがたが求められた場合には、どんな場にだって逃げずに出ると総理総裁に申し上げていたんだが、……まあ、私が前例となってしまうと困るというお歴々もいらっしゃったようで」

 古田川の疑惑を、麗子はもちろん外から恐々と眺めていたのだが、野党は証人喚問を要求していた。疑惑を帯びる国会議員誰もが恐れるのが証人喚問である。その場に()び出された人々の、……立場ある大人とは思えないほどの狼狽ぶりは大いに知られるところであり、またそこにおいて真実が白日のもとに晒されることを逃れるために、「応じないという閣議決定」「参考人招致にとどめる」などという妥協点を模索する姿の、なんと浅ましいことよ。

 古田川には、悪いことをしたならば悪いことをしたときちんと詫びて欲しいと思った。それだけに、彼が記者に囲まれた中で、肩を窄めて、全顔からじわじわと滲む汗を流しながら「本当に、皆さんの信頼を裏切るようなことをして、申し訳ないと思っております」と頭を下げ、いま麗子に聞かせた通りのことを、言ったのである。不肖・古田川誠、野党の皆さんがたが求められた場合には……。

 ただ、総理総裁がそれを拒んだ。ただでさえ不祥事が続き、閣僚の製造者責任を問われ、支持率の低下に喘いでいたところに証人喚問なんぞして、芋蔓式に良くないものが出てきても困ると思ったのだろう。一か八かの解散に踏み切り、当然のように議席を減らし、敗戦の責任を負う形で総裁の座を退くこととなった。

 一方で古田川はしぶとく生き残っている。

「しかし、私の議員としての人生は、これでもう終わったも同然……」

 かえって清々とした顔で古田川は言うのだ。

 今回の不祥事によって、副大臣まで至っていた彼にはダーティーなイメージがとりついた。今後要職に取り上げられる可能性は極めて低いだろう。

 古田川誠は今回の不祥事によって、党内の出世レースからは脱落したのだ。順調ならば次は国交大臣、そしてやがては……、という道も、夢ではなかっただろうが。

「かえって動きやすくなったと言ってもいいように思ってるんですがね」

 太々しい笑みを浮かべ、腹をさする。そんな腹でどう動こうって言うんだと、毒づく代わりに麗子は睨んだ。

「党内で冷飯を食わされることが避けられないのなら、貧しくとも美味い飯を、一緒に食える仲間を探して行けばいいんです。お世話になった地元の皆さんのためにも、ね。仕事をすることには何も変わりゃしません。ま、麗子さん、ご心配を掛けましたが、私は大丈夫ですから。あなたのご活躍を、これからも陰ながら見守っている男がいる、そしてその男は、あなたが元気でいらっしゃるから、この通り元気でいる……」

 物陰に隠れたって出っ張る腹があるくせによく言う。しかし、麗子は決して悪い気分はしないのだった。

 この少し前のことである。将棋指し久田十五の家で一緒に育った中西潤が棋士を引退した。「西の阿満富士」と称された巨漢の力士ならぬ棋士は、何度もタイトル挑戦まであと一歩というところまでいくのだが、とうとう無冠のまま引退を決断したという。もう彼は自分のことなど覚えているまいと思っていたのだが、インタビューの中にこんな言葉が含まれていた。

「僕の将棋は、どこか甘いものに始終してしまったかも知れません。最善手というものはともすれば、冷たい心でないと指せないものもある。そうしたときに、これは言い訳のつもりではないんだが、僅かに自分の心に躊躇いが生じる。その心の弱さが、僕とタイトルとを隔てた最大の理由なんでしょうね。師匠(久田十五八段)のもとで一緒に育った仲間の中に、手のすこぶる鋭い女の子がいましてね。僕は彼女の手を『冷たい』なんて非難しておったんですが、もっと彼女から気の持ちようみたいなものを、学んでおくべきだったかなぁと、このところよく思うんです」

 中西は麗子がいまどんな「手」を指して生きているかをきっと知っているはずだ。連絡を取ってみようか、と麗子は思い立ったが、どんな文面にしようかと考えているうちに時が過ぎ、引退から半年も経たぬうち中西は急逝してしまった。

「弟子たちには、僕の獲れなかったタイトル、どんなのでもいいから、一個ぐらいは獲ってもらえたらいいなぁって思うんですけどね。まあ、師匠もそうでしたが、僕の弟子たちも心が優しい子が多いですからね。立山(八段)も、葛西(六段)も、小笠原(五段)も……、でも、僕を慕って弟子になってくれたわけで、タイトルではない、何か別なところに価値もあるわけで、こうして生きるのも棋士の道なのかもしれないですが」

 挽歌となる文章を書くわけにも行かず、葬式に参列するのも気が引ける。代わりにしばらくは彼を悼み、棋士・中西潤の人生をなぞり直す時間があった。彼は自身が広島の孤児という身から久田十五を父代わりとして育った経験から、関西拠点の棋士として、阪神淡路大震災で被災した若い棋士を自分の家に住まわせるということをしていたし、精力的にボランティア活動を行っていた。このことを、麗子は彼の死後まで知らなかったことを恥じた。

 私は、何をして来ただろう?

 しかし、今から何かを生み出せるという歳でもない。むしろいよいよ同じ世代の人が亡くなる歳に、自分が足を踏み入れてしまったのだという空寒い実感が麗子の身を覆う。してみると、幻覚の手、いまだ毎夜のように現れるそれは、老いゆく麗子の身体が骸と変わるその日を心待ちにして、一日でも早い実現のために命を削りに現れるのかもしれない。名前も付けられないまま亡くした命の片割れは、いま生まれたとて麗子にとっては「孫」にしか見えないはずである。





 転倒したはずみで左手の手首を折ってしまった。

 午後三時前、ソファから立ちあがろうとしたところで、急に世界が回って、……そんな経験は一度もなく、咄嗟に出した左手に体重をかけ過ぎてしまったのだ。しばらくは、自分の老いによる脳の異常だと思い込んで呆然としてしまったが、それにしては邸の床が、戸棚が、天井のシャンデリアまでもが音を立てて揺れている……、そのとき初めて麗子は大きな地震が来たのだと気付いた。

 もちろんこの時点では「骨を折った」とも思わないから、痛みを堪えながら湿布を張り、崩れた本の山などを難渋しながら片付け始めたのだが、曇り空が暗くなりかけたころにはいよいよ痛みは耐え難いものとなり、タクシーを呼んで病院に向かおうとして、様子がおかしいことに気付く。

 普段滅多に点けないテレビを点けて、言葉を失い、それきり朝までテレビの前にいてしまった。

 幸い、翌日病院には行くことが出来た。

「この辺りでも、階段で足を踏み外して怪我されたというかたもいらしたようです」

 若い医師は「綺麗に折れてますね! これは綺麗です」と訳のわからない褒めかたをした後で、そう告げた。上手く回らない頭の中に、テレビで見た津波の、火災の映像がまだ克明に焼き付いている。いったいどれほどの命が失われたのか、どれほどの人が住むところを失ったのか……。自分の不注意による怪我を、痛みを、現地の人々の痛みと同列に扱われてはかなわないという気持ちで、麗子は逃げ隠れるような気持ちで邸に戻った。

 古田川からの電話があった。

「ご無事ですか、それは何より」

 短い確認だけで電話が切れた。痛みは火のように麗子の腕を炙り、恐怖は冷たく心を濡らす。こんなとき、古田川が盤を挟んで向き合ってくれば随分気持ちも違って来ようが、これは単なるわがままである。全く、こんなことを考えるようになってしまったのかと、麗子はずいぶん情けなくなった。自分に出来ることは何だろうか? 亡くなった久田や中西に倣って被災地に出向き、ボランティアに従事することも考えたが、左手が思うように動かない身で赴いたところで邪魔になるだけ。

 彼女は仕事を増やし、片っ端からこなし、得た稿料を被災地支援の寄付に充てることを選んだ。額の多寡を競うものではない、しかし、銀座時代から通して振り返っても、あの春から夏までの三ヶ月か四ヶ月の間ほど、精力的に「仕事」をした記憶は、麗子にはない。

 左手がようやく治り、僅かずつではあるが被災地から明るい便りも届くようになってきた夏に、ずいぶん久しぶりに古田川がやって来た。彼はこの時期、野党の平議員として独自の立場で被災地支援に精力を注いでおり、鈍重そうな見た目に反して既に何度か東北にも行って汗をかいたと、手土産の栄雁饅頭を麗子に手渡して言う。

 初めて見る、日焼けした古田川の姿だった。もっとも、動いたからと言って痩せたわけではなく、精悍さとはほど遠い。

「阪神淡路のときには、まだ若造でしたからね。情けない話ですが、ただぼんやりしとっただけで。けども、今回は私もね、是非とも何かしなきゃならんと……」

 クーラーは掛けているのだが、古田川は盛んに汗を拭きながらソファへ腰を下ろした。数年前から彼が座るたびに、不平を言うような軋みを立てるようになっている。

「中西の弟子の、なんと言ったか忘れちまいましたけど……」

「小笠原先生じゃないですか」

「センセが政治家以外のことを『先生』なんて呼ぶんですか」

「そりゃ。相手は道を極めた人たちですもんね」

 小笠原茂が師匠に倣って、頻繁に被災地に足を運んでいるらしい。これは知人の編集者が教えてくれたのであるが、青空将棋教室などを開いて被災した子どもたちを励まして回っているのだそうだ。

 意外なことを、古田川は口にした。

「私、お会いしましたよ」

 早速一個目の栄雁饅頭を口に放り込みつつ。

「気仙沼でね。私は避難所になってる小学校でちょっとした炊き出しを手伝ったぐらいですけど、……あそこももう、本当に津波の被害が酷かったところで……。小笠原先生は、ここへ来るのは二回目と言っておられたが、元気のなかった子どもたちが小笠原先生が来られると、ね、もう、みんな駆け寄って、『将棋のおっちゃん』って呼んでね。みんな笑顔になるんですよ」

 戦争で焼け出された中西潤を、久田十五が養育した。小笠原茂は阪神淡路大震災で孤児となったが、中西の家の居候となった。その中西亡き後の大震災で、小笠原は脇目も振らず被災地へ赴き、彼なりのボランティア活動に尽力しているのだ。

 小笠原の戦績は、特筆すべきところの一つもないものだ。無論、プロ棋士になれたというだけでそれは人智を越える才気と魂魄の強さを備えていることは疑いないのであるが、おそらく今後もタイトルとは無縁のまま細々と現役を続けて行くことになるだろう。

 しかし、被災地の子どもたちから「将棋のおっちゃん」と呼ばれていたという話を聞いて、少なからず麗子は羨ましい気持ちになった。

「私も次行ったときは『政治のおじちゃん』なんて呼ばれんもんかなぁなんて思うんですけど」

 古田川は無茶な願いを口にした。せいぜい「不祥事のおっちゃん」がいいところではないかと麗子は想像したが、黙っていた。

 調べて知っているのだが、小笠原は独身、孤独の人である。それでも行く先々の子どもたちに「おっちゃん」と慕われるというのは、かけがえのない人生ではないだろうか。

 それに引き換え……。麗子の脳裏には中西の言葉が蘇った。

 そない酷な将棋を指しとったら、友達なくしてまうで。

 将棋の指し方で決まるほど単純なものでもなかろうが、優れた才能を持ちプロになりながら、甘い指し手のせいで一流になることは出来なかった中西の弟子である小笠原に、棋士としての実績とは別なところに何か、無形の価値のようなものを麗子は感じ取ることが出来た。

 逆に見れば、自分の人生というものは……。

「さあ、久しぶりですが、お願いしますよ」

 今日もうきうきとした顔で盤を広げる、ややマゾヒスト気質な政治家が一人。しかし、これが悪いとか、嫌だとか言うつもりはない。なんであれ、私には友だちがいる……、この邸だってこの友だちが私にくれたものだ。

 それならば。

 この日の将棋も、麗子が序盤から大いに古田川をいじめて遊ぶものだった。古田川はしかし、昔とは比べものにならないほど強い指し手となっている。

 負けては悔しいし、仕事のない時間にぼーっとしているとまた嫌なものが現れてしまうので、麗子も将棋の勉強に精を出している。将棋というのは天賦の才の量が予め決まっているもので、凡人はあるところから全く上達しなくなるということはなく、そして若いうちにやらなければ意味がないということも全くなく、藤原麗子六十五歳、古田川誠五十八歳の将棋は、素人の枠に収まるものではなくなっている。

 古田川はいつも、なんとも粘り強い。不利になってからも、こんな簡単に負かされてしまってはかなわん、もっともっと攻めてくださいと言うようにジリジリと命脈を繋ぐ。麗子はそんな古田川を厄介がりながらも、望みのまま鞭打つように駒音を鳴らすのだ。

 駒の音と、栄雁饅頭の包みを開ける音、咀嚼する音……、言葉を介さない対話の途中で、ベルが鳴った。古風な洋館にふさわしい、大袈裟に響くベルである。

「宅配ですか」

 古田川が顔を上げた。

「でしょうね。叢文社の編集さんが、何か送ったと言ってたから、たぶん」

「甘いもんだといいんですが」

 どうして当たり前のように自分が食べられると思っているのだろう。古田川の玉に詰めろをかけて、麗子はさっさと立ち上がり、ジーンズのポケットに認印を捩じ込み玄関へ向かう。玄関を開けたところにいたのは、宅配員ではない。中庭に駐めさせている古田川の車の向こう、小さな子どもが、夏の陽炎に消えそうなほど心細げな輪郭で立っていた。

 どこかで見たような顔だと思った。

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