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第7話 下で閉じない順

半屋外の留め置き場には、朝の冷えがまだ残っていた。


返納棚の手前に未処理箱が積まれ、その脇へ壊れた荷箱と控え束が寄せられている。昨夜、別封保全された票も、まだそこにあった。片づいていない。だからこそ、都合よく切るには向いている。


若い補給兵が、壁際へ押しやられていた。


頬の線がまだ幼い。喉は上下しているのに、声だけが出ない。その胸元へ、帳付役が一枚の票を突きつけている。角を服に食い込ませるように押しつけ、答えるまで引かない。


「最後に持っていたのはお前だな」


返事はない。


票の角がさらに押し込まれる。


「答えろ。未了では上へ回せん」


周囲の兵は目を逸らしていた。壊れた箱を見る者。返納棚を見る者。未処理箱の縄を見る者。誰も、若い補給兵の胸元をまっすぐ見ない。


見れば、自分の番になるからだ。


若い補給兵の唇が震えた。


「お、俺は……受けただけで……」


「受けたなら、そこで止まったということだ」


帳付役の声は低い。怒鳴らない。怒鳴らないからこそ、逃げ場がない。


「最後に持っていた者の所で閉じる。順だ」


脇にいた年長兵の肩まで固くなった。


昨夜、別件では閉じられなくなった件が、今度は別の形で持ち込まれている。顔だけを変えた同じ切り方だ。


リオンは若い補給兵を見なかった。


先に見たのは、胸元へ突きつけられたその票だ。


角印の位置。濡れて乾いた折れ癖。端の擦れ。さっきまで未処理箱の上にあった並びと、今の向きが噛み合っていない。


帳付役がまた問う。


「答えろ。受けた後、どこへ持った」


若い補給兵の肩がびくりと跳ねる。


その時、リオンが一歩入った。


票の角と胸の間に、指先だけを差し込む。押し返しもしない。ただそこへ入れるだけで、帳付役の手が止まった。


「離せ」


帳付役が言う。


「先に見る」


リオンは短く返した。


胸元の票を抜き取り、長机の端へ置く。隣にあった二枚も引く。半枚ずつずらすように並べ替える。


ぐ、と場の視線が動いた。


若い補給兵から、票へ。


帳付役の眉が寄る。


「何の真似だ」


リオンは票面を見たまま言った。


「この順なら、こいつの所で責任は閉じない」


その一言で、帳付役の指が止まる。


若い補給兵の胸元から、初めて圧が消えた。脇の兵まで思わず机へ目を向ける。


「順が乱れただけだ」


帳付役はすぐに言い返した。


「現場は混乱していた。持ち替えくらい起こる。末端の手元にあった事実は消えない」


「持ち替えなら、なおさらここでは切れない」


リオンは顔を上げない。


「お前の言う順で来ていない」


票を一枚、半指ほど押す。


角印がずれる。折れ癖が噛み合う。誰が見ても、今つきつけていた一枚だけが後から挟まれた形になる。


帳付役の口元が硬くなった。


少し離れた位置で見ていたラザールが、その時ようやく声を落とした。


「下で済む話だ」


大きくはない。だが、通る声だった。


それだけで、周囲の実務兵の肩がわずかに戻る。まだ書ける。そういう空気を、彼は一言で作る。


リオンは振り向かない。


代わりに、留め置かれた壊れた荷箱へ一度だけ視線を切った。裂けた角。押し潰れた側面。まだ泥が乾ききっていない。


深くは読まない。ただ、一言だけ重ねる。


「その箱も今の説明に合わない」


帳付役の目が箱へ走る。


それで十分だった。


箱が主役ではない。だが、票順だけで押し返そうとしていた帳付役にとっては、それで十分に嫌な補強になる。


「箱の割れ方など今は関係ありません」


帳付役が早口になる。


「ここは受け渡しの手を読む場です。壊れ方まで持ち出して広げるなら、未処理物は一つも片づかない」


「片づけるために切るな」


そこへ、別の実務兵が横から手を伸ばした。


「なら一度下げます。票も箱も、切り直してから――」


その瞬間、呼び出し札が机の端で滑った。


リオンの手が、その札へ落ちる。


触れたのは端だけだ。だが札は、その位置で止まった。木の札が机へ縫い留められたように動かない。界線術。戦場で見せるものより、ずっと小さい。けれど今この場で一番効く使い方だった。


実務兵の指が札を引く。


動かない。


息を呑む音が、誰のものか分からないまま広がった。


リオンは札から手を離したまま、長机を見ていた。


「その票も箱も下げるな。控え束を出せ」


帳付役が言葉に詰まる。


控え束は返納棚の脇にまとめて置かれていた。革紐で留められ、まだ開かれていない。ここで出せば、若い補給兵ひとりの胸元だけを見て済ませることはできない。


「控えはまだ照合前です」


帳付役が言う。


「ここで出す理由は――」


「ある」


リオンは切った。


「今の順が崩れた」


静まり返った場で、その言葉だけが残る。


若い補給兵はまだ壁際にいた。だが、もうさっきのようには一人で立たされていない。責任の視線が、胸元から机へ移っている。


脇にいた年長兵が、そっとその肩を支えた。若い補給兵の膝が、そこで初めて少し抜けた。


帳付役は唇を噛み、返納棚の脇へ歩いた。革紐のかかった束を取り、長机へ置く。どさりと鈍い音がした。


票の横に箱が残り、その隣へ控え束まで置かれる。


それだけで、もう一人分の胸元へ票を押しつけるやり方では進まないと分かった。


「開くのはまだだ」


リオンが言う。


「今は置け」


控え束に伸びかけた別の手が止まる。


ここで全部は読まない。読み切って終える回ではない。必要なのは、今この場で切り直される動きを止めることだけだった。


少し離れた位置で見ていたリゼットが、一歩だけ前へ出かける。


だが止まった。


目が向いたのは、若い補給兵でも帳付役でもない。長机の票と、控え束と、さっき口にされた文言だった。


票順と文言だけを胸に留め、リゼットはそこで踏み出さなかった。


ラザールが長机へ目を落としたまま、低く言う。


「……留め置きにしても、書き直しはできる」


強がりでもあり、事実でもあった。


まだ筆は動く余地がある。だが、今までのようには書けない。帳付役の手は止まり、若い補給兵の胸元から票は下がり、長机には切り離せない並びが残ったからだ。


リオンは勝った顔をしない。ラザールも見ない。ただ、机の上の並びだけを見る。


外では朝の風が返納棚の隙間を抜け、端紙だけを揺らした。


中央の票は動かない。


だから次は、その筆を止める。

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