第83話 フジ・カケルvs芦屋薪悟 決着
「バルダッ!」
さっきの判断を正しかったと証明する。アッシュの強化形態が切れ、底にいた時に温存したプロキシウムチャクラム。今はすべてを解放する。続けざまに五枚投擲! 出し惜しみなく、フジに力が戻るまでに今度こそ決着をつける!
「アッシュアイスラッシャー!」
アッシュが右目に手をかざすとメガネのシルエットが浮かび上がり、弦が展開して柄と刃になる。アッシュアイスラッシャー! 死んでいったライバルたちの得物の残骸を譲り受け、打ち直した覚悟の刃! 利き手で刃を握り、左手でバリアーを発現させる。ザスっと音を立て、投げられたチャクラムが突き刺さった。三分の一程が突き抜けている。至近距離ではバリアーでも防御は不可能だ。
「セエアッ!」
メガネの刃が炎の刃を砕く! 適切な距離のバリアーでの防御、メガネ剣での破壊。この程度なら対応可能。だが防戦一方だ。あとどれくらいだ……? あとどれだけの時間で力が戻る? 敵は確実に削られている。もう一度オーバー・Dを発動すれば、アッシュのすべてがブレイズを叩き潰す。否定する。
「戻れッ!」
「セエエッ!?」
躱した三枚のチャクラムが軌道を変え、そのままカーブやジグザグの物騒な蛇行で背後からアッシュを狙う! 驚きはした。だが対応出来ない訳ではない。
「アイデアを借りるぜ」
バリアーでの防御は不安。だからメガネ剣で砕く。そして右足の負傷では強く踏み込めず、機動力に不安があったが! ブレイズがバリアーの足場で拳の制空圏を任意の場所に設置したように、左足一本で戦えるようアッシュはバリアーの踏み台を利用してすべての円盤を砕く! 青い電光が一直線を引けば、残るのは火の粉と陽炎のみだった。ゆらりと滲むシルエット。一度は限りなく近づき、くっきりと見えたはずのアブソリュート・アッシュがまた不明瞭になってしまう。
……不利なのは自分ではないか、とブレイズは思い始めた。アブソリュート・アッシュにはそろそろ力が戻る。それまでに決着をつけねばならないと自分は焦り始めている。緊張とは無縁のデクノボーのはずなのに。
「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」
かつては薪悟を救った宮沢賢治の詩。そして呪いとなった詩。今はどちらに傾く? それでも自らを鼓舞すべく、福音であり呪詛であるこの詩をマントラじみて呟いた。
〇
「……」
キャッスル祖師谷。ここが寿ユキの住まいだった。分身メロンからの思念がテレビに投影され、海辺のアッシュvsブレイズを映し出している。
頑馬裁判を経て、ユキは正義と平和、慈愛を標榜しながら自分かいかに漫然と戦っていたかを知った。
フジと薪悟は言葉を交わし、エゴから生じたイデオロギーをぶつけ合った。
ここは通過点であるフジ。ここがひとまずの到達点である薪悟。
フジの背負う血筋、教え、経験値。恵まれていたという高み故に負けることが許されない。薪悟の背負う逆境、不幸、喪失。これ以上失わないために負けることが許されない。
アッシュの掲げた、消えずにいつも誰かの視界にいる隣人のようなアブソリュートマン像。ブレイズが見出した、前提としてアブソリュートマンは存在そのものが象徴と偶像の集団でありながら、その中で個を確立してブレイズというヒーローを求めさせるという思想。
ユキの目から見てどちらも間違ってはいない。そしてユキとフジの間には姉と弟以上に、母子のような強固な絆があり、その領域には頑馬すらも踏み入れられず、そもそも理解もしていない。その贔屓目を抜きにしてもフジも薪悟も正しかった。
……だから自分は話さないのだ。勝ってしまうことで相手が否定されてしまうのなら、最初から相手のことなど知らない方がいい。自分の中のエゴを相手に正義として強要することもない。
戦いは尊いとは考えられない。戦いは忌避すべきであり、最強たる自分や、初代が執行することで戦いを止める。……それってつまり、自分という個を殺してしまった汚れ役では?
それは孤独だ。だが、孤独で強くなった次世代がいれば自分も初代も間違いではなかったと証明される。
「でも、勝って、カケル」
〇
「これならどうだ!?」
来る。チャクラムの数はもう数えきれない。バリアー、メガネ剣でダメージを避けることは可能だが!! この勝負はただ勝てばいいだけではない! アッシュはバックステップし、左手を突き出して右手を引き、射手の構えをとった。そして番えられる百本の光の矢。邪を祓う桃の木の弓のイメージ。
「Δスパークアロー・LE!」
瞬間、ブレイズの視界を覆い尽くす光、光、光。百本の矢はチャクラムなどなかったかのように貫いて粉砕し、無に帰し、直進に蛇行、カーブと百様の軌跡を描く矢が時間差でブレイズの体を穿ち続けた。体に煤がこびりつき、数秒にもわたる着弾で透けた骨格が軋み、折れた骨を浮かび上がらせた。そして百本目の矢で、ダウン! 地響きを立て、家屋を崩壊させながら炎の巨人は地に伏した。
「うっく……」
しかしフジもただでは済まない。今のΔスパークアロー・LEは本調子とは程遠かった。もう少し寝ていろ、ブレイズ……。だがフジは弾けるように言った。
「リヴァプールに来たならビートルズを聴けッ!」
「……」
「メンフィスに来たならプレスリーを聴けッ! じゃあよ、アブソリュート・アッシュ相手の戦場に来るならΔスパークアローは食らっとけよ。よかったな、観光客。帰ってから自慢しな」
全身を苛む鋭い痛みと電撃に魘されながら、ブレイズはまた唱えた。
「雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、丈夫ナカラダヲモチ……」
〇
鼎は彩凛との会話を思い出そうとしていた。だが何も思い出せない。
フジは世代最強アブソリュートマンになった。思えば出会った時からフジはそうだったのだろう。だがクズ、カス、ゴミ、ゲボ、虫と罵られ、謗られ、侮られてきた。自信のなさ故の素行不良。プライドを得て今の崇高な姿に戻っていった。いや、崇高ではないかもしれない。今でも口汚く、酒、タバコ、ギャンブルはやめられない。でも見てきたからわかる。今のフジは崇高だ。薪悟が出した答えのように、フジ・カケルという“個”が確立され、その中に素行不良も含まれている。ウラオビ・J・タクユキ、金田一蔵之介を倒して正義と個人の正しさを証明した。碧沈花、大黒顕真への善戦でもう不出来な末っ子ではないと見せつけた。
そして今、フジ・カケルは求められる。スポンサー、ファン。フジ・カケルは自分だけのものではなくなった。彼らが知るのは強く、勝つアッシュだ。だが鼎は知っている。常に勝つか負けるかの綱渡り、そして負けに落ちることも多くあったフジ・カケルという人間を。
唯一思い出したのは、かつて自分がフジに椅子の価値を説いたことだった。
正義や大義のための敵との戦いではなく、誰かが座る椅子。それは最強や最美、最賢かもしれない。かつて兄姉が何度も奪い合った“宇宙最強”。その傍観者に収まっているフジに、鼎は椅子の価値を……。鼎はかつて、駿河燈にサークルの姫の椅子を奪われた。死ぬ程悔しく、駿河燈を殺したかった。フジにはそんな椅子はなかった。だが芦屋薪悟に挑まれて浮上した世代最強アブソリュートマン。ようやくアッシュの椅子の形がわかったのだ。そしてこれは、はじめてフジが椅子を守る戦い。次のフェーズに進む戦いだ。
「フジ……」
テレビの前で祈り込める。
「今日のために戦ってきたんだよ。……勝て!」
〇
「バルダァッ!」
アッシュ、ディエゴ、ロゼを最も恐れさせた無形のヤクザキック! ブレイズが信じた技は、肉体という災害として敵を蹂躙する。これは避けられない……のか?
だって今のΔスパークアロー・LEでガス欠だぜ、俺はよぉ。足のダメージも無視出来ねぇ。ここで食らってもなんとか意識を保てたら、ダウンの間は時間が稼げる。食らうしかねぇ。
「ッッッ」
なんて甘いことも、俺が傷つく姿も、分の悪い賭けも、鼎が許すと思っているのかッッッ!?
「ガアアアアアアアアッッッッッ!!!!!」
カウンターで世界に一つだけのドロップキックが決まっていくゥ!!! ペロペロペロ! これはご褒美に鼎から愛猫レモンちゃんのちゅーるを三本分けてもらえるぞ! このドロップキックは縁起物! これが決まれば一気に流れは自分に傾く!
だが着地に失敗し、目の前が曇る。呼吸が出来ない。乳酸が全身を苛み、ガクガクと全身が震える。
破壊の轍に炎を残した挑戦者は数百メートル滑り、それでも肘をついて立ち上がった。
「クソッタレェェェエエエ!!!」
ガス欠だ。それは変わらない。だがここで決めるしかない。フジはアッシュアイスラッシャーを逆手に持ち、物理的肉体的理論的に発動しないはずの強化形態を強引に精神力で発動させた。夢や希望や寿命程度のものの前借で発動するなら安いものだ。
すべては今だ! 家族の血、師の教えを受け、ようやくスタート地点に立ったアブソリュート・アッシュ。そしてこの二年間の戦いで培い、常に自分を導いた技……お前を信じる。
そして雷を、腕力を……。技を注ぎ込み、雷撃を纏わせて渾身の力で剣をぶん投げた。
「カミノフルッッッ!!!」
まだやれる。
薪悟は温存していたすべての力を解放し、念力をありったけ注ぎ込んで巨大なプロキシウムチャクラムを作り出した。これを以てアッシュの最終必殺技カミノフルを耐える。
母の死! 貧困! 彩凛を襲った生き地獄! 不当解雇! Z飯店解散! ……十三歳から肉体労働。逆境は慣れっこだ。すべてを耐えてきた。すべてを……。すべてを! 二十三年の人生のすべてを耐え抜き、支え抜き、ここまでついてきた頑丈が取り柄の己の体……俺を信じる。
そして炎と自分の体にすべてを込めた。
「バ……バルダァッ!!!」
「ガアアアアアアアアッッッッッ!!!」
炎の円盤はまだ耐えている。雷の刃と接触し、その衝突地点で散っている閃光。それがどちらの消耗なのかもわからない。だがフジと薪悟には共有される教えがある。自分の中の矛と盾、それをぶつけ合わせた時の火花で魂に火をつける。葛藤が強ければ強い程、魂は強く燃える!
「慾ハナク、決シテ瞋ラズ」
……。……ッッッ!!! 違うッ! 薪悟はいつもこの詩に支えられてきた。だが! 自分のルーツは田中角栄と宮沢賢治ではないッ! 田中角栄と宮沢賢治に出会ったのは小学生の四、五年生頃だっただろうか。だが! アブソリュート・アッシュに勝ちたいと思ったのは、小学校一年生一学期、運動会と最初のテストが終わり、アッシュがクラスナンバーワンになった時からだ!!
「バルダァアアアアア!!!!!」
そういえば聞いたことがある。名のあるアブソリュートマンは、その在り方を象徴する一字を与えられると。初代アブソリュートマンは“畏”、アブソリュートミリオンは“断”。レイは“烈”、ジェイドは“淑”、そしてアッシュは父と同じ読みの“弾”であるという。防御の技術で弾く、弾けるような電撃、弾力のある激しく生意気な性格。ぴったりだ。
ならば俺は、今までの自分だった“耐”をやめよう。この状況にも、アッシュにも“克つ”。ここで克つことが出来れば、過去のすべての逆境をただ終わるまでやり過ごしたのではなく、耐えることで克服出来たように感じられるから。
そして、見えた! アッシュが最後の力を込め、腕を押し込んだ。まだここまでの力が残っていたのか!? いや、ないはずだった。だが! 小学生時代なんていう忘れてしまってもしょうがないような過去からやってきた、顔も名も忘れた敵のため、アブソリュート・アッシュは未来すら犠牲にする!!
ここに来て精神力がものを言うならば、やはり薪悟は、自分を作ったこれに頼るしかなかった。
「イツモシヅカニワラッテヰル……」
〇
大阪。
「あ、ドーモ」
「ええ、ドーモ」
オオクマ・タクヤ(19歳)。大学進学のために大阪にやってきてもうすぐ一年経つ。朝一の講義がある時にだけ乗る電車で、いつも同じ車両に乗っている細身で病的に白く、それでも頬に赤身のある少し年上の淑やかな女性に興味を持っていた。そして今日、偶然近所のパン屋でその人と出会い、同じパンにトングを向け、奇遇に笑った。
「今日はいいお天気ですね」
〇
広島。
「クソッ!」
ウエダ・ケイスケ(22歳)。朝一でゲロを踏む。謎のおばはんにぶつかられ、どけバカと罵られる。信号待ちをしていたらハトの落し物が肩に直撃。
「今日はもう矢でも槍でも降っても驚かんぞ」
〇
福岡。
「頼む!」
「ダメだ!」
イマイ・トシミツ(61歳)。今日のレースは勝てる。勝てる根拠は新聞、動画、噂、すべてが証明している。このレースにすべてをぶち込み、人生を逆転するにはもう少し元手がいる。
「今日だ。今日しかないんだ!」
〇
埼玉。
モチヅキ・カナエ(22歳)。
「今日勝たないといけないんだよ!」
〇
東京。
イサゴ・サイリ(23歳)。
「今日で本当に、Z飯店は終わりね」
〇
「……」
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
「……」
カミノフルはついに炎の盾を貫き、アブソリュート・ブレイズの肩に突き刺さっていた。
……それでもまだアブソリュート・ブレイズは立っていた。大樹の如く逞しい脚で大地を踏みしめ、呼吸をしていた。アッシュを見ていた。
「……」
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
「……嬉しそうな顔しやがって」
今あるすべてどころか、この先にあったはずのものまでも使い切ったアブソリュート・アッシュ。前に倒れる。
「……」
そして踏みとどまり、泰然と顔を上げてこちらに歩いてくる。意地……。それだけだ。果てしがない。力などとうに涸れ果てて、それでもなお立ち歩いてくるアブソリュート・アッシュ。
「……」
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
「……セアッ」
アブソリュート・アッシュはこれが仕事とでも言いたげに、誇り高く剣を引き抜き、ブレイズの後ろへと歩みを進め、片膝をついた。
「バルエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!??????」
刹那、ブレイズが全身に押し留めていた雷撃が肩の傷から溢れだし、一帯を塗りつぶす凄まじい稲光となって爆ぜ、足下の家屋、樹木が放射状になぎ倒されて煤けた地面だけが残された。
残心。今度こそすべての力を使い果たしたアッシュは背後の光を背に受け、後光の中で自分の影を見た。
そしてその自分の影を覆う影を見た。ブレイズはまた立ち上がったのだ。そのシルエットが右手を高く掲げ、陽光が掴まれた。プロキシウム光線だ。
「バルダッ」
炎の必殺光線は、斃れるブレイズによって狙いが乱れ、ブレイズとアッシュの地面を穿ち、深い深い穴が空いた。ブレイズは本当にアッシュを撃つつもりだった。実際、撃てばアッシュにはもう耐えることは出来ないはずだった。だが現実は当たらない。当てるどころか狙う体力すら残っていない。もう勝負はついていた。
「そうか……」
ブレイズはその深い深い穴の最深部まで潜り、そこで座って頭を下げた。座礼だった。
「参りました」
この戦いでアブソリュート・アッシュに抱いた敬意、恐怖。到底ゼロなどという立場で足りるはずもなく……。
アブソリュート・ブレイズ。実力差を暗喩するように深い深い穴の奥……マイナス地点からの降参宣言。決して卑下でも自嘲でもなく、純粋に理解した自らの現在地、そしてアブソリュート・アッシュのいる高みへの最大限の礼だった。誠実な自分も過去から引き継いだものだ。例え誰かがこの行為を謗ろうとも……。
「……」
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
〇フジ・カケル/アブソリュート・アッシュ(カミノフル)芦屋薪悟/アブソリュート・ブレイズ●




