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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第82話 フジ・カケルvs芦屋薪悟 ③

 サタケ・ユウタ(19)、エダ・ユウミ(18)。二人は葛西臨海公園に出かけ、観覧車の中で甘い睦言を躱していた。若い二人だ。よく洗練されていない、ざらざらで不揃いの砂糖のような言葉と空気……。だがサタケは気が付いた。遥か下方、バーベキュー場の方向に……。カラスが集合している。そして野良猫が逃げ出している。それはもう完全に群れと呼べる数が、一つの生物としての理由を以て集団行動していた。猫にとっては今、地上は危険であるというように。そしてカラスにとっては、これから極上の獲物……死肉が提供されるという予感に根拠があるというように。


「え?」


「キャアアア!?」


 エダは絶叫を上げた。高さは百メートルを超えるこの大観覧車。その頂点に位置する避雷針を掴む絶世の美女がいた。強い潮風にトレンチコートをなびかせ、宝玉のような目は数百メートルは離れているカラスの集合場所、そして猫が逃げた地点に注がれている。そしてそこでは青い稲妻と赤い炎が迸り、ぶつかり合っていた。


「……」


 この女性を知っている気がする。上野、札幌、ニューヨーク。あちこちのカタストロフィに姿を見せる幻のような美貌。電撃を操り、敵を罵倒し蹴り倒す“怪獣”だ。確か名前は……。


「メッセンジャー」


 メッセは全体的にハイスペックな美女だ。特に熱いハートは豊満なバストを以てしても熱を遮断しきれない。だが首から上は常軌を逸している。リーダーシップ、超高速で回転する頭脳、美貌、そして視覚、聴覚。常人ならば双眼鏡があっても足りない距離で展開されるハイスピードの戦いを肉眼で十分堪能出来ている。そう、堪能だった。

 フジと薪悟、どっちが勝っても構わない。どっちが勝ってもXYZに上書きされるというならば、その瞬間にXYZをもう一度ブチ殺すだけだ。共有せずとも皆がそれを考えている。頑馬、狐燐、メロンもそう考え、今はどこかでこの戦いを堪能しているのだ。

 楽しめていないのは薪悟が上書きされる恐怖に怯える彩凛、XYZとみゆき、そしてマインと因縁のあるイツキ、そしてユキ。ユキにとってこの戦いはあまりにも大きすぎる存在だ。


「ガアアアアアッ!!!」


 世界に一つだけのドロップキックが決まっていくゥ! 薪悟の強靭な下半身を以てしても耐えられず、のけ反って尻餅をついた。今のフジには複雑なことは考えられない。一つ明確に考えていることがあるとするならば、ブレイズにチャクラムを使わせないということだ。淀川みちかが実行したように、足への攻撃、そして受け身をとらせることによるチャクラムの消失。それをするにはとにかく一気呵成に攻め立てるしかない。


「プロキシ……」


「セアラッ!」


 ストンピングが足下のコンクリを砕き、ひび割れから電光が噴き出した。薪悟はすべて考えてきたつもりだった。強化形態、光の矢、雷撃の槍。守りの技術もそうだ。だがフジをいくら解析してきても自分の解析が足りなかった。

 今、鼎が臨む就職活動。自己分析、自己PR、面接は三種の神器。不動の事実、情報への加工、そして伝達。そして与えられるフィードバック。

 なんだこの面接官……。まだ薪悟ではアブソリュートマン足りえぬと、使命ではなく私的な感情を源に傲慢、暴虐、乱暴にふるいにかける超圧迫面接官フジ・カケル! アブソリュートマンへの就職は思っていた以上に難しいようだ。上手い返しが見つからない!


「ガアアッ!」


 後退先を読まれ、強烈なブロォーッ! そしてのけ反る位置さえも読まれ、二、三、四、五と続けざまの拳のラッシュ! 痛打、火花、痛打、火花、痛撃、閃光! 敵を後退させながらの電撃混じりの連撃は、ヒットした瞬間に撃った場所の薪悟の骨を透けさせる。電光石火のフットワークは踏み込みの位置に電光を残し、やがて結ばれてバキバキに光る稲妻としてフジの軌跡を描いた。バリアーで足場を作って反撃のパンチを撃ち込むことすら不可能、非人間的速度の連撃!


「クソッ」


 やがて薪悟の後退が止まった。背後には巨大な樹木。これ以上の逃げることは出来ない。だが逆に好機だ。薪悟はジャンプし、幹をキャンバスに九十度角度を変え、必殺拳打のために踏み込んだ。拳の射程距離が狭いということはフジに教えられた。体格で劣るフジには届かない高さだ。


「一つや二つの好機でいい気になってんじゃあねぇぞ!」


「バルエエエッ!?」


 ミリオン譲りの石頭が強引にパチキ! 不穏な星が舞い、薪悟の脳内プラネタリウム! そして恐ろしいことにまだフジは手を緩めなかった。これ程までか? これ程までに差があるというのか!? 才能か? 環境か? 経験か? ……それとも執念か?


「死ねぇ! 芦屋薪悟! 死ねぇ!」


 ヘッドバッドで怯んだ薪悟の頭を抱え、後方に倒れ込んで脳天を地面に叩きつけた。ディエゴを仕留めたDDTだ。薪悟、ダウン! 手数、威力、精密動作性、すべてが完全に薪悟を上回っている。これが……アブソリュート・アッシュ!


「ハァ」


 フジの呼吸パターンが完全に変わっている。明らかに酸素の供給が追い付かず一つ一つが嗚咽じみている。その限られた酸素でフジは弾けるように言った。


「ッ努力したのはテメェだけじゃあねぇッ!」


「……」


「失ったのも苦しんだのもテメェだけじゃあねぇぞ! 執念……。凡才どもはそれをよりどころにする……。執念、心の強さが才能や環境の差を埋めると……。だが俺にも執念はある! 俺はテメェの上にいるだけだ! 俺より上にはまだ山程いる! テメェが執念で俺をビビらせようってんなら、俺も執念でそいつらをビビらせてやる!」


「……」


「……俺より上にいるやつら。姉貴や兄貴、バース……。そいつらを見ようとせず、俺を目指した時点でテメェは上振れても勝てるのは俺までだ。その上振れも潰す」


 ……。薪悟は両の拳を地面にあて、腕立て伏せじみて再起した。頭が割れ、血が流れ、全身を痛みに蹂躙されている。それでも静謐……仏像のように静かな顔だった。一方のフジは顔面の筋繊維がすべて歪み、悪鬼の表情で挑戦者を睨みつけていた。


「オラオラ、次だこの野郎!」


 戦闘再開! だが薪悟はもう動かない。全身の筋肉を隆起させ、自分の肉体のタフさを思い知ったピークアーブーガード。幹に背中を預け、薪悟自身も大地に根を張ってひたすらにフジの打撃に耐え続けた。負けず。負けずに。一撃ごとに体が軋む。顔が歪む。ビリビリと衝撃と電撃が体を苛む。痛い。辛い。だが薪悟はいつもそうしてきた。どんな苦境も耐えてきた。フジが技術により守りの名手なら、薪悟は忍耐による耐えの人間だった。


「ッ……」


「……」


 フジの渾身のブローは、先程の三十パーセント程の威力しかなかった。電撃の付与もない。強化形態を使い切り、肉体がオーバーヒートを起こしているのだ。筋力は強化形態発動以前まで弱り、電撃も相手にダメージを与える威力を発揮しない。脳内麻薬による興奮と凶暴という陶酔が抜け、先送りにしていた弱気と痛みが一気に押し寄せる。特に痛んだ状態で酷使した右足首は冗談のように腫れ上がり、靴を窮屈に感じる。腫れで可動域が狭まっているのもわかる。


「使い切ったな」


「強化形態だけな」


 あと少し。あと少し攻めれば勝利を掴める。

 あと少し。あと少し凌げれば力が戻る。

 二人は構えをとった。薪悟はオーソドックスなアブソリュート拳法の構え。アレンジは一切ない。チャクラムすらもない。チャクラムを使えばそれだけ消耗し、自分の限界も近くなる。だが今は薪悟のタフさが最大のアドバンテージ、しかも敵にとっては今が底だ。チャクラムは温存すべきだった。必要になる時間がまた来る。フジはゴア族カンフー守りの奥義。チャクラムなしの相手ならどうにか出来る。相手が洗練とは程遠いケダモノということも理解し、最適化が図られていない攻撃も予測して流す。


「バルダァッ!」


 しかし薪悟のダメージも深刻だ。そして幸いにもフジの守りの技術は体にこびりつき、いかなる状況でも基本が陰ることはない。来る。馬鹿力のパンチ。


「セアッ!」


 だから流せる。だがいつも通りだからこそ、いつも通りを支えてきた右足に負荷がかかり、弱気という毒が全身を蹂躙する。もう強化形態なしでは走って逃げることも出来ない。基礎のフォームが右足を使わないという選択肢を選ばせてくれない。弱気が冒険を許可してくれない。


「バルダァッ!」


「セエッアッ……」


 気息奄々に、ビル解体重機じみたヤクザキックも流す。支える右足の痛みが駆け上り、右の目に涙を浮かべる。……。これが執念か? フジの執念、薪悟の執念……。


「俺にとってテメェは通過点だ」


「ありがたい。通過点ってことは、お前よりも先にいるってことだな、アッシュ」


「減らず口を叩きやがって」


 死守。文字通りの死守。リードした点差を守る。体を守る。積み上げた経験値、倒してきた相手の無念を守る。


「追い詰めたつもりかよ。俺のセーブシチュエーションでお前さんはなんとかファールで粘っているにすぎねぇ」


「セーブシチュエーションの点差なら、もし満塁なら一発出ればサヨナラゲームだな」


「調子に乗るな、芦屋ァ!」


 ダメだ……。挑発の弾丸がしけっている。あとどれだけの時間があれば力が戻るかわからない。目の前で薪悟はまたアブソリュート拳法の構えをとった。型こそ整っているが、やはり怖さはさほどではない。型を取るだけで相手の圧になるようなルーティーン。それは父ミリオンの正眼の構えであり、姉のゼータストリームの構えであり、ディグニーの全力パンチの溜めだ。


「……そういうことかよ」


 フジは構えを解き、一瞬で整え直した。全幅の信頼を置いたゴア族カンフー守りの奥義を放棄し、今の自分が求める形に整え直したのだ。ゴア族カンフー守りの奥義は相手に対面し、両掌で敵を止める、いなす、弾くことを旨とする。だがフジが新たにとったのは、右半身を大きく引いた半身の構えだった。そして左足に少し遊びを持たせ、左肘を曲げつつ掌を上に向けた。


「……バルダッ!」


 知らない構えだったが、アドバンテージに制限時間がある限り足踏みは厳禁。薪悟は最も信ずるヤクザキックでアプローチをかけ、狙いもバラバラな馬鹿力が弾けた。


「セエアッ」


 そして音もなく、静かに芦屋薪悟は宙を舞った。何が起きたのかもわからないまま進行方向の地面に叩きつけられ、フジの背中を見て文字通りの後塵を拝した。

 ッッッ!!!

 観覧車の頂点のメッセは目を輝かせた。格闘技マニア、戦闘に身を置く怪獣として、今のフジは特筆に値する動きだった。


「いらなかったんだ、右足なんて」


 フジは非常に落ち着いた口調で言い、薪悟の方へと振り向いてまた同じ構えをとった。

 フジの脳裏によぎったのは刀剣だった。構えるだけで相手を圧する父の正眼の構え。振るう刀剣は当然一直線だ。姉の放つゼータストリームも直進し、ディグニーのパンチも当然まっすぐに敵をブチ抜く。すべては直線だった。

 これだけではない。薪悟のアブソリュート拳法の正拳突き、野球のピッチング、サッカーのフリーキック。すべては直線を描く。すべての無駄を省いた直線こそが最適化された動きだったのだ。そのために重心は左右どちらかの足にかかり、力を解き放つ瞬間は自ずと一本足になる。体の向きを傾けることにより限りなく自分を平面化し、直線化し、放つのだ。だが人間はバランスを保つために左右に歩幅という横軸が生じる。そのために線は面となり、立体となる。当然強度は上がる。だからゴア族カンフー守りの奥義は両足で体を支え、地面を踏むことで衝撃に耐え、或いは地面に逃がす。しかし左右どちらかの足一本あれば、限りなく体は線と化す。


「返した……」


 メッセは目の前で起きた現象をこれ以上なくシンプルに表現した。薪悟が攻撃した。フジが返した。それだけだ。

 だが!  攻撃を一八〇度で受け止めるのではなく、九〇度で流すのではなく、鉄壁が旨のゴア族カンフー守りの奥義は、それそのものが攻撃性を持ち、敵の線の攻撃を浅い角度で別の線で上書きし、投げ飛ばす!

 メッセはハッとして額に触れた。汗でビタビタに濡れている。体が熱を持っている。


「あいつ」


 守りにおいては既にマスターランクのフジ・カケル。その手によって理合、合気という新たな概念を加えられたゴア族カンフー守りの奥義は、フジ・カケルと共に分類不能のオンリーワンへ……。ゴア族カンフーの元号がフジ暦に書き変わり、元年を刻んだ瞬間だった。


「俺に力が戻るまでに倒しちまおうって算段は崩れたか?」


「崩れてはいない。だがその技術は知らなかった」


「じゃあ時間が稼げるな」


 ……。手詰まりか? ここまでなのか? 自分による敵の研究は追い付かず、敵による自分への研究は追い付き始めている。

 ならもうイチかバチかだ。敵の知らない自分になるしかない。

 薪悟は手を高く掲げた。それを認めたフジは目を見開き、こめかみに汗を浮かばせた。ブレイズのプロキシウム光線やプロキシウムチャクラムは確かにこの新たな技術では返せない。しかし戻りつつある体力と精神力なら、回避とバリアーでどうにか出来る。だが薪悟が掲げたのはプロキシウム光線の発動モーションである右手ではなく左手。その手に握った聖火を、左目に押し込んだ。


 火の粉を散らす炎の大黒柱が天を衝いた。その炎の周囲五か所にポイントがあり、それが五芒星の如く回転しながらさらに炎を吹いていた。お天気カメラは捉えていた。その中心から右手を高く掲げて現れた炎の巨人を。本来の姿であるアブソリュート・ブレイズを。


「そこまでしてやりてぇのかよ」


 身長約四十七メートル! 覆う服がなくなり、隠しようのなくなった筋骨隆々の逞しい体! 労働で鍛えたその足は異形とも呼べる。

 大きなトサカは耳と直結され、後ろへと大きく伸びて猫耳じみた可愛さと同時に威圧的でもある。そして全身に走る、ヤンキーのバイクじみたファイアパターン。

 誰も見たことのないタイプのアブソリュートマンだった。


「和泉! メガネを預かれ!」


 フジはメガネを畳んで放り投げた。強いめまいがした。元々視力が劣悪なフジは、メガネの有無で見える世界が全く違う。それにダメージが加算されれば脳は混乱する。

 だがこれで臨戦態勢だ。左目に左掌を当て、目を中心にスパーク! 空からグキグキと曲がる稲妻が落ち、一部のカメラのレンズを焼き切った。光が晴れると、そこにいるのは約三十九メートルの青と銀の巨人。黄金に輝く切れ長の目、直線的で鋭利なトサカが三本頭部を這い、後方で鋭く反っている。

 老人たちは思い出した。アブソリュートミリオンの姿だ。みんなが子供時代に憧れ、覚えた英雄だ。そしてこの二年で知った。あれがアブソリュートミリオンの息子、アッシュであると!


「次のラウンドだぞ、アッシュ」


「最終ラウンドの間違いだろ? 本当にケリつけようぜ」

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