第84話 芦屋薪悟 (?)
巨大化が終わり、クレーターの中央で座礼するブレイズ。田中角栄曰く、土方は地球の彫刻家。このクレーターも作品だ。そしてまだ振り向けず、なんとか倒れずに呼吸をしているフジ。二人は邪悪な気配を感じ取り、目を閉じた。もうこれ以上は戦えない……。だが無情にもやってくる、邪なるもの。二人はそのオーラに戦慄し凍りついて動けなかった。
「君は邪魔だねぇ」
鳥のさえずりのような軽やかで美しい声で、軽薄極まり口調、非道の極北に達する言葉が紡がれた。そしてようやくフジが再起動した。
「テメェがクラウンか。待ってろ、今すぐにブチ殺してやる」
「無理だね」
フジは宿痾の子を見ることすら叶わなかったよ。あっという間に呪いの物質ヴァーチウムが全身に纏わりつき、奈落へ落ちたんだ!
1カメ
「セエエエエエエエッ!?」
2カメ
「セエエエエエエエッ!?」
3カメ
「セエエエエエエエッ!?」
スーパースロー
「セエエエエエエエ~~~ッ!?」
そしてがちんと閉ざされ、お茶目に舌を出す宿痾の子のキャワイイイラストの箱に収納。ちょっと黙っててね。
「さぁ、君も消える時間だ、ブレイズ」
CMじゃないけど、しばし退屈な映像を転送するね。
CHECK!!
※ご覧の映像はバイオレット・カンパニーの提供でお送りしています。
“©バイオレット・カンパニー”
〇
「さて、時間ね」
しかと見届けたメッセは避雷針を掴んだまま能面を装着し、怪獣化の準備を整えた。トレンチコートが強い潮風になびき、ブレイズが座礼するクレーターを見た。邪悪な気配を察する。直に見たことはないが、これが松田みゆき……アブソリュートマン:XYZとマインの娘。
「……! ……!」
「歌?」
歌が聞こえる。当然松田みゆきの声が届く距離ではなく、テレパシーの類でもなく肉声だった。メッセは観覧車のゴンドラを見た。
「男はオオカミなのよォ! 気をつけなさぁいィ!」
上昇してくるゴンドラの上に、一人の人物が立っている。そして観覧車の回転による上昇に沿ってせり上がり、歌と共に自分の登場を演出している。こんなことをするのは狂人か怪獣だ。そしておそらく両方なのだろう。
「SOS! SOS! ほぉらまた呼んでいるわぁ。今日も、また誰か!」
よく通り、よく通るよう訓練され使われている声だった。ショービジネスの人間だろう。
昇ってきた人物はやはり狂人だった。ハーフヴェネツィアンマスク、そして全身を包む黒いマント。そのマントを脱ぎ捨てると、全身網タイツ。腰みの、胸元、肩はオオカミの毛皮のファーに覆われていた。狂人ではなく変態だった。
「乙女のピンチィィィ! アォオオオオ!!!」
シャウトの後の遠吠え。体つき、衣装、自己演出。バイオレット・カンパニー所属のプロレスラーの類だとメッセは推察した。総帥のみゆきがああなのだ。こういったド派手なメンバーを好むのだろう。
「俺の名は……」
「黙れ。で、去れ。それも即刻ゥ。そして永遠にね」
「総帥に与えられた我がリングネームは、“狼藉仮面”! 邪魔させてもらうぜェ」
“ROZEKI-KAMEN”
人間離れした長く尖った舌で舌なめずりし、変態オオカミは避雷針へとダイブした。
〇
イツキと行動していた狐燐は、人垣を割った人間を見た。着物に袴、そして人垣を割ったのは天高く掲げる日本刀。まともな精神を持っていれば街中で日本刀を自慢げに掲げないし、まともな人間ならばそんな狂人を見れば避ける。
「アブソリュートミリオンの一番弟子、犬養樹とお見受けする」
イツキが臨戦態勢をとった途端、疾風の如く颯爽と! 殺す覚悟で斬りかかる!
「リタァッ!」
だが目にも止まらぬ早業で、狐燐はステープラーアーマー装備! 巨大ステープラーのアームが太刀を受け止めるが、プラスチック部分は亀裂が入り、金属で構成される中枢まで刃が通っている。
「先に行け、イツキちゃん」
「でも」
「わたしも君もこいつとは因縁がない。でも君とクラウンには因縁がある。それから千葉でスティングの相手を丸投げしたお詫びだよ。こいつはわたしが引き受ける」
「すみません。先に行きます」
狐燐はため息をつき、ステープラーアーマーを引いて再生させた。目の前の狂人は見たことのない武器に目を輝かせ、同じく狂気の光が刀にも燈っている。異常だ。こいつはまさに心身と刀が一体。邪悪に、歪に。ミリオンにとっても剣は大事なものだった。だがミリオンと剣の間には明確に仕切りがあった。こいつにはない。剣が体の一部となっている。
「わたしが相手じゃ不満かい、“るろうに剣心”」
「不満かどうかこれから確かめる。お前に美学はあるか? 武器に対する信頼、信仰が」
「ない。武器は武器だ」
「ならば拙者には勝てぬ。剣こそこの世で最も尊い武器。剣こそ……剣こそが人を完成へと導く。剣の美しさ、正しさを思い知るがいい。剣の」
そこからは一方的にどれだけ剣が尊く、美しく、正しいか脈絡なく語り、狐燐は聞き流した。
「という訳でお前は斬る。剣の普及のために犠牲になってもらう。皆のもの聞くがよい! 剣はいいぞ! 強いぞ! それをこれから証明する。拙者の名は“破天荒侍”!」
“HATENKO-SAMURAI”
「剣の伝道師である」
「フリークショーのマジシャンでしょ?」
〇
「ジャラッ!」
「ァッッ!」
みゆきによるXYZ復活を止めるべく、葛西臨海公園まで到達した頑馬は、自分以上の体格を持つ大男にブロックされた。顔つきは厳めしく、学帽も学ランも似合わない。だが髪質や肌つやはまだそれが似合う十代のものだ。表情自体も研鑽と蓄積が浅く、実際まだ子供なのだろう。頑馬のタックルを受けても、学ランの男の咥えた草の茎は折れることも揺れることもない。どろりとした触感、だが澄んだ目。こいつは自分と同類だ。
「テメェもケンカが好きなのか?」
「……」
「なんとか言えよタフガイ!」
ヘッドバッド! 頑馬、刺客は二人とも頭から流血し、一時距離を取った。だが刺客はポケットに手を突っ込み、カランと下駄を鳴らしてバンカラに睨みつけた。変わらずコールタールのような質量がありながら、水のように澄んだ目だ。
「俺もケンカは好ぎだ」
「あぁん? 声がちいせぇよ」
「……」
「俺は大好きだぜ。ラッセル・クロウよりもケンカ好きだ。お前みたいなケンカ馬鹿と出会えると嬉しいんだが、今はちょっと急いでるんだよ」
「俺は今はケンカしなぐでいい。先さ行っていいぞ。あいつは間違ってる」
「あいつって誰だ? クラウンか?」
「立ぢ塞がるつう仕事はした。それでも先さ行がれだのなら仕方ねぇ。……あんまり喋らせねえでぐれ」
コテッコテの会津弁でいきなりの戦闘放棄宣言。頑馬は悪い気はしなかった。このバンカラ……。ほぼ間違いなくクラウンの部下だが、クラウンへの忠義と反発で二つの男気を見せている。
「名前を言え」
「ケンカラス」
“KEN-CARAS”
「あぁー……。時間の許す限り、ちょっとケンカしようか」
〇
「チッ」
クレーターまでもうすぐというところでイツキはらしくなく舌打ちし、腰のAトリガーを抜いて弾を込めた。次が来る。
それは海からやってきた。凄まじい量と高圧力の水を噴射し、水のジェットで飛び立った何かは水泡と水しぶきで虹をかけた。その飛行距離は数百メートル、高度も数十メートルは下らない。そして空中でまた水を噴射し、方向を変えてイツキの目の前に着地した。王冠のような水しぶき。その中心にいるのは、水も滴るいい女だった。すらりとした長身痩躯、そして艶やかな金髪の耽美な白人女性だった。そして驚くことに彼女は一切濡れていなかった!! あれだけの水を酷使してもなお!
「ご機嫌いかが?」
爽やかな水色のスーツにレースのワイシャツ。そして手に持った華美なティーポットに水が吸い込まれ、ぱたんと蓋が閉じられた。
「最悪です」
「それでも少しお相手を頼もうかしら」
その佇まい、物言い、立ち振る舞いは徹頭徹尾エレガント! 長いまつげを湛える目が繊細にイツキを眺めた。
「クラウンの仲間?」
「一応ね。インテリジェンス・S……ISとも呼ばれているわ」
“INTELLIGENCE-S”
「通して。これ以上誰かを失う訳にはいかない」
「なるほど」
水も滴るいい女は腕組みし、また微笑んだ。敵意や害意は感じない。女性同士だが、イツキは敵の美しさに耽溺してしまいそうだった。名の通り、スパイのような危険な魅惑だった。
「君が失う時、誰かは得ているかもしれない」
「大きな円環の中ではそうかもしれない。でもわたしの人生や視界、価値観はもっと小さい。目の前のアブソリュート・ブレイズを失わせない」
それが、アブソリュートマンを目指す狂人として出した答えの一つだ。すべては救えなくても、救える、救うべきと感じたものは、視界の中にいるものすべて救う。
「……いつも思ってきた。嫌な仕事だって」
水も滴るいい女はポットの蓋を外した。水が溢れだし、敵は天を仰いだ。
「ここは海が近い。水を操るわたしは文字通り水を得た魚という訳よ」
〇
「フィ……フィギャアアアアア!!!???」
みゆきは左目に手を当て、ぐぐぐと指先を眼窩に食い込ませた。そして耐えられぬ激痛に絶叫を上げ、メッセの戦う観覧車のすべてのゴンドラのガラスにヒビが入った。体の異常事態に連動してヴァーチウム物質も大きく噴き出している。そしてその行き場のない痛みを足に込め、再起しようとした薪悟の顔面にストンピングした。
「アアア!!!」
ずぐちゅあ!!! 宿痾の子は自らの左目を強引に引き抜き、ヴァーチウムで補強した視神経をちぎって手の中に握った。夥しい量の血を流し、過呼吸になり全身が痙攣している。気絶していない方がおかしかった。今の今まで戦っていた薪悟でもこれ程のダメージは負っていない。それでもこいつはやった。麻酔も専用器具もなく、指の力で自分の目を摘出するという狂気じみた行動……。それでもみゆきはぎぎぎと歪に口角を上げた。それだけ思想が歪み、理想に殉じているのだ。
「こいつを君に移殖する。外庭数の義眼を一度わたしに移殖し、必要な情報はすべて書き込んだ。さすがにデクノボーの君でも知ってるよね? 今の弱った君にXYZの魂魄を憑依させ、君はわたしの父になる」
「覚悟の上だ。知った上で! 俺は戦った!」
レイが語った通り、ジェイドかレイがクラウンを倒してからでも遅くない。……ないはずない! 一度決まった決闘の予定を変えることなどありえない。薪悟にとってすべてに優先されることだ。
「まさか、本当にフジに勝てる気でいたの?」
「みちかならわかってくれた。お前には永遠にわかるまい。抵抗させてもらうぞ」
「淀川みちかに何かがわかるものか。あいつは馬鹿に作ってやった。おめでたい馬鹿にね。君たちのレベルにあうように」
「バルダッ!」
少し燃えてきた。フジに負けて生じた清々しい挫折の炎。二十年近く抱いてきた夢が砕けたことで、軛が外れた。まずはみゆきが握っている左目に狙いをつけ、拳を引いて……。
「フィリアッ!」
「バルエッ!?」
ハイキック一閃! 隻眼、そして手も片方塞がっていながら、その絶望的決断的圧倒的な蹴りは周囲の植物を枯らし、海を濁らせるような暗黒の殺意と威力に満ちていた。フジとの戦いでのダメージと疲労がなくても、今と同じように一撃でダウンを喫しただろう。
「バ……」
地面に倒れたまま、薪悟は腕で十字を組んだ。まだプロキシウム光線は撃てる。はじめから倒れていたのならば、斃れながら撃ってしまって外すこともないだろう。
「薪悟! 撃って!」
みゆきの口調や声音が変わった。聞き慣れた呑気な天才肌のものだった。
「わたしよ、みちかよ!」
「……」
「わたしは外庭数の義眼を埋め込まれたことであんな醜くて歪で狂ってて気持ち悪くて才能のない変な女にされた! 今よ! 今よ薪悟! 今は義眼が抜けているわ! わたしがこいつを止めておける時間は残り少ない!」
「クソ芝居をするなァ!!! プロキシウム光線ッ!」
「見破られちゃあしょうがないなぁ!」
もちろんクソ芝居だった。みちかはもう戻らない。不可逆的に戻らず、生まれてもいないし死んでもいない。松田みゆきが自分の存在を忘れて淀川みちかを演じていただけだ。セットを降りればデッカードはハリソン・フォードに、孫悟空は野沢雅子に戻る。
だが自分を待つ過酷な運命は違うのだ。フィルムの世界に叩き落され、マーク・ハミルは一生ルーク・スカイウォーカー、神谷明は永久にケンシロウ。自分はXYZのまま戻らないのだ。
「もうキレがないよ」
プロキシウム光線を難なく躱し、撫でる程度の強度のヴァーチウム光線で薪悟の動きを止めた。全身を宿痾が駆け巡り、仰向けに倒れたまま動けなかった。その顔面にみゆきが跨り、涙以上の激しさで流れる血が薪悟の顔を何度も打った。
「Δスパークアロー!」
「フィリエ……」
のけ反った宿痾の子の胸の先から覗く三本の矢じり。脱出に成功したフジが背後からみゆきを撃ち抜いたのだ。それぞれ肺、心臓、脊椎をブチ抜いている。一瞬脱力して体が前に傾き、力の途絶えた瞬間があった。それでもみゆきは止まらなかった。恐ろしい……執念。何がそこまでさせるのかと心底恐怖を覚える執念を以て、ヴァーチウムで傷口を塞いで出血を止め、素早く薪悟の左目をくりぬいて義眼を押し込んだ。薪悟自身のリアクションが追い付かない速度と手際だった。自らは発狂寸前までの痛みを与えられたその行為を相手には容赦なく行う。すべて執念が実現させたものだった。
「……ハッピーバースデー、パパ」
その瞬間に松田みゆきはついに斃れ、体温が重なった。父と娘が。その娘をぼろきれのように捨て、立ち上がるものが一人。先程宮沢賢治の詩を詠んだ声を地獄めいて響かせ、宣言した。
「また会ったな、アッシュ」
黒き王が蘇った。




