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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第78話 頑馬裁判

「どっちから話す?」


「わたしは……」


 二人とも戸惑っている。特にユキの困惑は、今までに数える程しか見たことのない動揺だ。落ち着くまでしばしの間を要するだろう。結果的に頑馬は松田みゆきを討つというジェイドのミッションを横取りしてしまうかもしれない。だが、頑馬もユキも、それぞれの理由で五か月アブソリュートマンの仕事を休んだ。その間に何も変わらなかったのであれば、妹はたかが知れてしまう。自分は変わった自負があった。


「まぁ、何から話せばいいのかわからねぇよな。じゃあみゆき。お前の目的を言うがいい。何をしたい? XYZを復活させてどうする? 父に会いたいのか? お前がマインを憎む理由は? 話したいこと、ぶちまけろ。ただし言っておく。お前は地獄行きだ」


「……わたしは父に会ったことがない」


「確かにお前はトーチランドにいなかったな。あの時にいなかったのはマインに逆らっていたからか?」


「黙秘する」


「好きにしろ」


「だけど母が嫌いだったから父により縋っているのかもしれない。でもそれは情の話だ。使命の話はまた別。XYZは、アブソリュートマンに殺された怪獣の魂が行きつく場所。謂わば怪獣墓地」


「そうだ。そしてXYZは自分の中で眠る怪獣の力を徐々に解放し、自分の能力に還元して無限に強くなる」


「わたしはXYZを強くしたいんじゃない。アブソリュートマンに殺された怪獣はすべてXYZの中に送りたい。テメェが……テメェが殺したスティングもそうなるべきだったのに」


 みゆきは堪えた。頑馬はスティングを殺した張本人だが、今は話を聞いてもらえる立場にどこか甘えていた。頑馬は察した。こいつは孤独だったのだ。こいつは多分親の愛を知らない。先輩や師匠と言った上の立場の人間、甘えさせてくれる人間もおらず、常に自分より格下の人間としか触れあわず、頂点の孤独にいた。松田みゆきはバイオレット・カンパニーの総帥。そのバイオレットという色はクラウンの衣装のメインカラーだ。誰かから受け継いだ組織ではなく、創設者だ。華麗な剣技も、配下の達人から献上された技術だろう。だから責任と立場が吐露を許さなかった。そしてスティングが最もみゆきに近しい人間だったのだ。


「それは正直、スマンかった」


「これは因縁になる」


「だがそれも情の話だろう? スティングという人間への情。使命じゃあねぇよな」


「わたしはXYZの構造を拡大する。アブソリュートマンに殺された怪獣のみならず、この世で死んだ命はすべてXYZの中に送られるように拡張する」


「それを地獄というんじゃねぇのか? すべての使者のいく先、そして死んだ魂をすべてXYZの資源にするってことだぞ」


「資源にはしない。やがてXYZがすべての生命を殺害し、戦う敵がいなくなればXYZは資源を使って戦うこともない」


「……」


 座ったまま頑馬は目を閉じた。言っていることが極端すぎる。すべての生命をどうにかする、という目的は、すべての生命をシミュレートするために眠るが、一つの生命をシミュレートする間に一つ以上の命が生まれるから計算が終わらない……つまり永遠に眠ることを選んだマインと同じくらい極端だ。少なくともフジはマインのあの最期を捨て台詞の自殺と捉えている。似たもの親子だ、マインとみゆき。そして頑馬は一つ気が付いた。

 仮にみゆきがXYZの拡張に成功し、すべての生命を殺害した時。マインの計算は終わり、聖母マインは目覚める。目覚めたマイン、すべてを殺したXYZ、そして娘のみゆき。その家族だけが残るのだ。そこまで考えているのか?


「それに地獄じゃない。箱舟だ。その先に輪廻があるのか、天国に行くのか。それはこれから考える。すべての魂をXYZの中で保管する」


 頑馬は狂気を感じた。こいつは本当にそんな馬鹿げたことを思い描いているのか? すべての生命の死後を慮り、すべての生命を遍く尊重してそして殺すというのはある意味で平等だが、その中で唯一尊重されていない存在がXYZだ。みゆきには寂寥と歪んだ自己顕示欲……ポータル適合者に共通する性格が確かに存在するが、その二つがより歪で巨大だ。言うなれば子供だった。この女はクソガキだったが、実は思っていた以上に子供……? 見た目と精神年齢が釣り合っていない。肉体の器とその中身が別物……? 何故そんなに死……それも死後にこだわる? 子供の妄執。こいつは何か、途方もない闇と謎を抱えている。


「わかってるな? それはさせねぇ。それはさっきも言ったように、地獄。アブソリュートマンに殺された怪獣がXYZの魂に加わるいうことの方が例外的におかしなことで、死んだ魂はどこにいくのかわからない。俺は無神論者だからな。わからないから救われるんだ。天国か、煉獄か、地獄か、それともいろんな宗教で定められた場所か。愛するもの、憎んだものが死んだときは、そいつは自分が信じた場所に行ったと思い込み、明確な答えは存在しない方が救いなんだ。もちろん、俺のようにどこへも行かず消えた、死後の世界などないと考える人間もいる。俺たちアブソリュートマンが、答えを出さないことが答えという答えに至ることは珍しくねぇ。その答えを定めようとしている時点でお前を止めるしかねぇ。その上でもう一度聞く。お前がXYZを拡張しようと思った理由は使命か情か。一番の源は何だ? 神のお告げか? 私的な理由か?」


「私的な理由。わたしは誰よりも死の辛さを知っている」


「そうか……。わかったよ。だがお前は帰れ」


「……」


「帰らねぇなら送り返すだけだ。お前がXYZや死後の救いを信じるように、俺は戦いの尊さを信じる。だからカケルと薪悟の崇高で神聖なる決闘を途中で邪魔したらテメェを殺す」


 殺す。チープな脅し文句ではない殺害宣言。事実、この戦いでスティングとサウザンを殺している。


「そういう訳で松田みゆき。判決ゥ、地獄行きィ。その前に、テメェが何者と戦っていたのか聞いていけ。ユキ。何か言うことはあるか?」


「……」


 黙り込む妹を見て頑馬は苛立った。約半年前。レイとジェイドは最強を賭け、満員の両国国技館で決闘を演じた。結果的にレイは負け、ジェイドは配置転換でデスクワーク、頑馬は産休で戦いから離れた。日に日に大きくなる妻のお腹。刻一刻と近づく子の誕生。休暇ではあったが、何もない日々ではなかった。


「ハァー……。お前は最強だよ、ユキ。お前がマジで強いときは手が付けられねぇ。お前がマジで強かったのは顕真と共闘した大阪での戦いと、碧沈花に負けた横浜での戦いの最終盤、そしてこの間の俺とだ。共通点がわかるか? エゴだよ。使命よりエゴが必要なんだよ、俺たちみたいな強い人間には」


 もはやそれは説教だった。ジェイドは何もわかっていない。本当に何も……。自分と戦った後、ユキはカケルとも戦っている。そして自分が最強という十字架に縛り付けられたまま放置され、孤独だったことを知ったはずだ。じゃあ何故それを埋めようとしない? こいつは孤独を受け入れることにしたのだ。


「エゴではダメよ。わたしたちはアブソリュートマン。模範でなければならない。ましてや最強であるわたしは」


「そうだな。それは大事だし、御大層だよ。俺たちは警察官でも裁判官でも執行人でもなくアブソリュートマンだ。じゃあアブソリュートマンたるものどうあるべきか。その歴史を紐解いていくか? その答えは簡単だ。初代アブソリュートマンがそうした。それだけだ」


「……」


「初代が喋らず、ただただ強く敵を圧倒し、フィジカルと技で敵を制圧する。誰よりも冷酷で誰よりも酷薄。他人からの共感を阻み、その思考が見えそうで見えない“黄昏の戦士”。一切のエゴ、私が見えない。だがない訳ない。見えないだけだ。事実、親父と初代は二人だけの時は結構話している。それでも人前ではとにかく淡々の正義執行装置。それが初代アブソリュートマンだ。そしてお前も似たようなものだ」


「それで正しいんじゃないの?」


「お前の立場は重要だぞ。初代アブソリュートマンが圧倒的な強さだったから、初代は初代アブソリュートマンと呼ばれ、アブソリュートマン像を定義した。だが強さでは俺とお前は初代を超えている。お前がナンバーワンだ。つまり、お前にはアブソリュートマン像を再定義する権利がある。そこでお前が初代と同じアッサリ塩味淡々正義執行装置になってしまうとお前はただの初代の継承者になり、アブソリュート・ジェイドという個が希薄になる。そして誰かがお前を超えた時、初代と二代目、二人の最強がそうしたんだから自分もそうでなければならないと同じような人間を演じるしかない。初代は完璧ではない。一つのモデルに過ぎないんだ。だからこそ最強の重みを知れ。お前というエゴで再定義しなければ、誰も最強を目指さなくなる。……俺がお前に勝てれば、アブソリュートの模範なんて書き換えてやった。俺を倒した時のお前は……」


 昨年八月。あの時のジェイドは溢れ出る私情でレイと戦った。よく喋り、レイを挑発し、コンプレックスを吐露し、悪態もついたし笑いもした。

 大黒顕真……元カレと共闘し、そのさなかで顕真が死んだあとの強さは尋常ではなかった。

 碧沈花……。誰よりもエゴで戦う我儘な天才。みちかによく似たあいつの空気に呑まれ、戦いを楽しみ始めたジェイドは物凄かった。その楽しさを感じるのがもう少し早ければ沈花にも勝てたことだろう。


「でもこれは仕事なのよ。あなたの言う通り、アブソリュートマンは警察官でも裁判官でも執行人でもない。でもプロレスラーでもないわ。エゴの露出? マイクパフォーマンスでもすればいいの? 戦いはエンタメではないの。観客のためにやっているんじゃないわ」


「じゃあ何のためだ?」


「正義と平和」


「それがダメだってんだよユキ」


「じゃあ何だったら納得がいくの!? さっきあなたが否定した大義、正義、慈愛もダメだっていうの!?」


「そうだ!」


「父さんから受けた命令でも!?」


「そうだ! 正義も平和も大義も正義も慈愛も、全部模範であるべきという外付けの理由じゃあねぇか!!!」


 一喝! もうじき父になる男の音圧と言葉が妹……娘の叔母になる人物を殴った。そうだ。ミリオンはそれがわからない人物がない。だがジェイドにはわからないから、みゆきと言葉を交わす前に倒せと言ったに過ぎない。


「戦う理由を他に委ねるな。ディエゴも言っていた。カケルは私怨のある相手にしか本気を出せないからいざという時に勝てないんだってな。……くれてやるなよ、模範という名のもとに寿ユキの人生と、最強による再定義の権利を。お前がやらないなら俺にくれよ。なぁ!? ……初代の末路を見ろ。味方からは装置、敵からは災害とみなされ、誰からも共感も理解もされない。あるのは敵からの怨恨と、ヒトではなく神にする信仰だけ。それでも初代は最強だった。共感と理解を切除された虚ろな存在だ。ディエゴ……あいつと俺はいろいろと近いから同じ言葉を言う。凡人に簡単に共感されるようでは凡人。だが俺たちには強さによる孤独に陥るような人間じゃないはずだ。自分の方から理解と共感を拒絶しなきゃいけない程弱者に囲まれていない。正義も慈愛も結構だ。正しいよ。だがお前には思考のプロセスが感じられねぇ」


 そうだ。例えばフジは、野良猫とガチバトルして勝つには日本刀か機関銃が必要になるくらい弱い鼎がいつもそばにいる。あからさまな弱点、鼎が狙われたことも一度や二度ではない。そして矢のような速さで強くなるフジは決して鼎を見捨てず、離れず、守り抜き、上下関係もなく普段はどうでもいいバカな話ばかりしている。強さを理由に孤独を受け入れていない。周りが自分についてこられない、弱点になる……。言語化せずとも、ユキにはそんな想いがあったのだろう。むしろ弟子のカイを亡くしてからユキはより冷たくなってしまった。

 孤独は辛い。ミリオン、レイ、ジェイド、あのマインまで至ったこの答え。そして否定しようのないアブソリュートマンの大原則は、守るべきもののあるアブソリュートマンは強い、だ。今、寿ユキという個が守ろうとしているのは最強の座だけだ。それすらも溺愛の弟にはいつか譲りたいと考えているだろう。


「あなたにはわからないわ。最強の重圧なんて」


「……」


 何よりも悲しい言葉だった。妹は望んで最強になった訳ではない。自分が流離っていたせいで戦力が足りず、急に動員されて予想外にXYZを倒し、最強にならざるを得なかっただけだ。最強故に顕真は自分ではユキを守れないと一度は別れを告げた。最強故に狙われ、カイが死んだ。そして頑馬はユキに勝てない。エゴの強さが力の強さに直結するなら何故自分はユキに勝てない……? 結果的にはユキが正しいのだ。最強の名のもとに最正義。だから寿ユキは常に正しい。だがユキには外付けの価値観しかなくなってしまった。そして最強でなくなれば価値のない人間が残るだけだ。


「もし最強になればそうならなきゃいけなるなるってんなら、最強の座なんてもういらねぇよ。だが、優しい叔母さん……。プラ叔母さんみたいな叔母さんになってほしいと思っただけだ。そして、お前はこのままではエゴの塊であるみゆきに負ける」


「どうしろと言うのよ」


 五ヶ月。事実上左遷の暇なデスクワークといえど、それは名目上で実際は休暇。いくらでも考える時間はあったはずだ。頑馬もベビーカーや服をサラと選びながら、復帰したらどういうアブソリュートマンであるべきか考えていた。ユキに負けたからではない。弟はじきに追いつく。そこで強さでしかアブソリュートマンを語れないのは二流だ。戦いに飢えながら、頑馬はあらゆるアプローチで強さとアブソリュートマンの理想の姿といった思考を頭の中で戦わせ続けていた。頑馬は落胆した。何をしていた、ユキ。五ヶ月もあったんだぞ。トレーニングだけでは何も変わらないぞ。


「寿ユキ、判決ゥ。ここは没収試合だバカヤロウ。愛がねぇんだ。そんでわかったな、みゆき。テメェは十分に力を示せた。もう十分だろ。エゴが強い方が勝つという俺の持論ならお前はユキに勝てるが、ここには俺がいる。ここまで傍若無人で乱暴者、自分勝手で俺様な俺。ユキに俺を加算し、相手にすればテメェは死ぬ」


 みゆきはゆっくりと地面に降り、芝居がかった仕草で頑馬とユキに背を向け、マントを翻した。


「帰る。激萎え。きれいごとは通用しない。だからわたしの、生の救いではなく死後の救いというテーマは変わらない」


 みゆきは夜空を見上げ、しばしの間黙り込んだ。どこかセンチメントを感じさせながら。


「そうだ、Z飯店みたいに。運命共同体となり、個が埋没し、平等で……。すべて溶け合わせて単色の飴のような死後の世界。それをXYZの心臓に作る」


「止めるまでだ。アブソリュートマンの名において」


「……一つ聞かせてくれ、レイ」


「なんだ?」


「お前の子の出産予定日は?」


「さぁな。まだ時間はかかる。四月か、五月か」


「……それまで百鬼夜行は待ってやる。当然、今度のアッシュvsブレイズの戦いで負けた方の肉体はXYZがもらう。だが百鬼夜行の実行は、お前の娘が生まれるまで待つ。生まれる前に死んだ魂が救われないなんてあんまりだ」


「おかしいだろ。それ以前も以降もどこかで誰かが生まれる」


「何かの縁だよ。ここで出会ったわたしとお前の。スティングを殺した報いは、生まれてすぐの子も含めてお前の家族も世界のすべても殺して受けさせてやる」


 エゴ。子供のように強いエゴだ。話を聞いてもらえた喜び、そしてスティングを殺された憎しみ。他力本願の動機しかないジェイドが勝てるはずもない。いや、もう頑馬はジェイドに負けるみゆきを見たくない。自分が倒すならまた別だが、それも頑馬のエゴだ。


「その時は止めるだけだ。わかっているのか? お前の娘はもう呪われている。生まれたせいで百鬼夜行が起きた。こいつが生まれなければ、とお前は娘を疎く思う。生まれてくるなと憎むだろう」


 みゆきの足元に小さなドクロが現れた。そのドクロの口が開いてまた同じ大きさのドクロ、そのドクロマトリョーシカで円を描き、みゆきはポータルを開いて消えた。


「……」


「……一休さんを気取るつもりはねぇが、結果的にこの場は収まったし百鬼夜行も延期になったな。みゆきを殺すこともなく」


「……」


 ユキは悔し涙を流していた。

 自分が否定されてしまったことも悔しいが、図星だ。そして頑馬……。あの夏の戦いで認めたように、アブソリュートマンを救世主として見た場合歴代最高なのはもうレイだ。レイが最強であれば、後進はどれだけ気楽に最強を目指せただろうか。SNSのフォロワーの数ももう抜かれている。強さでは自分が上でも、歴代最高の救世主で一番人気のアブソリュートマンはもうレイ。何故自分はそうなれなかった? 最強になった時期が早すぎたのか? それとも根暗なのか?


「顕真……」


 顕真。顕真に会いたくなった。あの頃、二人で旅をしていた頃のように、ただの女の子に戻りたかった。


「俺たちも帰るぞ、“叔母さん”」


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