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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第77話 飛燕頑馬vs松田みゆき

「ジャラッ!」


 覇危(バキ)ィッ!

 深紅の巨人レイに変身した頑馬は空へ発ち、一旦サウザンを素通りして雲の上に抜けた。マジか……。本当にこの怪獣は隕石を呼んでいる。それも一つや二つではない。まずは近いものを殴り壊した。硬度自体は問題ではない。妹の言うように厄介なだけで特別に強い怪獣ではないのだろう。事実、一年半以上前、自分がまだ地球に来る前のアッシュは一撃でこの怪獣を殺害したという。対アブソリュートマン、対怪獣ではないのだ。


「メガトウム光線!」


 拳の先から必殺光線! エイムは正確、一筆書きに五つの隕石を壊し、月より近い天体はひとまず消し去った。だが、破砕された隕石の欠片が街に降り注いでいる。現状、頑馬のバリエーションでは隕石の粉砕や消滅は不可能だ。殴り壊すか、パンチと同じ威力を遠隔で打ち出すメガトウム光線しか現実的ではない。


「ジェエェェッ!?」


 荒々しい雷撃が体を襲った。アッシュの貫くような電撃ではなく、投網のように纏わりつき、ビリビリと痺れを生じさせ、頑馬が見下ろすと三つ首龍サウザンは水平に体を保ってゆっくりとホバリングしたまま三つの長い首を逸らして完全に上を向いていた。あの首の可動域、そして光線。やはりこの怪獣は広範囲を破壊することに特化している。


「この手は使いたくなかったがしょうがねぇぜ」


 レイは完全に力を抜き、重力に任せて落下した。途中でサウザンの雷撃を食らうとその重力に乱れが生じる気がしたが、問題はない。


「龍にまぁたがり、お馬の稽古ぉ。はいっしどうどうはいどうどう」


 サウザンの背中に飛び乗り制動をかけ、空中で停止! それでも巨体アブソリュートマンが着地した衝撃でサウザンは数十メートル高度を落とした。そして深紅の巨人は左右の首を……手綱めいて引っ張る! 怪獣は電子楽器の音を加工したような奇妙な声で苦し気に鳴いた。


「暴れんな!」


 サウザンの細くしなやかな首とは大違い、ゴツゴツの筋肉の塊と、それに埋められた関節で歪な太さのレイの腕。そのレイの右腕が、サウザンの首をすべてまとめて極め、締める! そして足と尻尾を絡めてさらに絞る!

 アブソリュートマン史上初! 怪獣史上前代未聞! 龍型怪獣に対して上空で浮遊したまま関節技(サブミッション)! それも複雑なS(ステップオーバー・)Tトーホールド・ウィズ・Fフェイスロック!


「そんで落ちるなよ」


 レイとサウザン、合計で十トンを超える大質量が下北沢に落ちれば大惨事だ。だがこいつを締め落しながら通常の飛行で遠くまで行くことは出来ない。だから嫌だったんだ。


「“ツルギ”」


 右腕で極め、左手で右手首を掴んでいるため右手は自由だ。その右手に神器ツルギを纏い、レイは一瞬にしてさらに赤く輝き、真昼のような光が下北沢に降り注いだ。


「“レイレイザーキャノン”!!」


 レイレイザーキャノン! アブソリュート・ジェイドのウルティメイト・ネフェリウムに匹敵する破壊力を誇るレイの最終奥義! ウルティメイトよりは発動条件が軽いが、使い勝手の悪さも当然ある。それは超火力による反動であり、通常伏せ撃ちしてもなお体の何倍もの距離を地面を抉りながら後退する。ならば、踏ん張れない空で撃てば?


「ジャアラァアアア!!!」


「SHRIEEEK!!!???」


 東の空に消えるミサイル。そして、大怪獣と大巨人はそのまま西へ吹き飛んだ。


 ……。

 砧公園(下北沢から約五キロ)。


「ジャアラァアアア!!!」


「SHRIEEEK!!!???」


 ロケットじみた炎の尾! それも興奮したケダモノのそれのように強く毛羽立ち、見ているだけで凄まじい迫力を与える。


 ……。

 厚木海軍飛行場(下北沢から約三十キロ)。


「ジャアラァアアア!!!」


「SHRIEEEK!!!???」


 基地内に轟くサイレン! 見上げる軍人たちは唾を飲み、茫然とした。あんなのとどう戦えばいい……? 第三次世界大戦、第三次世界大戦と繰り返し叫び、走り回るものもいた。ある意味でそのものは正常だった。世界最強アメリカ軍でも勝てないとわかっているのだ。実際、どうやってあんなのと……。


 ……。

 小田原城(下北沢から約六十五キロ)。


「ジャアラァアアア!!!」


「SHRIEEEK!!!???」


 烈火の勢いでやってくるのは上杉謙信? 武田信玄? 違う、俺は飛燕頑馬だぜ!!!

 とでも言いたげに傍若無人に空を走る光。海の向こうのそれを見たカップルたちは、ロマンチックな花火か流れ星としてカメラに収めた。実際に祈ったっていい。「怪獣を倒してください」「地球を守ってください」。その類の願いは、祈らなくても勝手にレイが叶える。


 ……

 熱海(下北沢から約八十五キロ)


「ジャアラァアアア!!!」


「SHRIEEEK!!!???」


 深紅の巨人と黄金の龍はついに高度を落とし、レイは東海道新幹線の線路を土俵の俵に踏みとどまり、破壊を逃れたが踏ん張った分大量の土砂が後方へまき散らされ、津波のような砂嵐がさらに西を襲った。線路の破壊は免れたがしばらくは使い物にならないだろう。


「ジャラァッ!」


 そのまま後ろに投げっぱなしのジャーマンスープレックス! 山肌が抉られ、ずずずと木々がクレーターに落ちていった。龍はまだ首を上げた。激しいダメージで震え、それでも外庭数のしもべのプライドをかけてまだ戦おうとしていたのだ。


「メガトウム光線!」


「SHRIEEEK!!!???」


 厨蛮(ズバン)ッ! 三つ首竜は山肌で断末魔を上げ、金粉と血肉をまき散らしながら爆発四散した。光線に爆発を招く効果はない。死の際には爆発し、怪獣一体分の血肉で広範囲を汚染する。とことん面倒な怪獣だ。


「クッソ……」


 だが頑馬とて無事ではない。レイレイザーキャノンは一回の戦闘につき一発限りの大技、消耗も激しく、今のSTFを極めながらの発射と強引な空中移動は決して楽ではなかった。その証拠に人間態の頑馬に戻ってしまった。しかもサウザンは量産品の怪獣兵器。このまま立て続けに呼ばれると体力が持たない。そうだ。外庭数は認知症を患うまで自制し、大人しすぎる程の老人だった。だがみゆきは違う。クソガキだ。そのクソガキが好き放題に呼び出していい怪獣ではない。


「メッセ! 聞こえるか!?」


 頑馬は耳をタップしてメロンを呼び出し、メッセに声をかけた。返ってきたその声はまだ冷静、状況に盤面を見ているのだろう。


「ええ」


「今の怪獣が複数出てきたら、戦えるのは誰だ?」


「わたしは出られるわ」


「だろうな」


「あとは出したくない理由があるやつらばかりね。フジはブレイズとの決戦まで休ませたいし、イツキを出すとクラウンを刺激する。彩凛はちゃんと修行しているけど、あの子がアブソリュートマン化すればブレイズに見られる。それは彩凛にもブレイズにもよくないわ。引退したばかりだけどシカリ、エコーに頭を下げるのが現実的ね」


「そうか。じゃあ即刻東京に戻ってクラウンをブチのめすのが最善だな」


「そういうことね」


「わかった。向かう」


 足下に炎の渦を残して飛び立った頑馬だったが、体力の消耗が著しく熱海の温泉街に落下した。運悪く彼は変身直前の服装……。腰にタオルを巻いただけだったので、すぐに巻きなおして周囲を見た。ボディビルダーじみた筋肉の湯煙温泉艶姿。しかも彼はレイだ。すぐに周囲に人が集まり、スマホのレンズを向けた。そして頑馬はしばしポージングを取り、フラッシュに抱かれた。


「頑馬、そんなことしている暇あるの?」


「俺のサービスシーンだぞ。ビバリーヒルズの高級ペントハウスの家賃を五年分払える価値の写真になるぜ」


「……消耗でもう飛べないのね。狐燐がポータルを開くわ」


 トーン、ベタフラッシュ、フキダシで縁取られたマンガ家のポータルが開き、頑馬は女には親指を、男には中指を立てて堂々と輪の中に落ちていった。すぐにしんと冷える夜の空気。温泉街の熱気ではなく、ここは東京の戦場だ。ぴり、と指先に刺激が走った。ウイルスだ。ウイルスが逆立った黒いぼろ布じみて立ち、さらに渦を巻いて黒いヴァーチウムをまき散らしている。だが周囲の人間は病んでいなかった。おそらく戦士だからこそ、松田みゆき……アブソリュート・クラウンの危険性を指先への刺激という形で感じ取ったのだろう。


「フィガ……」


「こいつはタフな戦いになりそうだ。パンツをとってきても大丈夫か?」


「フィガアアア!」


 顔面を炎上する黒いウイルスに覆われ、目が光るだけとなった宿痾の子は足下に転がる最強の戦士をサッカーボールキックした。焦点がバラバラの目の妹は着地でなんとか受け身をとり、肩で息をしながら銭湯を指さした。パンツをとってこい。激しい動きになるから。つまり、ユキは頑馬と共闘しなければみゆきを倒せないと判断したのだ。事実、ユキの服の先端は墨絵のように滲み始めており、激しいダメージを物語っている。

 頑馬は妹のプライドを守ろうと、あえてゆっくりと銭湯に戻った。急いで戻ればそれだけユキのピンチが際立つ。人が見ているのだ。アブソリュートマンは負ければSNSが炎上し、スポンサー企業の株価が下がる。当然内容も反映される。妹はここでもう少し踏ん張らねばならない。

 背後から聞こえる金属音。即ち剣戟。ユキもようやく斬らずに敵を倒すなんて甘い考えを改めたのだろう。頑馬はパンツを履き、そして浴衣の帯を緩く締めた。


「いっちょ行くぜ!」


 頑馬は右手を引き、十分に力を溜めた。あとはタイミング、エイムだけだ。

 女二人は激しい剣戟。火花と金属音の間隔は頑馬の鼓動のBPMよりも速い。それだけのハイレベル、そして正気を失ったように見えたみゆきの剣捌きは実に華麗な手並み。剣技に長けたいい仲間、もしくは師匠がいるのだろう。いや、むしろこれが本領なのかもしれないと頑馬は考えた。松田みゆきのポテンシャルは十分だ。むしろ弟と同じく、正気でいる方が雑念や驕りに邪魔される。今のみゆきは純な潜在能力と現段階での技術の結晶だ。


「ジャラァッ!」


 ベストタイミング! ナイスバッティング! 筋繊維と陽炎のオーラが最高の回転を描き、松田みゆきの顔面を叩き壊した! ……叩き壊したはずだろう? 何故何も感じない?


「頑馬!」


「ヴァアーチウム光線ッッッ!」


 ZAP! ジェイドと剣を交わしながら頑馬の狙いを看破! しつつ、回避! しつつ、頑馬に狙いを定めてヴァーチウム光線! 視野、反応速度、動きの精度が常軌を逸している。こんなアブソリュートマンがまだいたのか? 自分と妹以外に。


「がああ! クソッタレ!」


 予想外の反撃を食らった頑馬は顔に纏わりつく黒煙をハエのように振り払い、すぐに敵を探した。そして翻る、マント。すぐ目の下に。


「フィリアッ!」


「ジェエッ!?」


 偶然か、狙って打ったか……。かつて古傷を負ったあばらを正確にクラックするボディフック! 細身の腕からは想像も出来ない鋭さと重み。頑馬は無視出来ぬ痛みに数歩後退し、敵の位置をクリアにした。……。顔面のウイルスの炎が消えている。ジェイドを追い込む程の忘我の怒りの暴走状態から、スティングを殺した張本人であるレイを前に、恨みという雑念が再び湧いたのだ。


「テアーッ!」


 ジェイドの滑り込み斬りがみゆきの足を狙う。足だ。急所ではない。だが宿痾の子は大ジャンプ、上空から真下に向けて呪いの光線ヴァーチウム! ZAPと塩が如きに白い戦士を穿ち抜く! 再び踊る墨絵の衣。最強の兄妹を相手に、二人まとめて大立ち回り!


「死ねぇ! 松田みゆき! 死ねぇ!」


 妹を跨いで踏み込み、ヤケクソヘッドバッド! だが宿痾の子は自分をマントで包んでパッケージし、そのままソフトボール大になって数メートル跳ねた後地面に落ち、影に潜った。


「警戒しろ」


「……」


 背中合わせのジェイドとレイ。宇宙で一番強いやつと二番目に強いやつが背中を預け合うという、怪獣退治をエンタメとして捉える人間には堪らない光景だったが、そんなことがブロマイドや映画以外であってはならなかった。宇宙で一番強いやつと二番目に強いやつが追い詰められる。そんなこと、悪夢以外にあり得ない。


「フィリアッ!」


 影から飛び出す宿痾の子! 黒の翼を機械で補強したサイボーグウィングを空で広げ、白い光で構成された拳銃を眼下に二人に向けていた。そしてトリガーを引くとヴァーチウムの弾丸が絶え間なく吐き出され、ウイルスのマズルフラッシュが機関銃の勢いで光り続けた。


「テエアッ!」


 長身の頑馬が身を挺し何発か弾丸を引き受けたが、ジェイドのバリアーの傘が間に合った。それでもウイルスの舌に壁面を撫でられ続け、膠着状態が数秒続いた。しばらくして連射の勢いが弱まると、今度はユキのバリアーの周囲の六ポイントを射撃した。


「テエエ!?」


「ジェエエ!?」


 そこから地獄の刀葉林めいた鉄の棘のイバラが生え、バリアーを回り込んで二人を攻め立てた。ユキの衣服は破れないがダイレクトに血が噴き出し、先端はまた墨絵のように滲んで幻の強度が下がっている。頑馬も浴衣を切り裂かれ、痛みと苛立ちに舌を打った。


「せーの、で行くぞ。せーの!」


 バリアー解除! コンマ数秒の差もなくメガトウム光線で滞空中の敵に攻撃! ヴァーチウム弾の弾幕を押し込み、敵も驚いて少し隙が出来た。その間に頑馬は飛び出し、上空でみゆきと向き合った。怒りで目は血走り、歯をむき出しているが怒りに我を忘れた状態ではない。怒った上で真価を発揮していた。若い。赤裸々。頑馬はいろんなやつを思い出す。都築カイ、碧沈花、因幡飛兎身。そしてフジ・カケル。


「テメェに何か言い分はあるか?」


「……」


「ないのなら終わらせるだけだ。あるのか? ないのか?」


「……」


「ハァ……。テメェにとっちゃどうでもいいことだろうがよ、俺にはもうすぐ子供も生まれる。性別もわかった。娘らしい。ちょっと考えちまったんだよ。娘に想われるってどういうことか。想われてるXYZってどんな気持ちだったのかをな」


 ……。松田みゆき、困惑。飛燕頑馬……アブソリュート・レイはこんなセリフで相手を油断させるような悪知恵は働かないし、思いついてもやらない。そういう人間だ。


「当然テメェのことは倒すがな。許される領域を既に超えている。テメェが淀川みちかを生み出し、そして消した時からテメェは裁きを受ける運命にあった。Z飯店の無念、そして消えちまった淀川みちか……。どう考え、どう偲び、どうテメェを裁けばいいのかもわからねぇがな」


「ちょっと頑馬!」


「なんだ?」


 ユキが血相を変え、鋭い声をあげた。もう刃を握りなおし、次のラウンドに移るつもりだ。


「何を考えてるの?」


「今話したろ。聞いてただろ?」


「……彼女とは話さず、双方理解せずに倒せと言われているわ。情を挟んではいけないと」


「誰に言われたんだ? 親父か? 役人か?」


「お父さんよ」


「じゃあお前の考えじゃないんだな。生憎ここに親父はいねぇ」


「お父さんが言わなくてもわたしはそうした」


 頑馬は腰に手を当てて心底妹を憐れみ、ため息をついた。そして妹よりも近い位置にいるみゆきはとにかく困惑していた。一体何が起きているんだ?


「何故だ? 大義か? 正義か?」


「アブソリュートマンのあるべき姿よ」


「その上でみゆきを殺さないのか?」


「そうよ」


「それはお前が強いからか? 復讐も再戦も怖くねぇからか? それとも慈愛か?」


「……」


「お前……。何のために休んでたんだ? 何も変わっちゃいねぇよ。親父がそう言ったとか、大義、正義、模範、慈愛、従順、そんなもので戦ってるならお前はこいつに」


 びしっと敵を指さす。


「勝てねぇぞ。おい、みゆき。ちょっとは落ち着いたか? 話せるか?」


 松田みゆきは頷いた。まだ目の充血も眉間に浮かんだ血管もそのままだ。だが、その顔は十分に器量よしと呼べる域まで戻っている。マントから飛散するウイルスの量も明確に減っている。


「テメェはそこにいたけりゃそこにいろ。ただし逃げるな。お前もだぞ、ユキ。じゃあいいか」


 頑馬は怒震(ドシン)と大地に腰を下ろし、胡坐をかいた。


「判決ゥ。松田みゆき、地獄行き。そしてこれより、何故松田みゆきが地獄に行かなければならないか、第一回頑馬裁判を開始する」

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