表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
360/402

第60話 芦屋薪悟vs淀川みちか ③

「さてさてお立会い。これより語るは、旧Z飯店が誇る薄紅の薔薇、アブソリュート・ロゼのお噂でございます」


 日本のどこか。二.五次元俳優のように派手なメイクで整った顔を際立たせ、色彩豊かな衣装で張扇を叩く辻講釈の男がいた。彼の名は黒部目三。どこにも属さないアウトローの講談師(コウダンシ)で、好男子(コウダンシ)だった。


「名を淀川みちか。洒落者、かわい子、大学生。芸術だサブカルだと首を突っ込み、旅をしては気ままに暮らす。世間様から見りゃあ、能天気な天才肌……。まあ、そんなところでございましょう」




 〇




 みちかは黒部目三のことを思い出していた。大々と正義を標榜しないが、自分を悪党と断ずることもなく、美意識と芸術家の魂に殉じて危険な他の怪盗よりも先に秘宝を盗んで保管し、しかる後に返却することを旨とする怪盗にして講談師。富山県で彼と出会ったみちかは、正義の名のもとにはじめてアブソリュート・ロゼを名乗り、彼の邪魔をした。だが裁きは下さなかった。そこまでの権利は自分にはないと思い込んでいたが実際は覚悟不足だったのだろう。

 だがあの時に名乗ってしまった以上、アブソリュートマンとして目三の無念を背負っていかねばならない。


「リラァッ!」


 自慢の快足を飛ばして逃走し、一旦間合いの管理を図る。依然として接近戦では射程と腕力の問題でブレイズに大きなアドバンテージがあるのだ。雑木林を走るとびびび、と寒気のような気配を感じる。猫のように大きな木の影に飛び込むと、頭上の幹はプロキシウムチャクラムに切断され、切れ味と熱によって断面は磨いたようにピカピカだった。


「小さいチャクラムはある程度ホーミングするのか」


 視線の向こうでは無数の流れ弾が次々と樹木を切断していく。チャクラムの飽和攻撃だ。その複数のチャクラムは微妙にカーブしており、その角度も異なっている。……。覚悟、と言っていいのか? こうやって地形を壊すこともすべて覚悟の上だとしたら本当にブレイズは変わったのだろう。何しろ今までは慎み深さのあまりに職場では炭酸水のペットボトルを開ける瞬間のぷしゅ、の音、コンビニのカレーのにおいすら気にして自重していたバカバカしい程に消極的な男だ。自分の影響をとにかく殺す人畜無害な人間。それがブレイズだった。


「クソッタレ!」


 毒づいたみちかは木の影から飛び出し、飛来し続けるチャクラムをレイピアで可能な限り叩き落した。公園を守ろうとした気持ちは当然ある。だが、もしも投擲されたチャクラムもレイピアで押し返せないのなら遠距離戦でも自分が不利だということだ。


「リラァッ!」


 結果として、投擲されたチャクラムは破壊可能だった。薄紅のオーラが山吹色の円盤を火花に変え、硬度自体も苦ではなかった。そして、樹木を切ったチャクラムはより硬度が低かった。チャクラムにも切れ味に似た概念があり、摩耗しても切れ味は変わらないが脆くはなるようだった。途中からみちかはチャクラムを壊すことよりもいかに華麗に技を披露出来るか考えるようになり、刃の先から迸るオーラが描く光の軌跡は徐々に直線から曲線を描いていった。口からの白く曇った息は、真冬の東京にしては濃く広く広がった。かっこよさ、美しさ、つまり美意識。自分を主張したかったし、そういった自己主張のムーブは相手への圧になる。

 だがそれは相手が芸術や美意識を理解する人間ならばだ。


「バルダァッ!」


 速い! ブレイズは右手のみにチャクラムを這わせ疾走! 朴訥、愚直、鈍感なデクノボーは殺意と執念の概念を習得し、もはや獣だ。

 迎え撃つ余力……。まともな相手ならばどうにかなる。だがブレイズは……。知らなかったが、ブレイズの腕力は想像をはるかに上回っていた。このままレイピアでは受けられない。逃げることは出来る。だがしたくはない。遠距離なら勝ち目はあると積極的に距離をとっても、詰められた時には消極的に逃げの一手ではブレイズより強いとは言えない。この勝負は勝てばいいだけではないのだ!


「イチかバチか食らえ!」


 クラリティウム光線は両手で印を結ぶことで発動する。印自体は抜刀状態でも結べるが、みちかは挑戦してみた。左手のみでクラリティウム光線! ロゼピンクの光は細く弱く発射された。子供でも笑うくらいに弱弱しい。だが速度はある!


「荊花錬成!」


 即座にイバラに錬成! 撃ち込んだ先はブレイズが切り倒した丸太! イバラを巻きつけて棘付きの鈍器に変え、それを引き寄せてブレイズの走行ルートに設置した! そしてその奥でレイピアを刺突に構える。この丸太をチャクラムで処理したならば脆くなり、レイピアでの対処に光明が燈る。


「バルダァッ!」


「リレエエエ!?」


 ショック! 想定外! ドンピシャのクロスをワンタッチでシュートするイングランドプレミアリーガーじみた完璧なタイミングと位置取り、力の溜め具合!

 真正面にいるみちかからは見えるはずもないが、完璧すぎる程に完璧なヤクザキックでブレイズは棘付き丸太をみちかの方へと蹴り返した。その表情はまさに仁王! みちかが求めに求めたブレイズの本気が発露しており、隆起した全身の筋肉はコンクリート、浮かぶ血管は鉄筋。まさに建設作業員ブレイズが労働を通してビルドした肉体をいかんなく発揮する凄まじい迫力だった。

 そしてカウンターとして蹴られた自分よりも巨大な棘付き丸太は、なんとか顔をかばったみちかからレイピアを弾き落し、それどころか数メートルはフッ飛ばしてさらに棘が食い込んだ。最後には下敷きにされて腕や腿に深々と、痛々しく突き刺さった。血痕は遠くへ行くほど大きな水玉となり、特にこの寒空においても美意識から露出していた腿は歪に千切れた皮膚と肉から泉の如く血が溢れだし、表面張力で盛り上がっていた。遠目にも腿の大きな血管を貫いたことは明らかだった。

 みちかは激痛とそれ以上のどうしようもない体の異常……呼吸困難や視界不良、吐き気に襲われ、しばしダウンした。

 だがロゼはZ飯店の隠れた最強であったと同時に最強の根性と熱血の持ち主。勝負はまだ一切捨てていなかった。客観的に見て危険な程の根性が、彼女を突き動かし慟哭させた。




 〇




「だが、この娘。追い込まれた時がいけない。ひとたび修羅場に立てば、あの涼しげな瞳が、獣のようにぎらりと据わる。自分が追い込まれたと知るや否や、さあ来いとばかりに逃げぬ、怯まぬ、むしろ前へ出る。根性を試されると知るや、無意識に火が点くのでございます。得物は荊の細剣、レギーナレイピアロゼ。放つは薄紅の光、クラリティウム光線。極め付きには光が花となり、荊となり、刃とも弩とも化ける自在の業、荊花錬成。想像力と美意識が、そのまま殺し文句。つまりは生き方そのものが刃になる、厄介極まりない代物。遊んでいるようで研いでいる。ああ、怖い。怖いが……美しい。自覚なき熱血、恐ろしき天才」




 〇




 出血がさらに激しくなる。全身をアドレナリンが駆け巡り、どこかでブレイズを舐めていた自分を恥じた。ブレイズより強かったと証明したい。ブレイズが強くなったのならなお勝ちたい。そして勝てるなら、本気でアブソリュートマンを目指すのも悪くない。

 すべて勝ってからだ!


「クイックラリティウム!」


 まずは大ダメージのあまりに解除されてしまった強化形態を再発動。両目にオーラの炎が燈る。次に丸太に押し潰されたまま、片手で発射出来るとわかったクイックモーションのクラリティウム光線! とりこぼしてしまったレイピアにヒットさせ、即座に荊花錬成でワイヤー化して引き寄せた。ざっとブレイズの靴が滑り、つま先が土を盛り上げた。警戒して追撃を止めたのだ。


「リラァッ!」


 得物を地面に突き刺して高強度の荊花錬成! 巨大なイバラで棘付き丸太を押しのけ、軋む全身の骨と筋繊維に無理を言わせてロゼは再起した。やはり目はバキバキ。タフぶるわけではなかったが、血錆のにおいに酩酊し、妙な高揚がみちかを包んでいた。そしてもう一度棘付き丸太をブレイズ目掛けて投げつけ、今度はその背後をイバラの壁で塞いだ。この棘付き丸太を食らわせてなければ気が済まないという意地が、無駄にみちかを縛っていた。

 否、無駄ではない。目三が言っていた。目三の属するアデアデ星人は、効率と統率を何よりも追求し、その果てに再現性の乏しい遊びと個性の産物である芸術の概念はアデアデ星人から消えた。

 効率よりも個性と美意識。それがなければ、勝っても面白くない。ロゼだから勝てた、と言われるためには、ロゼがどういう人間かを主張しなければならないのだ。Z飯店がなくなった今、どういう個であるかを!


「バルダ!」


 ブレイズは、後方のイバラの壁をまずは破壊! そしてまた丸太を押し返さんとヤクザキックを繰り出した。ブレイズなりの自己主張だ。この大質量を蹴り返して大ダメージを与えた成功体験、ブレイズがZ飯店最強という認識を裏で否定していた相手への些細な対抗心……。それがブレイズを突き動かしていた。


「バルエ?」


 蹴り……返せない! ロゼピンクの風船が向こう側から押し付けられ、そこにタックルしたロゼの全体重と加速がブレイズの馬力に打ち勝った。びき、と仁王のふくらはぎの筋肉に嫌な緊張が走り、顔をしかめた。そしてこの風船はマズい!


「芸術は爆発だ!」


 赤羽の戦いで見せた通り、この風船は弾力を持つと同時に爆弾。丸太の向こうの風船は一度色が濃くなり収縮した後、薄紅色の火花に尖ったイバラの枝を混ぜて威力を解き放った。ついに丸太は木っ端みじんになり、ブレイズは至近距離で爆発を受けた。ブレイズに逃げる余地はなかった。ヤクザキック失敗で足に生じた筋肉の異常、崩れた体勢。詰めに詰め切っていた。


「……」


 丸太を挟んだせいで爆発の威力は削がれてしまったが、爆発、爆発に混ぜた枝。四散した丸太の木片もブレイズを襲っただろう。薄紅色のオーラの爆炎は徐々に薄くなって空に溶け、ブレイズの姿が見えてきた。……。そのシルエット、高さは約一八〇センチ。ブレイズの身長のままだ。


「なんで立っていられる……?」


 服が焼け、木片とイバラが突き刺さった火傷した……ズタズタの背中。激しく上下する肩は怒りかダメージか。うなじという部位が存在しない程発達した僧帽筋の向こうからぶわりと不穏に白煙が上がった。


「背中で……受けた! 背中の防御力が一番高い!」


 弾けるような声量と歯切れのよい言葉! 今までのブレイズにはなかった熱き心が発現している。やがて重機のエンジンじみた重低音の唸り声がみちかにスリルをさらにドープした。


「楽しくなってきちゃうよ。わたしとデートしてよかったでしょ? 彩凛以外にもいい女の子はいるんだよ」


「勉強になった」


「まぁそのざるそばよりも低カロリーでシンプルで面白みのない受け答えじゃあ、次の女の子は見つからないだろうけどね」


 ブレイズが両手をクロスさせ、大きく振り払うと摩擦で着火されたプロキシウムチャクラム。もう向こうもわかっているだろう。プロキシウムチャクラムを相手にレイピアでは対処が出来ない。ブレイズにとってはそれですべて正解なのだ。彼は孤独とプロキシウムチャクラムを武器に強くなった。

 荊花錬成。レイピアを穂先に、クラリティウム物質を柄に槍を錬成する。熟練度と引き換えにリーチの問題は解決したように見える。素振り。悪くない。

 まずは穂先を低めに構え、そこから徐々に上昇させて視線を柄、穂先、その先の敵と移動させ、目のピント調節を行う。


「リラァッ!」


 しかし現実は非情である。穂先はブレイズの右アッパーで逸らされ、槍はリーチの分先端がブレた分の振幅の差が大きく隙もしかりだ。即座に左のチャクラムが投擲されて柄は切断され、みちかは極端に上体を逸らしたイナバウアーで回避した。まだ槍の柄だったクラリティウムが生きている! ブレイズの背後に蔦を伸ばして収縮させ、地面を滑ってモッズコートを刷毛に血のペンキを土に塗り、ブレイズの真正面で宙返り!


「バルエエエ!?」


 サマーソルトキックがクリーンヒット!  ピヨピヨと頭の上にヒヨコが回るクリティカル! 食いしばったブレイズの奥歯にヒビが入り、歯茎から血が滲んだ。ブレイズはよたよたと後退し、片膝をついた。


「よっしゃあ!」


 アブソリュート人は戦闘種族。誰か……。誰か? 多分初代アブソリュートマンが怪獣退治をはじめ、アブソリュートマンは正義の執行人となった。だが戦いにおける高揚、興奮、絶頂。自分自身の性格や素質もあるのかもしれない。誰かに強要されたわけではない。戦うだけならなんの大義もないかもしれない。だが、戦いはいい……。




 〇




「頑張った、なんて言葉は嫌い。根性論なんて鼻で笑う。だが追い込まれりゃあ、誰よりも先に火がつく。……自分の根性を、誰よりも信じているからでございます。そのロゼがかつての友と意地を賭けて相まみえる。この戦い、ロゼという女がどんな花かを暴く戦。美しく咲くか、炎に呑まれるか……。さて今、旧Z飯店最強を賭けた一戦。勝つのはどちらか、それはまだ語れませぬ。続きをご覧じろ」




 〇




「リラッ!」


 飛び散る光と血飛沫! 会心の一閃突きがブレイズの左肩に突き刺さり、筋肉を貫いた。さらに顔を歪める仁王! 仁王は痛み、出血と引き換えに全身の筋肉にさらに力を込め、深くまで突き刺さったレイピアを筋肉で包み込んだ。そしてファンタジーの聖剣のように埋まり、ロゼの腕力で抜くのは至難の業だった。


「バルダッ!」


 横薙ぎのチョップ! チャクラム生成の猶予はなかったが、ブレイズの攻撃はやはり線を描くものが多い。突きのような点ではない分、隙も多い。

 そしてロゼは天才だ。攻撃を躱す敏捷性、躱す位置を最適に選ぶセンス。それは元からロゼに備わっている大きなアドバンテージだった。


「リラッ!」


 細剣は後で抜く! とりあえず今はボディフック! これもヒットの瞬間に輝くようなクリティカルヒット! ぬうう、とブレイズはさらに険しい表情でダメージに耐える。


「バルダァッ!」


 あぁっと、また決まらない! 足での横薙ぎはロゼの猫めいたジャンプで簡単に躱され、薄紅の天才は宙で両手足を大の字に開いて一時ブレイズの目線と同じ高さに滞空した。スローモーションにさえ見えた。その中で、ロゼの手の動きだけが違う次元で動き、印を結んでいた。


「クラリティウム光線ッ!」


 ZAP!

 至近距離から必殺光線が旧友の顔面にヒットォ! 透けた薄紅の花弁は血の葉脈を伴って繚乱し、またも仁王をぐらつかせた。

 何かがおかしいと自分でも思うくらい連撃が決まっていた。すべての攻撃に手ごたえがあり、選ぶ技にも理屈での根拠はないが直感が全肯定していた。そして戦いのスリルは酩酊を超え、恍惚に至っていた。


「満たされてるんじゃないぞ!」


 すべてが甘く溶け、シロップかチョコレートのプールを泳ぐような甘美な世界にいたみちかは、仁王の冷たい喝をやたらと邪魔に思い、不快感を抱いた。

 目の前の薪悟は完全に仁王。求めに求めたブレイズの本気だ。


「満たされる?」


「俺が相手ならこの程度だと満たされていただろう。舐めるな」


「……。そうかもね。じゃあ焦らせてみろよ!」


 鋭い膝蹴りは強靭な脛でカットされる。だがロゼのテンションはまだ下がっていない。


「リラアッ!」


 掛け声は一回! だがブレイズを襲ったヒットの数は五回! よろめき、重心が踵に移ったタイミングを見逃さず追撃のラッシュの雨霰がブレイズを襲う。一歩後退するごとにまた一撃。足音とヒッティング音が重なり、それに合わせて傷が増える。どこに下がっても、どこに活路を見出そうとしてもキックかパンチが飛んでくる。一打一打は決して重くはなく、ブレイズはキャリアが浅い割にはかなりタフだ。だがこれ以上はメンタルが耐えきれない。天才が……。天賦の才というものはこれ程までに残酷で大きいのだろうか? 旧Z飯店がブレイズを最強だと認定した理由は、逆境の克服と努力。だが努力では埋められないものが確かにブレイズとロゼの間に存在している。敏捷性と先読みのセンスは鍛えるにも限度がある。さらに恐ろしいことにロゼは大した修行をしていない。

 ……いいのか? こんなことがあって。ブレイズは激しい憎悪を燃やした。どちらが強いかどうかで比べればディエゴはロゼとは比べ物にならないくらいに強い。おそらく今日の絶好調中の絶好調のロゼでもディエゴには勝てないだろう。だがロゼの強さの方が不条理で理不尽に思えた。


「お前が俺と戦いたいと思ったのは……。旧Z飯店最強を決めるためだけの理由なのか?」


「Z飯店という小さな世界から出たとき、自分が何者でいられるか知るための戦いだよ。そのためにはまず薪悟を超え、旧Z飯店最強というメダルにして、墓標が自分の中に必要だった。彩凛が……」


「お前が彩凛について語るな!!!」


 爆発。炎の男はその身上、名前通りに全身から炎を噴き出し、周囲の落ち葉が灰になった。これがZ飯店の誰も見たことがない芦屋薪悟……アブソリュート・ブレイズ。憤怒仁王の姿だ。いや、Z飯店どころではない。ディエゴですら出来なかったブレイズの激昂をついに引き出したのだ。彩凛という精神的にデリケートな地雷を踏んだだけではない。時間の積み重ね、そしてこの戦いが、ようやくブレイズを赤裸々にしたのだ。


「あぁ? 語るよ。語るに決まってるよ。わたしだってZ飯店だったんだ。わたしたちは彩凛を中心に集まった集団だよ。薪悟は彩凛の恋人だったかもしれないけど、幸せになろうとしてなかったやつが恋人を幸せに出来ると思うなよ。お前はずっと彩凛におんぶにだっこだったんだよ。彩凛は、お前に恋愛感情は当然あったけど、自分が支えないとダメになると思ってたんだ。なんでかわかる? 幸せになろうとしてないからだよ!」


 ロゼの喝もまたブレイズの全身を強く打った。売り言葉に買い言葉ではなく、正鵠を射ていた。確かに彩凛がいないと自分はただのダメ人間だった。すべてに消極的、すべておこぼれを享受するだけの人生。彩凛が恋人で幸せだったが、思えばそれ以上の幸せを夢見たことはない。夢を思い描くことも出来ない歪曲した謙虚、無欲。それは彩凛が自分を幸せにしてくれるという他力本願に繋がっていた。


「わたしが彩凛に執着してると思う? 違うんだよ、違うんだよブレイズ! この戦いは、Z飯店を清算するための戦いなんだよ! そこで彩凛を避けては通れない!」


「Z飯店は終わった。彩凛も俺もお前ももうZ飯店ではない」


「そうだよ!」


「ならば……」


「でも彩凛は友達だ! Z飯店じゃなくても、わたしと彩凛はまだ友達なんだよ! だからZ飯店の負債を清算し、また彩凛と遊ぶためにはお前をどうにかしてやらなきゃいけない! わたし自身もどうにかしなきゃいけない!」


「……」


 ブレイズは努めて冷静を心掛け、全身の炎を消して目を瞑って肩に突き刺さったままのレイピアを抜き、みちかの方へと投げて構えをとり、目を開いた。表情は確かに憤怒だが、みちかが受け取った印象は静謐だった。


「勝った方が正しかった。そうするしかない」


「違う。勝敗がどうであろうとも、何が正解だったか自分で見つけられるかだよ、薪悟」


 両手で十字を組むブレイズ。それを左右に振り払い、摩擦で着火するようにチャクラムを展開した。ロゼは前方に突き出した左手をレティクルに、引いた右手のレイピアに渾身のオーラを込めた。最後の攻防が始まろうとしていた。


「リラァッ!」


「バルダッ!」


 この勝負の中、何度もあったレイピアとチャクラムの攻防。すべてチャクラムが打ち勝ち、レイピアを弾いてきた。だが最後の最後にチャクラムは負けた。


「バルエッ!?」


 ここまでの激しい消耗、そしてブレイズに適性のない激昂というテンションがチャクラムの強度を低くした。イバラの細剣は炎の円盤を砕き、最後に残ったブレイズの掌のコーティングにまで達し、左手の小指を切断した。


「彩凛と繋がってた赤い糸ももう結べないぞ!」


 超高速回転の高高度ジャンピングスピンキックが決まる。このまま首を刈られそうな死神の鎌じみた致命的な威力、残酷な一撃だった。……勝った方が正しいことにすると一度口に出してしまった以上、男に二言はない。ここで負けるとみちかがすべて正しかったと全面降伏しなければならない。敗北。それが輪郭と色彩を伴って徐々に解像度を上げながら迫ってきた。


「リレ……?」


「ァッ!!!」


 しかし敵は着地に失敗した。飛び蹴りからの着地など糸の上にでも出来たはずのみちかは膝が笑い、全身のバランスを大きく崩してぐらついたのだ。何より表情がそれに追いついていない。完全なるイレギュラーだったのだ。


「バァルダァッ!!!」


 その一撃には華麗さも技巧も熟練もなかった。

 労働……貧困によりグレーゾーンに十三歳から過酷な肉体労働。

 食事……最愛の恋人彩凛が労働で疲れた体を癒すために作ってくれた栄養のある食事。

 天賦……一八〇センチの身長、筋肉のつきやすいタフで丈夫な体。

 それだけに支えられた会心とは程遠い、なまくらなボディアッパーが力任せで咄嗟に放たれ、裕福な苦労知らず、食事は美食を目的とした娯楽でおやつはSNS用の飾り、そして戦闘においては速度を極めた反応速度と先読みのセンスに支えられたかつての友を馬鹿げた威力で殴り飛ばした。


「リゲエエエ!!!???」


 弾丸ライナーでフッ飛んだみちかは巨大な樹木に叩きつけられ、背骨に損傷! そもそもボディアッパーで胸骨と肋骨に損壊! 臓腑への激甚なダメージを物語る瀑布の喀血! そして埋葬するように降ってきた木の葉で薄紅の天才は埋め尽くされた。


「最後に残ったのはそれか」


 ロゼがスタート当初に懸念したスタミナ、持久力。そこが最後に勝負を分けた。

 アブソリュート・ロゼの攻撃センスは間違いなく天才だった。回避、カウンター、追撃。多彩な超能力、華麗な戦い。誰もがあのアブソリュート・ジェイドを思い出しただろう。

 だがセンスと才能に任せた出力に体が耐えることが出来なかった。高揚と恍惚がみちかの一部を麻痺させ、オーバーペースに気付かさせなかったのだ。そのために酷使した膝が最後に抜け、気力ではどうやってもカバー出来ない隙を晒した。


「所詮俺たちはアマチュア、仮免のアブソリュートマン」


 ブレイズはロゼが言ったセリフを反芻した。スタミナの消費、体の消耗を考慮せずに猛攻をしかけて自滅したロゼへの皮肉ではない。もしそれを加味した上で上手くペース配分しながら戦っていたならば、ロゼはこの戦いに間違いなく勝っていた。そしてロゼには伸びしろがある。基礎だ。基礎の体力、体の強度を高めれば、あっという間にロゼは自分では手の届かない領域に達する。

 だがロゼの自滅まで堪えた自分の勝利……。自分の名前である薪悟にも一文字ある通り、芦屋薪悟は臥薪嘗胆の男だ。

 言い換えれば、自滅する程のラッシュを許した自分の弱さも勝因だったのだ。


「リロォ……。まだまだ……」


 ロゼはそれでも再起した。再起した! 口からの出血が止まらず、落ち葉が顎から下に張り付いて赤く染まっている。歩くこともままならず、取りこぼしたレイピアをクイックラリティウムで拾おうにももう光線が出ない。強化形態のオーラも解け、ゾンビの足取りでブレイズへ歩みを進めていた。その姿を見た薪悟は心臓に鉛を埋め込まれて深く冷たい海に沈められたような寂寥を覚えた。


「リラ……」


 さっきまでは鋭く突き刺さっていたパンチが今はもうスマホも反応しないタッチ程度まで威力が落ちてしまっている。自慢のコーディネートはボロボロ、かわいく結んだ髪もほどけ、自慢の生足も傷だらけで見る影もない。意地だけでのろのろと動く姿には華麗さのかけらもなく、痛みか勝敗が決した悔しさか泣いていた。もう戦い始めた時のみちかの面影は何もない。


「効かない……。もう効かない。終わりだ」


「終わってない……」


「終わりだ」


「なら、終わらせろ」


 重い、苦しい。

 本当にZ飯店最強を背負うという重みよりも、臥薪嘗胆の日々も支えてくれた友人がここで否定されて挫折することが苦しかった。お互いを常に全肯定していた甘い環境。はじめて相手を否定するタイミングは、みちかがひっそりを大事にしてきた最強の自負と天才のプライドを挫くことだった。何が残る? みちかに何か残るのか?


「……バルダッ」


 挫かなければ。みちかのためにも。完全に敗北を突きつけるまでみちかは諦めきれず、終わることが出来ない。体の負荷だけではなく、こいつは心の負荷にも気付けず自分が壊れるまで戦い続ける。だからこれは責任だ。旧Z飯店のリーダーとしてたったの一度も責任らしい責任をとったことのない男は、この戦いで最もみちかを恐れさせたヤクザキックでトドメを刺した。

 そして、自分は上野で覚醒しなけれみちかに瞬殺されていただろう。やはり旧Z飯店最強は淀川みちか。間違いなかった。プライドを刺激され、ブレイズは悔しさに呻いた。


 旧Z飯店最強決定戦

 ●淀川みちか/アブソリュート・ロゼ(ヤクザキック)芦屋薪悟/アブソリュート・ブレイズ〇




 〇



「散った。されど枯れぬ。勝てずとも、薄紅の薔薇、その戦ぶりは美しかった。今日の敗北は、明日の開花の種。アブソリュート・ロゼ、まだ終わらず。長々お付き合い、恐れ入り奉ります。ひとまず本日はこれまで。またのご機会に」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ