第59話 芦屋薪悟vs淀川みちか ②
「バルダッ!」
「リッ!」
ダッキング! 今の横薙ぎチョップにも迷いがない。当たっていれば首はすぱんと飛んでいただろう。圧倒的殺意か、それとも相手がロゼならどうにかするという信頼か。それでも決断的な攻撃だった。
「リラッ!」
レイピアの射程距離がギリギリのところがプロキシウムチャクラムにとってはドンピシャのレンジだ。まずはそこから逃れねばならない。前転回避でブレイズの後方に抜け、レイピアを握りなおしてブレイズの方を向くと鋭角の太陽が追いかけてくる。
「リィラッ!」
反撃……レイピアではダメだ。太陽に屈するようにみちかはさらに体制を低く保ち、薪悟の足首にカニばさみをかけてローリングし、ブレイズを強引に引き倒した。狙い的中! 転倒から顔を守るために手を突っ張らねばならないブレイズはチャクラムを消した。
「キレちまえ!」
両者うつ伏せに倒れたまま、それでもイニシアティブを握るロゼは、ブレイズの無防備な膝裏にギロチンめいて無慈悲に膝を落とした! 膝裏への攻撃は靭帯断裂による大きな後遺症を残す可能性があるため、ガチの潰し合いですら推奨はされていない。だがブレイズの筋肉は仁王像のように強固だ。特に日常的に重い資材を運んだ下半身に蓄えられた筋肉は尋常ではなく、力士か競輪選手かという程のバルクに守られZ飯店最軽量のロゼでは決定打にならない。
「チッ」
ブレイズの顔は位置関係により伺い知れない。だが、この状況下……反則に近い攻撃だろうとロゼが選ぶという事実でも、いつものような仏頂面なのだとしたら相当手ごわいタフガイだ。だがこの二〇センチ近い身長差! 低さは武器だ。ブレイズもそれをわかっているのか一刻も早くこのグラウンドの攻防から逃れようとしているが、そうはさせない!
「リラァッ!」
ブレイズがクラウチングスタートじみた姿勢で離脱しようとした瞬間、ばちぃんと激しい炸裂音! 薄紅色の天才はその仁王の足の間に両足首を差し込んで開き、旋風脚じみて回転した! 自らのダッシュも加算されたブレイズは当然コマのようにスピンしながら倒れるしかない。もう一度チャンスだ!
「リィラァアッ!」
ロゼは勢いのまま落ちてくるブレイズの顔面を逆さ半月蹴りで蹴り上げ、またもやミュージックが奏でられた。筋肉と筋肉がクリティカルに衝突し、ロゼの両目にさらに光が閃いた。リズムが出来た。あとは旋律まで昇華してみせる! 両足払いで一回転目、逆さ半月蹴りで二回転目。だがブレイズが立つことを許してしまった。
「チャクラムを作る暇は与えない!」
ロゼの全身に、勝利への執念がみなぎる!
この戦いは小さな結果しか生まない。Z飯店というたった五人しかいない集団の最強を決める戦いで、しかもその集団はもうない。イデオロギー闘争でもあるが、どちらもその主張の代表者ではなく個々が背負ったプロフィールに過ぎず、Z飯店最強決定戦の付属品でしかない以上やはり小さなものだ。だがここで勝てないなら、実は自分が最強だったのにと自重してきた自分が裸の女王様だ。
「リラァッ!」
レギーナレイピアロゼで刺突! だがブレイズももうウスノロではない。目に燐光を残しながら回避し、表情に少し変化が見られた。こちらはまだ仁王像とはいかないが、今まで表情に欠けるか微笑んでいるだけの男だったので、彼が歯を少し見せ、目を吊り上げた様は余計に恐ろしく感じた。それでも静謐!
「リィ……」
レイピアは囮! 本命の攻撃のジャストタイミング、ジャストのレンジまでブレイズは勝手にやってきた。すべてのゲージ、サイトが完璧に揃う。
「ラァッ!」
「バルエッ!?」
敵の回避の角度、向き、速さを先読みし、完璧に合わせた交差法! ブレイズの意識外からアッパーカットがクリティカルヒット! 軋む首の筋繊維は弦楽器! 打ち鳴らされる歯は打楽器! 頭蓋骨の中にデザインされたノイズであるオーバードライブを響かせる脳はアンプ!
ロゼのテンションを煽る赤いタクトじみて血が真上に吹き上げられ、ローリングソバットでブレイズを蹴り飛ばした。すべてのリズムがかみ合っている。体重差を考慮すれば異常と言える距離をブレイズは飛ばされ、黄色信号を示すような銀杏の葉の絨毯を滑っていった。
「ハァ……」
いい師匠を見つけていい鍛錬をすればレイ、ジェイドに並べるポテンシャル……つまり宇宙の歴史的に見て特異な存在になりうる天才ロゼを以てしてもさすがに息が上がる連撃だった。彼女はアブソリュートマンの仮免を持っているが、本分は学業と趣味のサブカルと芸術として、たしなみ程度の修行しかしていないのだ。それでもこの強さはおかしい。おかしい! 少なくともシカリはそう考え、内心ロゼを恐れていた。天才という言葉の残酷さ……ロゼというよりも天才全般を恐れていた。だが短時間で攻撃を一発でも多く当てるだけが勝利ではない。ブレイズは忍耐の男だ。タフネスは尋常ではないだろう。
……。Z飯店のメンバーの何人かは優しい大人に出会った時、「若者らしく今は素直に絶望し、人に甘えろ」と弱さを許されてきた。だがブレイズにそんな大人はいるのか……? 家族が倒れた時、そして死んだ時、Z飯店が寄り添わなければあいつは一人で耐え続けていたのでは? 結果的に彼は孤独を武器に強くなった。だがそんなのは虚しすぎる力だ。だから否定してやらねばならない! 少なくともわたしはお前のためにお前を否定すると!
……だが、現実的に考えて十三歳から肉体労働をしてきた薪悟とたしなみ程度の修行しかしていないみちか。スタミナの差は歴然だろう。だから早期決着を図るしかない。焦っているのではない、合理だと言い聞かせながら。
「……マジか?」
数メートル向こうのブレイズは追撃なしと判断してゆっくりと立ち上がり、肩に積もった落ち葉を払った。余裕をアピールする挑発ではなく、ただ単に出た動作だろう。だがそれがロゼを著しく苛立たせた。そしてブレイズのテンションがはるかに上がり、表情が歪んで左右で目の大きさが違っているのがこの距離からでもわかる。アッパーを受けた右顎は痛々しく青く腫れ、首を動かしてダメージを探っていても左右差がある。ダメージはあるのだ。
そしてゆっくりと手を上に伸ばし、空を掴むとレッドの炎のほころびが指の合間から漏れて太陽フレアじみていた。それを掌に還元し、両手で十字を組む。
プロキシウム光線だ。
今までのブレイズの戦闘はすべて初代アブソリュートマンの模倣、ブレイズのプロキシウム光線は初代のファクティウム光線に代入される。だが初代はトドメの一撃以外でファクティウム光線を使わない。その方程式をブレイズも履行し、プロキシウム光線がロクに使われることはなかった。それでも使うということは、このプロキシウム光線で自分を仕留められるという意思表示か、或いはもう初代の模倣は辞めたという宣言か。いずれにしてもブレイズらしい、無言の挑発だ。
「これを避けるのは無粋だね」
ロゼも印を組み両手が薄紅色の光を纏い……オーラが炎上する! バキバキバキ! ここ数日バキバキだった目がさらにバキバキに血走ってかわいくなくなっていくのが自分でもわかる。それでも今は、この受けた挑発と危機、それとぶつかる瞬間の高揚に燃えずにはいられない。
「プロキシウム光線!」
「クラリティウム光線!」
〇
あれは彩凛と『ジョジョの奇妙な冒険』のコスプレをして写真を撮った時だった。
彩凛はかなり露出の高いキャラクターを選んだが、そもそも『ジョジョ』の女性キャラは少ない上に露出度が高いというのもあるが、今となっては違和感だった。
彩凛は幼い頃からモッテモテ、各種スカウトを受けたことも一度や二度どころではなく、他校にファンクラブがあるくらいの美貌と性格の完璧美女だった。今思えば彩凛はそれを誇っていたのではなく、呪っていたのだろう。鼻にかけて自慢することもなく、大人になってからは比較的地味な服を選び、むしろみちかのオシャレを褒めていた。
そして、見た目に恵まれすぎ、人に好かれ過ぎた女子を襲う受難というものもあったのだろう。
それでも彼女は、現在は若さと美貌を消費するラウンジでセクシーな服を着てシンガーをやっている。SNSにアップするとなったら露出度の高いキャラクターを選んだ。
……。それが彼女なりの歪んだ自己顕示欲だったのだろう。自分は見た目が優れている。だがそれ以上の価値はない。だからそれ以上に人に優しくしようと努め、Z飯店のメンバーに甘くし過ぎた。その甘さを最も享受し、腐敗してしまったのがかつてのブレイズだ。
Z飯店のメンバーは皆、挫折か孤独を経験している。
薪悟は家族の病気、死別、貧困。彩凛も貧困。耕平の幼少期は文明を拒否した野山でのサヴァイブ生活、愛波は女性の域に留まらない強さなのに女性故に大相撲に入れず、新弟子検査に紛れ込んだが最後まで検査を受けさせられた上で見せしめにされた。みちか自身は東大受験に失敗。
だからZ飯店では傷をなめ合った。相手を必ず肯定し、薪悟は努力家で最強、彩凛は誰よりも美しいみんなのお母さん、耕平は……薪悟と彩凛に怪獣の骨の鉱石ラジオを褒められて文明人になった。愛波は最強のフィジカルエリートのスーパーアスリート、みちかは天才肌。
この中で、彩凛だけが誉め言葉と同時に役割を押し付けられていた。だから彼女を……。
謝ることもまた違う。だがZ飯店が解散してもなおこうやってブレイズと戦っているように、いつか彩凛ともまた遊べるといいな。役割も何もない女の子同士として。
〇
ロゼピンクのクラリティウム光線、サンライトイエローのプロキシウム光線。真正面に光線を撃ち込んだみちかからはわからないが、周囲で撮影していた野次馬のカメラには9:1の比率で長かったロゼピンク、そして即座に衝突地点で爆発し、舞っている木の葉が炎上して火の粉に変わる様を捉えていた。
そして顎が上ずり、印を結んだまま激しく呼吸するカワイコちゃんの姿も。
「まだ光線ならわたしの方が上だ」
プロキシウム光線に後出しして押し込む速度! 発射までのルーティンを何度も繰り返しているため西部劇のガンマンじみた早撃ち! そして熟練度により威力も高い! 過剰な量の光が散り、瞳孔の大きさが元に戻ると視線の先ではブレイズはぐらつき、やや猫背で堪えていた。頬に大きな切り傷が出来ていた。クラリティウム光線は通常の光線の威力にイバラの性質を付与する。クラリティウム光線の直撃は避けたが、届いた光はイバラとなってブレイズの頬を切り裂いたのだ。
「……」
「……マジでつまらない。本気になれよ。キレてみろよ!」
ブレイズは躊躇ってもいないし、舐めてもいない。だが本質的に戦いに不向きというか、いちいちリアクションが薄くテンションも低いため相手をしていると自分がバカみたいに思えてくる。プロレスラーになった愛波が言っていた。強いかもしれないが戦っている側も見ている側もつまらない、塩レスラーというやつだ。戦闘経験が浅く相手の礼節を知らないのかもしれない。だが、自分も心得てはいない。それでもこいつがZ飯店以外のメンバーに侮られていたのは、こういうところにあるのだろう。
……もし、今の光線合戦の勝因を無理矢理Z飯店に探すなら、Z飯店のコアであった彩凛をどれだけ理解し、顧みていたかのなのだろう。……少なくとも今は自分の方が。
そして勝てれば、薪悟にそれを説教してやれそうな気がする。
「荊花錬成!」
ロゼは細剣を地面に突き刺した。刃は剣と地形の硬さという概念を無視して突き刺さり、それを合図に薄紅色の巨大なイバラの蔦が無数に出現した。
荊花錬成! ロゼの持つ特異な能力! クラリティウム光線の発射、或いは細剣を地形に突き刺すことによりクラリティウム光線製の物質を生成し、形と性質を変化させる! フジのバリアーに似た能力だが、形状変化と性質変化の自由度はフジのバリアーのはるかに上回る、ロゼが天才たるゆえんである!
「リラァッ!」
まずは荊花錬成で弩を二丁作り、両手に持ったまま前進! 矢は番える必要もなく荊花のエネルギーが切れるまで半永久的に連射され続ける。光の矢は絶えることなく、弦の弾ける音と着弾音はBPMを上げながら敵との距離を詰めていった。
「バルダッ!」
ブレイズもプロキシウム光線を形状変化可能だが、それは円盤のみだ。それでもブレイズは愚直に円という形にこだわり続ける。ブレイズの身の丈を大きく超える超特大の円盤を作り出し、いよいよ太陽じみていた。その陰に隠れたブレイズはその軸をズラして真正面ではなく斜面で荊花の矢を受けた。実に味気なくイバラは焼失し、グラデーションもない巨大な円盤は角度や距離感すらもよく把握できないまま回転を続けていた。これは少々厄介だ。
「リラァッ!」
荊花錬成! 二つの弩を素材に一つの巨大なバリスタに変形させ、強度を高めた矢を撃ち込む! 狙い的中! 矢は巨大プロキシウムチャクラムを貫くことはなかったが、斜面に刺さったまま焼かれずに持ちこたえている。それが指針だ。回転によって変わる矢の位置、角度が距離をロゼに教えてくれる。そして導の矢によれば……。
「リラァッ!」
円盤はこちらに向かってきている! 炎の丸鋸は地面を焼き抉り湾曲した轍を作りながらこちらへと、加速しながら向かってきている。大跳躍! 巨大プロキシウムチャクラムは大きさにリソースを割いた分に追尾性能はないようだった。やはりオーラの変質でも自分に分があるのだ。
周囲がよく見える。テンションは上がり、ブレイズの塩さとタフさにイラついているのに邪魔される感覚はなく、判断力はクリアだ。ブレイズ……相変わらずハシビロコウより表情に欠ける顔で不動。ロゼは高速で印を結び、クラリティウム光線を放った。
「そう何度も当たらないぞ」
ブレイズはステップで回避、チャクラムを生成して投擲体勢に入っていた。空中にいるロゼは避けられない。……はずだった。
「そう簡単には当たらないぞ!」
ロゼは吼えた。荊花錬成の発動条件は、細剣を地形に突き刺すかクラリティウム光線の発射。クラリティウム光線をイバラの蔦に錬成し、蔦を高速で収縮させることによってワイヤーアクションめいて着弾地点目掛けて高速移動し、投擲されたプロキシウムチャクラムは虚しく空を切った。
ため息。ブレイズが動揺し始めている。
そしてイバラを手繰って高速移動しながら、バキバキの目でロゼは細剣に全力を込めた。コーティングしていたオーラが禍々しく燃え上がり、背後に散り散りの気炎を残した。
「リィィラァッ!!」
「……バルダッ」
ごりっ……。
チャクラムを投擲して丸腰のブレイズは無造作にロゼを殴り飛ばした。
蔦移動の速度が乗り、チャンスの高揚もあってロゼの意識は攻撃に向いていた。大ダメージ!!! ロゼは打擲音よりも体内で反響した轢音に全身を聾され、蔦は威力のあまりにちぎられ、凄まじい勢いでロゼは地面に叩きつけられた。目が像を結んでくれない。眼球を制御出来ずにバラバラの方向を向き、脳の処理も追いついていない。全身強打で酸素も足りない。
「バルダッ!」
ブレイズが追撃に来る。声だけではなく気配でもわかる。……。今は五感でブレイズを補足出来る気がしない。つまり、そういうことだ。センスのようなものは、肉体のコンディションとは関係なく機能するということだ。
「ならまだやれる!」
レギーナレイピアロゼを地面に突き刺す! 荊花錬成! スーパーマンパンチを狙っていたブレイズは空中でイバラに捕獲され、十字に磔にされた。棘が食い込み、服が裂けて血が滲み始めている。まだみちかの視力が万全に戻っていないことは幸いだったかもしれない。芦屋薪悟ことアブソリュート・ブレイズ。憤怒仁王の相。
「バァルダッ!」
即座にプロキシウムチャクラム発動! イバラに肌を裂かれて血の花を咲かせながら、山吹色の刃が薄紅の拘束を木っ端みじんに斬り刻む! まずは腕の周囲、上半身、下半身、全身と順に自由にし、着地しても執拗にイバラを破壊し続けていた。
「フィードバックはないぞ!」
なんとか回復したロゼのライダーキックがブレイズにクリーンヒット! 直径数十センチの刃物を持って暴れ狂う仁王を相手に、針の穴を通すようなライダーキックは鳩尾を撃ち抜き、膝をつかせた。この苦境においてもまだロゼの戦闘センスはブレイズを上回っていた。
「わたしの荊花錬成は、フジのバリアーと違って壊されてもフィードバックはないんだ。甘く見たな」
今度こそ……。今度こそこの剣を薪悟に突き刺さねば……。
「……」
「プロキシウム光線ッ!」
「リレエエエ!?」
クイックモーションの必殺光線! 威力は低いがロゼの胸を外側も内側も焼き焦がし、数メートル宙を滑って仰向けに倒した。先程の打撃よりもダメージは低いが、ロゼはこの戦いの本質を理解した。
「やっぱりわたしたちはアマチュア、仮免のアブソリュートマンだよ」
ふぅ、とため息。オーラでの防御が間に合い、致命傷にはならなかったが自慢のコートに焦げ目がついてしまった。びきき、と器量よしの眉間に青筋が走り、倦んだ口調の厭世的なセリフとは裏腹に表情は仁王のブレイズに負けず劣らず羅刹の形相だった。
「わたしたちはいい技を持っている。光線、荊花錬成、プロキシウムチャクラム。格闘技だって多分悪くない。でも精神的な理由が戦いのクオリティに反映されてパフォーマンスが低い。そして油断、油断、油断。お互いに仕留められるチャンスはあったのに、技の自慢でトドメを刺せずに無駄に長引くばかりだ。やっぱりわたしたちは、まだフジには敵わない」
そして躊躇いも。
「じゃあ俺はお前を倒してフジに食らいつく」
「……それが違うって言うんだよ、ブレイズ」
世代ナンバーワンアブソリュートマンか。
悪くない。
「リラァッ!」
「バルダッ!」




