第57話 みちかド根性
「テメェも次の仕事、探せ」
「探しません」
「探せ。そして消えろ」
DD興業社長室の空虚な王座で暴君は冷めた声で言った。残った幹部はラーナ一人。そのラーナはいつも通りの冷たい声で抵抗した。むしろ今はラーナの方が強く心を保っていた。
「テメェは元から戦力外、戦闘で役割を振るにしても司令塔だ。だが今はもう駒がいねぇ。テメェはいよいよマジで戦力にならねぇ。DD興業は元から強さのみを正義として集まった集団だ。テメェにはその強さがねぇし、負けたやつらにも価値はねぇ。だからテメェも消えろ。クビだ」
「拒否します」
……。ラーナには本当に去ってほしかった。経済的にDD興業は死んだ。そして創設メンバーであるオスカーがいない限り再興も出来ない。だがラーナが残っている限り、DD興業という概念はディエゴの中に残留し続ける。いっそ消えてしまった方が楽だった。
株主たちは元からDD興業が暴力団であることは知っていた。それでもディエゴ、そしてスーパースターたちがプロレスラーとしての姿と同じかそれ以上に強力な怪獣暴力装置であることを知っており、その上で投資をしていた。ディエゴはまだ負けていないというのに株主はDD興業を弱者と決めつけ、今後ディエゴも負けるだろうと見捨てたのだ。
オスカー、スティング、シャオシャオ。使えねぇカス共……。
「恋人として最後までおともします」
「俺にはテメェ以外にも相手がいる。知ってたはずだ。それに俺には金はもうねぇ。寄生先を選ぶにもテメェならもっと稼げる相手はいる」
「弱気ね、ディエゴ」
全部否定してほしいのだ。確かにラーナは特殊な趣味によりシャオシャオが本命だった。だが今は母性本能かサディズム、あるいは両方を刺激され、ディエゴの頭を豊満な胸の谷間にうずめて抱きしめた。リーゼントはまったく力なくくにゃりと曲がり、ラーナのデコルテで渦になっていた。
「何から始める? 何が気に食わない?」
「わからねぇ。だが、アッシュとブレイズはもう一度ぶちのめさねぇと気がすまねぇ。特にブレイズだ」
「何故?」
「やつは孤独を味方に強くなった。だからだ」
言えるはずもない。王者が孤独は辛いなどと……。
だが、ディエゴは知らない。マイン、初代、ミリオン、ジェイド、レイ。宇宙最強格のアブソリュートマンは教えられるでもなく、この「孤独は辛い」という結論に至っていた。
そしてようやくディエゴは孤独を知った。ラーナがいるとしてもその毒は強烈で、体中を蝕んでいた。
「気に食わないやつを倒す。やがてそこに人が集まる。それがディエゴ・ドラドデルフィンよ。次の名前はDD興業ではないかもしれない。でもディエゴ・ドラドデルフィンが強い限り、第二、第三のDD興業は必ず生まれるわ」
〇
「来たね、鼎ちゃん」
「こんにちは。……寝てないんですか?」
「ちょっとは寝たよ。ハハハ……。長年の受験で睡眠不足と徹夜には耐性がある」
ド根性モードとエメラルドウェポンとの決戦を控えた興奮でバキバキの目。これがあるからやっぱりみちかは自分とは違うのだと鼎は悲しく悟った。『FF7』を始め、はじめはやはり通っている大学の差というどうしようもないコンプレックスに悩んだ。特に就活中の鼎にはことさらにその大学のブランドの違いは辛かった。ゲームをはじめてしばらくすると対等で一緒に楽しくやれているような気がした。当たり前だが学歴で人の優劣は決まらないのだと。今はまた考え直している。みちかのこの根性。普段は呑気、能天気、マイペースに見えても一つ目標を見つければとにかく根性。単純な学歴ではなく、このエネルギーの強さに鼎は焼かれた。
「これからエメラルドウェポンをしばきに行く」
「HP調整に成功したんですか?」
「鼎ちゃんの強運かもね。一回だけリセットしたけど、ティファで調整に成功したよ。既に動作は確認済み。オール7フィーバーは発動する」
ティファ。優しさと表裏一体の沈黙により、仲間の妄想と暴走を止められなかったヒロイン。きっとエメラルドウェポンを倒した後はブレイズ、とみちかが宣言したのも、今までみちかがブレイズより強いという事実を黙り続けていたことに対するケジメなのだろう。結果としてその沈黙はブレイズにもみちかにも蓋をし、馴れ合いの甘味によってZ飯店は急速に腐敗した。ブレイズ、Z飯店。ティファが迷いを断ち切りクラウドに寄り添ったように、みちかは弾くことでブレイズとの友情に区切りをつけるのだ。それがみちかなりの優しさだ。
「さぁ、開戦だ」
深い深い、暗い暗い海の底。ゆっくりと潜水艦で進むと、そこにたった一人で彷徨う裏ボス。エメラルドウェポンだ。
「よし行け、ティファ!」
画面左上に表示される制限時間は二十分。シビアだ。制限時間はいつも時間をシビアにさせる。
「でもそうでもしないといつまでも追求は終わらないし、諦めきれない」
あの東大受験のように。
「行け! ティファアッ!」
まずは隠し要素のオール7フィーバーで7777×64の連続攻撃! その攻撃モーションのみで数分を要した。今までのように正攻法で戦っていては二十分では到底足りなかっただろう。そして64連撃が終わる。だが詰めはまだここからだ。
「お願い、ティファに攻撃しないで……」
「クラウドが落ちた!」
「鼎ちゃんの強運だ! ティファがまだ生きてる!」
クラウド。ブレイズのように無口で悲運の男。なりたい自分になれなかった男だ。そしてZ飯店はそんな男を半ば殺してしまっていたのだ。
だがクラウドが犠牲になったことでティファが残った。オール7フィーバー続行!
「トドメ食らえ!」
……攻撃モーションが長い。理論上はこれで勝てるとわかっている。この攻撃が始まった時点で、敵を削り切れるとわかっているのに鼎、みちか、イツキの三人は祈るしかなかった。そして最強の裏ボスは赤く変色しながら透けていき、消滅した。一方的に攻撃を続けるだけで五分もかかったのだ。
「勝った……」
去来したのは歓喜ではなく、どこか虚しさじみた達成感だった。
フジが鼎に、みちか、イツキと協力してエメラルドウェポンを倒してこいと指令を出したのは、Z飯店解散直後でハートブレイクだったみちかを励ますため、そしてイツキを認めてほしいからだった。結果的に三人は親睦を深め、陰気な就活生、諦めの悪い仮面浪人、人見知りな怪盗は、それぞれ強運のプリンセス、ド根性の天才、気の利く助演女優賞とそれぞれを賞賛する言葉を見つけ出していた。フジが思いつきで言ったエメラルドウェポン討伐は決して簡単な指令ではない。だが鼎の強運、みちかの根性、イツキの支えがなければ出来ないことだった。
もうゲームのやりこみは他人に強要されてやりたくはない。『FF7』から解放された喜びもある。だが、自分の就職先が決まる頃……またこの三人で食事でも行ければいいな、と鼎は思っていた。ただし自分からは言い出せないのでみちかが誘ってくれるのを待つばかりだが……。
「グータッチしよう。わたしもこんなこと、やったことないよ。わたしの挑戦はいつも一人だった。受験も、修行も。誰かと達成感を共有したのは初」
「でも、淀川さんはもう次の目標があるんですよね?」
「うん……。エメラルドウェポンと戦う前に、もう次を見つけていたからやっと次に行けるって気持ちがあったのは否定出来ない。でも喜びは本当だよ。本当にありがとう。フジにもお礼を言っておかなきゃね」
「……」
「何か言いたげだね?」
「淀川さんはブレイズさんを倒したら、次はフジに挑戦するんですか?」
「フジに? そこまでは考えていなかった。でも世代ナンバーワンアブソリュートマンを目指すならそうなるね。すぐじゃないよ。ブレイズを倒し、Z飯店最強という重みを改めて確認し直す。負けたブレイズが何を失い、自分は何を背負わなきゃいけないのかを知る。で、まだ強さと地位が欲しいならフジとは戦うけど……。でもフジがブレイズに条件を出した通り、フジへの挑戦権はディエゴを倒さないと獲得出来ない。そこでもディエゴ・ドラドデルフィンの重みを知らなきゃいけない。ブレイズ、ディエゴ。二人を倒してまだ強さを追求しようとなったらフジとも戦いたい。まぁ、随分と先の話になるよ。……ちょっとばかり疲れちゃった。本当は祝杯でも挙げたいけど、帰るね」
みちかは荷物をまとめ、玄関へと向かった。その一瞬に垣間見えた目はやはりバキバキだった。エメラルドウェポン討伐でド根性モードが常時入ってしまい、もう次のブレイズ戦しか見えていないのだ。
「あ、最後に、淀川さん」
「何?」
「大事な時期にゲームでお時間とらせてしまってすみませんでした。来年も東大受験あるはずなのに」
「東大受験はもうないよ」
「……」
「諦めたんじゃない。今の大学を卒業して、東大の大学院に行けることになった。オール7フィーバーと同じだよ。エメラルドウェポンを倒す方法はヴィンセントやりこみしかなかった訳じゃない。真っ向から受験で東京大学に入ることは出来なかったけど、これも一つの正解だと思っているよ。あ、じゃあわたしも最後にいいかな?」
「もちろん」
「大学院に書類を出しに行く時、この三人で行こうよ。せっかく仲良くなれたんだし。考えておいてね。あと、このゲームやりこみ、きついけど楽しかった。じゃあね」
天才にしてド根性。彼女は目的にどこまでも食らいつく。仮面浪人という制限時間を使い切ってもなお、東京大学と決めたのなら決して諦めない。むしろ彼女は間に合わせ、到達したのだ。
「ああなりたかったな」
残された鼎はぽつんと呟いた。
「何にでもガチになれる人に」
〇
「もしもし? ブレイズ?」
「みちかか」
「うん。とある筋から話は聞いた。強化形態を身に着けたんだってね」
「ああ」
「わかった。やろう、ガチで」
「……」
「どこかでわたしは怖かったのかもしれない。実はZ飯店最強だった自分が、いつか誰かに追い抜かれることが」
「俺は怖くなかった。そんなに強くはないが、俺がZ飯店最強だったと。それは本当なんだろうと信じていた」
「それって舐めてたってことだよね。Z飯店最強も、フジのことも。だからガチでやろう。Z飯店最強はもうないけど、いつかZ飯店を肯定するために」
「わかった。いつがいい?」
「そうだね……。明日。原宿でやろう。じゃあね」
ガチャン、ツーツーツー。




