第56話 強運のプリンセス
「好きなんです、この時期」
十二月二十六日。上野で起きたあの惨劇から二日後、変わらず鼎、イツキ、みちかの三人はイツキの部屋で『FF7』をプレイしていた。フジからの指令は三人で力を合わせて最強の裏ボスであるエメラルドウェポンを倒せというもので、その確実な方法はヴィンセントの最強装備デスペナルティを最大強化することだった。ただしそれにはヴィンセントで65535体の敵を倒す必要があった。みちかの計算によるとそのやりこみには約三〇時間以上のプレイ時間を要する。
「わたしの誕生日はクリスマス・イヴ、翌日はクリスマス。でもわたしはプレゼントが合併せずに二つもらえた。二つのプレゼントで遊んだ冬休み。だからこの時期が好きでした。高校生になったくらいからはこの年末の深夜番組が面白くて」
重傷を負ったフジはみちかに治され、クリスマス・イヴの短い時間をフジと鼎は二人で過ごしたが、フジに楽しめるような余裕はなかった。体はある程度治っても心の傷は治らなかった。食事をしただけで解散し、鼎は自室で一人、茫然と深夜番組を見て眠った。
「そうなんだ。素敵だね」
みちかはこの時期が大嫌いだった。東京大学を受験し続け、不合格を続けたこの数年間。入試の追い込みの年末、合格を祈り続ける年明け、落ちて落ち込む春の初め。寒い時期は大嫌いだった。
「今年は楽しいよ」
みちかの『FF7』は最終ダンジョンに到達していた。みちかは、キャラクターの行動に魔法や『ぬすむ』といった選択肢を増やしたり、HPアップやカウンターなど支援するアイテム……マテリア編成に凝っており、HP自動回復確定クリティカルヴィンセントを作り上げてここまでほぼ無双していた。
「終わった……」
そしてラスボスのセフィロスを撃破。こみ上げる感慨はあったが、三人にとってはここからだった。ここから本格的な撃破数稼ぎが始まるのだ。
「さて……。前任者が編成していたマテリアを確認しよう」
みちかはスマホにメモを取ったマテリア編成を確認した。
前任者。碧沈花。彼女はこのやりこみを途中で諦めたようだった。だが、彼女のデータを鼎一人で確認した時、アイテム欄にはエメラルドウェポンを倒した時のみ入手可能なアイテムが入っていた。彼女はヴィンセントやりこみをやらずに何かしらの手段を使ってエメラルドウェポンを倒したのだ。だがみちかは沈花のことを知らない。
「必要なアイテムはミニゲーム景品だね。リアルラックも絡む要素らしいけど」
「わたし、意外とそういうの得意なんですよね」
「ミニゲーム?」
「いえ、リアルラックの方。人生に影響しない程度の運がいいんです。一番くじでそこそこいいのが当たるとか、整理券や番号札の番号がぞろ目とか」
……。どうしてもみちかはこの時期メランコリックになってしまう。東京大学……。東京大学! 努力の方法は何度も変えてきた。ガチガチの勉強漬けから、適度に休みながら余裕を作るやり方。それでも落ちたということは運も絡んだのだろう。だが鼎の強運は人生を左右しない程度のものだと言っていた。偶然東大に受かるくらいの運ではないのだろう。
「期待するよ。まずはミニゲームに必要なチョコボを育てよう」
「攻略サイトは見ましょうね」
鼎はくぎを刺した。みちかの強情な根性ではすべて自力でやると言い出しかねない。そしてまずは野生のチョコボを捕まえるべくフィールドへと繰り出した。
「そうだ、この際、ゲン担ぎとしてHPを調整してみる?」
「調整?」
「うん。マテリアを装備すると各種ステータスに上方、下方に補正がかかる。それを使えばHPをぞろ目にも出来るはずだよ」
このチョコボ捕獲に特別な戦法やマテリア編成は必要ない。みちかは暗算でマテリア編成によるHPへの補正を計算し、縁起がよさそうだとヴィンセントのHPを7777で調整してみた。そしてエンカウントと同時に!
「何これ? オール7フィーバー!?」
ヴィンセントの名前が七色に輝き、強制先制攻撃により7777の固定ダメージの急霰が敵を襲った。終わることのない7777は捕獲対象だったチョコボすら殲滅し、何もわからないまま戦闘が終わってしまった。
「……ちょっと調べてみるね」
「はい」
「わかった。オール7フィーバーはHPが7777の時に先制攻撃で7777の固定ダメージを64回与える隠し技だって」
「7777×64……。エメラルドウェポンのHP100万には届かないですね」
「でもちょっと待ってよ鼎ちゃん。7777×64は497,728で確かに届かない。でも魔法ダメージが反映される場合……」
ぎゅわっとみちかは目を見開き、答えに至った。
「4回攻撃のコメテオに『まほうみだれうち』を連結させて32回攻撃! それを2セット行う『Wまほう』で64回攻撃! そして最後に二回攻撃する『ついかぎり』をセットすることで130回攻撃! 130×7777で1,011,010! エメラルドウェポンを削り切れる!」
「すごい!」
「あとはLv99時のHPがマテリアによる7777への調整が可能な数値になれば完璧だね」
「ならなかったらどうするんですか?」
「Lv99まで残り10くらいの余裕を残してセーブし、目標の数値になるまでリセットを繰り替えす! つまり、根性と強運だね。鼎ちゃんは今日はもう帰る?」
「なんでですか?」
「今日もテレビは面白いよ。わたしはもう少しここで続けるというか、レベル上げだけやるけど、自慢の強運だけ置いていってくれれば十分。もちろん、エメラルドウェポンをしばく瞬間は一緒にやろう。約束だよ。明日までにやっとく!」
ぐっとみちかは親指を立てた。既にド根性モードに入っており、目はエナジードリンクとコーヒーを同時に数杯決めたようにバキバキに血走っている。きっとみちかはこの時期、ずっとこうだったのだろう。仮面浪人を何年も続けて東大受験。今年はもう受験はないが、何かのスイッチが入ってしまう時期ではあるのだろう。
「わたしが送ります」
「では和光市駅までお願いします」
イツキが手を挙げ、ポータルの準備をした。輪をくぐる一連の動作の中、鼎はイツキが助けを求めているようにも見えた。そうだろう。みちかは圧倒的に陽の存在……明るさ、積極性、コミュニケーション能力のすべてが鼎やイツキとは違う。そして三人が『FF7』をやっていたのは千歳烏山のイツキの部屋だった。つまりみちかが諦めない限り彼女はイツキの部屋から帰らない。そして最後の詰めを見つけてしまった彼女は良くも悪くも傍若無人に遅くまでイツキの部屋に居座ってひたすらレベル上げを続けるだろう。
「犬養さん」
「はい」
「ずっと言ってなかったですけど、昨年の夏のことを覚えていますか? わたしの大学に犬養さんが来た時」
「……覚えています」
「ずっと言えなかったけど、わたしはもう許しています。犬養さんはわたしを許してくれていますか?」
「ええ、もちろん」
「よかったです。でも、申し訳ないですけど駿河燈を許すことは出来ません」
「それでいいと思います。燈さんはもう死んだ。わたしは今でも燈さんが好きだけど、それはあの人が与えてくれた優しさとかそういう部分だけ。望月さんもわたしのすべてを許している訳じゃあないんでしょう?」
「フジや弟にだって嫌な部分はありますよ。全部好きだったらそれは宗教。そしてかつて犬養さんは駿河燈の信者だった。今は違うならいいんじゃないですか?」
「ありがとうございます」
「では、また明日」
強運のプリンセス……。駿河燈は何度も鼎をプリンセスと揶揄し嘲笑したが、今はそれなりのオーラすらある。立場とプライドが彼女を気高くしたのだ。プリンセスは駅の外へと去って行った。またイツキは人目を避けてポータルを展開し、自室に戻った。
「おかえりなさい」
「ここ、わたしの部屋ですけど」
ポータルからシンと冷える外の風が流れ込んできた。イツキは寒暖差に少し震え、ポットのお湯でハーブティーを作った。
「フジがわたしたちにこのゲームをやらせた理由が分かった気がしたよ」
「どういうことです?」
みちかは無造作に敵を瞬殺。
「イツキちゃんは托卵ゴア族だよね? 胎児の頃に外庭数にゴア族の遺伝子を組み込まれた改造人間。だから普通の地球人よりもずっと強い」
「そうです」
「セフィロスもそうだ。ジェノバ細胞を埋め込まれたデザイナーズベイビー。セフィロスは狂ってしまったけど、イツキちゃんは狂っていない。多分イツキちゃんは大丈夫だよ」
「あー……。淀川さんは、マインを知っていますか?」
「一般常識としてね。史上最悪のアブソリュートマン。世界を滅ぼす力を持っている」
「わたしはそのマインが駿河燈と名乗っていた頃の弟子です。わたしみたいな托卵ゴア族は何人かいましたけど、わたしたちの実験結果が出る前に外庭数は死にました。だから外庭の親友だった燈さんが引継ぎ、わたしたちは開花しました。あの人は悪人なだけじゃないんですよ」
「そうなの?」
「もちろん悪事……。そういったことにも使いましたけど、当時二十歳前後のわたしたちに料理、ビジネスマナー、文章作法といった社会的なことも教え、最終的にはわたしたちを社会に戻すつもりでいました」
「……苦しくはなかった?」
「苦しかった瞬間はありました。燈さんのもとで働いた頃、自分が純粋な地球人ではないという根拠を見つける度に苦しかった。人間でいたかったのに、とは思いましたけど……」
「でもマインは死んだ」
「ええ、死にました。わたしは燈さんの全超能力を継承しましたけど、その一パーセントも使えていない。でもフジが……。声をかけてくれて、やがてミリオンと知り合って、アブソリュートマンになろうと決めたんです。でも燈さんの下にいた頃は、ものすごい粘度と重さの愛で何も考えることは出来なかった。ちょっと考えました。セフィロスとわたしの出生は似ているって」
「でもフジがこれをやらせたのは、イツキちゃんにセフィロスみたいになるな、じゃなくて、もうセフィロスにはならないから大丈夫っていうメッセージだと思うよ」
……。もう悪に堕ちようとは思わないし、そもそも悪とは何か具体的にはわからない。だが間違っていると指をさされる思想や行為はしないつもりだ。そうか、自分はもう大丈夫なんだ。
「そしてわたしたちはティファだった」
「そうなんですか?」
「ティファはさぁ、クラウドの幼馴染だけど、クラウドが自分をエリート戦士だと思い込んでいるっていうことを指摘しなかったよね。それは真実がクラウドを壊してしまうと思ったから。過ごした時間が長ければ長い程、怖くなってしまうこともあるんだよ」
「……本当は淀川さんの方がずっと前からブレイズより強かったのに、Z飯店メンバーがZ飯店最強はブレイズと定義してしまったから言えなかった。そういうことですか?」
「そういうこと。あの赤羽での戦いでわたしの方が強かった、さらに彩凛もブレイズを超えてしまった。傷ついただろうね、ブレイズ」
「でも自分の方が強いってことをずっと言えず、本気を出してはいけなかった淀川さんも辛かったんでしょうね」
「今は別の辛さだよ。長年親しんだ仲間を、これ以上自分たちが腐らないために切るというのはなかなか堪える。それにねェ……。イツキちゃんは見たんでしょう? 新しいブレイズを」
「戦いは見ていません。でもディエゴにあれだけダメージを与え、わたしたちが二人がかりで倒せなかったあのスティングに勝ち、フジが共闘を許した。ブレイズは何かブレイクスルーを起こしています」
「強化形態、あるのかな」
みち、とみちかの目がさらに血走った。コントローラーを握る手にも力が入り、華奢な血管が大きく手の甲に浮かび上がった。また何かが根性を刺激し、燃えさせてしまったらしい。何かではないか……。イツキはすぐに答えを出した。そして以前のイツキならありえない、相手の反応を楽しむような言葉を紡いだ。
「強化形態はあるそうです。もしかしたら今のブレイズは、淀川さんより強いかもしれないですね」
「ハッハァ。俄然燃えちゃうね! Z飯店はもうない。でもZ飯店は解散してからまだ日が浅く、わたしたちはどこにも属していない。ならZ飯店という集団が完全に霧消する前に、もう一度最強の座を取り戻さなきゃね! エメラルドウェポンの次はブレイズの番だ」




