表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
352/392

第52話 祈りを込める。

 それは決して手放しで賞賛出来る光景ではなかった。

 ぼさぼさに乱れた髪、真っ赤に充血した目、胸に負傷があるのか白いカットシャツには底なし沼めいた血痕が残っている。片足に負傷があり足取りはバラバラ、そして満身創痍の下着姿の女を引きずっている。


「メッセ。倒したのね」


「こいつを褒めてやる気はないけどタフな仕事だった」


 血錆のにおいが強く鼻に突き刺さる暴力vs暴力の結果でありながら、東京国立博物館で飾るべき妖艶で泰然とした姿。勝利の女神の凱旋……そういう表現するにはメッセもシャオシャオも矮小な存在だが、それだけの激闘と死力の結果として今のメッセの姿があった。

 KOされたシャオシャオをディグニーの足元に放り投げ、メッセは両膝に手をついてケダモノじみた荒い呼吸を整え直した。


「怪獣化してたはずじゃなかったの?」


「怪獣化してもこいつの速度に対応出来なかった。だから速度が落ちても耐久が上がる人間態に戻って、殴られつつ殴った」


「やっぱりアナタ、宇宙一の女ね」


 メッセはまた悪びれずに自販機を破壊してエナジードリンクを拝借し、糖分とカフェインをドープして回復を図った。じわりと浸透していく危険な甘み……。普段ならばこれで和らぐはずの緊張が少ししか解消されない。


「フジとブレイズが地下で負けたらディエゴが戻ってくる。この状態のわたしとイツキとエコーではどうにもならないわ」


「その時はその時よ」


「……」


 言いたくはないし、言えるはずもないが……。もしこんな時にジェイドとレイがいてくれたらどれだけ楽だっただろうか。だがあの二人を頼らないと決めたフジにすべてをベットする。いや、ベットではない、レイズだ。


「油断したネェー……」


 一人だけ違うフィルムで動いているかのような敏捷極まりない速度でシャオシャオが突如再起し、ガスパー星人が落としていったナイフをディグニーの首に突きつけた。もう何も取り繕えず、復讐と怒りのみに突き動かされ、何の損得勘定もない顔だった。ただただ意地だけがあった醜悪な顔だった。


「このオカマ、戦えないんでしょう?」


「ええ、その人は戦えない。非暴力の誓いを立て、片足は膝靭帯がすべて切れる大ケガを負っているわ」


 それでもメッセの口調は淡々としていた。そして人質となったディグニーも全く恐れてはいなかった。シャオシャオは本当に無力な小エビ。今やガスパー以下だと二人は認識していた。


「じゃあこのオカマを殺す前にメッセ、お前もワタシと同じく裸になって、死ね! メッセンジャー! 自分で死ね!」


「確かにアタシは非暴力、そして二度と戦えないケガがあるわ」


 銀嶺は静かに言葉を発した。しとしとと雪が降るように穏やかで静かに、そして冷たい口調だった。


「うるせぇぞブタ野郎!」


「でもそれはアタシが贖罪のために非暴力を選んだから。誰かに贖罪するなら非暴力、と強いられた訳ではない。非暴力を貫くことで新たな罪を重ねるなら、非暴力の誓いで止められたはずの悪を止められないのなら、アタシは普通に振るうわよ、暴力」


「ツイエ?」


 銀嶺が……動く! シャオシャオはそのスケール違いの行動、否、現象の前に完全に臆した。ディグニーの持つ法力が作用し、心の弱いものを威圧して自由を奪うシチュエーションの典型的なケースだった。拳を引く、衣が擦れる。それだけで雪崩や雲が動くような圧力だった。


「マァウッ!」


「ツイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!????」


 痛烈! 一閃!

 銀嶺のパンチを食らったシャオシャオはあまりの威力に完全に重力の軛から解放され、横方向へと落ちて行った。

 上野動物園のゲートを破壊してもなお勢いは落ちず、日本の動物エリア、いそっぷ橋を通過し、パンダの展示に突っ込んでようやく動きを止めた。動物園に小エビはいらない。それでも下着姿で突然パンダの森に乱入してきた女に、親子連れの客は子供の目を塞いで遠ざけ、そうでないものはカメラのシャッターを切った。

 そしてシャオシャオ・シルバーシュリンプの完全敗北はデジタルタトゥーとして残り、今後彼女が愛嬌を振りまいたり偉そうな顔でリングに上がれることはもうないだろう。

 やがて警察がやってきて彼女を捕縛し、シャオシャオ・シルバーシュリンプのキャリアは完全に断たれた。今後は自分で好きなだけ稼ぐこともなく、監獄行きの特急券をもらった後は定期的に最低限の食事を与えられるだけの生活になることだろう。


「シャオシャオォオオオ!」


 ラーナももう感情を抑制する機能を完全に失い、感情と行動、言動が直結される装置と化していた。特殊な趣味により発狂寸前までシャオシャオに欲情していたラーナは、シャオシャオが再起不能になったこと、そして侮っていたとはいえオスカーが敗れ、地上に幹部が自分一人になってしまったショックで慟哭した。シャオシャオに叶わぬ片想いを続けた結果、その執着と妄想は異常な大きさに膨れ上がり、ディエゴの愛人という現実がブレーキをかけなければシャオシャオ次第で短時間でここまで狂ってしまうのだ。そして動揺してしまった自分では地上の状態をガスパー星人と三人の二軍戦士だけで立て直せる気もしない。存在するだけでガスパーを委縮させるディグニーが動くのならばもう撤退の他に手段はない。


「まだよ! ガスパー・シールズ! シャオシャオからの指示を続行しなさい! 放火! 人質! 直接敵と戦う必要はない! やれることはあるわ!」


「……」


「具体的にもう一度シャオシャオの命令をリマインドするわ! エコー、東京国立博物館、国立科学博物館に火を放て!」


「それ、シャオシャオさんの命令の反復ですよね?」


「そうよ」


「ラーナさんもそれでいいと思ったって言う解釈でいいですよね?」


「それだと不満!?」


 ガスパーの行動に迷いが生じている。まず前提としてガスパー・シールズにはこういった殺害や放火に対する罪悪感はない。だがシャオシャオが敗れたこと、シャオシャオがメッセと戦い始めてからのラーナの異常はさすがに察せる。今のラーナに従って大丈夫なのか? ここはもうDD興業を裏切って逃げた方がいいのでは?


「俺たちはぶっちゃけ、ディエゴ社長が戻ってくれば全部片が付くような気がしてきてるんスわぁ。ディエゴ社長の退路確保ってそもそも必要あったんですかね?」


「ハァ!?」


「ジェイドやレイがいるならまだしも、敵で一番強いのは所詮アッシュ。アッシュを倒せば地上で残っている敵を倒すのなんて、不可能とか困難じゃなくて面倒かどうかの域に留まる話だと思うんスわぁ。あぁ……?」


 逆らったガスパー星人は首からスプレー状に血液を噴き出し、頭がこてんと横に零れて首の皮一枚で繋がる状態となっていた。音も影もない突如の殺害! そしてそれを認知した隣のガスパー星人は、胸に散弾を撃ち込まれて数メートルフッ飛ばされ、黒煙と血飛沫を上げながら仰向けに倒れて死んでいた。


「バロバロバロバロォォォォォ!? シカリ……シカリが出たぞォー!!」


 ガスパー星人は恐慌状態に入り、シカリの名が伝播して上野中にこだました。

 シカリ! それは不可視のハンター! 宇都宮、中野。既にシカリは三十人以上のガスパー星人を殺害している。ラーナをマークして上野ではあまりガスパー星人に攻撃していなかったシカリは、既にラーナを機能停止したマークの価値のない敵と判断してガスパー・シールズを殺し、数の差を覆しに出た。


「バロバロバロバロォォォォォ! シカリを殺せ! あいつは俺の弟を殺しやがった!」


「バロォ……。シカリが相手はもう無理だ。逃げるしかねぇ! 俺のクリームパンを勝手に食ったあいつもシカリに殺されたんだ! バロォ!?」


 逃げようとしたガスパー銃殺! シカリはハンター。効率的に敵を殺す。まだ自分と戦おうとするガスパーの方が残しておく意味がある。命令に従わずに自分への復讐のため暴走するやつの方が敵の統率を乱すのだ。逃げようとするやつは殺しておくに限る。逃がすと「逃げようと思えば逃げられる」と甘く見られるし、逃げたガスパーはまたどこかで悪事を重ねる。最終的には全員殺す。殺さないという選択肢はない! それが、Z飯店最弱であるシカリの覚悟だ。パトラやロゼのように強い連中は敵を殺さない、慈悲という選択肢がある。だが手加減する余裕もない非力、再戦や復讐への恐れ、手負いの獣の恐ろしさ……。だから殺す!


「やつらはもう使い物にならないな。だからとりあえず、エコーは殺そう」


「ラーナさんがああなった以上、エコーを相手にどう見せ場を作ろうがどうせ一軍昇格の目はなくなったんだ」


「むしろプロレスで攻撃し続けたのにここまでエコーに耐えられた時点で俺たちは才能ないのかもな」


 エコーをリンチしていた三人の二軍戦士……飯塚、長塚、大塚はメランコリックなため息をついた。DD興業のスーパースター……ディエゴ・ドラドデルフィン、シャオシャオ・シルバーシュリンプ、スティング・セーリィゼリーは素晴らしいプロレスラーだ。だがディエゴはヤクザ、シャオシャオは銭ゲバ、スティングだけはスポーツマンシップを持ち合わせていたが、それでもトップのディエゴがヤクザな以上DD興業はヤクザだ。この三人の表向きの姿を見てDD興業の門を叩き、暴力団の一面も知ったがまさか自分たちが暴力団として動員させられるとは思ってもみなかった。だがもう仕方ない。ディエゴがすべてを支配するならば、DD興業のすべては正義になる。

 ディエゴさえいればどうにでもなる。シャオシャオやラーナの代わりも見つかるのだろう。


「死ね、エコー」


 とりあえずもう一発殴っておこうと思った飯塚の拳は、岩石製のラフレシアと見紛う掌に受け止められた。血の気が引き、エコーの双眸に闘志の炎が燈る危険な瞬間を至近距離で目撃した。危険な静謐。まるで引き潮だった。


「もうわたしが倒すべき相手はいない。お前らと、ディエゴ以外」


「ワッツ?」


「ヨツァ!」


 巨女は飯塚の拳を巨握の手で握りつぶし、引き寄せてパチキ! 脳がUFOみたいに飛んで行きそうな威力だ!


「シャオシャオはメッセが泣かした。ラーナはもう機能しない。オスカーも倒された。ガスパーはシカリが始末する。もう体力を温存する必要はないんだよ」


 つっぱり! 飯塚の頚椎に激甚なダメージが走り、見る見るうちに腫れていく頬。既に意識はなく、エコーは腕の形を失った飯塚の手を離した。そして今まで攻撃を受け続けた鬱憤を晴らすため、血で隙間を埋められた歯をむき出して怪獣じみた笑みを浮かべた。


「やべ……」


「ヨツァ!」


 逃げ腰になった大塚にアメフトタックルを食らわせて着弾地点の腹部から内臓をすべて上下左右に押しのけ、テイクダウンを奪う。そして流れるように体を反転させ、テキサスクローバーホールドで下半身の骨をことごとく砕き尽くした!


「グ、グオゴゴゴ!」


 最後に残った長塚は決死隊じみた悲壮な覚悟を決めて突撃した。勝てるはずはなかった。数十分にも及ぶリンチを耐えきっていた時点で、そんなエコーに勝てるはずがなかったのだ。


「グオッ!?」


 その突撃ごとフライングボディプレスに飲み込まれる。津波がすべてを飲み込むように、一五〇キロのエコーは長塚を包むすべてを肉の波で押し潰し、一瞬でぺしゃんこにしてサッカーボールキックで押しのけた。


「これで残っているのは誰だ?」


「ディエゴとスティングだけ」


 死屍累々。後世語り継がれるか、もしくは秘匿事項として隠匿されるカタストロフィの現場の中、最も余力のあるエコーはディグニーに聞いた。ラーナは駒のすべてを失い、逃げることすら選べずに棒立ちになっていた。倒しても倒さなくてもどうでもいいが、残しておいて弱気な発言をすればディエゴの士気を削ぐだろうし、その場で粛清されるかもしれない。


「よく頑張ったわね」


「別に」


「イツキちゃんもメッセもシカリくんもよくやったわ。よくやったんだけどね」


 ディグニーは慎重に言葉を選んだ。ここまでも大きな試練だったが、ディエゴの強さは完全に常識を超越した先にある。天災と表現して差し支えない。地下でフジとブレイズが勝つ、と信じるのは仲間として殊勝かもしれないが、現実的ではなくプレッシャーを強くかけることになる。

 ……。無言のうちに、この後にほぼ必ず訪れるであろう天災を畏怖し、IFの希望に縋っていた。

 メッセはジェイドとレイがいてくれたら、ディグニーは沈花がいてくれたら、シカリとエコーはロゼがいてくれたら……と。今いる人間を信じる信じないという精神論ではどうにもならないのがディエゴ・ドラドデルフィンという怪獣だった。


「休めるだけ休みましょう。アタシも戦うわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ