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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第51話 ハッハハハ! ガール、おとなをからかっちゃいけないよ!

 シャオシャオは戦いの中で選ぶには派手で隙の多いアクロバットの側転、高高度のバック転でメッセから距離をとった。今のムーブで暇を持て余しているガスパー・シールズが自分に再注目したことはわかっている。そしてあいつらがオスカーを微塵もリスペクトしていないこともわかっている。オスカーの指示は一般論的には的確だったが、残念ながらガスパー・シールズには最適解を選ぶ程の知性はなく、自分に都合の良い命令を聞く。そして命令を聞くだけで自力で動くこともほとんどない上に、頑張れ、待て、慎重に、など抽象的な命令は理解度が低い。つまり、オスカーが倒れたことで、ガスパーに好かれている上にガスパーを信用せず、自由意志に任せずに具体的に命令するシャオシャオは上野の地上に展開される全ガスパー・シールズへの指揮権を掌握してしまったのだ。これによりガスパー・シールズの強度は数段上がった。


「ここまでよく頑張ってくれたねェー。オスカーのつまらない命令に従うのはただの労働で、なんの楽しみもなかったねェー。時計の針が一時間進んで時給が上がるのだけが楽しい時間は終わりだよォー」


 シャオシャオは手で煽ってガスパーを鼓舞し、状況を把握し直した。まだ有利だ。まだ有利に戦える。


「ワタシの命令に従ってくれたら、ワタシの秘密のアレ……恥ずかしい秘宝を御開帳しちゃおうかなァ?」


「えっふぉ……」


 メープルシロップのようにしっとりと色気が粘つくセリフでガスパー星人はめいめいに胸、下腹部、頭を抑えて次なる命令を待った。オスカーに従ってもご褒美はなかったが、シャオシャオは見ているだけで目の保養になるし秘密のアレの御開帳も……。ちなみに秘宝とは子供の頃からつけている日記帳であり、御開帳は恥ずかしいがそもそもガスパー星人は全員がシャオシャオの信者に近いので子供の頃の変な文体の日記すら褒めたたえられる。そしてもうガスパー星人にはシャオシャオに従う、以外の選択肢はなかった。むしろ早く従わせてくれとも思っていた。


「早く命令を!」


「そう焦らないでよォー。一緒に過ごす楽しい時間は長引かせようよ?」


「えっふぉ……。ふぅー」


 セリフと色気で何かが達してしまったものもいた。


「まずエコー。あいつ殺せ」


「えっふぉ!?」


「うん、わかってる。ガスパーと二軍の三人じゃエコーを殺すのは難しい。でもエコーがアブソリュートマンだろうと頭を銃でブチ抜けば死ぬし、首にナイフを突き刺せば死ぬ。今までは格闘技で倒すことにこだわってたから長引いた。ガソリンをぶっかけて火をつけて焼き殺せ。あと、それからワタシたちの仕事はディエゴの退路を邪魔するやつらをブッ殺すこと。国立科学博物館、東京国立博物館……。ワタシはちょっと好きだったけど、火をつけろ。そうすれば敵は消火が最優先になる。うやむやに紛れて犬養樹とシカリとメッセは殺せ。ディエゴへの献上は必要ない。そしたらラーナが自由になる」


「シャオシャオさんはメッセから離れるんですか?」


「こいつは後回しでいい。ワタシはそこのディグニーとかいうオカマ僧侶を殺すよォー。そいつがいる限り、ガスパーのみんなはそいつの威圧感で動けないからねェー。ワタシならそいつを殺せる。この世で尊いものは! ワタシと金! 以上! その他は博物館のお宝浮世絵も小籠包も同じ価値! そしてワタシがやれって言ったことは、小籠包の皮を破るのより簡単(カァンタァン)~。さぁ、かかれエエエエエエエエ!?」


 突如、シャオシャオが軽トラにはねられた! 上野公園内を整備する業者の軽トラだが、運転席に座ってアクセルを限界まで踏み込んでいるのは無機質な能面……メッセだ。衝撃で歪み切った表情のシャオシャオをフロントガラスにへばりつけたままさらにメッセはアクセルを踏み込んだ!


「お元気?」


「クソメッセェ!」


 ガシャァン! 時速一〇〇キロ近い爆速で走った軽トラは上野駅の改札に衝突してポンコツになって止まり、慣性の法則でシャオシャオは駅構内へと大きく吹き飛ばされた! そしてシートベルトを締めていなかったメッセは……頭突きでフロントガラスを突き破り、そのまま空中でシャオシャオにライダーキックを見舞った。


「ツゲェェェェェ!?」


 狙ったわけではなかったが、そのキックは運よく小鳥の囀りのような軽やかさで悪魔の言葉を囁く小エビの喉を貫いていた。


「お前はヤバすぎる」


 メッセははじめからフロントガラスを破る気でいた上に、シャオシャオを跳ねた時にガラスにはヒビが入っていたので交通事故でのダメージはさほどない。だが言葉を発するたびに喉へと毒のようなものが降りていき、胸の中でドス黒いヘドロになっていた。それだけの嫌悪感をシャオシャオに抱いていた。ディグニーとは真逆、こいつは存在するだけで人間を汚染する。


「わたしは甘くないわよ。甘くないから……。お前みたいな見境も節操もない悪は殺すしかない。お前は生きていちゃいけない人間よ」


「ツゲッフ……」


 シャオシャオは喉を抑えて立ち上がった。……。そこでメッセに大きな違和感が浮上した。ダメージが見られない。シャオシャオが属する双尾怪獣ジナジニアは、地球人を大きく凌駕するフィジカルを持つが、ディエゴの属するヘイワン、ディグニーの属するヒオウ、バースの属するクジーのようなアブソリュートマン級のフィジカルエリートではない。この交通事故攻撃はそのレベルのフィジカルがなければ耐えられないはずだ。それでもシャオシャオは全くの無傷。喉をしばらくさすって発声練習したのち、京劇の面のような歪な笑いを浮かべて逃げ遅れの人間を一瞥した。一瞥しただけだ。それでもメッセの背筋には嫌な悪寒がぞわりと迸った。シャオシャオが何かするかもしれない、という可能性、悪意だけで直接神経を逆撫でされるような不快感が襲ってくるのだ。これはまずい……。今後もシャオシャオが逃げ遅れを一瞥するだけで自分の集中力は乱されてしまう。


「短期決戦、でしょ?」


「わたしはじっくりお前をブチ殺すことが出来るわよ。所詮お前はDD興業に乗っかって悪事をしてきただけのクソガキ。わたしはヤンキーとして殺し合いをしてきた。お前の各種内臓、骨の名前を一つずつ挙げながら順番に壊せる。まずはその鼻骨か下顎骨を壊してキャワイイ顔を性格と同じくらい悪趣味にしてやるわ」


「じゃあ早くした方がいいよォ。ガスパーが追ってくるよ? キャワイイキャワイイシャオシャオちゃんを助けなきゃってね。ワタシが大声で助けてェーって叫べばすぐに来るんだよ?」


「じゃあ順番を変えるだけよ。脳か舌か心臓からブチ壊す。メラァッ!」


 まずはローキックからアプローチ! シャオシャオは最低限かつ地味なステップでそれを回避し、メッセの昆虫じみた細い脚と人間性を排除した猛攻をすべて最低限の動きで躱していった。ジャンプもしない、ブロッキングもパリィもしない。それでもメッセは足でひたすら線を引き続け、メッセとシャオシャオの間にあった空気に形があればもう離乳食めいてどろどろに斬り刻まれていただろう。


「……」


 メッセは一旦足を止め、呼吸を整えた。メッセは燃費に問題を抱えており、怪獣化ではさらに消耗が激しい。だがチャージも容易だ。自動販売機を尻尾で叩き壊し、破片をシャオシャオへの方へと弾きながらエナジードリンクを数本拝借して飲み込んだ。常人ならハートアタックを起こす量の糖分とカフェインだが、今のメッセには薬湯のように浸透して少し頭がクリアになった。


「これはアドバンテージかもしれないわね」


 メッセの攻撃が止まったと察したシャオシャオは安全距離からまたアイドルじみたスマイルでポージング。挑発している。

 確かにメッセの攻撃はシャオシャオに当たらなかった。それはシャオシャオの怪獣じみた技術……生まれ持った怪獣の体質ではなく、努力の結実として身に着けたディフェンス技術だが、シャオシャオには全身の功を操作して硬化し、攻撃を遮断する気功:硬直、対極に極限まで力を抜いてすべての打撃を受け流す気功:軽功がある。それを使わなかったし、反撃もしてこなかった。ブロックやパリィといった接触も一切しなかった。しなかった、と考えると自分が受け流されたと悲観的にしか考えられない。だが出来なかったと考えればシャオシャオ側になんらかの問題があったのだろう。


「そろそろ反撃しようかなァ」


「すれば?」


「ツイッ!」


「メレェッ!?」


 ()ッ! 不可視の速度で鳩尾に拳! しかも呼吸のタイミングを狙い打たれ、酸素の流れを乱されて混濁し行く意識の中でメッセは辟易とした。

 シャオシャオ……。こいつはクズだが強さはマジで嫌になる程本物だ。暴力と悪意を生業とし、自分こそが最も尊いと豪語するものが自分のステータスに妥協や慢心するはずがなかったのだ。こいつは本当にディエゴすらカスだと思っているだろう。自力で金を稼ぐよりもディエゴに寄生する方が楽に稼げる。その中で努力は惜しまない。アイドルめいた仕草もそうだ。すべて暗黒の向上心の賜物だ。


「おらおらどうしたァ!」


 膝、腹部、顔面への三点キック、そして蹴り技最強のローリングソバット! 意識を保てることが限界の連撃を食らったメッセは軽トラのバンパーに叩きつけられ、力なくぐんにゃりと崩れ落ちた。……。速度が通用しない。今までに怪獣化メッセの速度に対応出来る怪獣はいなかった。ジェイド、アッシュといったアブソリュートマン以外に後れを取るはずがなかった。……なかったはずなのに、シャオシャオには通用しない。しかもシャオシャオにはまだ怪獣化、そして「ある」ということが確定している怪獣としての特殊能力がある。だが今のシャオシャオはまだどれも使っていない! 生身の技術と身体能力のみでメッセを圧倒し、今のところメッセが与えたダメージはシャオシャオの慢心の隙をついた不意打ちと相打ち覚悟の捨て身だけだ。


「死ね! メッセンジャー! 死ね!」


 シャオシャオは全力疾走! そして水泳の飛び込みじみたストリームラインの姿勢をとり、全身を錐もみ回転させた。赤い装束と黒髪、白い肌はあまりの回転速度に単色となり、シャオシャオそのものがドリルとなった。

 スパルタンNo.24! シャオシャオの持つフィニッシュムーブの中でもトップクラスの殺傷能力を持つ大技であり、まともに食らえばメッセならば内臓まで抉り出されて死に至る!


「メラァアアッ!!!」


「ツイエエエ!?」


 メッセは軽トラに尻尾を突き刺して電気を送り込み、フロントライトを強制発光! 電圧の限界でフィラメントが爆発してしまったが、閃光と爆音で即席のスタングレネードとなりスパルタンNo.24の狙いが外れた! ドリルは深く深く軽トラに突き刺さり、シャオシャオは歪に着地……。


「チャオ」


「ちょっと待……」


「メラァッ!」


 怪獣化メッセは異常痩身。針金のような足でシャオシャオの喉を蹴り上げ、小エビの目は焦点を失って宙を泳いだ。そして!


「てめぇが死ねクソガキ!」


 延髄にエルボードロップを落とす! シャオシャオの意識は漆のような黒く粘着質の液体に覆われたかのように停滞し、脳からの信号が体の末端に送られるまでにレスポンスの遅延、誤作動があった。看過出来ぬダメージ!!!


「メラァッ!」


 好機! 電后怪獣の王女はゲスエビを担いだまま大ジャンプし、ゲスエビを上下反転! 自分の肩口にシャオシャオの頭を乗せ、両足首を掴み……着地! その衝撃でシャオシャオの頚椎に激甚なダメージが発生し、着地の勢い任せで股は限界まで引き裂かれた!


「ツ……エ……」


 渾身のキン肉バスターだった。その衝撃でシャオシャオの衣服はすべて破れ、キン肉バスターのインパクトが最大に達した瞬間のシャオシャオの体勢のまま改造カンフー服とかぼちゃパンツが残り、メッセの足元でシャオシャオは下着姿で大股を開き、鼠径部を晒し、バストが重力で寄せられて谷間を作りブッ倒れていた。


「今度こそ死ねクソガキ!」


 ストンピングは負け犬のような必死の四足歩行で脱出! その尻を追ったが追いつけない! だが、メッセは確信した。今、自分の上半身に残るシャオシャオの衣服に付着しているもの、そして最初にはねた軽トラにへばりついているもの。それは白くすべすべとした触り心地の薄い何かだ。メッセの上半身に残るものは水餃子の肌触り、軽トラのものは焼き餃子の肌触りだ。古いものは乾き始めているのだ。


「お前の能力を見破った」


「……」


「お前は双尾怪獣ジナジニア……。怪獣態はエビのような甲殻類よ。お前の能力は、“脱皮”! 脱皮することでダメージを肩代わりさせ、大ダメージを避けることが出来る。でも、脱皮直後はだいぶ柔らかいみたいね? ブロックもパリィも、ジャンプすらも耐えられないみたいだもの」


 メッセの顔は能面で隠されている。それでも妖艶かつ羅刹の顔で嗤っていることはシャオシャオにもわかった。


「脱皮直後にもう一度強い攻撃を食らったらどうなる? 楽しみねぇ」

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